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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第三章 闇と石
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誘拐犯も、時には誘拐される

「よう、お嬢さん。お目覚めかい」


 汚れた靴先で顔を上向きにさせられ、シルビアは薄目を開けた。

 目前の男は濃い鬚を生やしていた。全身から立ち昇らせている暴力的威圧感は、彼がまともな世界の住民ではないことを如実に示している。恐らく――いや、間違いなく犯罪組織の人間だった。


「……!」


 シルビアは目を見開き、周囲を見回した。

 両手は胸の前でがっちり縛られている。幸い、ペンダントは首から下がっていた。

 宝石ではなくただの石なので、奪われずに済んだのだろう。


 彼女は大きな天幕の中におり、髭の男の他に出口付近にも見張りが一人いた。


 外の様子からすると、今は昼間らしい。

 幾らかの情報を得た安心感からか、シルビアはどうにか落ち着きを取り戻した。


「……ここは、どこ? まだお腹が痛むから、そう時間はたってない筈だけど」

「ほぉ。大したもんだな」


 髭の男は、本気で感心したようだ。

 瞳が残酷な光を帯びると、いきなりシルビアの腹を蹴った。まるで手加減していない。


「あぐっ!」


 シルビアは体を丸め、咳き込みながら必死に痛みを堪える。

 彼女の耳元に男は囁いた。


「どこだろうと関係ねぇ。それより、これからどうなるかを気にした方がいいぜ」

「おい、バフ」見張りが髭の男に呼びかけ、立てた親指で外を示す。


 間もなく、数人の男達がやってきた。先導は若い男だった。


「アンディ、外は?」とバフがたずねる。

「はい、ビーンが」

「お前も行け。なにかあったら、すぐ知らせろ」


 アンディと呼ばれた若い男は、軽くうなずくと外へ出て行った。

 どうやらバフが彼等のリーダーらしい。


 結局天幕の中に入ってきた男達は、五名であった。


 中央の男性は他の連中とはまるで雰囲気が違っていた。

 上等な服を着て、尊大に胸を張り、象牙のステッキを持っている。明らかに貴種だった。

 シルビアの脳裏に閃くものがあった。


「まさか、フォアマン男爵……?」

「挨拶もまともにできんのかね? 成り上がりの娘など、所詮そんなものか」


 フォアマンが体をずらすと、後に少女がいた。黒髪の間からのぞく耳の先は、わずかに尖っていた。


 少女とシルビアは信じられぬモノを見るように、お互いを見詰めた。

 それも無理はない。

 こんな場所でクラスメイトと会うことなど、二人とも想像すらしなかったことだろう。


「アデレード・フォアマン……?」

「シルビア・ボック……? お父様、これは一体――」


 アデレードは父の袖をぎゅっとつかんだ。整った容姿が青ざめている。

 床にはいつくばっているシルビアを、フォアマンは蔑んだ目で見下ろしていた。


「お前も嬉しいだろう、アデレード? さもしい連中など、私が本気になればこんなものだ。身のほどをわきまえんから、罰を受ける羽目になる」


 上体を起こして、シルビアはフォアマンをきっと睨んだ。


「罰ですって? こんな卑劣な真似をして、なにをそらぞらしい!」

「わきまえろ、俗種め! この私に向かってそんな口を利くとは、身の程を知れ!」

「ボック家はさもしい成り上がりかもしれないけど、あなたよりよほど勇気と礼節は心得ているわ。まともにお父様と対することもできないくせに、恥を知りなさい!」

「ぐっ……黙れ、黙れ! 黙らぬか!」 


 フォアマンは、たちまち激昂した。

 ステッキを振りかざし、シルビアを強かに打つ。拘束されている彼女には避ける術がなかった。


「貴様等はすぐそうしてつけあがるのだ! お前と私では生まれが違う! 血が違う! 私は貴種だ、偉大な存在なのだぞ! わきまえろと命じただろうが、この下種が!」


 散々に打ちのめし、肩で息をするようになって、フォアマンはやっと手を止めた。

 喋っているうちに自分の言葉に興奮し、エスカレートするタイプらしい。


