楠枯れたか
黒の鏡シリーズ2 戦後編
0 黒の鏡
「……登喜子さんにも困ったものだわ。いつまでこの家に居座るつもりなのかしら」
女はそう呟きながら満月が照らす庭先を横切る。
「あの子は下男じゃないのよ。大旦那様の御遺言もちゃんとあるのだもの。出ていくのはあの女の方よ。ええ、この離れともそろそろ縁が切れるわね」
立派な母屋に比べれば、まるで納屋のような離れを見上げて溜息をつく。
これまでは立場相応と受け入れていたが、いよいよ自分たちが向こうへと上がるのだと思うと気分も少し高揚する。
「……あの女にはどう言う手も無いと思うけど。ああ、間違っても、あの子に近づこうなんて考えさせないようにしないと。あの子にもちゃんと言っておかないと」
母子二人の暮らすこぢんまりとした離れだが、今夜は彼女一人である。
戦争が終わって運良く徴兵を逃れた息子は、彼女が毛嫌いする女主人気取りの女に、少し遠い場所に住む親類の家に使いに出された。帰ってくるのは明日になる。
戦争が終わって、この楠鳥の家も大きく変わった。
出征した長男が帰るまではと気力で寿命を延ばしていたかのような先代は玉音放送の後に心臓発作で亡くなった。明治の生まれにはそれほど敗戦が衝撃的だったのだろう。
その長男の戦死報告と遺品が届いたのがつい先月。
これが、楠鳥家に大きな問題を発生させた。
「……後家でも登喜子さんよりマシな女は幾らでもいるでしょうし。……それにしても良い満月だこと」
戦中では満月は決して良いものでは無かった。月明かりを頼りに夜襲があると言われたからだ。灯火管制も満月の灯りで家々を照らされては意味も薄い。
月の明かりが部屋の中にまで差し込んでくる。
ふと、月明かりを辿って向けた視線の先に、彼女は見覚えのない物を見つけた。
柱にかけられた、楕円の枠にはまった物。
「……鏡、かしら。でもこれはどうして」
この離れは親子の領域だ。それなのに見覚えがない事も奇妙だが、更に奇妙な事にそれは確かに鏡のような物なのだが、肝心の鏡面が黒く塗られてしまっている。
これでは鏡としての役割は果たせまい。
「……こんな物をあの子が掛けるわけはないし。まさか登喜子さんかしら? 嫌がらせ、のつもりなの?」
鏡に月が映る。
満月だ。
それがあり得ない事に彼女が気付くのは数秒の後だった。
「……え?」
この鏡に月が映る訳がない。
鏡面が黒く塗られた鏡なのだ。
その鏡面が波打つ。
まるで沸騰した水面が気泡で泡立つように、次第に激しくボコボコと蠢き始める。
「……ひッ!」
浮かび上がったのは自分の顔だった。
醜く笑う、真っ黒な自分の貌だった。
これが彼女の最後の記憶となった。
1 その日の記憶
私が先生と出会ったのは、戦後間もない昭和二十二年だった。
八月十五日の玉音放送と共に大日本帝国の戦争は敗北という形で終わりを告げた。
当時の私はまだ十代半ばであり、特に大病患った訳でもないので、あと一年二年で私にも確実に赤紙が来ていただろう。
幸いと言うか、私は年齢的に間一髪戦地に送られる事は無かった。
仮に赤紙が来ていれば、私は面倒な立場だったので、召集回避は困難だっただろう。
楠鳥家。それが私の生まれ育った家である。
米沢にほど近い場所に屋敷を構える結構な分限者で、地域の顔役と言うものだった。
当主は代々『楠鳥弐左衛門』を名乗り、私の母は先代である十三代目弐左衛門の妾だった。
つまり、私は妾腹だったのである。
そして私の腹違いの兄に当たる長男は結婚したものの、結婚生活二年ほどの間に子を為す事ができず、結局召集令状が来て南方に出征した。
兄が生きて戻ってくれたなら、何の問題も無かっただろう。
私は冷や飯喰らいが続いたか、楠鳥の家からそれなりの家に婿に出される事になっただけだろう。
だが、南方に送られた兄は長く便りが帰らず、父である弐左衛門は玉音放送から一月と経たず死亡。
終戦から約一年半の後、兄が戦死していたと言う知らせが、遺品と共に楠鳥家に届いた。
楠鳥家の内情はここに来て嵐を迎えた。
兄が帰ってくれば、長男が名と家を継ぐだけで済んだ。
だが、残っているのはまだ成人に至らない私と、兄嫁である登喜子さん。そして先代の妾である母。
