おじいさんの鞄
おじいさんは古いボロボロの鞄を大切にしている。おかあさんが新しい鞄をプレゼントしても、捨てずに仕舞って取ってある。
そして時々、鞄の口を開けてみては、嬉しそうに笑う。
何が中に入っていたら、あんなに嬉しくなるんだろう?
お菓子?
おもちゃ?
それともお金や宝石?
どうしても気になって、ぼくはおじいさんに聞いてみた。
「おじいさん、その鞄には何が入ってるの? ぼくも見ていい?」
おじいさんは鞄の中を見た時のように嬉しそうに笑って「いいよ」と言ってくれた。
ほら、おいでと膝を叩く。ぼくはその上に座って鞄を覗く。
わくわく。
そんな気持ちが一気にしょんぼりした。
だって鞄の中には何も入っていなかったんだから。
「おじいさん、何も入ってないよ」
「うん、何も入ってないよ」
「何も入ってないのに、見たら嬉しくなるの?」
「何も入ってないけど、見たら嬉しくなるんだ」
ぼくにはどういうことか、さっぱりわからなかった。
十年が経った。
ぼくは大きくなったけど、おじいさんは小さくなって、永い眠りに就いた。
おかあさんと二人でおじいさんの物を片付けていると、あの古びた鞄が出てきた。
あれからさらに十年分古びていた。
「懐かしいなあ、その鞄。おじいさんが嬉しそうに中を見るから、小さい頃にぼくも一緒に見せてもらったんだ。中は空っぽで、それでもおじいさんは嬉しそうなんだ。いったいどうしてだったんだろう?」
「空っぽなのに? ちょっとおかあさんも気になるわね。貸してごらんなさい」
おかあさんは鞄を受け取ると口を開いた。
「あら、これ」
「なに? 何か入ってたの?」
「ううん、空っぽ。でもほら、ここ」
ぼくはおかあさんと並んで鞄を覗いた。おかあさんが指差す鞄の底には、花柄の布を当てて繕ったところがあった。布にはおじいさんのじゃない名前が刺繍されてある。
「これ、おばあさんの名前だわ」
あの日にはわからなかったことが、今のぼくにはわかった。
それでぼくはおかあさんと二人で、嬉しくなって笑った。
そして、哀しくなって、泣いた。