似たもの同士2
「……勘?」
意味が分からず、アリスが首を捻る。
「お父様は、とても厳しい方です。そんなお父様が以前、一つだけ褒めてくれた事があったんです。お前には、人の真を見抜く力がある……と」
「はぁ……」
「その私の勘が言っているのです。アリス様が、良い人だと」
「……………」
真顔でそう言い切るコリーナに、アリスはただただ呆然とした。
勘だけを頼りに、赤の他人に国の機密をばらし、よりにもよって魔族の自分を良い人だと言う。アリスには言葉が見付からなかった。
「呆れられましたか?」
「い、いいえ! 少し……驚いただけでして……」
「でも、私の勘は間違っていなかったと確信しました。食事も取らずに私の帰りを待っていてくれたアリス様の姿を見て……」
その時コリーナは、とても暖かい目をしていた。見ているだけで気持ちが和む、不思議な瞳。アリスは、その瞳に惹きつけられると同時に、どこか懐かしさも感じた。この瞳を、どこかで見た事があるような気がした。
アリスはコリーナの瞳をジッと見詰めていた。すると突然、その瞳に影が差す。
「申し訳ありません。私は、アリス様を利用しようとしたのです」
「コリーナ様……」
まただ。アリスは、この城に来てから何度目か分からない、小さな胸の疼きを感じた。悲しみに満ちた瞳で陳謝するコリーナ。その姿を見るだけで、なぜか胸の奥が疼く。
「アリス様が良い人だと分かったからこそ、私はアリス様を……」
「待ってくださいコリーナ様。それを言うなら、私も同じですよ。私だって呪いの事が知りたくて、コリーナ様に近付いたんですから」
アリスも、自分がなぜそんな事を口にしたかは分からない。相手が謝罪しているのだ、自分の立場を優位にする絶好の機会のはずなのに。ただ、こんなコリーナの姿を見たくなかった。
「ね。お互い様ですよ、私達」
ニコリと笑って見せるアリス。そんなアリスの笑顔を見て、コリーナも表情を和ませた。
「ふふ……似た者同士なのですね、私達は」
「そうそう、だからコリーナ様が謝る事なんて何もないんですよ」
「ありがとう御座います、アリス様。ですが……似た者同士という事は、ひょっとしてアリス様も何処かの皇女様でいらっしゃるとか?」
「まっ! まさか~! はは、ははははははっ!」
コリーナにとって見れば他愛の無い冗談だったのだろうが、アリスには心臓を掴まれたような一言だった。何とか動揺を隠すため、わざとらしく笑って誤魔化そうとする。
「冗談ですよ、アリス様。でも、全くありえない話でもないと思っているんですけどね、私は」
悪戯っぽく上目遣いでアリスを見上げるコリーナ。
いったい、何処まで自分の事を見極めているのか……アリスは、コリーナには本当に人の真を見抜く力があるような気がしてきた。
これ以上二人っきりで向かい合っていると、それこそ全てを暴かれてしまいそうな気さえする。
「しかし参りましたね……幾らアリス様のお知恵を借りられても、呪い自体の事が何も分からないようでは、調べるにも限界がありますし……」
コリーナが、いかにも困ったと眉をひそめる。
アリスとしても現状は手詰まりだ。情報は喉から手が出るほど欲しい。今のままでは、真相に辿り着く事はできないだろう。最上階に強行突入でもしない限り。
「コリーナ様、お医者様は普段から5階に住まわれている訳ではないのですか?」
「はい、普段は街の診療所にいらっしゃいます。一日一回。昼過ぎに診察にいらっしゃるだけです」
「宜しければ、その診療所の場所を教えて頂けますか?」
「え、ええ……それは構いませんが、たぶんお話を聞いても何も答えていただけないと思いますよ」
「構いません。話が聞けないのなら、自分で情報を捜し出すまでです」
そう言ってニヤリとするアリス。コリーナは興味深げに身を乗り出した。
「いったい、どのように?」
「それは……」
アリスが同じ様に身を乗り出し、声を潜めた瞬間……。
「コリーナ姫様、そろそろお時間です」
ドアをノックする音と、男性の声が聞こえてきた。途端にコリーナの表情が、落胆の色に染まる。
「申し訳ありません、明日は早朝から予定がありまして、早目に休まねばならないのです……」
「大丈夫ですよ、明日ちゃんとご報告しますから」
アリスがコリーナをなだめると、二人は同時に腰を上げる。
「それではコリーナ様、ご馳走様でした。また明日」
「あ……アリス様……」
「はい?」
部屋を出ようとしたアリスが、背後から呼び止められる。振り返ると、コリーナが頬を赤らめながら俯いていた。
「どうかされましたか? コリーナ様」
「あの……一つ、お願いがあるのですが」
「はい、私に出来る事ならなんなりと」
「あの……実は……」
ごにょごにょと口ごもるコリーナ。アリスが首を傾げて、聞き耳を立てる。
「あの……出来ましたら……私の事を呼び捨てで呼んで頂きたいのです……」
「へっ? コリーナ様を呼び捨てに? で、出来ませんよ! そんな事!」
「ですが……一般では友人同士で『様』など付けないと……聞きましたので」
気恥ずかしそうに俯くコリーナ。何となく、アリスにはコリーナの気持ちが理解できた。やっぱり私達は似た物同士なのかも知れない……とも。
アリスは無言のままコリーナに背を向け、扉の前まで歩くと、クルリと振り返った。
「おやすみなさい、コリーナ」
アリスがそう言うと、コリーナ表情がパッと華やぐ。
「おやすみなさい……アリス」
その日二人は笑顔で分かれた。とても、とても大切な何かを互いの胸の中に残して。