筋から言えば私が継ぐ事になる。妾腹とは本来そう言う者なのだが、立場的にも気質的にも登喜子さんと母は以前から仲が悪く、その亀裂は修復不可能だった。
私が後家となった兄嫁である登喜子さんを身請けする、と言う方法もあったのだが、女遊びも知らず冷や飯喰らいの私にそんな事を思いつく甲斐性があったはずもなく、状況は日に日に悪くなった。
そして、先代弐左衛門の喪が明ける直前。
その事件は起きた。
私が留守にしていた間、母が突然、心臓発作でこの世を去ったのだ。
この事件こそ私が先生と出会うきっかけであり。
同時に私が生涯を費やす事になる忌むべき者どもとの戦いの始まりでもあった。
2 荼毘に服す
「住職にはお世話になりました」
私は寺の本堂で、馴染みの住職に深く頭を下げた。
「なに、こう言う時の坊主よ。気にするな。……それにしてもまあ、登喜子さんも随分な事をする」
住職の言葉に、自然と唇を噛む。
私が登喜子さんの頼みで家を空けていた日の夜、母が急死したのだ。
二十歳前に私を産んでいるので、まだ三十路。早過ぎる死だった。
だが、問題は母の亡骸だった。
私が帰る前に、登喜子さんは母の亡骸を家から無縁寺に運ばせたのだ。
挙句、「余所者が軒先で野垂れ死にした」と言い放った。
先代の妾と、長男の後家。
仲が悪いのは周知の上だったが、亡骸に砂をかけるような真似をするとは考えたくなかった。
私は何とかしたいと思ったが、家から私まで締め出される有様だった。辛うじて離れに入る事はできたが、母屋には入れず相手にもされない。
家の者は皆、登喜子さんに付いたと言う事らしい。
先代が亡くなる前に遺言状がしたためられ、一回忌に開けられる事になっていたが、この有様では最早それも意味を為さないだろう。
私は何とか以前から馴染みだった寺の住職に頼んで弔って貰い、荼毘に付した。
簡素な位牌と小さな骨壺が、今私の隣にある。
「登喜子さんに関しては、どうにも以前から余り良い話を聞かん。仏に仕える者としては未熟と言われても仕方がないが、この坊主の耳にも悪い噂が入って来る」
「住職に、ですか?」
「寺とはそう言う場所だからな。兄上との間に子ができなかったのも、女が望まなかったからだと話す者もおる」
「子は授かり物でしょう。致し方がありませんよ」
「ところが、知っておるか? 世の中にはオギノ式と言う子を授かる為の良策があってな。儂も後継ぎの為に学んだのだが、要は子を為すのに適度な日が月に何日間か訪れると言う物だ。これは戦時中に御国が奨励したから、女学生でも学んでおる筈。しかし、裏を返せば、子を為さぬように営みを行う事もできるわけよ。二年もの間、できなかったと言うのは、できぬか作らなかったかだ」
「何の為にです。子を為さなければ家には居られないかもしれないのに」
「さあてな。しかし現実に、登喜子さんが楠鳥の家を牛耳っておるがな。人と言う物は始めから大きな悪党と言う者は案外無いものよ。少しずつ悪事を広げて、遂には己でも思わぬほどの悪事を行ってしまう。財産に眼が眩んだか。いやはや、新しき世になっても人の世は困った物よな」
「……ええ、全く」
もう一度住職に頭を下げ、帰る事を伝えた。
ふと、そこで疑問を覚えた。
「住職。そう言えば、ここの本尊はまだ見た事が無かった。秘仏なのですか?」
子供の頃から来ているが、本堂の中に仏像は無い。
「うむ、実は日本でも珍しい仏様でな。基本的に御開帳はしておらんのだ。『蓮塔観音』と仰ってな。有難い仏様よ。お主にもご利益きっとあるぞ」
3 黒の尼
「この度はお気の毒でした。しかしどうか気を落とさぬように」
本堂を出て境内を通りかかった私に声をかけたのは、たおやかな尼僧だった。
女性にしては随分と背が高い。
戦中世代にしては私は背の高い方だったが、その当時の私でもほぼ視線が同じ高さだった。
年頃は二十から三十だろう。仕草は乙女のように若々しくもあり、しかし熟れたような艶も含ませる。
顔立ちははっきりと美人だと言えるような、言えないような、言葉にしにくい印象だ。
ボロの墨染めの衣を着ていても、その細身ははっきりしている。
