黒猫と考察2
それでも、まだ謎は残る。
「なぜ、この国に目を付けたのか……なぜ、呪いなんて手を使ったのか……」
アリスは腕組みをして、う~んと唸る。パズルのピースは確実に増えてきたのだが、増えて来たゆえに思わぬ選択肢が現れ、より完成図が見えなくなってしまったようだ。
「いざとなったらゼリムに報告しなきゃね……」
魔族同士の争いとなっては、アリス一人で処理する事など不可能。参謀長の耳にも入れねばならないだろう。報告すれば、間違いなくゼリムの逆鱗に触れる事になるだろうが……。
アリスは、ゼリムの怒りに震える姿を想像し、身震いした。
「……やっぱり、止めておけば良かったかなぁ……」
後悔してみた所で、状況は何も変わらない。今はキューイルが新たな情報を手にして戻る事を期待するのみだ。
「上手く行くと良いけど……」
「ただいま戻りました」
「わぁっ!!!」
呆けていたアリスの眼前に、突然キューイルが現れる。驚いたアリスはソファから落ちそうになった。
「ちょっと! 驚かさないでよ!」
「も、申し訳御座いません!」
ヒゲを左右に引っ張られ、キューイルが涙目で陳謝する。
「随分と早かったわね。ちゃんと調査してきたの?」
「も、勿論ですとも」
前足でヒゲを整えるキューイルは、心外だと言わんばかりに尻尾を激しく振る。
「私は探索・諜報の能力のみで閣下に認められた、言わばその道のプロですぞ。抜かりはありませんとも」
「それじゃ教えて。最上階の様子を」
「は、それでは……」
キューイルはピンと背筋を伸ばす。
「アリス様の仰るように、最上階には全体的に結界が張られていました。主に魔力に反応する物で、魔法や呪文の類や魔力を媒体とする種族、それとアリス様やゼリム様のような巨大な魔力を有する者を遮る効果があります」
「キューイルは大丈夫だったの?」
「はっはっは。私、魔力の類はサッパリですので。おかげで戦闘力も皆無ですが」
「笑って言う事でもないでしょう……」
「おほん……間取りの方は、まず階段を上がった正面の扉。ここがフロアの中央にあたる玉座の間です。ここが一番大きな部屋ですね。その周囲を囲むように、同一の広さを持つ部屋が六つ。北東西に二つずつ配置されています。人が居たのは北側の一室。ベットに横たわっていた人間の男と、鎧を着ていた人間の男の二人です」
「おそらく、それが王様と騎士団長ね。何か話してなかった?」
「ヴェルナス様がどうとか、部隊の全滅がどうとか、その中で死んだ兵がどうとか……」
「それは、私達の城に攻めてきた部隊の事ね。詳しい内容は分からなかったの? 呪いの話とかしてなかった?」
「はぁ……まるで人目を気にするように小声で話していましたので……あまり近付きすぎると感付かれますし……」
「この状態でも、まだ姿の見えない魔王ヴェルナスに怯えているかしら?」
そもそも結界を越えて呪いを掛けられているのだから、どれだけ厳重な警備を強いても、恐怖は拭えないかもしれない。
「さすがヴェルナス様、その身は既に朽ち果てていようとも、名前だけで人間を恐怖に落としいれるとは……」
なぜか感動しているキューイルが、前足で目元を拭う。
「それでキューイル、他には?」
「そうですね……南西の部屋に書庫があったくらいで、後は家財道具の置かれた同じタイプの部屋が並んでいるだけでした」
「ん~……そっか」
「……お気に召しませんか?」
キューイルが、不安気に首を傾げる。
「いいえ充分よ。ありがとう」
実際、期待していたほどの情報を手に出来た訳でもないが、それも致し方ないだろう。諜報活動など空振りが大半。膨大な時間と労力を費やして、僅かな利を求めるのが普通だ。
そもそも現状が出来過ぎなのだ。ゼリムに気付かれずに城を抜け出し、城内に侵入できたどころか、王女と知り合い、直接話まで聞けた。今日一日の成果として、これ以上を求めるのは欲張りすぎと言う物だろう。
「それでは、私はこれで……」
「あ、ちょっと待って」
魔法陣の中へ戻ろうとしたキューイルを、アリスが呼び止める。
「城へ行ってさ、取ってきて欲しい物があるんだけど」
「城の中の物なら、自由に呼び寄せられるのでは?」
「それがさ……私の部屋に置いてある物じゃないから、下手に転移させるとゼリムに気付かれるかもしれないんだ」
「……つまり、ゼリム様に見付からぬように、気付かれぬように、城にある物を盗み出せ……と」
「察しが良くて助かるわ、さっすがキューイル」
褒められても嬉しくはない。それは間違いなく、ゼリムに知られれば自分も唯では済まない物のはずだから。
ニコニコと笑顔を見せるアリスに、キューイルは項垂れる様に首を縦に振り、渋々了承した。




