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ヒトと魔族2

「千里眼でもダメとなると、直接5階の様子を見聞きするのは無理っぽいかなぁ……」


 昨夜の内に、幾つかの術は試してみた。しかし、どれも結界を越える事はできなかった。


 結局分かった事は、最上階を護ってる結界が予想以上の強固さだと言う事。


 そして、この結界を破った呪いもまた、アリスの予想を超えたものであるらしいと言う事だ。


「まいったなぁ」


 全身の力を抜きソファにもたれ掛かるアリス。指先で額に触れると、第三の瞳は皮膚と同化する様に消えてしまった。


「そうなるとヒトから聞くしかない訳だけど、当の王様は5階から降りてこないし……騎士団長さんか主治医さんに聞くのが一番手っ取り早いって事かぁ……でも、普通に聞いても答えてくれそうにないしなぁ……」


 アリスが腕組みをして唸っていると、部屋の扉がコンコンとノックされる。アリスは反射的に羊皮紙を丸め、カバンの中に仕舞い込んだ。


「ど、どうぞ!」


 アリスが返事をしてから数拍。扉が開かれ、現れたのは燕尾服を着た青年。食堂でコリーナに紹介された執事、ゼニトスだった。


「お寛ぎの所、失礼いたします」


 うやうやしく頭を下げたゼニトスは、扉を閉め、その場で立ち尽くした。何の用だろうと、アリスはゼニトスの言葉を待つ……が、一向に切り出す様子が無い。


「あの~……何か御用ですか?」


 微妙な空気に耐え切れなくなったアリスが、ゼニトスに問い掛ける。ゼニトスは難しい顔をしながら、無言で眼を泳がせる。


「……あの~」


「す、すいません! あ、あのですね……」


 ゼニトスは何度か口ごもった後、意を決した表情でアリスの瞳を見詰め、そして深々と頭を下げた。


「アリス様、暫く此方に滞在して頂けませんでしょうか」


「……へ?」


 あまりにも予想外な言葉に、アリスは思わず間抜けな返事をしてしまった。


「それはいったい、どう言う……」


「城外の方に、このような事を話すのは姫様に仕える者として失格かもしれませんが……」


 ゼニトスは顔を上げ、一つ息をつく。


「コリーナ様は早くに母である女王様を亡くし、幼少の頃より一国の王女として、通例以上の責務を全うされてまいりました。しかし最近は、公務も急激に忙しさを増して行き、お疲れになっているのが傍目でも分かるほど。幼い頃あんなに明るかった姫様も、今は殆ど笑顔を見せなくなってしまっていたのです……」


 側近として支えきれなかった己への苛立ちからか、ゼニトスは両手の拳を強く握り締めた。


「……久々でした。今朝の食堂で、アリス様とお話されている時の姫様の楽しそうなお姿……アリス様には、是非コリーナ姫様の御友人になって頂きたいのです」


「えぇ!? そ、それは……」


「勿論、アリス様にも旅をする目的が御座いましょう。永久に居て欲しいとは言いません。可能な限り、この城に留まり、姫様の話し相手になってあげて欲しいのです」


「しかしですね……」


「お願いします! 今の傷付いた姫様を支えられるのは、アリス様だけのなのです!」


「……傷付いた?」


アリスが何気なく聞き返した言葉に、ゼニトスは慌てて口を両手で塞いだ。


「何かあったんですか?」


 王の呪いの事だろうと察しつつ、とりあえず確認してみる。しかし返ってきた答えは、アリスにとって少々意外な物だった。


「実は昨日……魔王ヴェルナスを討伐する為に、近隣の傭兵を集めた一団を結成し、ラジアルに攻め入ったのですが……」


「コリーナ様に聞きました。連絡が取れなくなったので、おそらく壊滅したのだろう……と」


「はい……実は、その一団を仕切っていたのは、我が国の騎士……彼は姫様の……唯一とも言える友人でした」


 ゼニトスが無念の表情を浮かべると、アリスの胸がチクリと疼いた。


「コリーナ様の御友人……ですか」


「彼は古くから王家に使える騎士の一族。二人は兄妹のように育ってきたのです。その彼が……兄と慕う彼が亡くなって、悲しんでいないはずが、傷付いていないはずはありません」


「そう……だったんですか」


 アリスの脳裏に、昨夜コリーナが見せた悲しげな顔が呼び起こされる。


「お願いします、アリス様。ただコリーナ様とお食事をしたり、少しお話をして頂ければ良いのです」


 ゼニトスが再び頭を下げる。その真摯な姿が、不思議とアリスには微笑ましく映った。


「分かりました、私などで宜しければ喜んで」


 アリスが微笑みながらそう言うと、ゼニトスは晴々とした表情でアリスに何度も礼を言った。


 ゼニトスは「この事はコリーナ様には内密に」と言い含めてから、軽い足取りで部屋を後にした。


 アリスはテラスに向かい、何気無くトレルの街を眺める。この街の何処かで、コリーナは王女としての仕事を懸命にこなしているはずだ。


「仕事……私のした仕事は……」


 攻められれば応戦する、当然だ。例えそれが誰であっても。


 配下の者がヒトの軍隊を壊滅させた事は、自分の指示でもある。だが何も間違いではない。間違いではない筈なのに、またしても胸が疼く。


「ヒトのお姫様……かぁ」


 疼きの止まらぬ胸に手を沿え、アリスはポツリと呟いた。

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