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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第二章 滝の主
8/24

デブなので、食事は大事

「なんだか、夢みたいだった……」


 シルビアとマルコは、向かい合って座り込んでいた。

 二人の間にある焚き火が、ぱちぱちと木の爆ぜる音を奏でている。


「どんな感じだったの?」

「上手く言えない……すごく大きなお魚だったの」


 赤い鼻をすすって、シルビアは呟いた。膝を抱えた彼女は、年齢よりもずっと幼く見えた。

 解いた髪に隠されて、彼女の表情はよくわからなかったが、マルコは安堵した。


 すっかり忘我の呈に陥ったシルビアは、先ほどまでろくに受け答えもできない状態だったのだ。


「びっくりして、ああ、なんてすごいんだろうって思って。あんまり急だったから、そのまま受け入れる以外、できなかったの。あのお魚はとても、とても長くここにいたのよ。気が遠くなるくらい、昔からいたんだってわかって、そしたら……」


 シルビアは両手で口元を押さえた。瞼を閉じると、目尻からまた涙が零れ落ちる。

 それでも彼女は嵐のような感情の混乱から、徐々に立ち直りつつあった。


「多分、何年か前にぼくが一度だけ遇ったヤママスじゃないかな。あれはもう、半分精霊だったから」


 マルコが言うと、シルビアはようやく彼と視線を合わせた。


「ヤママス……お魚が精霊になるの?」

「まだわからないよ。イキモノとしての部分に引かれれば、年老いて死ぬだろうし、そこを抜ければ精霊に成る。母さんからの受け売りだから、ぼくも詳しくは知らないんだけど」


 シルビアは目を瞬いた。

 焦点がしっかりしてきているようだ。


「ごめんね、わたし……こんな、泣いちゃって。お魚は全然怖くはなかったのに」

「不意打ちだったし、仕方ないよ。ヒトが精霊に遇うと、そうなるんだって。下手すると魂が抜けたようになって、何日もそのままになることもあるみたいだよ」


 それは簡単に言えば、畏怖の念だった。


 天にそびえる山脈、広く深い海原、年輪を刻んだ大樹。

 己のスケール以上のモノを前にした時、ヒトは感動する。自分以上の存在を実感し、部分的な同化を試みることで、普段よりも視点を引き上げ、たまった鬱屈を解放することもできる。


 ただ、感動もまた、外界の刺激に応じて自分の内部で作り出したものに過ぎず、真の同化など望むべくもない。大樹の体感は、大樹にならなければ得られないのだ。


 まして、その上を過ぎ去った歳月の重みなど、ヒトは数字の上で想像するしかない。


 一方精霊とは、イキモノやモノが長い長い時間を重ねるうちに、生来の資質――ヤママスならヤママスとしての――を現象の域まで高めた存在である。言わば「カタチを持った現象」であり、どんな精霊も本質的には同一であった。


 ところが精霊に成る代わりに、イキモノとしての欲求や物理構造をほとんど失うため、やがて生来の資質がぼやけてしまう。精霊にとって、それは存在の危機だ。


 だから彼等はしばしば、他者の中に自己を見出す作業を行う。

 具体的には、他者の精神とダイレクトに接続し、互いの資質の違いを検証するのだ。


 ヒトは精神活動が複雑なので、そうした検証に向いている。


 ただ、その過程で本来ヒトの身にはありえない、「オーバースケールの体感」の断片が混じってしまい、結果として心に大きな衝撃を受けてしまう。自我が弱いヒトは魅入られたようになり、己を見失う羽目になる。


 つまり、身の丈を忘れてしまうのだった。




 シルビアの回復を待って、マルコは遅い昼食の準備を始めた。


 競争の後で別れた彼女を見失い、マルコはうろたえた。

 あんなに心細い思いをしたのは始めてだった。何度もきた場所ではあるが、自然環境や物理法則は人間に配慮などしてくれない。たとえば冷たい水のせいで足が攣り、おぼれてしまうことだって充分あり得る。

 

