第3話
休んでいると、イリスが小走りで近寄ってきた。
「だ、大丈夫?」
「うん、なんとか」
もう少し遅ければ魔力が持たなかったと思いながら、貸した短剣を受け取る。
折れていても鞘に収めていないと、バランスが悪く気持ち悪いのだ。
「ご、ごめんね?」
「良いよ、気にしないで。…でもソード系なのに、イリスってすっごく剣が"下手"なんだな」
先程の力任せに乱暴に剣を叩きつけているのを思い出しながら、ため息と呆れた表情で彼女を見る。
気にしているのか、気恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
……なんで睨まれなきゃいけない。
「だ、だって初めての実戦だし……」
何やら言い訳が始まったが、尚更少額の簡単なクエストから慣れれば良いものをと思いながら聞いて見る事にした。
本当ならさっさと帰りたい気持ちでいっぱいなのだが、久しぶりに全力を出したせいで運動不足により全身が重く疲れて動けないのも聞いてあげる理由の1つだった。
「ーそれに、オススメされて買ってみたものの両手剣すっごく重くて……」
どんどん涙が瞳に溜まっていくのを眺める。
「ー友達がタイラントタートルは初めての大型ならオススメだって言われて……」
「ティファさんって受付のお姉さんに止められなかった?」
「止められたけど……。ここに来て親からもらった貯金使い果たしちゃって、それで稼がなきゃって思ったのにクエスト全然無いし…」
遂に溢れてしまった涙が頬を伝りながら地面に染み込んでいく。
まるで俺が泣かせてしまっているように見えるではないか、髪を掻きながら死体となったただの亀に視線を移す。
イリスはまだ話し足りないのか、止まらない様子なので聞いているフリだけでもしてスッキリさせようと思い適当に相槌を打つ。
何やら身の上話にまで発展したようだが、聞いたフリをしながら甲羅の状態を見ながら自己査定をしてみる。
「ーーーーそれでね、1つお願いがあるの」
「うんー……」
「あたしと一緒にパーティを組んで鍛えて欲しいの」
「うんー…………はっ、え!?」
「ぐすっ、ありがとうヴァイス」
適当に相槌を打った事に、とんでも無いことを口走った気がする。
イリスはスッキリした表情で涙を拭って笑った。
「え、今なんて?」
「パーティ組んで鍛えて欲しいって」
「……ごめんなさい、無理です」
「ええー!さっきうんって言ったのに!」
嘘だったんだ…と目をウルウルし始める。
あ、これは子供の泣き方と似ていると思い、大声で泣き喚きそうなイリスを宥めながら渋々了承する事にする。
「わかったよ、いいよ。だから泣かないで?ね?」
「ほんど?」
可愛い上目遣いにドキッとしながら、仕方ないとばかりな態度で了承する。
「ただし、俺はジョブレベル21だからさ。基本パーティって自分と同じランクと組むもんだからね、そういう人と見つけるまでってなら良いよ、見つかったらすぐ解散。俺は基本ソロ冒険者だから」
優しいニュアンスを含みながら、期間限定とばかりに伝えてみるが、彼女の反応を見てみるとイマイチ理解しているか不明である様子で満面な笑みを浮かべて頷いている。
本当にわかってくれただろうか…俺自身ひっそりとまとまったお金を稼ぎ、そして本を買い溜めて引きこもる。
根暗ライフを満喫していたいのだが、この子とパーティを組むのは一度までにしてほしい。
なんて思いながら帰りの馬車に2人で乗り込んだ。
「ねえねえ、さっきの戦いで気になったんだけど」
タイラントタートルの死体を村に駐在している小さなギルドに託して、報酬を受け取る為の完了報告書にサインを頂いた紙を無くさないようにしまい込んでいるとテンションが高まったままのイリスが話しかけて来た。
「何?」
「ヴァイスが見せたあの手が光るやつってなに?」
見えない角度で発動したと思ったのだが、どうやら見られていたらしい。
出来るだけ固有スキルを持っている事は周囲に知られたくなかった。