頭には尼僧の頭巾をつけており、手は白手袋をはめている。表に出ている肌は顔だけで、どうにもそのせいか、微笑むその顔が一瞬まるで能面のような印象を受けた。
布を被ったお化け。
そんな失礼な感想を抱いてしまった。
しかし、そこである疑念が浮かぶ。
この寺には以前から出入りしているのだが、このような尼僧とは出会った事が全くない。
「こちらでは見たことがありませんが、縁ある方なのですか?」
「いいえ。私、乃法尼と申します。戦争で亡くなられた方々の弔いに日本を行脚しております。こちらには先日より暫くお世話になっている所」
「……なるほど。それは大変でしょう」
「いいえ。望んでしている事ですので辛いと思った事はございません。世は全て如来の思し召しの流れの上にあるのです」
「……戦争に負けた事も、広島や長崎の事もですか?」
つい、そう訊ねてしまったのは問題だったかもしれない。
遠く離れた地とは言え、広島長崎に落とされた新型爆弾の事については伝え聞いていた。
その光景は、まさに、この世に地獄が開かれたのだと言う。
だが、意外な事に、尼はその事実に首肯して言葉を続けた。
「ええ、その通りです。この人の世界も六道の一つ。過ちを犯せば罰を受けるが人界の定め。多くの者の過ちを、多くの者が贖う道であったのです。一蓮托生。誰かが蓮に穴を空ければ、皆水面に沈み溺れてしまう。認め難き事かもしれませんが、それが人界の真実。夜空奏如来の庇護する大蓮の上で、人々は生を全うするのですよ」
話し方は穏やかだったが、そこには神々しくどこか抗い難い真実味があった。
まるで、悟りを開いた人物、と言うのは言い過ぎだろうか。
「どうやら貴方は親との縁が切れた様子。残念な事ではありますが、縁が切れた場所に留まれば、貴方に降り懸かるのは不幸では済みますまい。出会いを大事にし、新たな道を模索するのが得策でありましょう」
ではこれで、と乃法尼は静かに去っていった。
「……不思議な人だ」
「いやはや、大した方であるよ」
いつの間にか私のそばに住職も来ていたらしい。
「拙僧など足下にも及ばん。徳のあるとはあの方のようなものを言うのだと教えられたわ」
「住職がそこまで言うなんて驚きましたよ。でも、あまり聞いた事が無い仏様の話だったような」
「うむ。秘仏中の秘仏。かの弘法大師が高野山の結界の最深奥に納めたと言う仏典の真理であると言う。一体、あの歳でどれだけの行を積まれたのやら」
頻りに頷く住職に今度こそ退出の意と礼を述べ、私は位牌と骨壺を包んだ風呂敷を持って家に戻る事にした。
4 骨董品店の主
その帰り道の事である。
どうにも素行の怪しい人物に出会った。
まるで書生のようなよれよれの着物姿にチューリップハット。年季物のトランクを抱えた中年男だ。
きょろきょろと周囲を見回しながら、道を確認しているようでもあった。
しばらくして私の視線に気付いたのか、こちらに近寄って来る。
「やあすみません。ここら辺の人ですね。申し訳ありませんが道を訊ねたいんですがよろしいですか?」
年齢は三十半ばを過ぎたくらいだろうか。お世辞にも身形が良いとは言えない。
ただ、トランクは使い込んではいるがかなりの良い物だと感じる。
「そりゃまあ構いませんが」
「助かります。何しろ汽車を降りたはいいが、行く先がさっぱりでして。楠鳥さんと言うお宅なんですがね」
「……楠鳥、ですか? 失礼ですが、どちら様です?」
「東京で骨董品の店を開いております、片山蘭道と申します。もしや楠鳥さんのご家族さんでいらっしゃいますか?」
「……まあ今のところは、ですが」
「いやいや丁度良かった。不躾で申し訳ありませんが、ご案内お願いできますか?」
「私も帰る途中でしたので一向に構いませんよ」
楠鳥の家はこの辺りでも旧家だ。骨董品も多いと思う。
しかし戦争が終わったばかりだと言うのに、骨董探しでわざわざ東京からやって来るとは、理解に苦しむ話だった。
「こんなご時世に骨董なんて、どうにかなるのですか?」
「いやいや、こう言う時だからこそ掘り出し物が出てくるんですよ」
経済もまだどうなるか分からない。税金に現物納めがあるくらいだ。
