第2話
その土煙の中、尾は器用に2度、3度と徹底的に連打している中、森に隠れながらその様子をヴァイスは眺めていた。
尾が当たる直前に『速度強化』限界発動を行い、間一髪で森に隠れられた、土煙のおかげもありタイラントタートルはそれを捉える事が出来なかった様子で手応えの感じない事により尾を無作為に連打しているのだ。
「あ、危なかった」
白銀の髪が少し乱れながら女の子が呆けた事を抜かす。
お前が抱きつくせいだ。と言いたいが、それを飲み込んでため息をまた吐くも、本来の髪色が白銀だった事に思わず見惚れてしまった。
女の子は光に当たれば空色の様で、影では綺麗な白銀の髪だった。
「あ……」
ようやく今の今まで抱き付いていた自分に気付いたのか、恥ずかしそうに手を離す彼女。
俺は気怠げな表情で怒り狂って尾を今だに連打しているタイラントタートルに目をやりながら彼女に話しかける。
「あのさ、君は冒険者見習いだろ?」
タイラントタートルから逃げる際は動きが遅いので横に横にと視界から外れる事が定石なのだが、彼女はそれを知らずに真っ直ぐ真っ直ぐとただ逃げていた。
きっと冒険者学校を卒業したばかりであり、ギルドの受付嬢ティファさんが言っていた事を思い出す。
新人が入り中堅クラスの冒険者も増えてきた為に、仕事の数が少なくなったせいで無理にこれを受けたのだろう。
だからティファさんはいつもの口調で「ご武運を」と言わずに、「早速いってらっしゃい」や俺にこのクエストをオススメし、クエストに行く事を急かしたのだろう。
冒険者になったからには全てが自己責任であり、クエストの難易度で冒険者のクラスに制限はない。
人口の5割が冒険者であるので、見習いがドジろうと背伸びして死のうと痛くはないのだ。
それに今は魔王なんて物は伝説の存在であり、幻想なのだ、ギルドの方針としても自主主義であり自己責任として尊重している。
ティファさんはそれでも彼女に対して助言や、考え直す事は言ったと思う。
だからこそ、俺がそれを選んだ時に微かに笑顔になり、いつもよりもテンションが高くなったのだ。
自身の誕生日で浮かれたテンションだと思いたいが、人の良い彼女にとってはこの女の子が誕生日で亡くなる方が嫌だと思うだろう。
俺の問いに彼女は少し黙り込んでしまったが、否定をしないという事は正解なのだろうなと思う。
「タイラントタートルのソロ狩りには攻略法があるんだ。教えてあげたいけど、今は2人いるし俺の言う通りに動いてくれるか?」
叱責を受けると思っていたのか、驚いた表情を見せながら顔を上げる。
「俺はヴァイス・リンスリード、シーフ系統の職業だ」
俺の自己紹介に促されて、女の子も流される様に名乗る。
「わたしはイリス・エ……」
「イリス…エ?」
「違っ、わたしはイリスだよ。ソード系統の職業」
何かを言いかけたイリスだったが、口ごもり口を閉ざした。
深く知り合うつもりはなかったので、それ以上の追求はやめた俺はタイラントタートルの足元を見る。
「あの左足……」
タイラントタートルの前足を見ると剣が突き刺さっていた。
「あ、あれはわたしの剣で、その……」
恥ずかしそうに指をつっつきながらイリスが言った。
話を聞けば、寝ていたタイラントタートルの前足におもいっきり斬りかかったらしいのだが、抜けずに逆に怒らせて追いかけ回される事になったとの事。
それを聞いて思わず頭を抱えしまった。
「あのね、タイラントタートルは最初に尾を斬る事から始めないとダメなんだよ。本体自体動きはトロくて攻撃手段は尾だけなんだけど、その尾を減らさない事には苦労するんだよ。そして尾を全部切り落とせたら最後に本体を狙うのが定石なんだ」
本当に素人冒険者の無知は怖い、だからこそ冒険者成り立ての生存率は年々低下している。