若干Lv.20にして固有スキルを覚えるのは前例が無いと聞いており、俺自身も浮く事目立つ事は出来る限り避けたい。
「気のせいだよ」
ニッコリと笑いながら否定する。
「いや見たよ!そしたらぶわぁーっとあたしの剣がテレポートしたもん!」
頭からお尻の先まで見られていたようだ。
きっと幻覚だろうと言ったところで信じてもらえないし、逆に信じられたらこの子の知能を心配する。
俺は馬車の運転手のおじさんに聞かれない様にイリスに小声で固有スキルを説明した。
「うっそ、固有スキルがたった21で覚えられるはずない!」
なんの為に小声で言ったのか察してくれなかったこの子は大きな声を上げて驚いた。
馬車のおじさんは鼻歌を歌っているのか、聞こえておらず上機嫌で前を向いたままにホッとしながらトーンを落とす様に言った。
「俺だって驚いた、後あまり人に知られたくないから大きな声で言わないで欲しい、そしてバラさないでくれ」
「だってだって!」
固有スキルの別名は"神からの気まぐれの産物"や"ギフト"と呼ばれる程に希少性あるスキル、今だ自分ですら何故それを手に入れられたかなどわからないのだ。
自分から聞いといて信じない彼女に、魔導端末を渡す。
ほんの小さな銀の筒なのだが、横のボタンを押す事でギルドカードと呼ばれる冒険者の身分証を見せる。
液晶が飛び出し、自分の名前ステータスジョブレベルとギルドランクにスキル、自動スキルと欄を見ながら固有スキルと書かれた所を指差す。
“・ヴァイス・リンスリード 盗賊Lv21 RankB
・ステータス
力 ・132 器用・210
丈夫・121 敏捷・246
知力・301 精神・176
運 ・128 魔力・153
・スキル ・自動スキル
『千里眼』 『短刀』
『速度強化』 『二刀流』
『感知』 『射撃(投げナイフ)』
・固有スキル
『完璧なる盗み(パーフェクトセフト)』”
ーと、しっかりと固有スキルが書かれていた。
「ホントだ……でも、聞いた事ない固有スキルだ」
確かに『パーフェクトセフト』はスキル全書にも記載していなかった。
俺がこれを手に入れた際にしらみ潰しに本を漁り読んだのだが、似た様なスキルはあってもこのスキルはなかった。
『華麗なる盗技』はランダムに対象物のアイテムを盗めるのみで、『パーフェクトセフト』程の便利性はない。
『パーフェクトセフト』の恐ろしいのは、"視界に入る対象物全部"なのだ。
「うん、俺も色々調べたけど。知り合いから聞いた話だとシーフ系統の固有スキルの中だと最強らしい」
「へえー、尚更パーティ組めてよかった」
「いや、ずっとじゃないよ?」
「わかってるわかってる!」
本当にわかっているのか不安になりながらも、馬車は無事にクロムの街に戻ってきた。
なんとか陽が沈む前には帰れた事に安心し、クエストクリアをギルドに報告に向かった。
クロムと呼ばれる俺の住む街は、巨大な円で出来ている。
その中心に位置するのが、この街を統治する騎士団の拠点と領主の屋敷が建てられており、そして6等にエリア分けをされている。
ギルドが位置するのはアバウトに冒険者エリアと名付けられ、俺の家もそのエリアに入る。
街の出入口や定期馬車乗り場もエリア毎に1つずつ設置されてたりしている。
「おかえりなさい!」
ギルドに入ると、すぐ様冒険者ギルドの看板娘のティファさんが、安堵の笑みを浮かべて走り寄ってきた。
きっと気が気じゃなかったのだろう、目立つ赤髪に反応して俺の元へ……隣を駆け抜け冒険者見習いのイリスに抱き付いた。
「わっ!」
「良かったー、本当に心配したの。本当ならクエスト受けたら他の冒険者にはクエスト受けられない様にするんだけど、ヴァイス君がちょうど来てくれて本当に良かったー!」
頬ズリしながら離さないティファさんの冷たい態度に思わず影で泣いた。
わかっていたけれど、少しくらいは何かあっても良いんじゃないかと理不尽な思いを寄せながらクエストの完了報告書を取り出してティファさんに見せる。
