真相
月すらも覆い隠す、漆黒の闇。
虫の鳴き声も、野犬の遠吠えも聞こえない、静寂が支配する夜。
窓から見下ろす町並みは、普段と何も変わらない。ただ、この場に居る事だけが彼には苦痛だった。
オレは、こんな所で閉じ籠るべき人間ではない。
人々を導き、国を、世界を束ねるべき選ばれた人間なのだ。
だが誰も分かっていない。国民も、従えし者も、家族でさえも。
だがもう少しだ、もう少しでこの苦痛も終わる。
全ての者が気付くだろう、オレの偉大さを。そう思えば、この苦痛も少しだけ名残惜しい気もする。
男は手にしたワイングラスを傾けると、一気に飲み干した。
喉が潤うと同時に、アルコールの刺激が体に染み渡る。
「我が覇道への祝杯か……」
「最後の晩餐だと思うよ」
不意に聞こえた、場違いな幼い声。男は一瞬娘の声かと思ったが、それが別物である事はすぐに分かった。
「何者だ……」
男が魔力を込めると、部屋に設置されたランプが一斉に灯る。
部屋の隅に浮かび上がった影が、その全貌を露わにした。
「君は……アリス君……だったかな?」
「初めまして、トレル・アルバニス王。噂よりもお元気そうで何よりです」
白いドレス姿のアリスは、恭しく一礼をした。
トレル王は、深いシワが刻まれた顔を強張らせ、アリスを睨みつける。
アリスの指摘通り、トレル王は呪いに侵され弱っているようには見えなかった。
窓際に佇んでいる彼の表情は血色も良く、その肉体は、身に纏っている衣服がはち切れんばかりに隆起していた。
「どうやって私の部屋に入って来たのかな? 君は一方ならぬ魔導士と聞いた。なればこそ、この階層の結界を抜けるのは不可能だろう」
「ええ、確かに素晴らしい結界です。私には仕組みすら解明できませんでした。けど……」
アリスは、右手に持った水晶の欠片をトレル王に見せた。
「コレは魔界の水晶。コレと使い魔の力を使えば、一時的に自分の魔力をゼロに出来るんです。なかなかレアなんですよ。結界を通る時にだけ使いました」
「……君は、何者なのかね?」
「これから死ぬアナタに名乗るのは、無駄と言う物でしょう……」
アリスがトレス王に向かって一歩踏み込む。
その瞬間、部屋の陰から人型の影が飛び出した。
「族が!!」
振り下ろされる大剣。アリスはそれを片腕で受け止めると、そのまま受けた腕を真横に薙ぐ。
全身鎧に身を固めた老兵は、押し出されるように後方へ飛び退いた。
「ほう、フェイガルの剣で傷一つ付かんか」
トレル王は、興味深げに呟く。
「旅の魔導士如きが、王の寝所での狼藉! 不敬であるぞ!」
全身鎧の男、騎士団長フェイガルは憎々し気に吐き捨てた。
だが、フェイガルも数々の戦場を渡り歩いてきた猛者。アリスの異常さは、当然の如く察知していた。
「めんどくさいなぁ……まあ居る事は分かってたけど」
「もう一度聞こう、君は何者かね? なぜ私の命を狙う?」
トレル王は、アリスに言葉を投げかけながら僅かに移動する。
「仮病を使ってる悪い子に、ちょっとお仕置きをしようかと思っただけよ」
「仮病? それは私の事かね?」
「王様以外に誰が居るの?」
「……君は何を知っていると言うのかね?」
トレル王はベットの横まで移動すると、脇に置かれた剣を後ろ手に掴んだ。
「機密と言いながら呪いの事を国民に流した事、本当は呪いなんて受けていない事、国民の不安を煽ってから「魔王の呪いを打ち破ったぞー」って自分をアピールしようとしてる事……他にも説明が必要?」
「そうか……しかし例えそれが真実でも、君に咎められる覚えはないのだが?」
「そうだね、王様が仮病を使おうが国民を騙そうが私には関係ない。魔王の名を出さなければ……」
アリスの体がフワリと宙に浮かぶ。同時に、銀色の瞳が血の色に染まっていった。
「貴様、魔族か」
フェイガルが、剣を構えながら壁沿いに移動する。
「そうか、己が主の名で騙った我を戒めに来た……と」
トレル王が納得したように呟いた。
「まぁ……そんな感じかな」
「しかし一人で乗り込んでくるとは、豪気よな」
「あなた達くらい、私一人で十分だもの」
アリスが右手を掲げ、魔力を集中する。その手に魔力の光弾が生み出された。それが驚異的な破壊力を秘めている事は、トレル王達にも分かった。
「落ち着き給え、君の主の名で騙った事は謝罪しよう。もし納得できぬのなら、一部の領土を譲ろうじゃないか。それで手を打たないかね?」
「要らない、いずれ力づくで貰うから」
「それはこの国を滅ぼして……と言う事かな? コリーナと共に」
アリスの眉がピクリと動く。
その時、寝所の扉が激しく叩かれた。
「お父様! ご無事ですか! 結界はどうされたのです!」




