アリスの大冒険?
「ご自由におくつろぎ下さいね、アリス様」
コリーナの自室に連れられたアリスは、室内をキョロキョロと見渡しながら、手近なソファーに腰を下ろした。
コリーナの部屋は、まさしく王女が住まうに相応しい豪華さとインパクトを持っていた。人と魔族の違いはあれど、同じ王女と言う立場のはずなのに、自分が閉じ込められている辛気臭い部屋とはずいぶんと違う。
アリスは部屋の隅々にまで施された彫刻や、金銀に輝く調度品を眺めながら、少しだけ羨ましく思う。
「落ち着きませんか?」
ティーセットを手にしたコリーナが、苦笑いを浮かべながら奥から戻ってきた。
「王女様のお部屋に招かれたのは、初めての経験なので……」
人間のね……っと、心の中で補足するアリス。
コリーナはアリスの対面に座ると、馴れた手つきで陶器のカップに温かな紅茶を注ぎ、アリスの前に差し出した。
「ひょっとして……ご迷惑でしたか?」
コリーナが神妙な顔で訊ねると、アリスは笑顔で頭を振った。
「とんでもない、少々緊張しているだけです。王女様にお茶を淹れて頂けるなんて、こんなに嬉しい事はありません」
アリスはニッコリと笑い、頂きますと目の前に置かれたカップを手に取った。
「良かった。私、どうしてもアリス様とお話したくて……少々強引にお連れしてしまったもので、アリス様がお気を悪くされてるんじゃないかと心配で……」
少々で片付く範囲かは微妙だが、強引だった事は事実。最後まで説得を試みた騎士達は、今でも扉の外に張り付いて中の様子を伺っている事だろう。何か異変があった場合、すぐにでも飛び込めるように。
「どうして、私なんかと?」
アリスが小首を傾げると、それまで凛としていたコリーナの表情が、僅かに曇った。
「私……産まれてからずっと王女として生きてきました。それを不満に思った事はありません。この国の王女として、国の為に生きる事が私の宿命。ただ、少しだけ夢に見るのです……お城の外を、街の外を自由に歩き回る自分の姿を……」
「外を……歩く……」
「私は、護衛を連れていなければ城の外へ出る事もままならぬ身。魔物の住み着く街の外など、一度も出た事がないのです」
アリスは沈んだコリーナの瞳に、自らの影を見た気がした。
「それで世界を旅されているアリス様のお話を、ぜひ聞かせて頂きたくて……」
「旅の話……ですか?」
マズイ……アリスが動揺を表に出さないように押さえ込む。
世界を旅しているなど、当然の様に嘘である。正直、アリスにとって人間界はまだまだ未知の世界。産まれてから殆どの時間を魔界とラジアルで過ごしているのだから。
「何でも良いんです。アリス様が体験された事をお聞かせ願えますか?」
「は、はぁ……」
潤んだ瞳で懇願するコリーナ。アリスは表情を変えずに脳内をフル回転させた。
アリスが人間界で実際に目にした物、体験した物はごく僅かだ。しかし知識はある。
父親から、そして母親やゼリムから聞いた話。そして書物等を読む事で得た情報をすり合わせ、アリスは頭の中でオリジナルストーリーを築き上げて行く。
「それでは、リオロッド島のドラゴンの話を……」
それからアリスは、頭の中で作り上げた物語をコリーナに聞かせた。時にコリーナのリアクションを観察し、『人間から見て』不自然にならないよう話を修正しながら。
事実を織り交ぜたアリスの話にリアリティを感じたのか、単純に物語として興味を持ったのか、コリーナはアリスの話を食い入るように聞いていた。
「……っと言う事で、無事に帰還する事が出来たんです」
「はぁ~……」
やがてアリスが物語を結ぶと、コリーナは大きく息を吐いた。
「凄い、凄いです! アリス様はドラゴンと戦った事もあるのですね」
「えぇ、まぁ……」
アリスの話に感動したコリーナは、身を乗り出してアリスを賛美する。
街を出る事も叶わない自分とは違い、目の前の少女は、最強の魔物と呼ばれるドラゴンと死闘を演じたと言うのだ。
コリーナにとって、アリスはまるで物語の主人公のようだった。
実際は、子供の頃にドラゴンの尻尾をトカゲの様に切って遊んでいただけなのだが。
「それでそれで? その後は?」
「そうですね……その後は、海を渡ってナズキの国へ参りまして……」
瞳を輝かせるコリーナに、やや押され気味のアリス。それでも何とかネタを繋ぎ、物語を作り上げていく。そんな急ごしらえなストーリーに、コリーナは益々のめり込んで行った。
聞き上手なコリーナに引き出される内に、結局アリスは世界の半分を旅した事になり、空が赤らんで来た頃、ようやくトレルの街に話題が移った。




