似たもの同士
空が茜色に染まった頃、アリスは客室のベットの上で仰向けになっていた。
「つ、疲れた……」
ゼニトスが部屋を去って以降、アリスは思い付く限りの術を使用し結界の調査を試みた。しかし、結界を破るどころか、仕組みすら分からない。魔術の連続使用で彼女の魔力は底をついた状態だった。
薄っすらと汗ばんだ額を手で拭い、アリスは天井を見詰める。たった一枚の天井が、地上と魔界を隔てる分厚い地層のように見えた。
直接的な力技なら、アリスでも結界は破れるだろう。だが結界外から内部の人間に呪術を掛けるとなれば、まるで話が違う。とつても無い練度の技術と、膨大な魔力が必要になるはずだ。
「お姫様達が魔王のせいにするのも納得だわ……」
部屋を出て、ヒトを相手に情報収集を行なおうともした。だが常に監視の視線を感じていたため、確信に迫る話を聞く事は出来なかった。やはり、コリーナを接点にする以外ないか……。
「アリス様、いらっしゃいますか」
扉をノックすると同時に聞こえてきた声。アリスはベットから跳ね起き、自ら扉を開けた。
「コリーナ様、お帰りなさい」
満面の笑みで迎え入れたアリス。少し過剰すぎたかなとも思ったが、コリーナは嬉しそうに微笑みを返した。
「ただいま帰りました、アリス様。私が戻るまで、お食事を待っていただけたそうで……遅くなってしまい、申し訳ありません」
「いいえ、私がご一緒したかっただけですから」
「……ありがとう御座います。それでは、食事にしましょうか……あ、そうだ。宜しければ私の部屋で食事をしませんか? 食堂は、お話しするには広すぎますし」
「はい、喜んで」
アリスはコリーナに続いて客室を後にし、彼女の自室へと赴いた。途中、擦れ違ったゼニトスに目配せをされた。扉の外には警護が居るので、会話の内容に気をつけろ……そんな所だろうか。
分かりきった事ではあったが、アリスはゼニトスに小さく会釈をしてから、コリーナの部屋へと入った。
二人が白いテーブルに着くと、計っていたかのようにドリンクと前菜が運ばれる。前菜は海に面していないアルバニス国には珍しい、白身魚のカルパッチョ。
繊細でありながらで深みのある味は、これから始まる晩餐への期待を否応なしに抱かせてくれる。そして、それに続く料理の数々は、アリスの期待に見事なまでに応えてくれた。
二人は料理を楽しみながら、互いが昼間、どんな時間を過ごしたかを報告しあう。特にコリーナにとっては何気無い日常だったのだが、今日に限り、一日の事が細部にわたり記憶として蘇った。
ルーティンワークにすら感じていた一日が、『誰かに聞いて貰える』……それだけで、コリーナ自身、今日と言う日が特別な物だったように感じられた。不思議な……とても不思議な感覚だった。
気が付けば、最後のデザートを食べ終えるまで、コリーナは夢中で自らの事をしゃべり続けていた。
「申し訳ございませんアリス様。私ったら、自分の事ばかりで……」
「いいえ、王女様の日常など滅多に聞ける物ではありませんし、とても興味深く拝聴させていただきました」
アリスのフォローにも、コリーナは顔を赤くして俯いてしまう。
「そ、それでアリス様は、どの様に過ごされたのですか?」
「私は……そうですね~」
「やっぱり、お父様の呪いについてですか?」
「え!? そ、それは……」
図星を点かれ、僅かに動揺するアリス。
「隠さなくても大丈夫です。アリス様の目的は昨夜お聞きしましたし。尤も、あまり表だって動かない方が宜しいかと存じますが」
「はい、心得ています」
今も部屋の外では護衛の兵が聞き耳を立てている事だろう。二人は自然と小声になった。
「私も昨夜はアリス様に助言を求めた身。出来る限りの事はお伝えしたいのですが、なにぶん私にも分からない事ばかりで……」
「最近は、お父上様にもお会いになられていないのでしたね」
「はい……万が一、私にまで呪いの影響が出てはならないと。心苦しいのですが、お父様には騎士団長のフェイガルと、お医者様にお任せしています」
「呪術師にも、診せたんですよね?」
「診せたと言えば診せましたが……」
「と、仰いますと?」
「フェイガルが呪術に精通しておりまして、呪術解除の研究は彼を中心に行われているのです」
「なるほど……」
側近とは言え、なぜ騎士団長が床に伏した王の傍にいるのか、アリスもようやく理解できた。
「そうしますと……やはり、騎士団長様かお医者様に話しを聞くのが一番ですね」
「そうですね、しかしフェイガルは滅多に降りてきませんし、お医者様も口止めされているらしく、私にも詳しい話をしていただけません」
「コリーナ様にも? そこまで徹底されているのですか?」
「はい、お父様の詳しい状態も分かりません。徐々に衰弱しているとしか……」
王女にまで秘密にしているのに、屋台のオバちゃんが呪いについて知っているのだから、緘口令と言うのも当てにならないものだ。アリスは、自分の代理やキューイルがゼリムに自分のことを密告していやしないかと、少しだけ心配になった。
「お役に立てず、申し訳ありません」
「そんな、コリーナ様が謝る事なんて……」
謝る事なんてない。それ以前に、他人のアリスにここまで助力する義務もないはずだ。
「コリーナ様、なぜ私などにそこまで話していただけるのですか?」
アリスにとっては至極当然の疑問だった。
コリーナは少しだけ間を置き、手にした紅茶を少しだけ口に含んだ。喋り続けた事で乾いた口内に、潤いが広がる。
「私も……お父様の力になりたかった」
ポツリと。消え入りそうなほど小さな声で、コリーナが呟く。
「私の力や知識では、お医者様やフェイガルに及ぶべくもない。それは分かっています。それでも何か、お父様のお役に立ちたかった」
「コリーナ様……」
「アリス様をはじめて見た時、ただの旅行者でない事は分かりました。何よりウッドがカードを渡すのは、よほどの武芸者でなければありえません」
アリスが警備隊長から渡されたカード。確か入隊の推薦状のようなものだと言っていた。
「アリス様の力をお借りすれば、何か……自分では気が付かない何かが分かるのではないかと、そう思ったんです」
「それだけで、国の最大機密を国とは無関係の私に話したのですか? 私が他国の密偵だとは、お疑いにならなかったのですか?」
少し責めるような口調になってしまったと、アリスは慌てて口をつぐむ。しかしコリーナは気分を害するどころか、嬉しそうにニコリと微笑んだ。
「勘です」




