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隠されたモノ

 翌朝、アリスはコリーナに教わった街の診療所にやってきていた。


 建物は周囲の物と比べても特別大きくは無い。ただ随分と年季が入っているせいか、遠目からでも良く目立っていた。窓から中を覗くと、老人や子供が診察の順番待ちをしている。


 生まれながらに強靭な肉体を持つアリスに、病気など無縁な物。病に苦しむヒトの気持ちなどは理解できない。それでも、診療所から出てくる人達の安堵した表情を見ると、ここにいる医者が患者からとても信頼されている事は良く分かった。


 アリスは人目を避けながら、診療所の裏手に回った。診療所の周囲は隣接する建物に囲まれ、路地にようになっている。一度裏に回れば人目を気にする必要は無いようだ。


 アリスは腰を落としながら壁に近付くと、大きな窓の端から中を覗き込んだ。


 そこには白衣を着た50代と思われる、縦にも横にも大きな男性が居た。男性は、目の前の子供に聴診器を当てている。背格好からして間違いない。彼が王の主治医、ピューターだ。


 コリーナから聞いたとおり、人の良さそうな恵比須顔をしている。


 ピューターが子供から聴診器を離し、付き添いの母親に症状の説明をしていると、街の中央付近から大きな鐘の音が聞こえてきた。昼を伝える鐘の音だ。


 鐘の音が鳴りやんでから暫くすると、ピューターは患者と一緒に部屋を出て行ってしまう。


「コリーナの言ったとおりだね」


 ピューターの診療所は昼過ぎで一度閉まり、ピューターが昼食と王の診察を終えるまでは無人となる。侵入するには、このタイミングを置いて他には無い。


 アリスは診療所の裏手で、人気が無くなるのを待った。あせって飛び込み、誰かと鉢合わせになるのは避けたい。


 やがて、診療所の表側から扉を閉める音が聞こえると、建物の中からは物音一つ聞こえなくなった。


「今がチャンス」


 アリスは掌に馴染みの水晶玉を召喚し、診療所の中を映し出す。その中で、二階に膨大な書類を保管した一室を見付けた。


「ここっぽいかなぁ」


 アリスは水晶玉に向かって魔力を放出すると、自らの肉体を診療所の一室へと転送させた。そこは水晶玉で見たとおり、部屋全体に無数の書類が収められていた。


「以前、ヒトの小説で読んだ事があったんだよね。ヒトの医者は、患者の診察をした後カルテって物を書くんだって」


 カルテとは医師の診療記録書。患者の病状や経過、処置などが記録されている物。ピューターが王を診ているのならば、そのカルテがあるはず。そして、そのカルテを見れば、王の症状が少しでも分かるはずだ。


「んじゃ、早速探してみますか~……って、どこから探そう」


 アリスは書類の山を見渡した。とてもじゃないが、一人で探せる量ではない。


「仕方ない、人手を増やすか」


 アリスは人差し指を口に咥えると、強めに歯を立てる。ぷつっと皮を破る音が聞こえ、口内に金属を舐めたような味が広がった。アリスは指を離し、自らの影に赤い滴を落とす。


「我が身より出でし漆黒の化身よ……大地の検束を解き放ち……今ここに立ち上がらん……」


 アリスが呪言を唱えると、床に写ったアリスの影がまるで生き物のように蠢き、明らかにアリスとは違った動きを繰り返す。


 影は次第に激しく動き、ついには床からシールのように剥がれ、アリスの眼前で立ち上がった。


「ん、上出来上出来」


 アリスは立ち上がった自分の影を眺め、満足そうに頷く。


「まず出来るだけ多く別れてもらえる? それから、この部屋の中から『トレル』って名前の書いてある紙を探して欲しいの。分かった?」


 影は何度か頷くと、二十体ほどの小人のような形で別れ、一斉に部屋の隅々へと散って行った。


「よ~し、私もがんばろっと」


 影の後を追うように、アリスも書類の森へと向う。


 中身は専門用語が多く、全てを理解する事は難しいが、とりあえず患者名だけ見れば選別はさほど時間を掛けずに出来るはずだ。アリスは自信を持って作業にあたった……しかし、太陽が南西に傾いた頃……。


「も~~~! 何で見付からないのー!」


 アリスは手にした書類を放り投げ、床の上で大の字になる。


「もう一通りは見たはずなのに! 王様の名前なんて何処にも無いじゃないの~!」


 当初の予想通り、カルテの名前を確認するだけなら時間は掛からなかった。だが、全てを見終えてもトレルのトの字も見当たらなかった。偽名の可能性も考え、影にはカルテの内容も確認させているが、今の所それらしい報告は無い。


「どー言う事? 日付を見る限り、少なくともここ半年の記録はこの部屋にしまわれているはず。ひょっとして、機密事項だから別の所に隠してあるとか? でも、金庫らしき物も見当たらなかったし……」


 寝転んだまま考えをめぐらすアリス。他に可能性があるとするならば……。


「まさかカルテまで、城の最上階で管理されてるんじゃないでしょうね」


 可能性はある、っと言うよりも、そちらの方が可能性は高いだろう。


 国家機密レベルの情報である王の容態を記録したカルテ。それを隠そうとするならば、それは国で最も厳重な警備の下で保管するのが一番。それは何所か? 考えるまでも無い。


 城の最上階。王の居る5階のフロアだ。


「あ~! も~! 何で、こんな簡単な事に気付かないかなぁー!」


 当てが外れた事より、単純な見落としをした自分に腹が立つ。アリスは大の字のまま手足をバタつかせた。唯でさえ時間が無いと言うのに……。


「コリーナに何て説明しよう……」


 さも自信あり気に出てきてしまった以上、見当違いでしたとは言いたくない。腹立たしさと情けなさで、アリスは床の上を寝転んだままゴロゴロと転がっていく。


 すると、アリスの耳に小さな物音が聞こえてきた。どうやら扉を開閉した音のようだ。


「もう帰ってきたのかな?」


 予定よりもかなり早い。アリスはもう潮時かと、実体化させた自分の影を元に戻し、水晶玉を呼び出す。


 自らを転送させようと水晶玉に魔力を送る瞬間、アリスはその異変に気が付いた。


 階下から聞こえたそれは、怒号の混じった言い争いだったのだ。


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