亀だから、動きは遅いから、タイラントタートルは確かに初心者冒険者が挑む事が多いと聞くが、その分にタイラントタートルは身を守る術を持っている、硬い甲羅に負けない程露出している皮膚もまた硬く、三本の尾はかなりのスピードで襲いかかり360度の攻撃範囲を持っている。
それに滅多に仕掛けて来ないが、首のしなやかさも侮れない。
「本当ならただ見ていて欲しい所だけど、あそこまで怒ってると人手がいる。落ち込んでないでこれから言う事を良く聞いて、動いて欲しいんだけど」
ふとイリスに視線を向けると落ち込んで今にも涙が落ちそうな彼女に視線を外し、思いつく限り優しい口調で言った。
「う、うん……」
彼女が涙を我慢してこちらを見るので、軽くだがタイラントタートルについて知ってる事を簡単に説明した。
360度広範囲に攻撃は出来ても、タイラントタートルの視野はおよそ90度程度である。
180度まで視野は広くなく、首元から伸びている甲羅が視界を防いでいるからだ。
タイラントタートルの攻略法は実にシンプルでもある、"死角からただ攻撃するだけ"の簡単な効率作業だが、タイラントタートルは硬い皮膚の割に敏感でもある。
甲羅の上に俺が立っていたのも感じ取る程に、神経は細かく甲羅まで張り巡らされている。
同じ箇所に攻撃をし続けるのは尾の餌食にもなりかねない、よってまずは陽動係と死角を素早く回り込みながらの高速攻撃がデフォである。
その隙を付きながら片方が尾を切り落とし、片方が尾を陽動しながら囮となる。
「さっきまでの見てて、イリスは逃げ足は速いから陽動を頼みたいんだけど」
説明をして、役割を振ろうとするがイリスが危険の高さと先程まで追われていた事を思い出しながら涙目で拒否を示す。
「あのね、イリスは武器があるの?」
どう見ても今は丸腰で、自分の武器はタイラントタートルの左足に突き刺さったままだ。
俺の言葉にイリスはそれでも横に首を振り続ける。
……首がもげるんじゃないかと思う程。
だからと言って攻撃役を任せても不安でしかない、俺に任せてくれればすぐに終わると説明しても彼女はもう追われる事にトラウマとなった様だ。
俺は別にソロでも良いのだが、時間がその分かかり今日中に帰れないのだけは避けたい。
「わかった」
ため息交じりに言って、俺の短剣を一本渡す。
「良いか、俺は陽動と攻撃役を2つこなす。イリスも隙をついて攻撃をしたらすぐにそこから離れてまた違う所に攻撃をするんだ。いいね、一度攻撃したら一旦退いてまた隙が出来たら違う箇所を攻撃すんだ。それなら良いだろう?」
横に振り続けながら聞いていたイリスが、ようやく縦に振った。
……横から縦に急に振った動作に若干首の心配と気持ち悪い動きに引いた。
「それじゃ行ってくるから、イリスは後ろに回り込んでね?」
優しく言いながら茂みを抜ける。
ちょうどタイラントタートルはようやく尾を叩きつけるのを止めて土煙が引くのを待っていた。
きっと手応えがない事に、俺達の姿を確認する為だろう。
タイミングがいい事を感謝しながら土煙から抜け出す様にタイラントタートルの前を走り出す。
タイラントタートルも俺の姿を捉えるとゆっくりと歩きながら三本の尾をばらばらな方向から襲いかかる。
「ーー来た」
ー『速度強化』、『感知』スキル発動。
魔力を足に、神経に集中させ三本を軽やかに躱す。
空中で回転をかけながら避けきり、尾が自身とすれ違う瞬間に斬って行く。
「……一本じゃ攻撃の手数が少ないか」
短剣を逆手に二刀使って戦闘するのが、俺の戦い方なのだか……もう一本を持っているはずであろうイリスの姿を探す。
ー『千里眼』スキル発動。
「何をしているんだ、あの子は……」
スキルを使い、タイラントタートルの尾の方向に視野を向ける。
丁度今イリスがタイラントタートルの尾の根元に向かっていたのを確認する。
辿り着くとフラフラと軽量な筈の短刀を両手で掴みながら振り上げる。
「ーっ!危なかった…」