 もし、彼女の身にそんなことがおきたら。その先を想像することさえ、恐ろしかった。


 結局、いつの間にかシルビアは岩場に上がっていたのだが、それまで散々探し回ったせいか、張り詰めていた気が緩むとひどく空腹になっていたのだ。


 鞄を探って、投網とポットを取り出した。

 投網を岸から放ると、一回で沢山のヤママスを捕らえることができた。手頃なサイズの数尾を選び、残りは放す。


 シルビアは感心してマルコの様子を眺めていたが、ふと滝に視線を向けた。


「あのお魚、よくも仲間を食べたな――って、怒らないかしら」

「大丈夫だよ。ぼく、何度もここでヤママス食べているもの。精霊はそんな風には考えないと思うよ」


 一応納得したようだったが、彼女は他にも気になることがあるらしい。

 精霊と遭遇したショックが薄れ、好奇心が頭をもたげてきているようだ。


「ねぇ、マルコくんが前にあのお魚に遇った時は、わたしみたいな体験はしなかったのよね?」

「うん、近くを泳いでいっただけ。多分、ただの挨拶じゃないかな」

「――じゃあ、なんでわたしだったのかしら……キミの方が精霊に近いのに」

「あのヤママスに好かれたのかもしれないね、シルビアは」

「えっ、そんなことがあるの?」


 虚を突かれたのか、シルビアはぽかんと口を開けた。


「精霊もヒトの影響を受けるんだよ。だから相手を選ぶんだって」

「そっか。それってなにか嬉しいな。精霊に遇ったのも初めてなのに、好かれるなんてね」


 シルビアは照れ笑いした。

 小さな子供になつかれたお姉さん、と言った風情である。


 マルコはちょっと複雑な気持ちになった。

 彼女は猫や魚に対しては素直で寛容なのに、なぜか彼の言葉はすぐ取り違えて怒り出す。その点が不思議であり、今一つ納得のいかない部分でもある。


 ため息を隠して、マルコは投網の中で暴れているヤママスを一尾つかみ上げた。


「じゃ、さっさと料理しちゃおう」

「わたしも手伝うから、やり方を教えて」

「うん。ぼくが捌くから……」


 手短に説明して作業を割り振る。

 マルコは山刀でヤママスの腹を割き、エラとワタを取ってシルビアに手渡した。


「うわっ、まだ動いているじゃないの!」


 掌の上でぴくぴく痙攣しているヤママスの感触に、シルビアは硬直していた。


「そりゃそうだよ。大丈夫、別に平気だから」

「ううう、キミと一緒にしないでよ! なんか、ぬるぬるしてるし!」


 それでもシルビアはヤママスを手放さなかった。

 大騒ぎしながらも、身に残った血をこそぎ落とし、水洗いした。

 でき栄えをマルコに確認してから、岩塩とスパイスを振る。


 すべて捌き終えると、マルコは木の枝で作った串にヤママスを刺し、焚き火の周りに並べて突き立てた。さらにポットに水を入れて火にかける。

 後は待つだけだった。


「ふふっ」不意にシルビアが笑った。

「どうしたの?」

「うん。考えてみたら不思議だなぁ、って」


 シルビアは穏やかな笑みを浮かべて、ちろちろと燃える炎を眺めている。

 すっかりリラックスしているようだ。


「マルコくんには当たり前なんでしょうけど、わたしには驚きなの。だって、ほんの何日か前まで寄宿学校とシティの家が、世界の全てだったのよ。そりゃあ、旅行したこともあるけれど、観光地だもの」


 シルビアは頭上を覆う木々の梢を見上げた。


「それが友達と二人だけで、こんなに深い森の中にいる。おまけに裸で泳いで、精霊に遇って、捕った魚を自分達で焼いているなんて。ここにくることが決まった後だって、こんなの全然想像もしなかった。本当、先のことなんてわからないものね」