「ティファさん、これ」
「あ、ありがとねヴァイス君。怪我の心配は無さそうね!」
そう言ってまた「おかえり」と笑みを浮かべてくれる。
…それだけで正直満足してしまう自分がやるせない。
ティファさんは受け取った報告書を見ながら、それと同時に魔導端末も催促する。
ギルド職員に端末を渡す事でレベルUPが出来る、なのでクエストクリアの報告書とセットで基本渡すのだ。
「イリスさんも」
「あたしのも?」
「何言ってるんだ、クエスト受けた時点で経験値は貰えるし討伐一緒にしただろ?」
あまり詳しくは知らないのだが、魔導端末は倒したモンスターや戦闘したモンスターを自動的に記録しそれを個人の経験値として計算してくれる。
レベルが上がればステータスも勿論上がるので、データだけでなくしっかりと個人の力に変わる不思議な物だ。
魔導端末は国家機密であり構造も何もかもわからない、興味本位で分解してみたいが再発行するには莫大な金額が必要との噂により断念している。
「あれ、随分とタナタイト鉱石の損傷が激しいのね」
かなり傷物にしてしまったので落ちているとは予想したが、ティファさんの反応を見ると予想よりも酷そうだなと落胆してしまう。
「あとおめでとうイリスさん、貴女はレベル5まで一気に上がったわ。ヴァイス君は……もう少しね」
この世界でジョブレベルは無制限だと言われている、20以降からは中級モンスターではろくに経験値は入らないと聞く。
ティファの言葉に21のままかと思いながら魔導端末を受け取ってポーチにしまった。
「討伐してないのにレベルが上がった……」
「それはね、タイラントタートルなんて大型モンスターと戦闘するだけでも充分な経験値になるよ」
俺の言葉に嬉しそうに端末から浮き出るステータスを眺めている。
「じゃあこれ、報酬ね?」
討伐報酬50万、追加報酬50万……総額100万G。
想像してたよりも鉱石の状態が悪かった様だ。
ショックを隠しきれない中、ティファさんはもう一袋を俺に渡して来た。
「これは?」
「ギルドからの追加報酬です。私が掛け合って少しだけどね」
そう言って人差し指を口元に「内緒だよ」とポーズを取りながら、首を傾げながらウインクする。
その仕草に何人の冒険者(男)達が破れただろうか、この俺も例外なく頬を赤く染めながら俯いた。
隣にいるイリスにバレぬようにコッソリと袋を覗くと10万G入っていた。
少ないが多分ティファさんの事だ、自腹での報酬なんだろうと思いながら有り難く受け取ると、腰元のポーチに先程の報酬と一緒に入れる。
イリスにとって高額な報酬を受け取れたのかホクホクした表情をしていると、思い出した様にパチンと手を叩きながらティファに向き直った。
「あ、ティファさん!パーティ申請したいんですけど!」
パーティ申請、それは冒険者の決まりでこの人とチームを組んでクエストを行なって行きたいと言う申請をギルドに提出しなくればならない決まりがある。
それを行わないでチームを組む事は禁じられている。
理由は簡単で、もしもの際に捜索や救援する為に必要な情報なのだ。
「や、いや待とう?仮だよ、仮!申請までは必要ないと思うんだ」
別に申請しなくても、多少面倒だが一時申請を毎度すれば良い。
パーティ結成は避け、"一時的な"パーティ結成を俺は強調したい。
ティファさんは何を察したのか、嬉しそうにニコニコとイリスに頷くとトテトテと受付の奥に引っ込んで行った。
「いや、あの……ティファさん?」
戻ってくるとパーティ申請書を手に取って戻ってくる。
「心配してたんだ、いつもヴァイス君は1人っきりでクエスト受けてて。それが何、イリスさんとパーティ結成!本当に良かった!」
凄く嬉しそうに俺を見つめる。
「あー……うん」
俺は何も言わずに申請書に記入する事にした。
この子の笑顔を守りたい、それが俺の冒険者としての生き方だ。
………そう言う事にした。