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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第四章 急転直下
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デブの平手は、けっこう痛い

 放物線を描いて落下し、マルコは目算通りに甲板に着地した。

 だんっ! と竜骨をもきしませる衝撃音。


 それが消えぬ間にマルコは船上を駆け、腰から抜き放った山刀でシルビアの縄を切り離した。


 拘束を解かれた両手をまじまじと眺め、シルビアは顔を上げた。

 彼女は少し怪我をしているようだが、おおむね大丈夫そうだ。我知らず安堵の吐息が漏れる。


 途端、かけがえのない女の子は、弾かれたように抱きついてきた。


 ペンダントが二人の間に挟まった。シルビアは半泣きで頬をすり寄せてくる。

 マルコはどぎまぎした。


「ご、ごめん、シルビア。遅かったかな?」

「うん……うん、遅い! 遅いわよ……!」


 だが、再会の喜びを味わうのはまだ早かった。

 マルコはシルビアを抱いたまま、後へ飛んだ。二人がいた空間を、剣先が断ち切る。


「この小僧! 小生意気な真似しやがって!」怒り狂うバフ。


 シルビアを船首方向へ押しやって、マルコはバフと対峙した。

 マルコの山刀はバフの剣よりも頑丈であったが、ずっと短い。腕自体のリーチもバフの方が長く、剣技に至ってはマルコはまるで素人だった。


「うおらあああっ!」バフが吼える。


 子供に出し抜かれたことが、彼から冷静さを少々奪っていた。

 負ける筈がない、という侮りもあったのだろう。

 力任せの斬撃を数度に渡って山刀で受け止められたのは、そのお陰だった。


「ぬっ! 小僧っ!」バフの顔色が変わった。


 機を逃さずマルコは強引に間合いを詰め、山刀を横殴りに振った。

 思いがけない逆襲をバフは慌てて避ける。マルコは相手を追わずにぱっと引いた。


「遅いよ、おじさん! べーっ」舌を出してからかうマルコ。

「こ、この、餓鬼がっ!」


 怒りに任せた剣は、今まで以上にあからさま過ぎた。

 ぎりぎりまで引き付け、マルコは体を沈み込ませた。空を切った刃は木片を散らしてマストになかば埋まり込む。引き抜く間を与えず、マルコは山刀を打ち下ろして剣を根元から叩き折った。


 マストに残った刃を山刀で弾き飛ばす。刃はくるくる回って船外へ没した。

 マルコはバフに山刀の切っ先を突き付けた。


「ぼくの勝ちだ。降参しなよ!」


 バフはわずかな刃しか残っていない剣に目を落とすと、それを河に投げ捨てた。


「はっ、ふざけるな! かかってこい、エルフの小僧!」

「しょうがないなぁ。痛くても知らないよ」


 マルコは山刀を鞘に収めると、シルビアに放った。


「ちょっと、マルコ!」驚くシルビア。

「ごめん、持ってて。ぼくは刃物より、素手の方が得意だから」

「ほぉ、大した自信だな。小僧が、後悔するなよっ!」


 拳を固めてマルコに突進するバフ。

 しかし彼は、自信の根拠を嫌と言うほど思い知らされる羽目になった。


 最初のパンチをマルコは避けず、もろに食らった。その代わりに、バフに平手を当てる。

 カウンターではない。バフの拳が命中してから、マルコは手を振っているのだ。


 だが、一撃でバフは大きくのけぞった。


「ごがっ!? こ、小僧!!」

「ほら、どんどんいくよ!」


 相手がよろけた隙を逃さず、マルコは次々と平手を繰り出した。

 バフは両腕を上げてブロックしたが、ほぼ無意味だった。マルコの力が強過ぎるのだ。


「うおっ! ぐはっ!」


 背が低いマルコは、背伸びしたり、ぴょんと飛んだりしながら手を振っている。

 そんな叩き方なのに、平手が当たった瞬間、上半身ごと揺れてしまう有様だった。


「調子に……乗るなぁっ!」


 挽回しようとバフはマルコの身体をつかみ、重い膝蹴りを叩き込む。

 それはきっちりとマルコのふくよかな下腹に突き刺さった。


 しかし、少年は少々眉をひそめただけだった。


 お返しにバフの膝をむんずとつかむと身体ごと持ち上げ、無造作に舵輪へ投げ付けた。

 背中をしたたかに打ち付け、バフはくぐもった呻きを上げた。さすがに堪えたのか、そのままずるずると床に崩れ落ちる。


「ほら、だから言ったのに」


 マルコはのこのことはいつくばったバフに近寄っていく。

 フットワークの利かない船上では、素手の戦いは足を止めての殴り合い、単純な力比べになる。

 それこそ、マルコの独壇場だった。


 マルコがバフの目前まできた時、甲板が大きく揺れた。

 体が浮き上がり、シルビアは悲鳴を上げた。


 いつの間にか、船は急流を下っていた。


 思わずマルコが目を逸らした隙を突いて、バフが飛びかかった。

 揺れる甲板を二人はつかみ合ったまま、転がった。マルコがバフを蹴飛ばして、引き離す。


「マルコ!」シルビアが叫ぶ。


 少年の右腕はざっくりと切り裂かれ、血が噴出していた。

 ゆっくりバフが起き上がる。彼の手には、小さなナイフが握られていた。


「悪いな、小僧。生憎、俺は素手より刃物の方が得意なんでね」


 いやらしい笑みを浮かべ、バフは嵩にかかって攻め込んできた。

 だらりと下げた片腕をかばいながら、マルコは必死でナイフを避ける。


 バフは巧みに手首のスナップを利かせ、変幻自在に刃を舞わせた。一度、窮地に追い込まれたことで頭が冷えたのか、本来の力量を発揮できるようになったようだ。


 避け切れず、マルコは体のあちこちを薄く斬られた。


 裂かれた腕の痛みと出血が、彼の動きを少しずつ鈍らせている。

 どんどん酷くなる船の揺れが、それに拍車をかけていた。


 これ以上、長引けば負けてしまう。


 深く斬られるのを覚悟で避けを最小限に留め、マルコはバフの手を蹴り上げた。

 狙い通り、ナイフが空に飛ぶ。


「うわああああっ!」


 突然の激痛が身を貫き、マルコは絶叫した。

 蹴り上げた左足の太股に、ナイフが深々と刺さっていた。


 ナイフを抉るように引き抜き、バフは心から楽しそうに嘲りを浴びせた。


「ははははは! おいおい、誰が一本きりって言った?」


 うずくまって苦痛に耐えるマルコ。

 バフは油断なくナイフを持ち替え、彼を見下ろした。瞳に冷酷な光が浮かぶ。


「勉強になったろ、小僧。命のやりとりってのはこういうもんさ。――じゃあな」

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― 新着の感想 ―
だ、大ピンチ(;゜Д゜) あのまま突き出しで休場にしていれば……!!
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