少し彼女に注視し過ぎてしまい、ギリギリに迫る尾を躱す。
イリスに再度視線を向けると、全く傷が付かないのか何度も何度も人の短剣を乱暴に振り叩く。
あれ程何度も俺は「一度攻撃したら退く」事を言った筈なのだが、彼女の様子を見る限りそれは忘れ去り、瞳が真剣だと物語っていたのが尚更タチが悪い。
案の定お尻を何度もペシペシ叩かれたのに気付き、タイラントタートルは一本の尾がイリスの元に向かう。
「バ、バカ!隙をついて攻撃したらさっさと退くんだ!」
俺の言葉が届いたのか、上の影が大きくなってきたのに気付いたのか、尾が迫るのにようやく視線を上に向けた。
「腹の下に潜り込め!!」
イリスは俺の言葉が届いたのか、タイラントタートルの腹の下にダイブする。
おかげでギリギリの所で躱す事ができ、イリスのいた位置が抉られる。
それを見て、ようやく俺の言った言葉が理解出来たのか青ざめる彼女に不安を覚えながら自分も迫る尾を斬って行くのだが、かすり傷程度でイマイチな状況に正直焦ってしまいそうになる。
また三本で迫るタイラントタートル、俺としては首が伸びるのもチャンスなのだが……。
タイラントタートルの弱点は首元にある、しなやかに伸縮する首元はとても柔らかく唯一の攻撃チャンスなのだが、滅多に首は動く事がない。
「このままじゃラチがあかない…か」
イリスの方を心配してみたら、案の定乱暴な扱いで俺の短剣が折れていたのを目撃する。
「何してくれてるんだ……」
軽くショックを受けていると、尾が横薙ぎに襲いかかりそれを躱した際に自身の短剣も耐久に耐えきれなくて刀身が欠けてしまう。
それをタイラントタートルが見逃さず、まるでチャンスだと理解したのか首を縮こませる。
俺はそれを待っていたとばかりに、足により力を入れてタイミングを計る。
「ーー来たっ!」
ぐわっと大きな口を開けながら首が勢いを付けて伸びる。
尾を土台に躱し、頭に着地した際に更に力を入れて高く飛ぶ。
右手を突き出してチャンスを逃さまいと、タイラントタートルに突き刺さっているイリスの剣に手を向けてながら集中する。
ーー固有スキル発動。
『完璧なる盗みーパーフェクト セフトー』!!
そう、心の中で強く叫ぶと突き出した右手が白く輝いた。
ー固有スキル、俺だけの特別な限定スキルであり、本来ならばジョブレベルを60以上まで行かないと身に付かない最強スキル。
俺は若干ジョブレベル"21"にしてそれを身に付けてしまった。
右手の光が収束すると、突き刺さっていたイリスの剣が手元に握られている。
「これで、終わりだ!」
切っ先を向けながら、重力の勢いに乗りながらタイラントタートルの首元に突き刺した。
『完璧なる盗みーパーフェクトセフトー』。
それは盗みたい対象が目視で確認できれば、100%の確率で手元に手繰り寄せられる盗賊の最強スキル。
質量も大きさも関係なく、どんな物でも自身の所に届く。
ただ大きかったり重たければ、その分魔力消費量は桁違いに消費するが、"例えどんな物だろうと、目視出来れば盗める"為に、使い方次第では最強であり恐ろしいスキルでもある。
「うおおぉぉーーー!!!!」
そしてタイラントタートルに突き刺した両手剣は血飛沫を浴びながら深く深く押し込む。
他とは違う柔らかい首すじが貫通すると、タイラントタートルは言葉にならない咆哮を上げて崩れ落ちる。
遠くの方で、折れてしまった俺の剣を大事そうに抱えたイリスが信じられないと思いながら、地に沈む"暴君の亀"を見た。
「凄い……これなら!」
彼女は何を思うたのか、強く折れた短剣を握りしめ、力無く倒れ込んでいるタイラントタートルの首元で、立ち尽くすヴァイス・リンリードを眺めた。
彼は一本の、イリスの両手剣を地面に突き刺し疲れたとばかりに座り込んだ。
「終わった……」
甲羅の状態が最悪な事になっているのを見ながら、何重の意味を込めてそう呟いた。