デブとかエルフとか、どうでもいいよね?
「バフと言う男は通称「青髭」と呼ばれるギルドの執行者だったのです。解任されて、通常の業務に回された事に不満を持ち、独断で誘拐依頼を受けたようですな」
執事の言葉に、ドルムントは馬鹿馬鹿しそうに眉を上げた。
「盗みや恐喝よりも殺しや誘拐が上等な仕事ってわけか? ふん、どれもろくでもないわ」
ドルムントは葉巻に火をつけると、深々と吸い込んだ。
なにか気がかりがあるらしく、指で机を叩いている。素知らぬ顔でフリッツは話を続けた。
「フォアマン男爵につきましては、まだ取調べが始まったばかりです。ですが、恐らくご令嬢に爵位を譲って、流刑処分となるでしょう」
爵位は貴種の血統に与えられるものなので、基本的に剥奪できない。
貴族が重罪を犯した場合、子供または血族へ継承されるのが常であった。今回の処分も順当といえば順当なのだ。
「南の島で、毎日働いて、しっかり食べてか? 結構なご身分じゃないか。真面目にしとれば、いずれ娘にも会えるだろう。まぁ、いい。それよりも、エルフの小僧だ。あれとずいぶん親しくなったようだな」
机の上には封の切られた手紙があった。シルビアが父宛に書き、フリッツに託したものだ。
彼女の文才もあり、誰がどう読んでも書き手が鮮烈な体験の末に、一人の少年に心を奪われてしまったことが明快に理解できる。ドルムントにとっては、まさにそれが問題だったらしい。
ボック家の当主は糾弾するように言った。
「お前まさか、あれと同じ学校に小僧を転入させたのではあるまいな?」
穏やかな表情を保ち、フリッツは落ち着いた声で答える。
「旦那様、お嬢様の学校は女子校でございますよ。彼についてはご存知の通り色々事情もございますので、先方のご希望に従って隣国バルトの学校に転入の手続きをしております」
「お? ……おお、そうか」ドルムントはうなずき「うん、そうだったな」と納得した。
「つきましては、かねてからのお約束通り、学費援助と身元保証の書類に旦那様のご署名を頂きたく……」
「うむ、あれが世話になったからな。バルトか。いいだろう、どこでも学校は学校だ」
見た目よりよほど人のいい主人はペンをとった。フリッツはそっと頭を下げる。
執事が報告していないことが、幾つかあった。
ファーガスンから一時間ほど。
汽車は白い煙をはきながら、港町の駅に滑り込んだ。
「アディ、早く! ぐずぐずしていると船が出ちゃうわよ!」
「わかっていますわ! 元はと言えば貴女が――」
言い争いながら駆けていく少女達を、ホームを行きかう人々は物珍しげに振り返った。距離的には近くても、貴族御用達の寄宿学校の制服を見る機会は、あまりないのだ。
旅行鞄に色々と詰め込んでいたせいで、出国手続きに手間取ってしまった。
シルビアは息を切らせたアデレードの手をやや強引に引きながら波止場を駆け抜け、なんとか出航時刻に間に合わせた。
「今の風向きと潮なら、二十分くらいで着くよ」
「ありがとう!」船員に礼を言って、シルビア達は海峡連絡船に乗り込んだ。
帆に風をはらんで、船は動き出した。
飛び交う海鳥達の間を抜けて、港の外へ。
海峡を抜ける船と渡る船が行きかい、辺りには大小様々な船舶がいた。
舳先付近に立ったシルビアに、アデレードが並ぶ。
吹き乱された金と黒の髪が競うように舞う。爽やかな潮風は秋の気配に満ちていた。
「バルトは初めてですわ。これも海外旅行になりますかしら?」
「まぁ、一応ね。ちょっとお手軽過ぎる気もするけど」
なにしろ寄宿舎からの全行程でも二時間程度なのだ。
先週末はマルコがファーガスンにきてくれた。だから今回は彼女が訪問する番だった。
シルビアは待ちきれない様子で、次第に近付いてくる隣国の港を見詰めている。船の手摺をつかみながらステップを踏むようにぱたぱたと足を動かしていた。あろうことか、軽く鼻歌まで始めてしまった。
そんな友人の姿を横目で眺め、アデレードはため息をもらした。
「――今さらですけど。どうして私まで一緒に……」
「だって、マルコの友達が呼んでくれって言うんだもの。手紙見せたじゃない」
「珍獣扱いはごめんですわ」つんと顎を反らすアデレード。
多様な人種がごちゃまぜに暮らしているせいで、バルトは独特の社会制度を持っており、貴族を五十年以上前に廃止している。
とは言え、手紙を読む限り、マルコの友人達はアデレードの爵位以外の側面について、とりわけ興味があるようだった。
やがて、波止場で手を振る出迎えの集団が見えた。
頬に刺青をしたパダニ人。
頭髪を剃り上げているヤンセン出身者。
赤色人に東方王国からの留学生。そしてふくよかなハーフエルフ。
全員少年で、港町にある寄宿学校の制服を着ていた。
彼等は学生に特有のハイテンションで、手を振りながら大騒ぎしている。
「シルビアーッ!」
ひときわ大きなマルコの声。周りの少年達がどっとはやし立てる。
船上の人間も、何事かと注目していた。
「もう、馬鹿。恥ずかしいってば……」
顔を赤らめて文句を言いつつも、シルビアは小さく手を振り返す。
「仲がよろしくて結構ですこと」
わざとらしく肩をすくめると、アデレードは呆れたような顔で少年達を見回した。
「それにしても見事にバラバラですわね、私と貴女を含めて。共通している部分が、ほとんどありませんわ。この連休の間は学校も関係ありませんし……」
シルビアが答える。
「そうね。でも、だから面白いのよ」
楽しげな歓声が青空に響いていく。
輝く時間はあっという間に過ぎてしまい、かみ締める暇もないだろう。
だが、特に問題はないはずだ。
子供達が思い出を語り合いたくなっても、たいした苦労はしないのだから。
以上で本作は完結です。
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