初めての依頼
美術館の事件が解決してから一ヶ月が経った。里奈は相変わらず元気がなく、何をやるにしてもヤル気が出ない様子だ。
篤史と里奈の関係は変わらないが、三人でつるむ事はなくなった。自分の彼氏が犯人だと篤史が言ったのが原因だという事はわかっていた。あんな事件があったばかりで元気を出せというほうが無理なのだが、留理は淋しい気持ちになっていた。
今日は久しぶりに里奈が留理のクラスに来て、二人で一緒にお弁当を食べる事になった。教室に来た時は笑顔だったが、淡々とお弁当を食べている里奈を見て、留理はどうしようもない不安に襲われていた。
(あの事件から一ヶ月か……。里奈が元気がなくて当然やんな。篤史は自分のやるべき事をしただけなんやけど、里奈にとって迷惑やったやろうな。付き合って間もない大好きな彼氏なんやし……。これから三人で仲良く出来ひんかったらどうしよう……)
留理は淡々とお弁当を食べている里奈を見て、篤史と三人でいた時に昌弘とスマホで話していた笑顔の里奈を思い出していた。
昌弘と電話で話する時や会った瞬間の笑顔と甘ったるい声。一ヶ月前の出来事が鮮明に留理の脳裏に残っている。留理は羨ましいという気持ちと共に自分も幸せな気持ちに包まれていた。里奈のスマホには、二人で撮った笑顔のプリクラが貼られている。それを剥がさないという事は、逮捕された今でも昌弘の事が好きだという証なんだ、と留理は思っていた。
「留理、さっきから私の顔ばかり見てどうしたん? 私の顔に何かついてる?」
里奈は留理が自分の顔をじっと見ているのに気付いていたようで、何か付いているのかとお弁当を置いてから聞く。
「あ、いや、なんでもない」
我に返った留理は慌てて何もないと首を横に振って否定する。
「昌弘の事でしょ? 篤史が昌弘を犯人やって言った事を怒ってるとでも言いたいんやろ? 留理ってわかりやすいやんな」
里奈は的確に留理の気持ちを言い当てる。
それを聞いた留理は、里奈には敵わないな、と思う。
「昌弘の事を聞いた時はショックや。今でも昌弘が好きなんやしね。でも、篤史は何も悪くない。だって昌弘が勝手に事件を起こして、それを解決しただけなんやから……。そんなことで怒ってたらやってられへん」
里奈は昌弘の事がまだ好きだが、篤史に対して怒ってないと言い張る。
だが、里奈のその事務的な口調は、篤史に対して怒っているというより気まずい口調だ。
「留理からすれば、篤史に怒ってるって思われても仕方ないと思う。知らん人ならまだしも近い存在に事件を暴かれて、彼氏が犯人で逮捕されて、泣いてる姿を見られたら、なんとなく気まずい感じになるやろ?」
「そうやね。里奈がそう言ってくれてホッとした」
留理はホッとした声を出す。
「留理は心配性なんやから……。でも、ありがとう。留理のそういうところ好きやで。好きって言葉は篤史に言われたほうが嬉しいやろうけど……」
里奈はいつもの笑顔で言う。
「そうだけど、今は里奈に言われたほうが嬉しい」
「留理って正直者やね。これだけは言わせて。気まずいけど、昌弘が好きやし、自分の気持ちがなくなるまで昌弘を待っていたいねん」
今の正直な気持ちを伝える里奈。
留理はこれ以上、言わなくてもわかってるよというふうに頷く。
「それより留理って恋愛小説って読む?」
里奈は話題を変える。
「あまり読まへんかな。それがどうしたん?」
「私ね、今、江口奈菜先生の小説にハマってるねん。先週、新刊の夕陽に君っていう小説が出て読んでるねん」
そう言うと、里奈は一冊のライトノベルを出す。
留理はそれを手に取るとパラパラとめくる。
「江口奈菜って今話題になってるやんな。読んだ事ないな」
留理も江口奈菜の事を知っていて、読んでみたい、と思っていた。
「読みやすいから留理でもすぐに読めると思うで」
「文章見てると読みやすさが伝わってくる。一度、読んでみたいって思っててん」
「ちょうど良かった。何冊か貸そうか?」
「いいの?」
「いいよ。明日にでも持ってくる。あ、夕陽の君は今私が読んでるからアカンで」
夕陽の君は自分が読み終わった後だと言う里奈に、留理は笑ってしまった。
翌日の昼休み、篤史は食堂でクラスの友達である長瀬翔也と一緒に昼食をしている。
翔也は高校に入ってからの友達で、見た目はチャラチャラしている感じだが、熱い情熱を持っている。篤史と同じサッカー部に所属していて、意外にも学級委員長をやっている。三年生が引退したら、生徒会の会長か副会長をしたい、と思っているのだ。
