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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
プロローグ
1/24

デブだけに、力持ち

拙作「封神鬼ガウリ」とほぼ同時期に書いた小説の再構成版です。

作品のテーマやシーン、幾つかの要素が「ガウリ」とかぶっておりますが、その点はご容赦ください。

 荷馬車は、緑のドームに覆われた山道を走っていた。

 幾つもの旅行鞄と一緒に、まだ幼さを残す少女が荷台に座っている。道が悪く、山高帽をかぶった御者の男は、努めてゆっくり馬を走らせているようだ。

 下草で隠された落石を車輪が踏みつけ、荷馬車が大きく揺れた。

 

「ああもう、ひどい揺れね! シャックリでもしているみたい」


 少女はそう呟くと、旅行鞄に恨めしげな視線を送った。

 革張りの鞄は頑丈が売りで、彼女と違って板張りの床に打ち付けるお尻もない。普段乗っている馬車であればもっと乗り心地がいいのだが、こんな荒れた道は走れないだろう。

 御者は耳ざとく反応し、少女に向かって肩越しに頭を下げた。

 

「申し訳ございません、お嬢様。もうしばらくご辛抱下さい。何分――」

「別にあなたのせいじゃないわ。こういう道なんですもの」


 少女はいささか慌てた様子で御者の言葉をさえぎると、背中をしゃんと伸ばした。

 やがて大きなカーブを抜けると緑陰は左右に退き、視界が開けた。

 

「うわぁ……!」


 左手に広がる峡谷は、思わずもらした感嘆に足るだけの見事な景観であった。

 谷間は滴るような緑で彩られ、侵食から取り残された岩の柱が、巨大な植物の芽のように木々を割ってそびえ立っている。青く霞む対岸の背後には、白い冠を頂いた山々が控えていた。


「すごい……素敵……! シティにはない眺めね」


 少女が振り返ると、遠くに朝方通り過ぎてきた廃坑跡がちらりと見えた。

 荷馬車は峡谷の右岸に掘り込まれた回廊上を、谷の奥へと向かっている。

 膝立ちになって荷台の左側へ移動すると、少女は身を乗り出して崖下をのぞき込んだ。吹き上げる風に帽子を飛ばされそうになり、両手で抑える。

 

 突然、数匹のウィングキャットが目前に躍り出てきた。

 

 小さな悲鳴を上げて、少女は尻餅をつく。

 ウィングキャットは広げた翼一杯に風をはらんで、さらに上空まで舞い上がった。

 

 見上げれば、お互いにミーミーと鳴きかわしながら、軽やかに遊弋する沢山のウィングキャットの姿があった。

 

 少女はくすくすと笑い出した。

 この愛らしい翼付きの猫は、シティでもペットとして人気があった。羽根自体は小さく、一見飛ぶことなどできそうにないのだが、翼端から霊気を伸ばしており、実質的な翼長は見掛けの数倍に及ぶらしい。

 

「お嬢様、見えてまいりましたよ」


 御者が指さす。山ひだの影から、二階建ての山荘が顔を出し始めていた。

 遠目にも太い木を組み合わせた素朴な造りがわかる。道は山荘の前庭で行き止まりになっていた。

 少女はそっけなくうなずいた。

 

「――そう」


 年齢と不釣合いな、感情に乏しい声。

 表情からも先ほどまでの朗らかさが、かき消されていた。

 

「あなたも直接会ったことはないのよね? その、エルフの子に」

「はい。ですが、お嬢様の学校にも血筋を引く方は大勢いらっしゃるでしょう」


 御者は、少女が先行きについての不安を持っているのだ、と解釈したらしい。

 顎を反らし、少女は冷ややかに答えた。

 

「そうね、わたし以外はみんなそう。ひいひい御爺様がエルフとか、ひいひいひい御婆様がエルフの孫だとか、馬鹿馬鹿しいったらないわ。あなたを悪く言うつもりはないけれど、あの連中には、ときどき我慢が――」

