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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第三章 闇と石
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デブは、闇を恐れない

 夜の森は意外に騒々しい。

 夜行性の動物、鳥、虫の息遣いに満ちている。


 加えて、今晩のように風が出てくると、木々や藪が揺れてうるさいくらいにざわめくのだった。

 視界が利かない分、音に敏感になるのかもしれない。


 ただ、マルコの場合はあまり関係ない。

 わずかな月明かりがあれば困らないだけの夜目はあるし、聴覚も元々鋭いからだ。


 彼は夜を駆けていた。


 目的地までの距離は把握しているので、無理にペースを上げたりはしない。走っているのは森そのものではなく、山道である。足元に気を配る必要はあるが、一本道なので迷う心配はない。


「――あれ?」


 マルコは立ち止まった。

 以前森で感じた気配が、付近をかすめたような気がしたのだ。


 しかし、周りに音源があり過ぎて、正確に判断できなかった。

 しばらく探ってみたが、気配はもう現れなかった。


 なにか、嫌な感じだった。


 たちの悪い相手のような気がする。

 やはり彼が知らない獣が、この辺りに住み着き始めたのか。今までの行動パターンからして、本来は夜行性の肉食獣なのかもしれない。


 不意打ちを食わないように警戒しながら、マルコは再び走り出した。




 幸い何事もなく、廃坑跡に到着した。

 朽ちた住居が墓標のように立ち並び、あちこちに廃材が積まれている。赤錆びた鉄の匂いが鼻をつく。

 中央の広場からは、放射状にトロッコのレールが伸びており、その先は坑道に繋がっていた。


「え、ええと……どこ、だっけ……」


 マルコは呼吸を整えながら、周囲を見回した。

 夜の世界では、よく知っているものでも大分印象が変わってしまう。

 おまけに彼はここ一年ほど、廃坑跡には足を踏み入れていなかった。


 ようやく目指す坑道を見つけ出し、マルコは木材で塞がれた入り口をのぞき込んだ。

 月の光さえ届かぬそこは、ただぽっかりと真っ暗な穴があるばかりであった。


 鞄から小さなランタンを取り出し、マッチで火を灯す。

 マルコは木材の隙間から坑道の中へ入り込んだ。


 そこかしこに岩が転がっているが、道幅は充分で、楽に立てるだけの高さもあり、歩くには支障ない。灯りを避けて、地蟲がこそこそと逃げて行く。


 奥に進むにつれて、坑道全体が湿っぽくなってきた。

 濡れた壁がてらてらと灯りを反射し、天井から滴が落ちてくる。足元にも水が溜まった場所があり、靴がすっかり濡れてしまった。


 自分の呼吸音が、壁に反射して耳元にまとわり着く。


「やっぱり、あんまり気分のいい場所じゃないなぁ……」


 思わず漏れた独り言も、妙に反響して聞こえた。体が冷えてくる。

 探している場所には中々たどり着かなかった。


 記憶違いかと思い始めた時、横合いから求めていた間道が出てきた。

 マルコはランタンをかざして中を照らした。


「――あった……!」


 落盤でなかば塞がった道だったが、見覚えがあった。

 マルコは本道の壁に立ち並ぶ太い木材に目を付けた。ランタンを地面に置くと、木材をめりめりと引き剥がし、間道の入り口に戻る。


 自分の身長以上の長さがある木材を軽々と振るって、どん、と土砂に突き立て、ぐいぐいと奥に押し込む。間道の先には空間があるので、通れる隙間を作るだけなら、土砂の山を掻き出すより押し崩した方が効率はいいのだ。