「お前の父など、金のことしかわからん俗物だ。金、金、金、金! まったく、俗種の極みだ。私の事業に参加するチャンスをくれてやったのに、それを足蹴にしおって」


 ぐったりと横たわるシルビアからは、なんの反論もない。

 ここまでやってようやく溜飲が下がったらしく、フォアマンは満足そうに笑った。


「ふん、まぁ、これで奴も少しは、己の分と言うものを思い知るだろう」


 父の狂乱ぶりにアデレードは愕然としているようだ。もはや顔色は蒼白になっていた。

 フォアマンは娘にステッキを渡した。


「学校ではずいぶん恥をかかされたのだろう? お前も少し、躾けてやりなさい」


 アデレードは完全に怯え、硬直してしまったらしい。

 ステッキを強く握り過ぎているのか、白くなった指先がぶるぶると震えている。


 一方バフはフォアマンの演説にうんざりしたらしい。

 当然ながら、彼も俗種なのである。


「男爵様よ。お楽しみも結構だが、そろそろ支払いの方を頼むぜ」

「――支払いだと?」

「そうさ。この通り、商品はきっちり受け渡したんだからな」


 バフはシルビアを顎で指すと、ここに乗せろとばかりに掌をフォアマンに差し出した。


「えらく勘のいい餓鬼が小娘の傍にいてな、苦労したぜ。ついでにチップを弾んでもらいたいね」

「それはお前の腕が悪いからだろう。子供一人に手間取る方がおかしいのだ!」

「ああ、そうかい。ま、あんたの御託はどうでもいいさ。おら、さっさと金を払いな」


 汚物を見るように表情を歪め、フォアマンはステッキでバフの手を払いのけた。


「ふん、金か。金は、ない」


 一瞬の間があった。ざわっと殺気立つ男達。

 バフも凶相に怒りをみなぎらせた。


「おい、どういうことだ? まだ前金しか受け取ってねぇんだぞ?」


 フォアマンはどこまでも尊大だった。

 馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「この娘を使って、ボックから身代金を取る計画だと言っただろう。お前達への支払いもその金から出す。問題あるまい」


 大ありだった。

 人質をさらうことよりも、身代金を受け取ることの方がずっと難しいのだ。


 俗種とは言え、有力者の子女が行方不明になったのだから、すぐに警務局が動き出すはずだ。

 ここで残金を受け取り、さっさと逃走しなければリスクは激増してしまう。


 どうやらフォアマンは支払いを盾に、バフ達をこの先も付き合わせる算段らしい。


「ふざけるな! 俺達が請け負ったのは、娘をさらう所までだ!」怒鳴るバフ。

「ないものはない。情報屋だの船だので事前の準備にも金を使った。そうだ、私が破産したのはそのせいでもあるのだ。感謝してもらいたいくらいだぞ」

「破産だと……? 聞いてねぇぞ、男爵様よ」


 バフは目を細め、口の端を吊り上げた。ぱきっ、と指を鳴らして一歩踏み出す。

 ここに至って、やっとフォアマンは身の危険を感じたらしい。表情に怯えが走った。


「き、貴様、なんだ。近寄るな、下種め!」


 時には貴種の命令も通じないことがある。

 岩のような拳で殴り飛ばされ、フォアマンは地に伏した。完全に気絶している。

 バフの部下が男爵の両手を縄で縛り、手荒に拘束した。


「お父様! あっ……!」


 抵抗はあっさりねじ伏せられた。

 アデレードも両手を縛られ、シルビアの傍らに突き飛ばされる。


 目前の急展開を、シルビアはただ見ているしかなかった。

 先ほどまで主犯だった筈の男は虜囚となり、彼女はクラスメートと一緒に誘拐された形になってしまったのだ。


 バフ達は計画が狂い、ひどく苛立っている。

 そして見渡す限り、味方になってくれそうな者は誰もいなかった。


 事態は悪化の一途をたどっていた。

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― 新着の感想 ―
たとえ上位存在だろうともやってる事が外道なら誰だってぶん殴りたくならぁな( ´Д`)=3 フゥ それはそうと、おいおいここからどうなっちまうんだ(;゜Д゜)
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