デブなので、もりもり食べる
山荘は朝霧に包まれていた。
朝の挨拶を交わす鳥達の声に紛れるように、マルコは静かに山荘の裏手に回った。
積み上がった薪を足場にヤギ小屋へ這い上がる。
そこから、二階の廊下の窓に手を伸ばし、静かに開く。
窓から家に入ると、しんとした静寂に包まれた。
目の前に客間の扉があった。彼女を起こしてはまずいだろう。
足音を忍ばせてその前を通過し、階段を挟んで反対側にある自分の部屋へと――
「どこ、行っていたの?」
振り返る必要はなかった。抑えた声を震わせる、怒りの波動がびりびりと伝わる。
廊下に仁王立ちになったシルビアが、マルコを睨みつけていた。
リタは子供達の様子を、楽しそうに眺めていた。
二階の大騒ぎを目の当たりにすると、リタはその場での収拾を放棄し、まず食事にしましょうと提案したのだった。
「あんまり急いで食べると消化に悪いわよ」
並んで席に着き、競うようにスクランブルエッグを食べている二人に、リタはのんびりと言った。
本気で注意しているわけではなく、単に面白がっているらしい。
「シルビィ、ミルクのお代わりは?」
「はい、ください」
差し出されたコップに、リタはミルクを注いでやった。
ごくごくと喉を鳴らしてシルビアはミルクを飲んだ。飲み方一つで、ヒトは感情表現が出来るのだ。
「あ、ぼくも」
コップを差し出そうとした時、だん、とテーブルが鳴り、マルコは手を止めた。
シルビアがコップの底を叩き付けたのであった。彼女は体ごとマルコに向き直った。
「ぼくも、じゃないでしょ! いつまでのほほんと食べているのよ?」
「ええっ? でも、それはシルビアだって……」
「一晩中、どこほっつき歩いていたのか、いい加減説明しなさいって言ってるの!」
「えっと、散歩に出かけたら道に迷った……とか、どうかな?」
「マルコくん? わたし、本当の話が聞きたいのよ。言うつもりがないってことかしら?」
怒りに満ちたシルビアは、突進してくるツチブタの倍は迫力があった。
これ以上誤魔化そうものなら、あんたをバラバラに粉砕するわよ、と彼女の瞳が告げている。
マルコは朝食をかきこむ手を休めずに、ぼそぼそと喋った。
「その、石を採りに行っていたんだよ。すぐに帰るつもりだったんだけど、色々あって」
「――石?」シルビアは一瞬視線を宙にさ迷わせ「もしかして、廃坑?」と問い返す。
「え、なんで知っているの?」
「ここへくる途中で見たもの。フリッツが説明してくれたのよ」
マルコの驚きに、シルビアは少しばかり得意そうに胸を張った。
記憶力には自信があるらしい。
「廃坑ですって?」
模様眺めに徹していたリタが、眉を吊り上げた。
「マルコ、あそこには近付いちゃ駄目って言ったでしょう! 崩れて危ないんだから!」
「呆れた。お母さんの言いつけを破ったから、黙ってたのね! 石なんかのために!」
女性連合に攻め立てられ、マルコは成す術もなかった。
シルビアは弾みがついてしまったのか、子供っぽいだの、無責任だのと、ぽんぽん文句を投げ付けてくる。
長いお説教がようやく終焉を迎えようとした時、リタがたずねた。
「で、マルコ。あんた、どこか怪我とかしてないでしょうね?」
「うん、大丈夫だよ。落盤があったけど」
席を蹴るような勢いでシルビアは立ち上がった。
「ら……落盤って……」ばん、と両手をテーブルにたたきつけ「ちょっと、なにやっているの、この馬鹿っ!」とシルビアは叫んだ。
「ええと、落盤はぼくが「やった」わけじゃないよ?」
「そういう話をしてるんじゃないのよ!」
「あ、そう言えば崩れるきっかけを作ったのはぼくだったかな……」
「やっているじゃない、やっぱり!」
マルコとしてはシルビアとはケンカをしたくない。特に今はそうだった。
再び火がついた彼女の怒りはなかなか収まらなかったが、マルコが言い返さないため、徐々に鎮火していった。シルビアは最後に大きなため息をついた。
「もういいわ。それだけ食べるんだから、具合も悪くなさそうだし。まったく、人の気も知らないで!」
じろりとマルコを睨んでから、リタに笑いかける。
「お母さん、ごちそうさまでした」
「はい、お休みなさい」にっこり笑い返すリタ。
「お休みなさい? 日が昇ったばかりだよ?」
余計な一言だったのか、シルビアはひときわ厳しくマルコを睨んだ。
冷や汗を流して、マルコはさっと顔を背ける。
ふん、と鼻を鳴らしてシルビアは階段を上がって行った。
客間の扉が閉まる音を聞いて、マルコはぐにゃりと弛緩した。
リタが手を伸ばして、マルコのコップにミルクを注いだ。
だらしない姿勢でミルクを飲み、マルコはすねた。
「あんなに怒ることないと思うんだけどなぁ……」
「あるわよ。シルビアちゃん、一晩中あんたを待っていたんだから」
「じゃあ、寝てないの? なんで?」
驚くマルコを、リタは黙って見返した。
マルコは自分がとてつもない間抜けになったような気がした。シルビアの性格を知っているなら、わからない筈がないのだ。
「そんなに……心配、してくれたの?」
そう言えば二階で会った時、シルビアは既に寝間着ではなかった。
「あんたがいないのに気付いて、探しに出ようとしてね。止めるの、大変だったのよ」
リタは欠伸をした。
彼女は彼女で、シルビアが夜の森へ探しに出ないよう、ずっと気を配っていたに違いなかった。
「母さん、後はぼくが片付けるから、もう寝てよ」
「おや、そう? じゃ、そうさせてもらうわ」
大儀そうに立ち上がると、リタは首を回しながら、居間の横にある自分の部屋に向かった。
マルコは皿を片付け始めながら、母の背中にたずねた。
「ねぇ、石ノミとヤスリ、どこにあったっけ?」
「仕事部屋。棚横の桶にまとめて入れてあるわ。ちゃんと元に戻すのよ」
手をひらひらと振って、リタは自室に入った。
徹夜明けなのに沢山食べてます。
デブは消費カロリーの三倍食べないと、死んでしまう生物なのです。