 だが、少々景気よくやり過ぎたらしい。

 土砂が崩れるより先に、天井からパラパラと土くれが落ちてきた。


「え……うわっ!」


 マルコはとっさに本道まで飛び退き、尻餅をつく。

 入れ替わるように新たな落盤が起こり、轟音を立てて土砂が雪崩落ちる。


 落盤が終わると、間道は完全に塞がれてしまった。


「まいったなぁ。もう、他の場所なんて……」


 立ち上がろうとして地面についた掌が、目的の石をつかんでいた。




 坑道の外に出ると、月の位置はかなり西よりになっていた。

 マルコは小走りになったが、背中で揺れる鞄が気になり、広場の中ほどで足を止める。


 鞄を探って石を取り出す。

 月にかざすと、石は不思議な透け方をした。満足気にうなずいて石を戻そうとした時、四方に影――いや、わだかまる闇の塊が出現した。


 黒々としたそれは奇妙に生々しく、煮えたぎる泥の塊のように、ふつふつと息づいている。

 月がかげると、闇はまるで成長する植物のように、ぬるり、と上方へ伸び上がった。


「駄目だよ。どいてよ」


 彼の制止などお構いなしとばかりに、四体の闇達は前後左右から接近してくる。

 闇の表面には奇妙な模様が繰り返し現れては、流れるように消えていた。

 マルコを取り囲み、闇達はおうおうと吼えた。


「どいてってば!」


 彼は勢いよく正面の闇に飛び込んだ。

 ぐっ、と張りのある半固形の塊を押すような感触の後、闇は弾けた。幾つもの塊にわかれ、音もなく地面に撒き散らされる。他の闇達も、一斉に退く。


 怖がりさえしなければ、この闇はイキモノを害することはできない。マルコはそれを知っていた。


 広場の端まで駆けて、マルコは振り返った。

 弾けた闇は他の闇に見守られながら、もぞもぞと寄り添って接合し、元通りになりつつあった。


「ごめん。でも、君達がなにを伝えたいのか、わからないし……」


 手にした石に目を落とす。


「――もしかすると、使えるかな」


 マルコは闇達にゆっくり歩み寄った。少し離れた所で止まり、地面に石を置く。

 数歩下がって様子を見ていると、闇の一つが石に触れた。


 闇が石を取り込んだのか、石が闇を吸い寄せたのか。


 するり、と石は闇の中に入り込み、水面を流れる小枝のようにくるくると回転しながら浮遊している。

 唐突に、マルコの脳裏をなにかがよぎった。


 闇。

 土砂。呼吸。

 熱。骨。崩落。

 出口。酸素。肉。恐怖。

 血。苦痛。死。死。死にたくな――


 おおおおう、と長く伸びる吼え声に、マルコははっとした。

 額にびっしりと、冷たい汗がにじんでいる。


「ヒトの影……ここで昔死んだヒト達の影……?」


 闇が伝えてきた心象は、強烈ではあったが、ひどく散漫でもあった。

 はっきりしたイメージが浮かぶ前に、次のイメージが押し退けるように現れる。先を争ってせまい出口へ殺到し、結果誰も外に出られない――マルコには、そんな風に感じられた。


 共通しているのは、死。


 どのイメージも、真っ黒な死でぬり潰されている。

 廃坑で死んだヒト達の、命の残滓。それが寄り集まって堆積し、カタチを成しつつあるもの。


 つまり、この闇達はイキモノと逆の方向から出発して、「カタチのある現象」――精霊へ成ろうとしているのかもしれなかった。


 闇の内部で石がすうっと落下した。こつん、と音を立てて着地する。

 気のせいか、闇のカタチがわずかに薄れているようだ。ゆらゆらと全体を揺らしてマルコから離れると、闇は地に染み込むように消えた。


 後に残された石を、他の闇達が物欲しげに見ているような気がした。


「もしかして、成りたくないの? 君達は成りたくなくて、消えてしまいたいから、心を打ち明けたがっているの……?」


 そうたずねても闇達はただおおう、と叫び返すばかりであった。

 気が付くと、最初からいた三体の他に、大小様々な闇の柱が周囲に林立していた。


 マルコはため息をついた。


 すべては想像に過ぎない。

 彼の考えが正しかったとしても、少し話を聞いてやるくらいでは、なんの解決にもならないだろう。


 そう、ただの慰め、単なる自己満足だ。


 これはヒトでもイキモノでもない。哀れみは無意味だ。

 それに、早く帰らないと夜が明けてしまう――


「ほら、おいで」


 マルコが手招きすると、一体の闇がのろのろと石に接近してくる。

 今度はイメージに巻き込まれ過ぎないようにしなくてはいけない、と彼は思った。


 自分が馬鹿をやっていることは、充分過ぎるくらいに理解していた。

 かつてのマルコならこんな無駄なことは絶対にしなかったはずだ。


 だけど、シルビアならきっと彼等を見捨てない。

 例え恐れても、放っておけない。


 なぜかそんな気がするのだった。

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― 新着の感想 ―
彼も彼で影響を受けてきていますね。 良い傾向……だと思いますがその思念体というか幽霊的なのどうするんや(;゜Д゜)
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