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単眼探偵  作者: 藤井昭
2/4

単眼の探偵 2



 父は責任感が強い大人だった。家族の決まり事のゴミ出しと風呂掃除は一度たりとも忘れたことはないし、頼まれたことは必ずやり遂げる。

 元々の根っこがストイックだからなのか、軍人という職種は父と相性が良かった。私が生まれた頃には軍で前線指揮官。戦争が終わってからは教官として基地司令部に勤めていた。

 厳しくも仲間を連れ帰ることを優先していた為、周囲のとりわけ部下からの人望が厚く、結婚式といった式典には是非出席して欲しいと幾つも手紙が来たこともある。

 でも父は何よりも私との時間を優先してくれていた。幼いときは忙しいにも関わらず基地からテレビ電話で会話をしたり、戦場から帰ってきたら疲れている素振りも見せずに遊園地へ連れて行ってくれたりした。

だから戦争で遠くにいても寂しいと思うことは殆ど無かった。遠くにいても繋がりを感じられたからだ。


 だが、父が姿を消して二週間が経過した。


 事の発端は、父の部下だった兵士が薬物により発狂、数名の死傷者を出して射殺された事件だ。

 監督責任として父はしばらくの停職扱いとなったが、父は酒に逃れる道でなく、部下が使用していた麻薬の出所を突き止めて再発を防ぐ道を選んだ。

 曰く部下が使用していた麻薬は極めて特殊なものであったらしく、容易に手に入れられるようなものではない。しかしそれにも拘らず、一般の兵士が服用していたことが不可解な点だと話していた。

 父が調査を始めて一ヶ月後、同様の薬物を販売している売人の情報を知った父は、売人と接触する為に街へと赴き、姿を消した。

 一向に父と連絡が取れない為、姉の居る警察にも相談したが何一つ情報は入ってこなかった。自分でも何か出来ないかとネットで目撃情報を調べたが役には立たなかった。

 そんな時だった。何か情報がないかと父の書斎を漁っていた時、放置されていたマグカップの下から呉賀テツオの名刺を見つけたのは。

 名刺にはただ名前と電話番号しか書かれていなかったが、父の字で「不測の事態なら彼に頼れ」と記されていた。

 だからこそ私は藁をも縋る思いで、この呉賀テツオに会いに行ったのだ。



「ふーむ……麻薬か」

 一通り私の話を聞き終えると呉賀さんは唸るように呟いた。先程とは異なりその単眼には何も映し出されていない為、表情は読み取れない。

「何か少佐は事件や麻薬について資料を残していたかな?」

「あっ、はい。幾つか書斎にあったので持ってきました」

「……本当かい?」

「え? これですけど……どうかしました?」

「いや、何でもないさ。それじゃあ拝見させてもらうね」


 呉賀さんに資料を差し出したとき、何故かその声に戸惑いがあったのを感じた。私は呉賀さんがどうしてそんな反応をするのかわからず、その反応につられるまま戸惑いつつファイルを渡した。

