その2
史実では、書籍を書く場合、原典を引用することが基本であったようです。ですから、984年に献上された「医心方」は、唐代の書を含めてまとめ上げられていた医学書であったようです。
また、著者の丹波康頼は、漢代の渡来系で坂上一族の流れとされているようです。百済からの渡来系であったとも言われているようです。そういった意味では、様々な古典古書を保有していたと考えられます。
好男子いやさ講談師は見てきたように嘘を吐くです、ちょうどご近所に住んでおられた時にお会いして話したことが、懐かしゅうございます。
”ブランデーがワインを蒸留し、ビールを蒸留してウィスキーとなり、日本酒を蒸留すれば泡盛となる。世界の焼酎は、それぞれの地域で生まれた酒の醪を、炊いて蒸留して造られる”と話されたのは、故菅間誠之助先生です。(「焼酎の事典」菅間誠之助編著)
お好きでおられましたし、ビールの瓶は、酒の保管に一番良いと言って、美味しいお酒をデカンターではなく、ビール瓶に入れてラップで栓をして、飲ませていただいた酒はとっても美味しかったのですが、中身が何かさっぱりわからないというのが、とても残念でございました。(説明されたとは思うのだが、酔って忘れている・・・残念)
”海水は、蒸留して飲料水となるし、ワインでも同じである”と言ったのは、アリストテレスだそうです。火と酒を結び付け、古代ギリシャで結実したようです。
彼の国では「史記 平準書第八」に(酎の祭り)が記載されているそうです。
まぁ、ということから、京洛近郊の農作地帯であった、由良川水系は水の美味しいところでもありますので、酒造りも古くからおこなわれていました。ここに、史実の「神便鬼毒酒」の始まりを見ますと共に、それを頼光に「神便鬼毒酒」を渡した翁について、丹波康頼をあてるということとなったのです。ちなみに「神便鬼毒酒」は、米の焼酎こと泡盛の中でもアルコール度数が高い花酒としました。つまりは、飲んで前後不覚になる酒という意味合いとしています。花酒は、祭り酒の意味合いもありますので、大江山伝承にはいいかと思います。
山を下りて、由良川を上流へと向かうと、福地の町が見えてくる。前に通った気がするけど、怖くて町には近づかなかったからな。町が見えてくると、陸が牛車の御簾を上げて説明を始めてくれた。
「この福地から綾部あたりは水田が広がっていてな、米を造っている。できた米を京洛や舞鶴、播磨へと送るのがおれの仕事だ。ここらへんは、水も旨いから、最近では米から酒を造って売ってる連中も増えてきた。おれの所じゃ、普通の酒造りだけじゃなくて、祝い用の花酒なんかも造っている」
「花酒?」
「あぁ、お祝い事の時は、すぐに酔いたいからな、強い酒が好まれるのさ」
「それで、花酒」
「あぁ、花酒は家でしか扱ってないからな、売れると儲けがでかいのさ」
「他では造れないの?」
「ま、康頼様に教わって始めたからな」
「康頼様?」
「まぁ、医者なんだが、養生とか、花酒を使えば、怪我の治りが早いとか言う爺っ様だ」
「早くなるの?」
少し、驚いたように聞いてみる。
「あぁ、特に花酒で洗うとな、傷が炎症にならないんだ。そういう意味では薬でもある」
「凄いね。そんな人がいるんだ」
「おまえの所の鬼六も凄いぞ」
「鬼六の玉鋼はどうするの」
「あれは、こっちで鍛冶師に渡して、鍬や鎌にするんだ。鍼なんかも造ってるぞ」
「鍼?」
「あぁ、康頼様は鍼も使うから、鬼六の玉鋼から造った鍼でないと駄目なんだそうだ」
「ここらの鍬や鎌は出来が良くてな、京洛でも売れるんだ。時折、刀鍛冶が来て、玉鋼買っていくこともあるぞ」
「ありがと。鬼六の玉鋼をきちんと売ってくれて」
「はははっは、任せとけ。おっと、そろそろ着くぞ」
山陰道に由良川が接する場所に、船着き場があり、車溜まりが用意されていて、間に店が建っていた。
「ここに、陸の妻がいるのか」
「あぁ、夏っていう元気な女だ。あやかしと人の間に生まれた娘だよ」
「そっか、だから、あたいを抱けるんだ」
なんたって、山から下りて福地が見えるまで、一刻ほど女にされてたからな。
「まぁ、そうだな」
「町に着いたら、どうする。あたいはどこか別のところに居た方が良いか?」
「いや、次に鬼六ところに行くまで、夏の傍に居て欲しいんだ」
「へっ、どういうこと」
「うん。夏に子が出来て、あんまり動けないからさ世話する女が欲しかったんだ」
「うーん。次に鬼六のところに行く時までなら良いよ」
「次も来てもらえないかな」
「それは、鬼六と話してからにして、陸は、嫌いじゃないけど、あたいの恩人は鬼六だから」
「わかった。頼むよ」
どんな女の人だろうねぇ・・・
がたがたがたがた、ゴトっ。夕闇が宵闇に変わる頃に陸の店へと、ようよう辿り着いたのでありました。陸の店は、由良川と土師川の合流する近くにある船着き場から山陰道に出たところにある、山陰道側と由良川側も柱を何本か建てて入り口を大きく取り、荷車がそのまま通れる構造になっていて、二階が館になっているような感じで作られていました。横合いの板間は、それぞれ荷出し荷入れができるようになっていて、
「ほらほら、さっさとしないと仕事があがんないよ。鬼六の玉鋼は、北に置くんじゃない。そっちは播磨に運ぶ米が来るんだ。南の板間に並べな。明日には鍛冶師共が来るからね」
「「「へいっ、すいやせん」」」
「夏。そんなに騒がんでも、な、大事な身体なんやで」
「おかえり、そっちの可愛いんは誰や、うちを抱けんからって連れてきたんか」
「え、まぁ、お前が大変やから、傍におるもんをってな」
「ま、ええわ。うちは、夏や。あんたは」
「はやて。大江山から来た」
「はやて、可愛いけど、あやかしさんかい」
「うん」
「うちも、鬼の血が半分流れとるで、ほれ、触ってみ」
頭を下げる。髪に紛れているけど、触ると額の左右に少し角がある。
「ここは、大江も近いからな、時折、鬼の子ができるんや。ここにも何人かおるで」
「そうなんだ」
「ま、あんまし気にしな。それに陸の女なんやろ」
「う、うん・・・」
「なら、うちらは姉妹や仲ようしてや」
「うんっ」
なんか、あったかい感じだ。店の女達が、握り飯と茶に酒、魚の塩焼きとかを持ってくる。
「ほらほら、飯にお茶ができたよ。酒もあるけど、明日に差し支えるような呑み方はするんじゃないよ」
「「「「へ、へいっ」」」」
河原沿いに建てられた大店に荷が並べられていく。
さて、描いてしまいました。故人のご冥福をお祈りいたします。焼酎を愛された、素晴らしき情熱の方でありました。ここらへんは、何かあれば、削除いたしますので、ご容赦いただけますようお願いいたします。
史実の大江山鬼退治に出てくる、鬼毒酒を焼酎とし、アルコール度数が高い、花酒という形で祝い酒が欲しかったので、丹波でやっちゃいました。