正直、骨董をやっている場合ではないと思うのだが。
「戦中ならお先真っ暗ですから動きようも無かったんですが、今は違いますよ。いずれ、多くの物が動く時代になる。いや、古い物が壊れて新しい物が現れる時代になりますよ。おかしな話ですが、成金程古い物を有難がる。価値も知らずにね」
「……古い物は壊れますか」
「空襲も大きかったせいか、東京はもうそう言う風に動き始めていますよ。これまでの価値が通じないようになるでしょうな」
この辺りは噂に聞くB29は来なかった。爆撃による被害は皆無だったが、東京をはじめ多くの都市が悲惨な空襲被害を受けたと言う。中にはここよりも遥か北。人口が五万に満たない田舎町が爆撃されたと言う話も聞く。
「日本中が変わるんでしょうね」
「もちろんですよ。まあ変わり身の早い老人も幅を利かせるでしょうが、世を支えるのは貴方みたいな若者だ」
その言葉に、私は一瞬光のような物を感じた。
いずれにしろ、楠鳥の家に居られる時間は少ないだろう。
尼に言われたからではないが、この地に残ったとしても楠鳥の目の下で真面に生きられるとも思わない。
いっそ東京に出るのも考えかもしれないと思った。
「……ああ、実は楠鳥では立て続けに不幸が重なりまして。真面に取り合って貰えないかもしれませんが」
「ええ。このご時世ですからね。私が買い付けたいのは一つだけなんですよ。そいつを探して、何とか山形まで来たんですから」
何か目当ての物があるのか、と疑問に思いながらも、楠鳥の屋敷に到着した。
私が片山氏を母屋に案内すると、案の定登喜子さんが表に顔を出した。
暇な事だと内心呆れかえる。
「一体何の御用です?」
「お客人ですよ。東京の骨董商の方だそうです。では、私はこれで」
その場を立ち去ろうと思ったが、登喜子さんの金切り声でその機会を逸してしまった。
「骨董商ですって? 何を買わせようって言うの!」
「いいえ、売りに来たんではないんですよ。私はここに買いに来たんだ。黒い鏡をね」
黒い鏡?
その言葉に私は離れに向かう足を止めた。
「……そんな物、当家には有りませんわ」
「そいつは妙なお話ですね。ほんの十日足らず前。ここの家の奥様と名乗る方が、ある筋から手に入れた筈なんですよ。ええ、確かな住所控えもね」
「いい加減にして頂戴! 叩き出すわよ!」
1947年当時、日本には警察が無かった。
正確にはGHQの指示で、官公庁の殆どが解体されていたのだ。
実質的に犯罪を取り締まる存在が無く、地方の有力者などはやくざ者を囲って用心棒にしていた。
もちろん楠鳥もそう言う物騒な連中を押さえていた。
しかし、私は、片山氏が喋ったある事実に思い当たる事があった。
「黒い鏡、と言うのは鏡面が黒い鏡ですか?」
「おや、ご存知ですか?」
「枠縁は何やら動物のような物が彫られている?」
「ええ、ええ、まさにその通り。覚えがおありで?」
「ええ。先日母が亡くなったのですが、その部屋に確かにそんな物がありました。以前は無かった物なので、おかしいと思って覚えていたんです」
「……ほう、そう言う事ですか」
片山氏は、私と登喜子さんの顔を交互に見比べる。
「ふ、ふん。そう言う事ね。あの女が図々しくそんな買い物をしたってわけね。ああ嫌だ嫌だ」
「と言う事は、その鏡は彼の親御さんの遺品と言う事になりますな?」
「そ、そう言う事になるわね」
「これは失礼しました。どうやら交渉するのはこちらの方だったようだ。申し訳ありませんが、見せて頂けますか?」
「ええ……今朝もありましたから、残っているでしょう。登喜子さんが手を付けていなければ、の話ですが」
「そんな事致しません! 不愉快だわ!」
そう言い捨てると、登喜子さんは母屋の奥に消えていった。
「こちらですよ。どうぞ」
私は離れに片山氏を案内した。
黒い鏡は、私の記憶通りに母が亡くなった部屋に掛けられていた。
「……やあ。こいつは……やれやれだ。間違いない。本物だ」
部屋に上がった片山氏は、鏡をじっくりと調べると、そう呟いた。
「正直、こんな鏡、ここにあったなんて知りません。これじゃあ鏡として使える訳でもないし、母が掛けたとは思えないんですが」