 電子データではない紙媒体のファイルを捲り、呉賀さんは時折思惟する様子を見せつつ、読み終えるとファイルを静かに机の上に置いた。


「とても丁寧なファイルだ」

「はぁ……それで何かわかりましたか?」

「色々とね。とりあえず少佐が行った街が書いてあったからそこで聞き込みかな」

「なら私も一緒に!」

「構わないよ。と言うよりも君には一緒に来て貰いたい」


 呉賀さんの平然とした態度に思わず拍子抜けした。てっきり「危険だからダメ」と一蹴されるとばかり思っていたが寧ろその逆だったとは思わなかった。

 呉賀さんは引き出しから大口径の拳銃を取り出し、ショルダーホルスターに仕舞うとそれを隠すように上着を羽織る。

父が軍人とはいえ目の前で見る大口径の拳銃と、これから行く場所に対して拳銃の必要性があるという事実に気圧されたが留まっていたって仕方がない。


「わ、私は準備万端です」

「僕もこれで完了だ。それじゃあ車を出そう」



 呉賀さんが運転すること数時間。言動や物腰通りの丁寧な運転はエコカーの静音性も相まって、自動車学校の教官よりも模範的な運転だった。

近くのパーキングに停めて車から降りると、独特の臭いを感じた。私が住んでいる街とは異なり、紫煙や排ガス、アルコールといったものが薄っすら鼻腔を刺す。


「あんまり僕の傍から離れないようにね」

「危ない場所なんですか?」

「住めば都さ。悪党にはね」


 呉賀さんの単眼が「困り顔」のような記号を映し出す。可愛らしくデフォルメされた記号だったが、小さな不安は残った。

 街を少し歩いて繁華街の門を潜ると、溢れんばかりの活気が押し寄せる。酔っ払ったサラリーマン。妖艶な服装で誘惑する女性。客を呼び込む店員……。誰もが笑みを浮かべて歩いていた空間だったが、心地良くは感じられなかった。

 誰もが呉賀さんに無遠慮な視線をぶつけているのも不愉快だった。いくらサイボーグ化、人体改造技術が進んだとは言え、頭部そのものを機械化する者は少なく、更にその頭部を非人型にする者は極めて珍しい。だからといって好奇の視線で見るのは失礼に当たると思わずにいられなかった。


「まずはこの店から当たってみようか」


 しかし呉賀さんは周囲の視線など一切意に介すことなく、これまでと同様の柔らかな態度のまま、私を連れて近くの酒場に入っていく。

 ネオンの看板が点滅していた店内に入った瞬間、視界が靄に覆われた。もうもうと室内に籠もる煙草の煙に、気化したアルコール。口汚い言葉による喧噪。80年代で止まってしまったかのような空間がここにあった。


「マスター。この男性を見なかったかい?」

「……さあね。ボンクラ共の顔なんて一々覚えていられん」


 呉賀さんはカウンターに肘を乗せ、父の写真を片手に店主に尋ねるも、店主はその写真すら見ずに淡泊に答えた。呉賀さんがサイボーグであることや、余所者であることに警戒しているのかもしれない。

 すると酒気を漂わせた一人の男が近づき、呉賀さんの隣に詰め寄ってきた。その男の顔はアルコールで赤く染まっていて、下卑た笑みが浮かんでいる


「あんたは覚えれそうだ。歩くカメラなんて見たのは初めてだぜ」

「それはどうも」

「そっちのガキはどこの娼館の品だ?」


 男の挑発に一切乗らなかった呉賀さんだったが男が私を指した瞬間、その指は男の手の甲に乗っかっていた。

 突然の光景に誰もが、暴言を計れた私自身でさえも言葉を失った。男が言い終えるよりも早く、呉賀さんが男の指をへし折ったからだ。


「口には気をつけるといい。手痛い教訓になっただろう?」


 蹲って悲鳴を上げる男を見下ろしながら呉賀さんはこれまでと同様の丁寧な言葉遣いで告げるも、その声色はどこか怒りを含んでいるように思う。


「騒がせたね。他を当たるよ」


 呉賀さんは静かに告げると踵を返す。私も雛鳥のようにその後をついて店を出ていく。

店から出ると再び、周囲からの視線が呉賀さんへ集まるのを感じたが、私もその一人だった。

確かに男の発言は不愉快になるものだっただろうが、私がそう感じるよりも早く男の指を折ったのには嬉しさより戸惑いを感じる。


「あの、呉賀さん。さっきは……」

「ああ。驚かせてしまったかな? 以後気をつけるよ」

「いいえ。次は私が折ります」

「……流石は少佐のご息女だ」


 呉賀さんは一瞬、目を丸く(元々丸いけど)してから感嘆するように呟いた。

 そうだ。あそこは私が一撃見舞うはずの場面なのに呉賀さんがあそこまでやってしまえば私が手を出すことは無くなってしまった。


「姉は私よりもすごいですよ」

「そうなのかい? 機会があれば是非お会いしたい所だね」

「でも姉はあんまり、その探偵とかが好きじゃ無くて……」

「お姉さんは警察官だったかい? なら仕方ないことさ。探偵は許可無く警察官の真似事をしていようなものだからね。それに責任を取れる立場でもない。お姉さんの考えが正しいよ」


 呉賀さんは静かに姉を賞賛する。姉がその場に居ればまず間違いなく、呉賀さんの行動やその発言に嫌悪間を示しただろうが、この場に姉は居ない。だからこそ身内を褒められて素直に嬉しく思えた。



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