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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第一章 貴種と俗種
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デブだって、たまには怒る

「あっははははは! あんたが若様って顔?」


 朝食の席でリタは爆笑した。

 背中をばんばん叩かれて、マルコは糖蜜パンを落としそうになった。シルビアはすまし顔でミルクを飲んでいる。

 

「確かにそんな決まりはあるわね。でも、正式にはシティの貴族院で爵位申請だの審査だのと、色々面倒な手続きがあるの。だから申請資格はあるにせよ、ウチは貴族じゃないのよ。ろくな収入もないのに、爵位なんてもらった日には税金だけバカ高くなっちまうし」


 リタは隣席のフリッツに目を向けた。

 

「しかし、あんたもすっかり執事が板についたわね」


 フリッツは控えめにうなずいた。

 

「犯罪ギルドを相手にするよりは、いささか向いていたようですな」

「警務局一の切れ者って言われてたフリッツ・ヨーゼフがねー。わからないものだわ」


 フリッツは昨夜も今朝も給仕に徹したがっていたが、リタに押し切られて、皆とテーブルを共にしているのだった。食事は味も良く、量もたっぷりだったが、確かに給仕するようなものではない。

 

「母さん、犯罪ギルドって?」と、マルコ。

「悪い奴が悪いことをする時に、失敗したり、捕まったりしないようにバックアップする組織よ。情報を集めるとか、必要なメンバーを手配するとかね」


 リタはパンにバターを塗り始めた。

 

「その代わり、手に入れたお金の一部をギルドに渡すの。だからギルドの名前だけを勝手に使おうとすれば、処罰されたりする。他にも掟とかあるけど、つまりは悪い連中の集まりって覚えておけばいいわ」


 リタは適当に説明を切り上げてしまった。

 朝食の席にはふさわしくない話題だ、と判断したのだろう。

 

「ごちそうさまでした」


 ミルクのグラスを置いて、シルビアは席を立った。

 パンを一つ食べただけで、他の料理にはほぼ手を付けていない。

 

 マルコはベーコンエッグを素早く平らげ、糖蜜パンをもう一つ口に放り込み、マスタフ豆のコールドスープを一気に飲み干すと、彼女の後を追った。


「シルビア!」


 マルコが声をかけると、丁度客間に入りかけていたシルビアが振り返った。

 

「なにか用? マルコくん」


 ひどく儀礼的な笑顔。

 駆け寄ろうとしたマルコの足は、彼女から少し離れた位置で止まってしまった。

 

「食事、あれだけでいいの? 昨夜もほとんど食べてなかったよね?」

「ちょっと疲れてて、食欲がないの」そっけなく返答するシルビア。

「顔色も悪いみたいだから、お薬もらってこようか? 母さんの薬はよく効くんだって。ぼくは病気したことないからわからないけど」

「わたしも病気じゃないわ。食欲がないだけで、別に元気だから構わないで」


 彼女の声は徐々に険しさをはらんでいく。

 それでもマルコはめげなかった。

 

「じゃあ、外で遊ぼうよ。身体を動かすとお腹が減るしさ」

「悪いけど、わたしは貴種の方々と違って、崖から飛び降りたりできないから」


 マルコは一瞬意味をつかみかねたが、昨日の一件に思い当たり、破顔した。

 

「いつもはあんなことしないよ。ツチブタは普段もっと大人しいんだ」


 マルコはそこまで喋ってから、妙な顔をした。

 

「でも変だな。繁殖期でもないのに、あんなに暴れ回ってたなんて。巣穴近くのテリトリーには入らないように気を付けていた筈だけど……」

「へぇ。キミ、あのブタと友達なの」シルビアは目を細め、口元を吊り上げた。


 表情に込められた意味にマルコは気付かなかった。

 

「まさか。動物だもの、ぼくが勝手に遊んでいるだけだよ」

「――そう。それじゃ今日もそうして下さる?」


 鬱陶しげに手を振って、シルビアは客間に入ろうとする。

 マルコは思わず彼女の手をつかんで引き止めた。

 

