アリスの大冒険?2
「それで、今朝方トレルの街に辿り着いたのです」
アリスは一息つくと、冷め切った紅茶を口に運んだ。こんなに喋ったのは何年ぶりだろう。
最近はゼリムに愚痴を言う位しかなかった。こうして、誰かと向き合って喉が渇くまで話をする……その楽しさに、アリスは目的を忘れてしまいそうだった。コリーナの言葉がなければ、切り出せなかったかもしれない。
「おかしな言い方かも知れませんが、それほど世界を見聞されてきたアリス様が、アルバニス城に興味を持たれるのは意外です。隣国にはアルバニスよりも歴史のある城や遺跡が数多あると言うのに……」
「それはですね……」
このタイミングだ。
扉の外には、未だに多くの騎士が中の様子を窺っている事だろう。アリスは扉を一瞥した後、声を潜めた。
「実は……トレル王が魔王の呪いに倒れられたとの噂を聞き、呪術研究の為にお話を御伺いできないものかと……」
一つの賭けではある。一国の王が危機に瀕している、言い換えれば国が危機に陥っている状況で、イチ魔道士がその核心を知りたいと言うのだ。
屋台の店主が言っていた通り、その場で身柄を拘束されても不思議ではない。だが、アリスには不思議な自信があった。コリーナからなら、何かを聞き出せるのではないかと。
「……やはり、そうでしたか」
コリーナは少しだけ俯き、納得したように目を伏せた。
「やはり……とは、ご存知だったのですか?」
「ええ。城内のご説明をさせていただいた時、アリス様があまり関心を示されなかった様に感じましたので……もしかしたら……と」
そう言って、はにかんだコリーナ。
アリスは、コリーナへの認識を見直さなければならないと感じた。
城外で見せた騎士達への威風堂々とした態度。一寸の無駄も無く城内の説明をこなした明敏さ。反対の声を一蹴し、否応なしに一般人を自室まで引き入れた行動力。創作した物語に没頭する無邪気さ。そして、アリスの仕草から違和感を見抜いた観察力。
コリーナはアリスが思っていた以上に奥深さを持った人間のようだ。気は抜けない……。
「私を拘束しますか?」
アリスの真っ直ぐな問い掛けに、コリーナを顔を横に振る。
「お父様が床に臥されてすぐ、城内に緘口令がしかれました。しかし数日後には『王が倒れた』と街中で噂になっていると報告があり、いずれ呪いの話も出回るであろうと……私もお父様も覚悟をしていましたから」
「しかし、放っておけば国外にまで噂が広がってしまうのでは?」
「そうですね……だからこそ、父もフェイガルも、魔王討伐を急いでいるのでしょう」
「魔王の討伐……ですか?」
「はい、呪術を破るには使用者を討つのが一番の早道。先日も名のある武芸者を集め、ラジアルへと部隊を向かわせました」
今朝、城に来た奴等だな……アリスはヒドラ一体に壊滅させられていた人間の軍隊を思い出した。
「今年に入って既に三回目の進軍でしたが、昼頃から魔道通信での部隊との更新が断たれました。おそらく部隊は壊滅。生き残った者も居ないでしょう」
コリーナの瞳に光る物が見えた。その瞬間、アリスの胸が小さく弾む。
「申し訳ありません……戦いに赴く以上、死と隣り合わせである事は理解していますが……」
微笑みを浮かべ目頭を拭うコリーナ。その仕草に、アリスの胸が再び弾む。
今までに無い不思議な感覚に、アリスは言葉をなくしてコリーナを見詰めていた。
「そんなに見詰めないで下さい……恥ずかしいです」
「も、申し訳ありません……」
慌てて目を逸らしたアリスに、コリーナはクスっと笑う。
「お優しいのですね、アリス様は」
「へ? 優しい? 私が?」
魔王継承者の自分が優しい? 次々と訪れる予想外な展開に、アリスは不覚にも動揺してしまう。コリーナの柔和な笑顔を見るたびに、鼓動が激しくなっていくような気がした。
このままではマズイ……話題を変えなければ……。
「しかしですね……今まで何百年と成し得なかった魔王の討伐を待っていては、王の状態が国外に漏れるまでに呪いを解く事は難しいのでは?」
「その通りです。しかしアリス様もご存知の通り、この国を出入りするには隣国よりも厳重な審査が必要です。元々人の出入りは僅か。暫しの時は稼げましょう」
「そ、そうですね……」
っと頷いてみたアリスだが、当然国境などは越えていないので、どんな審査を行っているかは知らない。
「それに……」
「……それに?」
「現状、他に有効と思われる方法がありません。ただ手をこまねいていても……お父様に残された時間は止められませんから」
コリーナが一瞬だけ瞳を伏せる。再び開いた瞳は、深い悲しみと揺ぎ無い覚悟を含んだ、強い光を放っていた。
「コリーナ様……」
「ご心配には及びません。お父様は必ず助けます、その為に独自で呪術の研究もしているのですよ」
コリーナは突然立ち上げると、豪勢な本棚から何冊かの書物を抜き出し、アリスの前に並べた。
「アリス様をお連れしたのは、私の研究を見て頂きたかったと言う理由もあったんです。なにぶん、呪術に関しては素人ですので」
苦笑いで開いたコリーナの書。そこに書き連ねられていたのは、アリスが始めて見る術式や理論の山だった。
アリスの頬を冷たい汗がつたう。魔道士見習いなんて言うんじゃなかった、そんな後悔が頭をよぎる。
「アリス様、このロイアストーニの呪方についてなのですが……」
「は、はいはい……こ、これはですねぇ~」
上擦りそうな声を必死に抑えながら、アリスは己の知識をフル動員して、何とかコリーナの質問に答えていった。
ゼリムの言う通り、呪術の勉強もしておくんだった……アリスは遊んでばかりいたアノ時の自分を、少しだけ叱りつけたい気分だった。




