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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第二章 滝の主
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強いデブには、空気が読めない

 夏の日々は穏やかに流れていった。


 ヤギの背に乗って競争し、地面の小さな穴に草を突っ込んでセミの幼虫を釣り上げた。

 森を歩き、淵で泳いだ。あのヤママスはやはり現れなかったが、代わりにシルビアが助けたウィングキャットの姿を、水辺で見かけた。


 マルコとシルビアはその一つ一つを心から楽しみ、よく笑い、沢山食べて、ぐっすり眠った。

 彼女が山荘にきてから、十日あまりがたっていた。




 マルコは山荘の裏手側で薪割りをしていた。

 勢いよく斧を振り下ろす。

 ぱんっ、と小気味いい音が鳴り、薪は綺麗に二つになった。


 斧は柄に紐を通して輪を作ってあった。

 本来は両手持ちサイズだが、マルコは紐を手首に巻き付け、片手だけで斧を振るっている。


「マルコ! ちょっと来なさい」

「はーい」


 母の声に返事をして、薪割りを中断する。

 玄関先のテラスに顔を出すと、椅子に座ったシルビアがリタに散髪してもらっていた。


 シルビアは真っ黒に日焼けしている。

 もうすっかり、地元の娘と言った様子であった。


「ほら、シルビィ。駄目よ、掻いたら」


 シルビアの体には布がかけられていた。

 布の端をたくし込んだ首元から下は隠れていたが、なにやらもぞもぞと布地が動いている。

 どうやら肌の日焼けを掻こうとしているらしい。


「うーん。でも、かゆいの」


 我慢するためか、シルビアは足をパタパタと振る。

 声に甘えた響きがあった。


「ちょっと待ちなさい。マルコ、かゆみ止めを持ってきて頂戴」

「うん」小走りに家の中へ入るマルコ。


 戻ってきた彼が持っていたのは、濃い緑色をした肉厚の葉と、ナイフだった。

 シルビアはその葉をしげしげと眺めた。


「お母さん、これがかゆみ止めなの?」

「そうよ。前に作った軟膏もあるけど、今の時期ならこれを直接塗った方がよく効くわ」


 リタはシルビアの体から布を外してテラスの柵にかけると、マルコから葉とナイフを受け取った。ナイフを使って葉を薄くスライスし、断面からにじみ出た粘り気のある液をシルビアの腕に擦り付ける。