「お嬢様、おつかまり下さい!」と叫ぶと、御者はいきなり手綱を引絞った。


 とっさに荷台の柵にしがみ付き、少女はなんとか急減速に耐えた。

 停止した荷馬車の前方に、右手の崖から握り拳大の石が降り注いだ。ついで、地響きを立てて大きな獣が転がり落ちてくる。

 

 獣は雄牛ほどもあるツチブタであった。

 

 身をよじって立ち上がると、ツチブタは鼻面を荷馬車に向けていなないた。

 長く伸びた槌状の鼻は極めて頑丈で、たくましい四肢が生み出す突進力と合わせて、恐るべき武器になる。


 怯えた馬が暴れ出し、御者は手綱を抑えるのに懸命となった。道はせまく、馬を落ち着かせなければ逃げることすらままならない。

 少女は御者台に乗り移り、御者の懐に潜り込むと手綱に飛びついた。

 

「剣を!」


 精一杯の力で手綱をさばく少女にそれ以上話す余裕はなかった。


 だが、御者はその意を解した。

 一瞬ためらった後、手綱を離して御者台の横に据えつけた剣に手を伸ばす。 

 応じるように、ツチブタは猛々しく鼻を振り上げた。

 

 その刹那――なぜか、さらに子供のツチブタまで崖から降ってきた。

 子ブタは空中でくるくると回転し、親ブタと荷馬車の間にどん、と着地する。

 

「え……?」


 少女は目前の危機も忘れて、ぽかんと口を開けてしまった。

 

 よく見ると、それは子ブタではなかった。

 しかし、同じくらいの幅があった。と言うより、丸かった。


 ありていに言って、肥えていた。まんまるだった。

 

 それは少女と同じ年頃の少年だった。

 ツチブタは一際高くいななくと、地を蹴って突進した。

 

「いかん!」抜刀した御者は荷馬車から飛び降りて「君、早くこっちへ!」と叫んだ。


 御者の声に少年は即反応して、駆け出した。

 真っ直ぐ、前方のイノブタへ向かって。

 

「ば、馬鹿! そっちじゃないわ!」


 少女が言い終わる前に、少年とツチブタは正面衝突した。

 土煙が舞い上がり、少年は跳ね飛ばされ――なかった。

 

「駄目だよ、暴れまわっちゃ。おとなしくしてよ」


 およそ場違いな、のんびりした声。

 ツチブタの突進は少年に食い止められていた。自慢の鼻は両手でがっちり押さえられ、先端が少年の腹部に軽くめり込んでいるだけであった。敗北を認められないのか、ツチブタは尚もじたばたと暴れた。

 少年はため息をついた。

 

「もう、しょうがないなぁ……。痛くても知らないよ?」


 つかんでいる鼻を脇に抱えると、ツチブタの足の動きに合わせて、上体を右にひねる。

 がくんと前足を折りかけ、ツチブタがたたらを踏む。

 少年は素早く左側へ切り返し、ツチブタの体勢を崩す。


 そのまま回転を始め、ツチブタも彼を中心にして、ぐるぐる回る羽目になった。

 どんどん勢いが増し、追従し切れなくなった獣の蹄が空を切り出す。

 

「よおおおおい、しょ、っと!」


 かけ声と共に杭を引き抜くようにツチブタを持ち上げ、一気に放り上げる。

 かわいそうな獣は抗議の鳴き声をあげながら、崖の上へ消えていった。

 

「ぼくの勝ち!」


 丸顔をさらに丸くして、屈託なく笑っている少年。

 その顔の両側には、見事な尖り耳が生えていた。

かーみーかーぜーの、じゅつーっ! は使えません。

故にスカートはめくれず、残念です。

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― 新着の感想 ―
>吹き上げる風に帽子を飛ばされそうになり、両手で抑える 押さえる、だと思います。 くっ! スカートめくれないか……じゃなくて相手の少年、底が知れねぇ(;゜Д゜)
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