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32話「農奴たちの処遇」

「正直に言います。僕は反対です」


 農奴をダンジョンの近くに連れ帰ったデニスは事情を説明したカンタンに早速拒絶された。


 カンタンを含む魔族にとって農奴とは言え人族、拒絶感情があって当たり前なのだ。


「……俺は村長じゃない。村長代理、いや村長であるカンタンに農奴たちを押し付ける権利は俺に無い」


「しかし。亜人族や魔族の農奴たちは別です。彼らだけならかくまっても構いません」


「ダメだ。農奴たちに分裂を促すのは争いを生む。それだけは例え俺であっても看過できない」


「じゃあ、どうするんです? 農奴たち全員を見殺しにするんですか?」


 デニスとカンタンの押し問答に答えはなかなか見つからない。


 そんな中、エメが2人の会話に割り込んだ。


「まあまあ、言い争うのは結構ですけど、別の案を考えてはどうです? 例えば村をもう1つ作るとか」


「――それはいい案だな。ただそうなると一時的に養う場所がいる。ダンジョン内は無理なのか?」


「おススメはしないです。農奴のほとんどは魔素適性の低い人族です。長居すると魔素酔いはよくても、魔素中毒による致死もあり得るのです」


 エメの回答を聞き、デニスはカンタンの方を向いた。


「新しい村を造るまで村に住まわせろと言うことですか? 彼らも最初は野営で十分じゃないですか」


「それはできない。何故なら、数日以内には農奴たちの元飼い主である領主が軍勢を引き連れてくる可能性があるからだ」


 ユグドラシルの烏によれば、その領主は北東の街であるビュースムよりもさらに東に位置するアルハンドラという土地を治めているらしい。


 現当主は前当主と違い、領民に圧政を敷いて私腹を肥やしている。


 理由としては魔族の襲来に対峙するためという大義を領主はかざしている。けれども今回の討伐軍遠征でその必要がなくなっているため、事実上言い逃れだ。


「討伐軍に加わるように要請した時も、自分の領土を守るのが精いっぱいだと参加を断った領主だ。自分の権益に対しては容赦ないはずだろうな」


「そんな脅しみたいなことを言わないでください。まるで僕たち魔族が悪者みたいじゃないですか」


「すまない。だが俺も困っているんだ」


「……まったく、ずるい人ですね。デニスさんは」


 カンタンは迷った末、こう提案した。


「この件を僕たち村人全員で相談しましょう。もし村人たちの総意か多数決で上回るなら、受け入れましょう」


「そうか。ありがとう、カンタン」


「まだ受け入れるとは決まっていませんよ」


 デニスたちはこの話を魔族の村人たち全員に打ち明けた。もちろん、村人たちに戸惑いや憤怒があった。


「どうして人族なんかを受け入れなくちゃならないんだ! そんな奴らのたれ死ねばいいんだ!」


「50人近い人たちよ。もしも悪さをしたら……責任は取れるんですか」


「それにそんな大人数の泊まる場所なんて急には作れないわ。人族と一緒に寝食を共にするなんて私は嫌よ!」


 魔族の村人たちの拒絶はもっともだ。やはり人族の農奴は受け入れられない。もしも受け入れるとすれば亜人族と魔族の農奴だけ、と。


 そして極めつけには魔族の中で最も年齢を重ねた老人の言葉だった。


「ワシはあの略奪で家族を失いました。将来ある孫や子供、長年苦楽を共にしてきた妻もです。例え今一時的に許したとしても、いずれ人族への恨みがふつふつと蘇ります。

 そんな状態でワシは生きたくないのです。デニス様に救ってもらった命、短い余生、精一杯生きたいのです」


 デニスもそこまで言われては口を閉ざすしかなかった。


「なら、村の門外近くで野営をする許可をくれないか。せめてもの情けをくれ。頼む」


 デニスが深々と頭を下げては、拒否感のある魔族の村人も納得せざるを得なかった。


 結局話し合いの結果、農奴たちは村の外で生活しつつ少し離れた場所で新しい村を建築する算段となった。


 農奴たちには屋根どころか壁もない場所で過ごすのを強制する結果に、デニスは歯がゆんだ。


「おとうちゃん。どうしてわたしたちはカベのなかにすめないの?」


 とある農奴の子供がはかなげな疑問を父親に投げかけるのを、デニスは黙って見ているしかなかった。


 デニスはその場を離れてただただ自分に言い聞かす。今は少しでも早く新しい村を造り、彼らの住む場所を与えてやる。それだけが解決策なのだ、と。


 けれども時間は無情にも過ぎ、来るべき時が来た。


「報告! 東の森の外で軍勢を確認! 数はおよそ100!」


 デニスは報告を受けるや否や、既に鎧を身に着け、馬を駆っていた。


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