その1
史実では、福知山は、南に向かうと尼崎までが90キロくらいで、東南へ向かうと嵯峨までが80キロ、北の舞鶴までが40キロとなります。平安時代に、古今東西の医学書を集大成し、日本の古典医学書である「医心方」を書いた、丹波康頼の出身がWikiによると福知山あたりだったりします。福地山夜話に出てくる丹波康頼は、史実の時期としては、「医心方」の執筆中くらいです。
葛城征伐が行われて、あたしが逃げ出した後、大江山へなんとか辿り着いたけど、崖から落っこって、川を流され鬼六という鍛冶に拾われた。そのまま鬼六と暮らしている。
鬼六の棲んでいる、鮎返りの滝あたりは、大江山の山域にあって水の豊富なところでもあった。月に一度、新月になる前の有明月くらいに、玉鋼を購入するための荷馬車が来ると鬼六は言っていた。そうだとしたらそろそろ来る頃であった。
そこへ、牛に引かれた荷馬車がやってくる。百目は荷馬車が来ると、鬼六を呼びに行く。
「鬼六ぅ。荷馬車が来たよ」
「おぉ、来たか」
鬼六は、鬼釜から取り出した、銑鉄と玉鋼を入れた箱を持ってくる。
「これは、鬼六さん。お久しぶりです。どうですか、今度の出来は」
「おぉ。陸 さん、いつも通りの良い出来だ、見てくれ」
「おぉ、確かに、鬼六さんの銑鉄も玉鋼も見事なものだ。代金は、いつも通り、樽酒一つに100文、そして砂鉄だ」
荷役達が、酒樽ひとつと、砂鉄を入れた箱を荷車から降ろしていく間に、100文を鬼六に渡す。
「おお。銭はあんまし使わねぇが、おめぇの持ってくる酒は旨い酒だ。したたかに酔える」
「これは、福地(史実で言えば福知山あたり)の酒です。こっちの砂鉄はいかがですか」
「これも良いモノだ。次の新月までには、銑鉄と玉鋼にしとくさ」
「ありがとうございます」
「颯」
「なんだい」
「ほれ、おれは銭はあまり使わないから、お前にやる」
「おれも、使わないよ」
「ははは、女は衣や紅に金さかかる。持っとくと良い」
「う、うん・・・」
「ほほぅ、颯と言うのですか、あやかしですか」
「あぁ・・・何か」
「いや、同じあやかし《ひとならざるもの》でも違うモノなのですね。綺麗だ」
艶のある白い肌に、白い髪をして、男を誘うような胸の膨らみは、襤褸布をまとっているために溢れ出そうだった。
「その襤褸よりは福地で買った小袖の方が良いでしょう。この度はいい商売をさせていただきましたから、御譲りしますよ」
綺麗だったので、思わず手をだしそうになって、止まった。
「あ、」
少し、鬼六と陸の間で視線をさまよわせる。良いのかな?
「良いで。颯」
「あ、ありがと」
鬼六に言われて、安心して受け取って、陸に向かって頭を下げた。
「着てくる」
小屋に戻って、小袖を付けて、帯が無いので、縄で縛って小屋から出てきた。
「どうだ」
「おや、帯を用意すれば良かったですね」
「福地山へ戻るのなら、買ってくると良い。連れて行ってくれるか」
「いいのか」
ちょっと不安そうに、陸を見る。
「壺装束はありますし、髪は染めれば、京洛でも大丈夫でしょう」
「先月の百文もあるから、色々と買い物をしてくれば良い」
鬼六が、小屋に戻っていって、百文の束を渡してくれた。
「うん。わかった」
荷役達が、積み替えを終わったと言ってきたので、陸たちは出発することとなった。
「相変わらず、せわしいなぁ。一晩ゆっくりしていけばいいに」
「ははは、夜を迎えるのは、怖がるものの多いので、中天に日があれば、福地には帰れますから」
「そっかぁ。仕方ないで。きぃつけてな。颯」
鬼六が頭を撫でてくるのが、恥ずかしくて
「うん。買い物が終わったら、すぐ帰るから」
一行は、荷駄隊を率いて、旅立つのであった。
史実では、丹波康頼は、「医心方」の作者であり、平安時代当時最高の医学者でもあります。彼に、百目である颯が弟子となると、医学が百年すすむと面白いかなとも思っての登場です。