「ひゃっ!」


 冷たいのか、シルビアは妙な声を上げて肩をすくませたが、やがて鼻をひくひく動かした。

 液を塗られた腕を持ち上げ、匂いをかぐ。


「あ、これって……」

「いい香りでしょ。香水に混ぜたりもするのよ」


 リタは葉をスライスしつつ、シルビアの腕、肩、頬に液を塗りつけた。

 最後に鼻の頭にも一塗りする。その間、シルビアはただじっとしていた。リタに構われるのが、嬉しくて仕方ないようだった。

 マルコは思わず呆れ声で言った。


「ねぇ、シルビア。どうして君は母さんの前だと、赤ん坊みたいになるの?」


 シルビアはぱっと椅子から立ち上がると、服をぱんぱんと叩いた。散髪は終わったらしい。


「別に、そんなことないわ」

「ほら、全然違うじゃないか」

「違わないわよ。普通だもの」つんと顎を反らす。


 彼女が誤魔化しているのは、明らかだった。

 すっかり気の置けない仲になったとは言え、シルビアのこうした態度はマルコにはよくわからなかった。

 彼に対しては常に対等になろうとして頑張り、意地も張る姿とギャップがあり過ぎるのだ。


 母の方もシルビアには甘い。

 相手が客であることを差し引いても、甘い。注意する時でも声に優しさがある。


 それが少し面白くなかった。シルビアと母の輪の外に自分がいるような気がした。


「甘えるなら、自分の母さんにしなよ」


 甘えてないわよ、と言い返されるだろうとなかば思いながら、マルコは言った。

 だが、シルビアは顔を強張らせ、怯えたように黙り込んでしまう。


「シルビア? どうし――」


 言っている途中で、マルコの視界が揺れた。同時に頭頂部に痛みが跳ねる。

 リタが拳骨でマルコに一撃を加えたのだった。


「な――」

「お馬鹿! シルビアちゃんは……」


 説教を始めようとしたリタを、シルビアが止める。


「いいんです、マルコくんは知らなかったんですから」


 シルビアはマルコに顔を向け、静かに言った。


「わたし、お母さんはいないの。ずっと前に亡くなったから、覚えてもいないわ」


 彼女を直視できず、マルコは目を逸らした。


「でも……ぼくも父さんはいないよ。だけど、別に……仕方ないじゃないか。どうしようもないことだよ。いつまでもこだわるなんて、おかしいよ!」


 支離滅裂な言いわけだった。

 どうしたわけか、口が勝手に喋っているようで、マルコが止めようと思っても止まらなかった。


「だって、もう死んじゃった人でしょ? そんなの、気にしても――」


 リタは息子の腕をつかんで揺すり、口をつぐませた。


「およし、マルコ。お前とシルビアちゃんは別の人間なのよ。自分と同じように考えないからって、責めるつもりなの?」

「……」


 そんなつもりはなかった。ないはずだった。

 シルビアはひどく悲しそうだ。


 だから、自分がなにか決定的なことを言ってしまったのだとわかった。

 だけど、なにがそんなに悲しいのか、わからない。


 顔も覚えていない母親の死。それはとうに終わった出来事ではないのか。


「マルコくん? 本当にいいから、気にしないで。リタおば様も」


 シルビアの声はマルコに届いていなかった。

 リタは腕組みして、ふむ、と鼻を鳴らすとシルビアに笑いかけた。


「そうね、シルビィがそう言うならね」


 シルビアの手を引いて、リタは山荘の中に入っていった。




 夕食の席で、マルコはほとんど喋らなかった。

 かえってシルビアが気を遣い、あれこれと話しかける始末だった。

 食事の後、彼は逃げるように自分の部屋に戻ってしまった。


 シルビアは客間の中をうろうろしていた。既に寝間着姿だが、ベッドに入る気になれなかった。

 ノックの音がすると、彼女は扉に駆け寄った。


「はいっ! ……あ、リタおば様」

「ちょっとお邪魔していいかしら?」

「はい、どうぞ」


 リタは部屋に入ると、ベッドに腰かけた。傍らのシーツをぽんぽんと叩く。

 シルビアは素直にリタの横に座った。


「ごめんね。マルコがきたかと思った?」

「えっ……あの、はい」


 困ったようにシルビアは答える。正直ね、とリタは軽く笑った。


「あのう、おば様……」


 リタはひた、とシルビアの唇に指を当てた。


「お母さん、は?」


 シルビアは少しためらってから、リタにぎゅっと抱きついた。


「うん、お母さん……」


 リタは黙ってシルビアの髪を撫でていた。

 シルビアは抱きついたまま、リタを見上げた。


「お母さん、マルコくん、大丈夫かな」

「大丈夫、大丈夫。あの子、食事だけはきっちり食べてたじゃない。少しは食欲が落ちた方が、スリムになっていいのにねぇ」


 あくまでもお気楽そうな口調のリタに、シルビアは真剣に訴えかけた。


「でもわたし、本当にもう気にしてないの! だから……」


 リタは髪を撫でる手を止めると、シルビアの肩を抱いた。


「マルコは強い子よ。とても強い子。もし私がいなくなったとしても、すぐ立ち直って、この森で元気に生きていけるくらいにね。だから、そう言う意味では私はあの子の心配をしたことはないの」

「そんな……」

「本当よ。エルフの特徴なのか、私にはわからないけど、父親にもそんな所があったわ。冷たいとも、合理的とも言えるし……そうね、森の世界に近いのよ。例えそれが残酷なものであっても、自然のルールには淡々と従う。死は覆しようがないのだから、それが肉親の死だろうと、ただ受け入れて終わらせる。それ以上のことは無駄なだけ」


 リタは少女としっかり視線を合わせた。


「だからマルコはきっと、シルビィが今でもお母さんを慕って悲しむのはなぜなのか、わからないのね」


 リタの言葉にショックを受け、シルビアはうつむく。


「でも、マルコくんは――とても優しかったわ。わたしのこと、すごく、すごく心配してくれたもの……!」


 声を震わせるシルビアをなだめるように、リタは答えた。


「勿論、あの子はちゃんと人並みの感情を持っているわ。だけど、ここで私だけと暮らして来たから、他人の間で生きていくのはどういうことなのか、まるでわかっていない」


 ほとんど誰も訪れない山荘。

 マルコの世界には、森と母しかなかったのだ。


「シルビィ。あなたは、マルコにとって初めての他人なのよ」


 混乱し、シルビアはゆっくりと首を振った。


「わたしもわからない……それなら、マルコくんは今、なにを悩んでいるの?」

「他人と自分のルールは違う。だから、どんなに大切に思っても、かみ合わない時もある。それはわかるでしょ?」


 シルビアは首をかしげた。


「はい。でも、それは当たり前のことだわ」

「いいえ、あの子には違うのよ。マルコはシルビィを傷付けた。そして、その理由が理解できない。だから、きっとこの先も、知らないうちに何度もあなたを傷付ける――マルコはそれを怖がっているのよ」

金髪日焼け女子ってよくないですか? よいですよね?

という気持ちで書きました。

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― 新着の感想 ―
金髪……日焼け……分かるぅ~! それはそうと。 これは本格的に重くなっていく予感。 果たしてマルコはいろいろと理解してくれるのか。
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