 彼女はにこっと笑った。

 マルコは慌ててヤママスの串を回して、焼き加減を調整するふりをした。頬が紅潮してしまったのが、はっきりとわかった。


 そんな彼の様子を、シルビアは黙って見守っている。

 マルコは落ち着かなかった。自分が彼女にどう見えているのか、気になって仕方なかった。


「ええと、シティってどんな所なの? ぼくはここしか知らないから」


 予想外の問いだったのか、シルビアは視線を宙にさ迷わせた。


「そうね……大法院とか、貴族院とか、大きな建物が沢山あるわ。中央庭園も有名ね。勿論、ヒトも大勢いる。広い道一杯が見渡す限りの人波で埋まることもあるのよ。色々なお店があって、なんでも売っているわ。でも、山や森はないし、川はあるけど汚いから泳ぐのは無理よ。わたしの家のある辺りはまだ緑が多い――と思ってたけど、ここに比べると全然ないわね」


 マルコは目を丸くした。


「ふうん。ちょっと想像つかないや。大丈夫かなぁ……」

「大丈夫って?」

「いや、ぼくも秋から学校に行くんだよ」


 何気ない一言だったが、シルビアは相当に驚いたようだ。

 興味津々とばかりに、ぐっと身を乗り出してきた。


「本当! シティの学校に行くの?」

「まだ決まっていないんだ。でも、街ってどこもシティみたいなんでしょ?」

「基本は一緒だけど、規模が違うわ。シティは他の街の何倍も大きいから。でも……ねぇ、それだったら、モーマントにも学校があるからそこはどう?」


 シルビアは唐突に知らない街の学校を勧めてきた。

 当然ながら、マルコには判断材料がまったくない。


「どうって言われても、全然わからないよ。その学校、なにかいい所でもあるの?」

「え、その……ごめんなさい、学校のことは知らないの。モーマントはファーガスンの隣街なのよ。だから、つい」


 ファーガスンには彼女の学校がある。つまり近くに来い、と言っているのだ。

 マルコとしてもその方が心強いが、生憎彼が入学先を恣意的に選べるわけではないのだった。


「母さんの話だと、フリッツさんがぼくの入る学校を探してくれているんだって」

「フリッツが? それなら多分、シティの学校ね、顔が利くから。うーん……まぁ、それならまだいいかしら。遠いけど、遠過ぎるってほどでもないし。鉄道が通っているから、中間の駅で待ち合わせれば二時間かからないもの。うん、それがいいわ」


 シルビアはなにやら独り決めして、勝手に納得してしまっているようだ。

 そうしているうちにヤママスが焼き上がった。運動したこともあって、二人の食欲は旺盛だった。


「わあ、これすごくおいしい! わたし、こんなのはじめてだわ!」


 ヤママスを一口食べて、シルビアが嬉しそうに笑う。

 マルコも初めてだった。もちろん、彼は食べることが大好きだ。


 しかし、他の人が食事をしている所を見て、こんなに幸福な気持ちになれるとは知らなかった。


「うん。捕りたて、焼きたてだからね」


 メインのヤママスに加えて、糖蜜パンを二切れずつ。

 さらにスープを作り、お湯の残りで食後のお茶を淹れる。

 デザートはたっぷりのパウンドケーキ。それでも普段のマルコには物足りない量のはずだったが、何故か今日は満足だった。


 一休みして焚き火を始末すると、二人は滝を後にした。

 去り難い思いがあるのか、シルビアはしばしば立ち止まっては振り返っている。


「また来ようよ。この休みの間に」

「うん……そうね。なにか、もうあのお魚には遇えないような気がしちゃって」


 恐らくそれは正解だった。

 相手が巫女でもない限り、精霊が同じヒトの前に何度も姿を現すことは滅多にない。


 繰り返し接触すれば、ヒトは精霊に取り込まれてしまうし、精霊もヒトから影響を受け過ぎてしまう。


 まして、あのヤママスはまだ不安定な半精霊なのだ。

 恐らくもう二度と遇うことはない。


 マルコは自分の推測を彼女に伝えなかった。

 なにしろ可能性はゼロではないし――伝えない方がきっといい、と彼は思った。

以前、バイクで山梨に林道ツーリングに行った際、登山客を泊める山荘で食べたヤマメの塩焼きが絶品でした。また食べたいなー。

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― 新着の感想 ―
私も食べたくなりました。 川魚……塩焼き……おいしいだろうなぁ。
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