そして、実は昨日、部活から帰ってきた篤史の元にある人物から手紙が届いていた。その人物は江口奈菜からだ。早速、手紙を読んだ篤史は、なぜ自分に手紙を送ってきたのか疑問だった。
その手紙を学校に持ってきた篤史だったが、どうにも解決策が見つからなかった。
「江口奈菜からの手紙?」
翔也は昼食を食べている手を止めて、不穏な表情を見せる。
「うん。作家らしいねんけど読んだ事ないねんな」
篤史は封筒から出した便箋に置いて言った。
「お前、知らんのか? 江口奈菜って今人気の恋愛小説家やで。オレの姉ちゃんが江口奈菜の小説読み漁ってるから知ってるねん」
「そんなに人気なんか?」
「うん。服部と川口も知ってると思うで」
「でも、なんでオレの元に手紙なんか……。接点なんかないのになんでやろうな? しかも、依頼なんか……」
篤史は奈菜からの手紙に首を傾げる。
「お前が高校生探偵やっていうのを知っての依頼の手紙やろ? 気にするなら出版社にでも問い合わせてみろや。下手に出て騙されてたなんて嫌やしな」
翔也は冴えない篤史にアドバイスしてみる。
「そのほうがいいかもしれへんな」
翔也のアドバイス通りにしてみようと決心する。
「あ、篤史、いた!」
そこに篤史を探していた里奈が食堂にやってくる。
留理も一緒だ。
「留理と里奈、なんや?」
篤史は奈菜からの手紙を隠すようにして対応する。
「部活の事で放課後に話があるって先生が言ってたから……。あれ? 江口奈菜先生からの手紙? 篤史、ファンやったん?」
里奈は隠し切れていない奈菜からの手紙を見つける。
そのことを言われた篤史は、あちゃーという表情をする。
「ファンやなくて依頼の手紙。昨日、小川の家に届いたらしいねん」
翔也が篤史の代わりに答える。
「依頼? なんで?」
里奈はわけがわからないでいる。
「知らん。一度も会った事もない人からの依頼なんて初めてや」
篤史は依頼してくれるのは嬉しいが、会った事のない人からの依頼に違和感を覚えていた。
「さっきオレが出版社に問い合わせたほうがいいって言うたんや」
「そのほうがいいかも。本人が出したかも疑わしいもんな」
留理も翔也の意見に同意のようだ。
「私、江口奈菜先生のファンやねん」
「そうなんや。留理もそうなんか?」
「私は違うねん。名前は知ってるけど読んだ事はないねん」
「そっか。里奈、江口奈菜の事を知ってるやろ? 知ってる限りでいいから教えてくれへんか?」
篤史は美術館の事件の事をなかったかのように奈菜の事を里奈に聞く。
「本名は同じで、奈良県出身。高校二年の時にライトノベルで大賞を取って、三年の時にデビューしたねん。最初の三年は売れる事はなかったけど、笑顔よりも早く……っていう小説が話題になって、それから人気作家になった。新刊の夕陽の君は映画化の予定もあるらしいねん」
里奈は自分がわかる範囲で奈菜の事を教えた。
それを聞いていた翔也は、自分の姉と合わせたら奈菜のはなしで盛り上がりそう、と思っていた。
「それより手紙の内容教えてよ」
留理は手紙の内容が気になるようだ。
「わかった。これや」
篤史は二人の幼馴染に便箋を渡す。
「突然のお手紙失礼します。先週出した夕陽の君が大ヒットとなり、マスコミに大きく取り上げられていますが、私には奇妙な出来事があるのです。誰かにつけられていたり、気味の悪い手紙が届いたり……。小川様のご活躍は耳にしております。ぜひ、あなたの手で犯人を見つけて下さい」
留理が手紙を読み上げる。
「ファンか誰かやと思うけど、どうなんやろうな?」
推測だけど……というふうに里奈が言う。
「そうやけどなんかなぁ……」
篤史はあまり乗り気ではないようだ。
「いつもの篤史と違うやん?」
便箋を机に置く留理は、乗り気ではない篤史にどうしたんだろう、と気になる。
「今まで依頼なんてされた事ないから引き受けていいんかなーって思ってな」
初めての依頼に戸惑っているようだ。
「引き受けろや。人気作家やし、ガッポリ依頼料払ってくれるかもしれへんで」
翔也は目をキラキラさせてニンマリ笑う。
「お前なぁ……。オレは今まで依頼料なんてもらってやってへん」
篤史は翔也を睨むと、万が一、依頼料が入った時の事を考える。
「お金の事はその時でいいんやない? まずは出版社に問い合わせてから考えてもいいと思う」
留理は出版社に問い合わせてそれからでも遅くないと言う。
篤史もそうだな、と思いながら頷いた。