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ヒトと魔族

「おはようございます」


 翌朝。アリスがメイドに連れられたのは、一階の食堂。広すぎる室内に、長すぎるテーブルが置かれ、その一席にはコリーナが静かにアリスの到着を待っていた。


「おはようございます、アリス様」


 朝日に照らされた美しいコリーナの笑顔に、アリスも自然と顔をほころばせる。


「コリーナ様、よろしいのですか? 私などが、此方でお食事をさせて頂いても」


 この食堂は、王とその血縁者のみが使用できる場所。客人とはいえ、一般人(と思われている)アリスが使用して良い場所ではない。


 昨夜も食事を御馳走になったが、料理はアリスが寝泊りをした客室に運ばれてきていた。


「はい勿論。偶には誰かと食事を共にしたかったのです。お父様が床に臥せって以来、ずっと一人で食事をしてまいりましたので……ご迷惑……でしたか?」


「いいえ、光栄です。ご一緒させて頂きます」


「良かった、それでは食事にいたしましょう」


 ほっと胸を撫で下ろしたコリーナが、傍らの執事に目配せをすると、二人の前に様々な料理が並べられた。


 朝食のため、王家の食す料理にしては質素な部類になるのだろう。それでも、厳選された食材を一流のコックが調理すれば、それは充分に御馳走と言える。


 アリスは王家の料理に舌鼓を打ちながら、コリーナと他愛の無い雑談を楽しんだ。


 アリス自身もコリーナと同様、こうして誰かと同じ食卓につく事が久々だった。その為か、つい時間を忘れてしまっていた。


「姫様、そろそろお時間が……」


 執事の申し訳無さそうな一言で、二人が我に返る。


「申し訳ありませんアリス様、そろそろ仕事に向かわねばなりませんので……」


 コリーナは現在、王女としてだけではなく倒れた王の代役も務めていると言う。流石に全てを担っている訳ではないだろうが、朝食一つに時間を掛けられないのだろう。


「いえ、お引止めしてしまったようで、申し訳ありません」


「とんでもありません、久しぶりに楽しい食事でした。アリス様、もし私の居ない間に城の中を見たい時は、此方のゼニトスに申し付けて下さい」


 コリーナに紹介された燕尾服の青年が、アリスに向かって頭を下げる。


「それではアリス様、また夜にでもお話して下さいね」


 ニッコリと笑ったコリーナは、そう言って席を立つと、そのまま食堂を後にした。残されたアリスにしても、じっとしている訳にはいかない。食堂に待機する使用人達に礼を述べると、早足で客室へと戻った。


「さて、早速はじめましょうかね……」


 部屋に戻りソファに腰を下ろしたアリスは、昨夜キューイルを呼び出した羊皮紙を取り出す。


「とりあえず、これを使ってみるか」


 羊皮紙に描かれた魔法陣の一つに手をかざし、魔力を込める。アリスの力を注がれた魔法陣は、淡い光を放ちながら、紙の上でユックリと回転を始める。


 魔法陣の回転は、どんどんと速度を上げて行き、やがて小さな黒い円形にしか見えなくなった。


「世界を見通し…真を暴く千里の瞳よ……我に、その力を分け与えたまえ……」


 アリスが回転する魔法陣に指先で触れる。すると、アリスの額が眩い光を放ち始めた。続いてアリスは、魔法陣に触れていた指先を輝く額に移す。額の光は、アリスの指先に集まり、少しずつ収まって行く。


「……良し」


 アリスが指を離すと、額には三つ目の瞳が現れていた。


 大きく深呼吸したアリスは、両の瞳を閉じ、新たに現れた額の眼に神経を集中させる。第三の瞳が写した映像は、視覚としてではなく、まるで夢に見るように脳内に映像として映し出されていた。


 アリスは、額の瞳を天井に向ける。脳内に映し出された映像には、白いタイル張りの天井の他、ぼんやりとした赤い靄の様な物が見えた。


「これが結界か……」


 アリスは更に第三の眼に神経を集中し、天井の先に焦点を合わせようとするが、靄に阻まれるかのように映像にノイズが走る。


「ん~……やっぱ、ダメか」


 アリスが両目を開け、天井を己の瞳で見詰める。

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