「え?」


 虚を突かれ、目を見開くシルビア。

 マルコも己の行動に驚き、ぱっと手を離した。

 

「キミね、構わないでって言っているのがわからないの?」


 怒りを露にし、シルビアは両手を腰にあてて、マルコをきっと睨みつけた。

 相対的に背が高く、容姿が整っているだけに、結構な迫力があった。

 

「ううん、わかるよ。わかっているんだけど、どうも」

「どうも、なんなのよ?」


 シルビアは逆に追及してくる。

 マルコはむにむにと頬を掻いた。

 

「その――シルビアが本当はすごくお腹空いているみたいに思えるんだよ。だからだよ。ぼく食べるの好きだし、そんなの辛そうだなって」


 マルコの言葉をどうとったのか。

 シルビアは唇を強く引き結んだ。客間の扉をそっと閉め、回れ右をするとマルコの横を通り過ぎる。

 

「外で遊んでくるわ。一人でね」


 独白のように、彼女は言った。




 山荘の裏手は丘になっている。

 丘は柵に覆われ、ヤギ達が放し飼いにされていた。マルコが周囲を見回すと、柵の向こうにある白樺林の間にシルビアのサマードレスがちらりと見えた。

 

 このまま追いかけたものかどうか、マルコは迷った。

 なぜ彼女に嫌われてしまったのか、わからないのだ。

 

 妖精みたいだね、と言ったのは、母から聞いた可憐な妖精のイメージにシルビアがぴったりだったからだ。他意はなかったが、それが気に入らないのだろうか。彼女は貴種とか俗種とかの違いに、大層こだわっていたようだ。

 

「男の子が女の子に間違われた……みたいなものかな?」


 つぶやいて、マルコは自分が女の子に間違われたら、と考えてみる。

 上手く想像できない。

 

「もしかして、ぼくが太っているのが嫌とか?」


 シルビアほどではないにせよ、母もフリッツもほっそりしており、マルコのようには嫌われていないではないか。

 しかし、どうして太っていると嫌なのか、わからない。

 

「それとも、この耳のせいかな?」


 今までにマルコが会った人達は、皆例外なく丸くて短い耳をしていた。

 マルコに父の記憶はないが、自分の長く尖った耳が父譲りのものであることは知っていた。

 彼自身にどうこうできるものではないので、耳を嫌われても困ってしまう。

 

「うーん、あとはノックしないで扉を開けたから、とか……」


 色々考えてみたが、どの理由も近いようで違う気がする。

 あまり考えたくないが、彼女は最初から――いや、もしかすると会う前からマルコを嫌っていたようだった。

 しかし、それではあまりに理不尽ではないか。

 

「女の子ってやっかいだなぁ……」

「悪かったわね。聞こえよがしに言わないでよ」


 後ろから声をかけられて、マルコは立ち止まった。

 振り向くと、腕組みをしたシルビアが睨んでいる。どうやら、考え事をしながら林の中まで歩いてきてしまったらしい。

 

「ああ、ちょうどいいや」

「なにがちょうどいいのよ?」


 のほほんとしたマルコの態度に、シルビアは不機嫌さをつのらせていく。

 

「だから、それだよ。シルビアはなんでぼくが嫌いなの?」


 シルビアは開きかけた口を閉じた。

 まさかここまでストレートに聞かれるとは思わなかったのだろう。

 答えを探すように、落ち着きなく辺りを見回す。

 

 マルコは辛抱強く返事を待った。

 根負けしたのか、シルビアは言いにくそうに答える。

 

「別にキミを嫌っているんじゃないわ」


 マルコは心から驚いた。

 彼女は、本当のことを言っているように思える。

 

「だったら、仲よくしようよ。その方が楽しいよ」

「キミこそ、どうしてわたしに構うの?」

「どうしてって……ただ、仲よくしたいだけだけど」

「だからどうしてよ? キミはわたしのことなんか、なに一つ知らない筈でしょう。それとも、リタおば様からなにか言われたの?」


 シルビアの口調は詰問じみていた。

 おまけに、なぜここで母の話が出るのか。

 マルコは当惑よりも怒りを覚えた。

 

