ヒトの気持ち
先日と同様に、コリーナの部屋で朝食を終えたアリスは、今日も一人で町に出た。
明確な目的があった訳ではないが、改めてトレルのヒトを見てみたかった。
トレルの住民達は、皆が笑顔で働き、遊び、充実した日々を過ごしている様に見えた。
当然、見えない所で苦しむ者や泣く者も居るだろう。それでもアリスの眼に、トレルのヒトは眩しく見えた。
今は王様が伏しているのだ。その笑顔に、コリーナの日々の努力が影響している事は間違いないだろう。
果たして私の国は、ラジアルに住む者達はどんな顔をしていただろう。思い出そうとするが、何も浮かなばい。
「おや、お嬢ちゃん。今日も散歩かい?」
顔馴染みになった串焼き屋の女店主が、串を振りながら笑顔で話しかけてきた。
「散歩じゃないよ」
「ひょっとして、まだアノ事を調べてるのかい?」
アノ事とは、当然王様の呪いの事を表している。
「そうだ、前々から不思議だったんだけど、何で皆王様の呪いの事を知ってるの? トップシークレットなんでしょ?」
「え? いや……そう言えば、何でだっけ……」
店主は真剣に悩み始める。
「あぁ、そうだそうだ。ウチの常連さんがね、酒場で兵士が話していたのを小耳に挟んだんだって。それをアタシが聞いた訳さ」
「随分とユルユルなシークレットだね」
「そこはほら、酒の席ってヤツさ」
「でも……心配にならないの? ただでさえ他の国が怪しい動きをしてるのに、王様が倒れちゃって……」
「こんな事を言っちゃいけないけど、コリーナ様がいらっしゃるからね」
「コリーナ……様が?」
「この国は王族は昔から女系血統でね。今の王様には悪いんだけど、元々アタシらが期待してたのは王妃さまとコリーナ様さ。王様には、コリーナ様が一人前になるまで頑張ってくれれば良いかなぁ~なんて……」
店主はそこまで喋り切った後、慌てて周囲を確認する。
「今のは絶対に言っちゃダメだよ!」
「分かってるよ、その代わり……」
「はいはい」
主人をそう言って一本の串焼きをアリスに渡す。
アリスは「ありがとう」と言って串焼きを受け取ると、再び町中へと歩き出した。
ただの雑談。だがその雑談で、アリスは一つの仮説を思い浮かべた。
その仮説は、脳内の散らばったピースを導き、一つの絵を作り上げていく。その絵は、今まで描いていた物の中で一番腑に落ちる気がした。
「しかし……ヒトってめんどくさいなぁ……」
暫く歩いていると、ピューター医師の診療所の前に辿り着いた。
今の時間は昼過ぎ。ピューターは出かけている時間帯だ。
せっかくだから直接話を聞いてみようとも思ったのだが、わざわざ待つ事もない。
アリスが踵を返したその時、それは感じられた。
「これは……魔力?」
近くで魔力反応を感じた。何者かが、魔法を使おうとしている。
「こんな町中で?」
アリスは神経を集中し、魔力の発生源を探る。
それは、無限の荒野で狩人が獲物の微かな残り香を探すかのように、ヒトの技としては極限の、アリスとしては初歩的な作業だった。
「居た」
アリスは水晶玉を取り出し、魔力を込める。
瞬間的に、アリスの体が目的地へ転送された。
その先に現れた景色は、大量の書物に囲まれた一室。先日侵入した診療所の一部屋だ。
その中央で座り込むピューター医師と、鎧姿の騎士らしき男、そしてローブ姿の術師らしき男。
騎士らしき男がピューターを抑え込み、術師らしき男が、ピューターへ手にしたロッドを向けている。
彼等は突如現れたアリスに驚き、そのままの体勢で硬直していた。




