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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第一章 貴種と俗種
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デブだけど、高機動

 白樺林は大した広さはない。

 峡谷の断崖に挟まれているので、奥に行くに従って林の幅はせまくなる。言わば山荘の裏庭のようなものだ。

 

 対して断崖の上には森があった。木々をみっしりと詰め込んだ、深い森だ。

 マルコは崖の壁面に据えつけられた木造の階段を指さした。

 

「あの階段で森に上がるんだ。ずっと遠くまで広がっているから、ぼくも端まで行ったことはないんだよ」


 言いながら、シルビアの様子をそっとうかがう。

 一応、体調は回復したらしい。とは言え、本調子ではないはずだ。


 マルコとしてはすぐ山荘へ連れ帰りたいのだが、なぜか彼女は拒んでいるのだった。

 彼の気持ちを知ってか知らずか、シルビアはごく平然と振舞っていた。

 

「リタおば様は滝があるって言ってたけど、あそこから行けるの?」

「うん、森の奥にラオル河の支流があるんだ。すごく綺麗な滝だから今度行こうよ」


 返事をしかけて、シルビアは動きを止めた。

 不安そうな顔で林の先に目を向ける。

 

「……ねぇ。あの声、なに?」

「ああ、あれ? オオクチガラスだよ」


 エルフの聴力はヒトより鋭い。

 マルコはとっくに鳴き声に気付いていたが、別段興味を持たなかったのだ。


 シルビアは照れ笑いした。

 

「なんだ、びっくりしちゃった。言われてみればカラスっぽい声ね」

「この辺まで上がってくるのは珍しいけどね。あとウィングキャットもいるみたいだ」

「ウィングキャット? カラスと一緒に?」不思議そうなシルビア。

「多分、オオクチガラスがウィングキャットを襲っているんじゃないかな」


 何気なくマルコは答えた。

 物音に振り返ると、シルビアが全力で駆け出していた。マルコは慌てて後を追う。

 

「ちょっと、シルビア! 駄目だよ、走ったりしたら! また、立ちくらみになるよ!」


 返事をする余裕はなさそうだったが、一瞬だけマルコに送った視線には、彼女の怒りがたっぷり込められていた。また怒ってる。でもなぜ?


 困惑する間もなく、二人は林を抜けて少し開けた場所に出ていた。

 

 五、六羽のオオクチガラスの姿を認めて、マルコは足を止めた。

 そのまま進めば地面で飛び跳ねているカラス達にぶつかってしまうのだから、当然だった。

 

 だが、彼女がしようとしていたのはまさにそれだったらしい。

 

「やめなさーい!」


 シルビアは頭から突っ込んだ。

 オオクチガラス達が威嚇の声を上げながら一斉に飛び退くと、ぐったりしたウィングキャットの姿が見えた。シルビアはウィングキャットを胸に抱え込み、片腕を振り回してオオクチガラスを追い払おうとした。

 

「この、卑怯者! こんな大勢で襲いかかるなんて!」


 翼長一メートル以上もあるオオクチガラスは、少女のか細い腕になんの脅威も感じなかったらしい。

 一旦は離れたものの、わらわらとシルビアを包み込もうとする。

 マルコが割って入った。

 

「あっ! つつっ!」


 カラス達は彼の肩や頭に飛び乗り、鉤爪で肌を裂いた。

 鳥は移動以外のほぼすべてをクチバシで行う。体の中で例外的に強固な箇所であり、特にオオクチガラスのそれは亀の甲羅でも貫通できる。このまま、目でも突付かれたら無事ではすまない。

 

「走るよ! つかまって!」

「え、きゃっ!」


 強引に彼女を横抱きにすると、マルコは木々の間へ駆け込んだ。

 攻撃態勢に入ったオオクチガラスも、すぐさま追撃に移った。

 単純なスピードでは、翼のある方が圧倒的に有利であった。黒い群れがマルコに追いすがる――と、マルコは手近な木の幹を蹴って、急速に向きを変えた。

 

 追従しようとカラス達が向きを変える。

 瞬間、またマルコは幹を蹴って藪に飛び込んだ。

 まるで勢いよく投げ付けられた石のように、葉や小枝を撒き散らして反対側に突き抜る。

 

