真相3
「魔族の戯言など聞くに堪えん、このまま磨り潰して……」
「そう言わずに、話くらいしましょうよ」
激しく壁に叩きつけられた筈のアリスは、事も無げに立ち上がった。
更に胴部を切り裂いた傷が、みるみるうちに塞がって行く。
剣を振るいながら、どこかでウソであって欲しいと願っていたコリーナ。その眼に、改めて真実が付きつけられる。
「アリス……どうして……なぜ……」
「なぜ? 言ったでしょう、私は王の呪いの為にアナタに近づいた……と」
「そんな……」
コリーナが手にした剣を落とし、膝から崩れ落ちた。
「アリス……私は……アナタの事を……」
溢れる涙と共に、抑えきれない嗚咽が寝所に鳴り響く。
「情けなし、アルバニス家の血を引く者が何たる醜態か」
蹲るコリーナを見下ろし、トレル王が吐き捨てた。
「そう? 人間らしくて良いじゃない。弱くて脆い、人間そのもの……」
戦場で剣を離し、ましてや泣き喚くなど魔族のアリスにしてみれば到底理解は出来ない。
その行動は理解出来ないが、それが人間らしさなのだろうと感じていた。
「それに比べてトレル王、アナタは随分と人間らしくない」
「貴様ら魔の者を殲滅する為なら、我は喜んで異形にも成ろう。それがアルバニスの王たる責務よ」
「姿形の話じゃないんだけどなぁ……」
アリスは大きく息をついた。
「ヒトとは、他人の事を想い、他人の為に泣き、他人の為に命を懸けられる生き物だと聞いていた……」
「魔族の貴様には、人の情は理解出来んだろうな」
「理解できないのは、アナタも一緒でしょ?」
「……何だと」
「私にヒトの心は分からないけれど、アナタの負の感情は良く分かる。その強欲、嫉妬心、独占欲、虚栄心、承認欲求……アナタの心に沈殿している物は、どちらかと言えば私達に近い」
「ほざくな!」
トレル王がアリスに向けて巨大剣を振り下ろす。
しかしその凶刃はアリスを捉える事が出来ず、寝所の壁を破壊した。
「アナタは自分が好き、自分だけが好き、だからこんな事を企んだのでしょう?」
トレル王の一撃を躱したアリスが、ベットの上にフワリと舞い降りる。
「アルバニス家は女系の一族。その力は代々女性にだけ受け継がれた。アナタはそれが気に入らなかった、だから自分の妻を殺し、そして……コリーナも殺そうと思った。違う?」
「……え」
それまで泣いて蹲っていたコリーナが、アリスの言葉で身を起こす。
「なぜ我が愛する妻と娘を殺さねばならんのかね?」
「アナタは自分が床に臥せている事を民に知らせ、不安を煽ろうと思った。でも民はさほど心配していなかった、なぜならコリーナが居たから。王家の血が残っていたから」
アリスの脳裏に、コリーナや王妃の素晴らしさを語る民の笑顔が思い浮かんだ。
「アナタには、その王家の血が邪魔だった」
「滑稽な話だ……」
「今まで無謀な魔王討伐を繰り返してきたのは、その為なんでしょ? 責任感の強いコリーナなら、いずれ自ら討伐に志願する。その時に消してしまおうと思ったんじゃない?」
「……よくもその様な戯言を……」
「ねぇコリーナ。アナタのお母様も、魔王討伐に向かい亡くなった……違う?」
「そ、それは……」
言葉を詰まらせるコリーナ。
アリスには、その反応だけで十分だった。
「トレル王よ、アナタは二つ罪を犯した。己の野心の為に我が王の名を貶めた事、そして己の妃と娘を暗殺する為、我が魔王軍を利用した事……」
アリスの黄金の髪が、徐々に輝きを失っていく。それは月光を覆いつくす闇の様に、鮮やかな金色から漆黒へと変わって行った。
「……その罪、万死に値する」
アリスの髪が完全な漆黒に変わると、彼女の纏う魔力が一気に増大する。
「おぉおおおおおお!」
その脅威を察知し、フェイガルが飛び掛かる。
しかしアリスが軽く片手を振ると、フェイガルの胴部が一瞬で切り裂かれる。激しく撒き散らされる鮮血と共に、老兵の上下の半身が離れ離れになった。
「きゃあああ!」
無残な遺体が目の前に転がり、コリーナは思わず目を逸らす。
「流石魔族、容赦のない事だ」
側近が討たれても、トレル王は動揺の色を見せない。
「アイツは知ってて加担したんでしょう。ピューター先生は後悔してるようだから見逃したけど……」
アリスが自らの手首を切り裂く。
噴出した鮮血が空中で形を成すと、一本の赤い魔剣が形成された。
「アナタ達二人は主犯、見逃す気はないから」
アリスは手にした魔剣を、トレル王に向ける。
「しかし我は、君の王の名を貶めたつもりは無いのだがな」
「充分よ、ヒト一人呪い殺せない魔王なんて、汚名以外の何者でもない」
「そうか……」
トレル王は己の顔を片手で覆うと、両肩を上下させる。
「くっくっく……はぁああはっはっはぁああ!」
やがて堪え切れなくなったのか、トレル王は豪快に笑いだした。
「まさか魔族に邪魔をされようとはな!」




