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単眼探偵  作者: 藤井昭
3/4

単眼の探偵 3


「さて。今度はこの店で聞いてみようか」


 呉賀さんは近くの酒場に目をつけると再び、父を知らないか尋ねに入った。

 その後も、何件か店を回って尋ねたが建設的な解答は一つも得られないまま時間が過ぎていった。

 時刻も進み、夜も深まってきた頃。街は一番の賑わいを見せていた。それまで呉賀さんに怪訝な視線を向けていた人々は、隣をすれ違ったり肩をぶつけたりしても呉賀さんの顔すら見ずに人ごみの中へと消えていく。

 呉賀さんを忌諱していた客引きも、喧騒に埋もれないように我よ我よと声を上げて店へと誘おうとしている。

 その欲望の赴くままの姿に怒りよりも呆れが押し寄せてくる中、ふっと一人の客引きが呉賀さんに擦り寄ってきた。


「サイボーグのお兄さん。どうだい? うちの店に来ないかい?」

「遠慮するよ。人探しの途中でね」

「人探し! ならお兄さんの目当ての子もきっとうちにいるよ!」


 こちらの話や意思を全く鑑みずに捲くし立てる客引きの男に対し、一週回って感心さえする。だとしても相手をしている暇は無い。すっと無視して早く……


「それは気になるね。案内してくれるかい?」

「呉賀さん!?」

「はい! お客様ごあんなーい!」


 呉賀さんは顎を擦りながら客引きの後を付いていく。私は戸惑いながらも呉賀さんの袖を掴むも容易くそれに引っ張られていった。


「お兄さん。なんか要望はあります?」

「そうだな。最中に邪魔が入ると嫌だから個室が良いな」

「ちょっと、呉賀さん! どうしたんですか急に!? 溜まっているんですか!?」


 私がどれだけ喚きたてても呉賀さんと客引きは、それをものともせずに話を続ける。そして路地裏に入ると客引きは道角を指し示して頭を下げた。


「どうぞ。あちらの302号室です。後はごゆっくりと」

「ありがとう。これで足りるかな?」

「どうもどうも。それじゃあこれからもご贔屓に」


 客引きの男は呉賀さんから大金を受け取ると、足早に立ち去っていく。呉賀さんはというとジャケットのボタンを外しだしていた。

 どうしてこんな人を父は頼れる人間と認識していたのか。疑問に思い始めたとき、呉賀さんの懐から黒艶のある拳銃が飛び出し、息を呑んだ。


「勘違いさせてしまったね。さっきの彼は情報屋の一人さ」

「えっ、それじゃあさっきのは……?」

「そのまま話して誰かに聞かれるのもバツが悪いからね。さも客のように振舞わせてもらっただけさ」

「そうだったんですか。私はてっきり……」

「ごめんね。でも女の子が「溜まっているんですか」なんて大きな声で言うのはこれからはやめた方がいい」


 そう言われると、言ったのは自分自身だがなんだか急に恥ずかしくなる。自分でもまさかあんなことを言うなんて思いもしなかった。


「じゃあ、ここからは荒っぽくなるから先に車に戻っていて。すぐに少佐を連れて戻ってくるよ」


 呉賀さんの単眼に「^」の記号が映し出される。しかし懐から覗く無機質な拳銃が柔らかな印象を擦り潰した。


「わ、わかりました。その、何か私にできることはありますか……?」

「そうだね。一時間経って何も連絡がなければすぐに最寄りの警察まで行くこと。勿論、万が一ってことがないように立ち回るさ」


 呉賀さんは車の鍵を私に手渡すと手を振った。それは別れの挨拶と言うよりも厄介払いのようなものにも思えたが、事実そうなのだろう。姉ならともかく、一般人である私が足手まといになるのは明白だ。


「では父をよろしくお願いします」

「最善を尽くすよ」


 呉賀さんに告げてその場を立ち去る。もう私に出来ることは父と呉賀さんの無事を祈るだけだ。いやひょっとしたら最初からそうだったのかもしれない。ならば呉賀さんは私を連れてきたのだろうか……。



 呉賀は単眼に「^」の記号を浮かべつつ去りゆくハルカに手を振る。一見すると娘を見送る父親のような暖かい姿にも見える。しかしそれは呉賀の異質な見た目と繁華街という場所でなければの話だが。

 ハルカが呉賀の視界から消えると顔の横で振られていた手が滑らかに肩の拳銃へと下がっていく。そして単眼から記号が光と共に消えると呉賀はどこからか小さく息を吐いた。


「……久しぶりの鉄火場か」


 静かに呟き弾倉を入れ替えてから、安ホテルへと足を進める。カウンターを無視して三階へと上がる。細長い廊下には色褪せた絨毯と壁紙が貼られており、内観の見窄らしさを強調していた。

 302号室の前に立つと、三度ノックをする。すると静かに鍵が開けられて屈強な男に中に案内される。

 室内は廊下から連想される程、見窄らしくない。寧ろお洒落ではないが小綺麗に纏まってモダン印象だ。

 室内を見回しながら間取りを把握していると屈強な男によってボディチェックを受ける。その際に拳銃を奪われるも、男はその拳銃を見て小さく嗤いを零した。

 屈強な男は奥に座っているスーツ姿の小柄な男に拳銃を渡す。スーツの男は拳銃を見て同様に小さく嗤うと口を開いた。


「これは交渉の場には相応しくないから没収させてもらうよ」

「構わないさ。必要ないようだしね」

「ところでこの銃は安全装置が掛けられてないようだが元警官の私から一つ忠告しよう。昔それで自分の足を撃ち抜いた間抜けがいてね。そいつのは大口径だったから指が靴から飛び出した」

