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オレンジジュース

作者: 庭野 小鳥

小一時間。私は新幹線に乗り、空を見上げた。

空を見るとうっすらとした水色の月が昇っていた。

まだ昼ごろだというのに、月は『急ぎ過ぎちゃいました』とでもいうようにそこにいる。

そのことを隣にいる薫子に伝えようとし、喋ろうとしたが、声が出ないのだ。その時、声をかけようとしたものだから、半分口の開いた状態で私は薫子をみつめるかたちになってしまった。

「え、なに沙耶?」

月が見えるよ、と言おうとしたがいや違う。もっと大事なことを言わなくては。

「声が出なくなっちゃったの!」

必死に口を動かしたが、と私の声は霞のように全く聞こえない。音を発せていないのだ。

「薫子助けて!」

必死の訴えにとなりにいる薫子はただ首を傾げているだけである。

「沙耶、口パクの遊び?いきなりどうしたの?」

違う!違う!声が出ないの!

心の叫びが音となり薫子に聞こえることはない。

どんなに口を動かし、お腹に力を込めても声は出ない。私の声はどどうしてしまったのだろう。喉に手を当ててみるが、とくに腫れも感じられないし痛みも感じられない。突然変異のような状態にただパニックになるばかりであった。

「ねえ、沙耶?大丈夫、喉が痛いの?オレンジジュースしかないけど……。いる?」

嗚呼!オレンジジュース!

これを飲めば、元に戻るかもしれない!

沙耶は薫子からオレンジジュースを受け取り、

じれったいとでもいうように、キャップを外し、オレンジジュースを飲まねければという思いから、必死の形相でオレンジジュースを喉に流し込んだ。

「ゴクリ、ゴクリ。」

オレンジの香りと、酸っぱい味を感じながら、私は意識を失った。


気がつくと教室にいた。高校の教室だ。

周りを見渡して見ると、人がいる。そんなに人はいない。5人である。放課後らしい。時計が6時05分を指している。

懐かしい。内田くんに山崎くん。深山さんにゆりかちゃん。そして、薫子。

みんな久しぶりだ。

あれ、でも……。私どうして久しぶりだと思ったんだろう。

頭がズキズキする中私は自分の席から立つ。今日は7月9日。

私、今日が嫌いだ。どうしてかは、わからないけど。

今日、いや今、帰りたい。ここにいたくない。イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ。

そう思っても足が重く、全く動かない。金縛りにあったかのようである。私は、親友の薫子のことを待っていたのだ。だからここにいなくては。いたくないけど、いたのだ。

これは、私の記憶だ。


「あれ?ない、ない!」

ユリカちゃんが自分の鞄をゴソゴソと探る。

「どうしたの?ていうか、何がないの?」

帰りたくて仕方がないというように深山さんがイライラとした口調でゆりかちゃんに問い詰める。

「朝話したやつ!山崎くんへのプレゼントだよ!……。あっ!」

察するにゆりかちゃんは山崎くんへプレゼントを放課後渡そうとして鞄に入れていたが、なくなってしまっていたらしい。サプライズだったのだろう。思わず言ってしまい、重苦しい雰囲気がたまる。

「や、山崎くんごめんね。プレゼント持ってきてたんだけど……。パッピーバースデー。山崎くん。」

「ああ、サンキューな」

さらりと言った山崎くんに対し、後ろにいた内田がヒューヒューと口笛を鳴らしている。

「お熱いね〜お二人さんは〜」

内田がはやし立てる横から

「やめなよ内田」

と、薫子の声が聞こえる。

「そんな風にはやし立てる必要ないじゃない。

「うっせーな。薫子ヤキモチか〜」

ニヤニヤした顔で薫子に向けた言葉は薫子に動揺を与えた。

「そ、そんな、わけない!」

いや、嘘だ。薫子は山崎とゆりかの思いをよく思っていないのは確かだった。

そんな風にぼんやりと眺めていたときだった。

「きゃっ!なに、これ!誰がやったの!?」

深山さんの悲鳴が聞こえる。その声を聞きつけて、ゆりかがゴミ箱を除いた。

「ひ、ひどい……!」

私もゴミ箱に向かい中を覗く。するとそこにはオレンジ色に染まったTシャツが入っていた。

「山崎くんのプレゼントが、どうして……。」

ゆりかちゃんが近くの椅子に座る。

そして、教室にいた残りの3人全員が集まってきた。

「うわーひでーな」

内田が嬉しそうにこころにもないことをつぶやく。

「誰がやったのよ!」

怒りに任せゆりかちゃんが大きな声で怒鳴った時だった。

内田がポツリと、

「薫子じゃね」

と呟いた。

薫子は顔を青くして首を振った。

「薫子!?そうなの!?そうなのね!」

何も言わずにただ首を振る薫子に詰め寄るゆりかに、思わず尻餅をつき、薫子は泣き出してしまった。

私は、ただ呆然とそれを見ていた。薫子が顔を上げ、違う!私じゃない!という目で私を仰いだが私は思わずそらしてしまった。

どれだけ薫子は傷ついたのだろう。その表情を見る勇気が私にはなかった。私は知っていたのだ犯人を。でも、怖かたのだ。みんなの視線が、気持ちが、私の未来に。言えなかった。

薫子は泣きながら教室を飛び出した。

それきり薫子が学校に来ることはなかった。噂が広がったのだ。薫子が山崎くんとユリカの仲を引き裂くために、プレゼントをオレンジジュースで浸した、と。


はっと気がつくと電車の中の救護室のようなところで寝ていた。

「沙耶!気がついた!?」

心配そうに私の顔を覗き込む薫子の顔があった。

「大丈夫?」

うん。平気、と言おうとしたが声が出なかった。

私はいつもこうだ。声が出ないのだ。

居酒屋で奇跡的に再会を果たした私たち。私は旅行に行くところまでこぎつけたはいいが、大事なことを終えずにこの旅を終えようとしている。

ごめん、ごめん薫子ごめんなさい。見て見るふりしてごめんなさい。見る勇気が私になくてごめんなさい。傷つけてごめんなさい。

不思議と、私の目からは涙が出ていた。声が出ない嗚咽を漏らし一人泣いていた。

「ど、どうしたの!?沙耶!?」

オロオロとしている薫子。ああ、本当私ばか。

「ごめんなさい。」

私は自分の声を聞いた。薫子も私の声を聞いた。

驚いた顔をした薫子に私は続けた。

「ごめん。ごめん薫子。私に勇気がなくて、弱くてごめんなさい」

黙って、薫子は静かに私を見つめている。

「高校生の、あの時……。犯人知っていた、し、しい知ってた、たよ。で、でもいえ、言えなかったの。ごめんね、み、み、みなかったふりし、して。ご、ごめんなさい。」

そう、犯人は深山さんだ。深山さんも山崎くんに思いを寄せていた。私は深山さんがユリカちゃんの鞄からTシャツを取り出し、女子トイレでオレンジ色に染めるのを見てしまったのだ。

急な懺悔に薫子は驚きつつ声を発した。

「ありがとう。」

「……。え?」

怒られる、嫌われる、バカにされる、そう考えていた私は驚きで目を丸くした。

「話してくれて、ありがとう。」

薫子はかすかに笑い、私にハンカチを渡した。

「沙耶、これから一緒に、話していこう。」

そう言って薫子と私はお互いの手を握った。


読んでいただきありがとうございました。

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