「母さんは関係ないじゃないか! シティの子が、夏のお休みに遊びにくるって聞いただけだよ!」


 彼がこんな風に怒鳴ったのは、恐らく初めてだった。

 シルビアも怒鳴り返した。

 

「それでなにかおかしいって思わないの、キミは!」

「なにがおかしいのさ! おかしいのはシルビアだろ!」

「わたしはおかしくないわ。おかしいのはキミよ!」

「シルビアだよ!」


 マルコは真っ向から彼女に視線をぶつけた。

 彼は何日も前からシルビアがくるのを楽しみにしていたのだった。それがなぜこうなってしまうのか。ひどく悔しかった。

 

 だが、睨み合いは唐突に終わりを告げた。

 

 シルビアの瞳がふっと揺らぐ。

 彼女は糸が切れた人形のように、腰から崩れ落ちて草の上に手をついた。額に汗を浮かべて、顔色が蒼白になっている。

 

「えっ……シルビア! どうしたの、大丈夫?」


 マルコは慌てて手を差し出そうとしたが、シルビアは首を振った。

 手助けはいらない、という意思表示だった。

 

「……大丈夫。ちょっと、立ちくらみ。最近多い、のよ……」


 瞼を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 その間、マルコはただ見守っているしかなかった。


 対処には慣れているらしく、徐々に頬に血の気が戻ってきた。

 彼女は数分で回復した。座り込んだまま、申しわけなさそうに苦笑いを浮かべる。

 

「ごめんね。――きっと本当は、わたしの方の問題なのよね」


 ぽつりとシルビアは言った。

 

「わたしの家、貿易商なの。お父様が一代で築き上げて、今じゃ『ボック商会』って言えばシティでも名が通っているのよ。だからお金はあるの。で、次にお父様が欲しくなったのが家柄。要するに貴族の仲間入りをしたいのね。それでキミに目をつけたんだわ」

「ぼく? ぼくは貴族じゃないよ。母さんも言ってたじゃない」


 できの悪い弟に言い聞かせるように、シルビアは身を乗り出した。

 徐々に普段の調子に戻ってきているようだ。

 

「申請資格があれば一緒よ。キミくらい血が濃ければ、貴族院だって拒みようがないし、お父様の財力なら、爵位授与に関する費用とか税金なんて問題じゃないもの。その、つまり、わたしとキミが結婚すれば、ボック家も貴族の一員になれるでしょう? お父様はそれを狙って、わたしをここに来させたのよ」


 彼女の言い分が正しいなら、つまりは政略結婚の下準備ということになる。

 マルコは釈然としなかった。

 貴族や結婚などという単語は彼からひどく縁遠く、およそ実感がない。

 さらに母の性格からしても、そのような企みに乗るとは思えないのだ。

 

 しかし、シルビアは自説を主張した。

 

「そうじゃないなら、どうして急に夏の休暇をここで過ごすことになったのか、わからないもの。ぼんやりしていると、いつの間にか婚約させられてた、なんてことになりかねないわ。わたしなんか、ファーガスンの寄宿学校に行かされているのよ。シティから遠いし、本当は貴族の子供しか入学できないのに、無理矢理ね! その位、お父様は貴族に――」

「嫌なの? その学校」マルコが口を挟んだ。

「え? えっと……そうね……」


 シルビアは勢いを削がれたようだ。

 

「勉強は面白いわ。たまに寂しいけど、家から離れて暮らすのもそう悪くない。でも」


 彼女はぱたりと後ろに倒れ、草地に仰向けになった。

 まぶしいのか、曲げた腕で目隠しをすると「周りが最悪なのよ」とつぶやく。


 話はそこで途切れてしまった。 

 どう答えればいいのか、マルコにはわからなかったから。

某大英帝国メイドまんがから、色々と影響を受けた形跡が…

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うわぁ。 そりゃあねぇ……中には貴種である事で威張るやつもいるだろうし、そりゃ私も入学は勘弁願いたいですね。
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