「注意するよ」


 小柄な男と軽い会話しながら周囲を観察する。部屋の中には三人。屈強な男二人に、スーツ姿の男。三人ともスーツを着こなしてはいるものの派手な中のシャツと見た目がカタギでは無いことを周囲に示している。


「で、あんたもクスリの噂を聞いてきたのか? 言っておく賀高純度は値が張るぜ」

「いや単なる人捜しさ」

「……なんだと?」


 一言告げた途端、男の親しげな雰囲気は一変した。男の左右に立つ屈強な二人の眉が寄り僕に対しての警戒を示した。


「久住ダイゴ。軍人で階級は少佐。部下を殺した麻薬を撲滅すべく君たちの縄張りを探っていた男だ。知っているだろう?」

「悪いが仕事の話じゃないなら帰って貰うぜ」

「かなり軍部内で重宝されて部下からも信頼も厚い男だ。もしこのまま返さなければいくつもの特殊部隊上がりが押し寄せるだろうね。そうすれば君は仕事どころではなくなる」

「……仮に俺らがその間抜けを預かってたとしてもだ。返したところで無事に済む保証があるのか? 特殊部隊ってのは身内の復讐には必ず来るだろ?」

「それは僕の関与するところではないさ。それに憤慨する特殊部隊の面々に加害者を許すように口添えする物好きがいると思うのかい?」


 小柄な男は僕との会話で認識を改めただろう。これは互いの利益を追求する交渉ではないことに。互いの要求を突きつけあう脅迫だと。


「それもそうだな。じゃあこのままその軍人さんも探しにきた間抜けもみんなが忘れちまうまで閉じ込めちまえばいいってことにならねぇか?」

「……少佐は幽閉されているのか。余程の馬鹿でない限り軍部の人間を殺しはしないと思っていたが、会話する限りでは君が賢い人物か確証できなかったからね」


 男の眉間に青筋が浮かぶ。自身の発言によるミスの負い目と軽い挑発がこれほどの効果を示すのは存外気持ちが良い物だ。


「へっ、じゃあカチコミに来たってのに銃を渡した間抜けは余程の馬鹿じゃないってか?」

「最初に言ったはずだ。必要ないようだとね」

「大きな間違いだったな!」


 激情の赴くままスーツの男は先程奪った拳銃を僕に向けて撃つ。しかし炸薬音はしない。単純な話だ。僕は拳銃に弾を入れていない。ホテルに入る前に弾倉を入れ替えておいた。

 そしてスーツ姿の男が拳銃を使おうとした為、後の二人は懐に手を入れるどころか、腕は下げたまま。三人がカチンと鳴った無機質な音で呆気に取られている一瞬の間。それは僕にとって大きなアドバンテージとなる。


 素早く男達との距離を詰めるとまず、足先でスーツの男を椅子ごと蹴り上げる。男が座ったまま一回転して転がっている間に左の男の喉元を殴る。鶏を絞めたような悲鳴を上げて悶える男は暫く放置。動けるようになるまで時間が掛かるのは明白だ。

 次に警戒するのはもう一人の男、僕が迫った時点で警戒し、懐に腕を入れている。拳銃もしくは武器を使用するのは目に見えて明らかだ。

 他の二人にトドメを刺そうとしていたらこの男によって、この至近距離で撃たれていただろう。そうなれば復帰したほか二人も加わって面倒になる。

 だが掃除と同じく正しい優先順位さえ付けていれば問題無い。男が腕を懐に仕舞っているという今のこの男は片手で、しかも片腕は服の中にある。

 万が一の銃撃を回避すべく、身を低くした足払いを男に掛けて転ばせる。男は服の中に腕を仕舞ったままである為、バランスも受け身も取れないまま床に倒れる。後は銃を握ろうとしている腕をストンピングで潰し、顎を蹴る。


「てめぇ……!」

「寝ているべきだったのに」


 先程の男が喉を押さえつつ起き上がる。そのガッツには敬意を示したいが容赦はしない。顎先を拳で打ち抜いて気絶させる。彼ら二人共しばらくは流動食だろう。

 二人を片付けると椅子ごとひっくり返っていた男を見下ろしつつ再度尋ねる。


「君のお付きは二人とも気絶だ。さて少佐はどこに隠した?」

「てめぇっ! こんなことしてタダで済むと――ギャアッ!」

「今は指で済ましたが、僕の質問に答えるだけなら目も鼻も、耳も片方あればいいだろう。次で答えなかったら右耳を千切る」


 鬱陶しいやり取りは好まない。正直に言えば拷問も気が引ける。しかし父親を奪われた久住ハルカの事を思えば男の手を踏み砕いた程度、水蜜を舐めているような甘ったるさが口に残る。


「僕は君を殺すつもりはない。だから答えないつもりならそれでもいい。でも答えないならその口はいらない。僕も答えない相手に質問する気もないから耳もいらない。まだ付き人の二人が残っているからね。彼らに聞くよ」

「――わ、わかった。言う! 言うから!」

「? 質問の答えになっていない。残念ながら約束通り……」

「この地下だ! このホテルの地下にそいつなら閉じ込めてある!」

「答えてくれて何よりだよ。だけど嘘ならその口は必要ないってことになる」

「本当だ! 嘘じゃない! 信じてくれ!」

「そうか。なら案内してもらうかな」


 そう告げて男を無理矢理立たせる。他の二人は完全に気を失っており、回復には時間が掛かるだろう。男から自身の拳銃を取り返し、地下室へ案内させた。


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