隠されたモノ2
「何? 何なの?」
アリスは片手に水晶玉を乗せたまま、その場に這い蹲り、床に耳を当てる。聞こえる声は二種類、どちらも男性のようだ。聞こえて来る声はかなり大きく、両者共に興奮しているのが良く分かる。アリスは二人の会話を聞き取ろうと、耳を澄ました。
「ピューター先生! お願いします!」
「くどいな君も! 教えられん物は教えられん!」
「何故ですか! 何故、私にまで秘密にするのですか!」
「知らん知らん! ワシは誰にも言うなと言われておる! だから、例え君でも教える事は出来んのだ!」
「それは、フェイガル殿の命令ですか……」
「……それも言えん」
「お願いします、先生……このままでは、私はアイツの墓前で……何と報告すれば……」
「エルサー君、気持は分かる……だが、君にならワシの立場も分かるはずだ。言えぬ物は言えぬのだ……」
「くっ……」
暫くして、荒々しく床を踏みしめる音と、扉を乱暴に閉める音がアリスにも聞こえた。どうやら、片方の男性は診療所を出て行ってしまったようだ。
「今のは……王様の話……かな?」
分かった事は、一方が王の主治医であるピューターで、もう一方がエルサーと言う名の男性と言う事だ。その内容は全く要領を得ないが、只ならぬ雰囲気である事は伝わった。
「探る価値はある……か」
アリスは立ち上がると同時に自身を屋外へ転送し、素早く大通りへと飛び出した。通りには、老若男女様々な人々が行き交っている。先程の会話から、アリスの探す男性の大まかな人物像は見えている。
「声の感じから、年齢は40前後。足音から察するに、体格は良く、家柄も良い。鎧の類は身に付けておらず、足元はブーツ……こんな感じかな」
それらの解析を下に、アリスは人波の中から先程の男性を捜すが、既にその姿は雑踏の中に消えてしまっていた。
「遅かったか」
ちぇっと舌打ちをするアリス。
直後、アリスは周囲を見渡すと、道端で休んでいた老婆に近付き笑顔で訊ねた。
「こんにちは、お婆さん。ちょっと、お尋ねしたい事があるんだけど」
「はいはい、何ですかな」
「墓地って何所にあるか分かりますか?」
老婆に丁寧な説明を受けたアリスは、ぺコンと頭を下げ、教えられた方角に向かって駆け出した。
人混みの中を縫う様に駆け抜け、アリスは息一つ乱さずに、あっと言う間に街で唯一の教会に辿り着く。老婆の説明では、この裏に共同墓地があるはずだ。
アリスは黒塗りされた金属性のゲートを潜り、青々とした芝生の上を歩く。探していた相手は、すぐに見付かった。
綺麗に磨かれた墓石の前で祈りを捧げる、マントを羽織った一人の男性。年恰好など、見た目はイメージしていた物と一致する。
アリスは少し離れた位置で、祈りが終わるのを待った。
「……何か御用かな?」
初め、アリスは男性の声が自分に向けられたと物は思わなかった。
「私に用事があるのではないのかな?」
男性が振り返り、その視線が自分を捉えた事で、ようやくアリスは自分の存在がとっくに気付かれて居たのだと知る。
「失礼いたしました。私、アリスと申します旅の魔道士。今はコリーナ様のご好意により、アルバニス城に身を置かせて頂いております」
「ああ君が……城の者が噂しているのは聞いたが……姫様の危機を救ってくれたそうだな。私からも礼を言う。それで、その魔道士殿が何か?」
「いえ、たまたま診療所の前を通りかかりましたところ、言い争うような大きな声が聞こえてまいりまして……」
「何と、気を付けていたつもりだったのだが……」
男性は少々気まずそうにアリスから視線を逸らした。やはり診療所に居たのは、この男性で間違い無さそうだ。
「だいぶ興奮されていたようですが、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、気を使わせてしまって申し訳ない。そうだ、名乗るのが遅れたな。私はエルサー・マガク。アルバニス王家に代々仕える者だ」
エルサーは、そう言って右手を差し出す。アリスは笑顔で差し出された手を握った。
「よろしくお願いします、エルサーさん」
「ああ、此方こそ。ところでアリス殿……先程の事だが……」
「はい、他言はいたしません……その代わり、もし宜しければ何を話されていたのか、お聞かせ願えますか?」
手を離したエルサーの表情に、僅かな緊張の色が見える。
「……脅迫紛いの行為は感心せんな」
「もしや、トレル王に掛けられた呪いが関係しているのではないのですか?」
「……呪い? それはそれは、おかしな事を言われますな」
エルサーが表情を変えずに、右手を背中に回した。
王の呪いの関しては(一応)極秘事項となっている。エルサーも、アリスの返答次第では少々乱暴な事をせざるを得ない。
「コリーナ姫様にお聞きしました」
「姫様に?」
「姫様は大変苦しんでおられます。ご自分が王の為に何もして差し上げられないと……。その為に姫様は、独自に呪術の研究もされておいでです。私を城へ招いたのも、私の魔道士としての知恵を借りたいからだと……姫様はそう仰られました」
「何と……そうであったか……」
「私は、そんな姫様のお力になりたいのです。もし、エルサーさんが何か……姫様の知らぬ何かをご存じであるのなら、是非お教え頂きたいのです」
エルサーはアリスの真意を探ろうと、その一挙一動を注視する。
「姫様がな……」
「信じられませんか?」
「いや、姫様らしいかもしれん。あの方の行動力は、常に我等の考えの先を行く。何より王の事で一番心を痛めているのは、他ならぬ姫様であろう」
アリスから見れば破天荒なコリーナの行動も、彼女を知る者にとっては、十分に有り得る事態だったようだ。
「それでは、教えて頂けますか?」
「私も多くは知らぬ。呪いに関しては、ピューター先生とフェイガル殿以外に詳しい話は伝えられていない」
「先程の診療所でも、その事を話されていたのですか?」
「ああ、納得の行く理由が知りたかった……アイツに、息子の死を報告する為に……」
「息子さんの……死?」
エルサーはアリスに背を向けると、再び墓石の前でしゃがみ込んだ。
「息子も王家に仕える騎士の一人。王の為に命を懸けるのは当然の事だ。しかし、私は知りたい……本当に息子が命を懸けねばならなかったのか……」
声が途切れると同時にエルサーの肩が震え、やがてアリスの耳に彼の慟哭が届いた。
身近な者を失う悲しみ。ヒトを理解出来ない魔族のアリスでも、その心痛だけは少しだけ理解出来る気がした。