 カラス達は藪の上方へ回避したが、マルコは枝が密に生い茂った場所を選んで次々と飛び込み、細かく向きを変えた。普段から罠にかけた獲物などを運び慣れており、軽い少女を抱えたくらいでは彼の運動能力に大した影響はなかった。

 

 やがて、カラス達はマルコ達を見失い始め、徐々に引き離された。

 

 山荘の裏手まで駆け戻ってから振り向くと、遠い梢の上を輪になって飛んでいるオオクチガラスの姿が見えた。

 まだ獲物泥棒を捜索しているのだろう。

 

 さすがのマルコも息が切れていた。

 膝をついてシルビアを降ろすと、彼は口も利けずに荒い呼吸を繰り返した。

 

「あの、マルコくん……ご、ごめんね、あとで!」


 気が気でないのか、もごもごと謝罪した後、ウィングキャットをしっかり抱えてシルビアは山荘へ走っていく。


 マルコは地面にへたり込んだ。




 家に入ると、居間には誰もいなかった。

 マルコは母の仕事部屋に入った。布を敷き詰めたバスケットが丸テーブルに乗っており、その中でウィングキャットが静かに寝息を立てていた。あちこち毛をむしられて血がにじみ、片耳の先は欠けてしまっている。


 一通り治療は終わったらしく、リタは薬ビンを片付けていた。 

 だが、ここにもシルビアの姿はなかった。マルコは顔色を変えて母を見た。

 

「落ち着きなさい。シルビアちゃんなら部屋で眠っているわ」

「怪我してたの? それに……」


 リタは尚も言いつのろうとする息子の肩に手を置いた。

 

「怪我はしてないし、立ちくらみしたのは疲れが溜まっていたせいよ。フリッツが付き添ってるから、大丈夫」


 マルコはほっとした。

 してしまってから、眉をひそめた。


 バスケットの中を改めてのぞき込む。

 虎じまの毛皮と白い翼を持つ小さな猫科の獣。


 どう見ても、そこらに幾らでもいる、ただのウィングキャットだった。

 

「母さん、この猫、なつかないよね?」

「そりゃあ、無理でしょ。野のモノだし、せめて子猫の頃から飼わないとね」

「だったら、なんであんなことするのかなぁ。カラスに向かって卑怯者とか言ってたんだよ? ウィングキャットだけひいきしても、しょうがないじゃないか」


 リタは苦笑した。

 なにかをなつかしむような笑顔だった。

 

「大体の話は聞いたけど、かわいそうだったんでしょ。シルビアちゃん、優しいのよ」

「だって、下手すればシルビアが大怪我していたのに。ペットでも、仲間でもないのに、助けたって意味がないよ」


 結果的にだが遅れて山荘に戻って正解だった、とマルコは思った。

 もしすぐに顔を合わせていれば、間違いなくまたケンカしてしまっただろう。

 

「お前にとってはそうね。でも、あの娘には別の意見があるのよ」

「それって、ぼくがハーフエルフだから?」


 マルコの言葉にはまだ無自覚な恐れがあった。

 リタは否定しなかった。

 

「それもあるわ。けど、例え相手がハーフエルフだったとしても、やっぱりお前とは違うのよ。完全に同じ存在なんて、いないのだから」


 マルコは困ってしまった。母の言う通りだ。

 そもそもシルビアと同じなのは年齢くらいのものだ。彼女はマルコの予想外のことばかりするのだった。一体、どうすればいいのだろう。

 

「あっははは、一丁前に悩んでいるわね。やっぱり、シルビアちゃんにきてもらってよかったわ」


 リタは楽しげに笑った。

昔飼っていた猫のことを思い出しながら書きました。

すげー気の強い子だったけど、可愛かったなー。

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― 新着の感想 ―
そりゃなぁ。 大自然のルールだとしてものみ込めない事だってありますよね。 まさか母ちゃんはそんな別の意見とかの、知らない世界を息子に見せたくてシルビア嬢の家族に来訪の許可を????
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