遥か彼方のエーデルワイス
「主任! 雲影主任! 第三班から実験成功の報告が入りました」
その瞬間、この統合指令室には歓声が響き渡った。
「みんな静かに、まだ実験が成功しただけよ。まだまだ先は長いわ」
冷たく言い放たれた言葉は、この場を静まらせるには十分であった。
「それに、騒ぐ場所はここじゃなくてよ。各自班を切り上げさせて一七時に六階の大広間に集合。遅れた班はウォッカの一気よ。以上解散」
先ほどとは打って変わって、張り上げられた声には温かみがあった。
「主任! 愛してるぜー!」
「雲影主任に呑まされるんなら本望さ」
「あんた最高だよ」
「二次会は俺に任せな」
等々、様々な言葉が飛び交った。
みんなが片付けに入っている中で、雲影主任に近づく影が一つ。
「となりいいか」
「ええ、よくってよ」
「ここの連中は本当に奇人変人の集まりだな」
「その中には私も入っているのかしら」
「むしろ君が一番なんだけどな。自覚のないことほど恐ろしいことはないよ、まったく」
「一番っていう言葉は好きよ。でもね、そう言われると考えを改めないといけないわね」
二人の間には、緩やかな時間が流れる。
「ここまで来るのに」
その声は少し震えていた。
「いや、違うな」
感情が抑えきれなくなるからだろうか口をつぐんだ。
手すりに置いた腕が小刻みに震えていた。
震えを隠すためか、大勢を変えて背中からもたれかかった。
「これまでの僕の人生はすごく永かったように感じるよ。普通なら短いって言うところかな」
「そうね。少なくとも私は永いとは感じなかったわ。ただ、あなたは尚更そう感じずにはいられないのでしょうね」
数えきれないほどの者を魅了してきたのであろう、妖艶な雰囲気を放つ口元に笑みを浮かべた。
「なにせ、あなたは時を超えてきたんだから。阿土大星君」
「懐かしいな、君にその呼び方をされるのは」
少しの沈黙ののち、大星は雲影主任に向けて子供のような笑顔を見せた。
「もう、そんな年じゃないのに。君にその呼び方で呼ばれるのは、すごく嬉しいよ」
「それは、どういたしまして。ところで、あなたはあの時の選択を後悔してはいないかしら」
「後悔しているかどうかは正直わからない。けど、これだけは言えるよ。あの時の君に対しての想いは今も変わらないし、それだけが何の接点も持たないこの時代に生きる僕の唯一の道しるべだから」
「そう……」
とだけ小さく呟いた。
ほほから垂れた雫がエーデルワイスのブローチに吸い込まれる。
照明に照らされた雫がブローチに接触し、飛散する際に一瞬の輝きを放った。