「でしょうな。こいつを売った男は、使い方も教えたと言っていたんですよ。そいつを自分で使うなんて有り得ません。ま、お家事情は何となく察しますが。十中八九、あの人が買ってここに掛けたんでしょうな」
「なぜ、そんな事を?」
「……さて、それは商売上のお話なので迂闊には話せないんですが。先に商談を済ませてしまいませんか? 一応、表向きはお母様の遺品となったわけで、貴方と交渉するのが筋となった。単刀直入に申し上げます。二千円で如何です?」
片山氏がトランクから取り出したのは、現金の束だった。
当時の紙幣は戦後の混乱を示すかのような急場凌ぎの粗雑な物ではあったが、それでも見た事も無い大金が目の前に積まれた。
「二千円ですって!?」
試しに全ての紙幣を見てみたが、粗雑ではあるが間違いなく本物だった。
物価は目まぐるしく変化し、戦後の混乱を経て何とか貨幣経済が動きだしていたが、二千円と言えば、一般的な労働者の賃金三か月分か四か月分相当になる。
自称喫茶店が出していた何倍にも薄めたコーヒー一杯が5円だった時代の話だ。
「こいつは骨董品ですからね。そう言うお値段が付くわけですよ」
「形見と言う程思い入れのある物ではありませんし、そちらに売る事に関しては異存ありません。しかし、一体どう言う事なのか、説明して頂けませんか? 幾らなんでも二千円なんて、騙されていると思っても仕方ないでしょう?」
「まあまあ。話は順番にしましょう。如何です? どうやら貴方はあの女性に疎まれている様だ。冷や飯喰らいどころか、これから先はその飯も出てこないかもしれない。それだけのお金があれば当座は凌げるでしょうが、ここに居ても先は無いと老婆心ながら案じる次第なわけです」
「それが、何か?」
「どうです? 私と共に東京に来ませんか? 貴方は実直な青年であるし、信頼できる人物とお見受けする。私は御覧の通りと言いますか、骨董探して歩き回る事も多く、信頼できる店番が欲しいんですよ。もちろん東京でやりたい事があったらそちらを優先して構いませんが。どうです? 今なら、東京までの汽車賃も私が用立てましょう」
一体、どう言う話なのか付いていけなかった。
二千円もの大金を目の前に積まれ、更に東京に来ないかと誘われている。
今日出会ったばかりの怪しげな男に。
「人買いみたいなマネはしませんが、まあ、信じて頂けない事は自覚ありますね」
不意に、尼の言葉が蘇った。
縁を切り、出会いを大切にしろ、と言う言葉だ。
「……いえ。確かに貴方の言う通りだ。ここに居ても間違いなくロクな事にならない。登喜子さんが今頃近所のゴロツキに声をかけて私を始末しようと考えているかもしれない。二千円と言う大金がここにあったら尚更だ。それなら、喩え人買いでも貴方の方がマシな気がする」
母の弔いの事を考えると、まだ早いと思う部分もある。
しかし、ここに居る方が危ういと言う事実に思い当たってしまった以上、動くしかなかった。
私は急いで荷物を纏め旅支度をした。
書置きくらいは残しておこうと、家を出る旨を記した紙を置いて、外に飛び出した。
片山氏は先に駅に行って貰った。
私は寺に寄って住職に幾許かの謝礼を置いて、挨拶もそこそこに駅に向かった。
尼とは会えなかったが、気にはしなかった。
約束通り片山氏は東京行の切符を用意しておいてくれた。
日に何本も通らない汽車である。
私はそうして二等車に揺られながら、慌ただしくも生まれ育った地を離れる事になった。
しかし、同じく列車に揺られる片山氏はあの鏡について話す事は無かった。
私が、あの黒い鏡に関する事実を知るのは、もう少し先の事になる。
私が東京に出た翌月。ちょうど母の月命日だった。
楠鳥家の住人が鏖になった。
5 一家惨殺事件
昭和二十三年、つまり1948年の事である。
当時私は片山先生の経営する骨董品『なあかる堂』の店番をしていた。
立場は書生扱いだったが、随分と良い待遇だった。おかげで色々考える事もでき、帝国大学が廃された後に新しい大学制度ができると言う話も出て来たので、一つ大学を目指してみようと思い始めた頃だった。
その日は珍しく、片山先生は店に居た。
色の濃い色眼鏡をかけたアメリカ人の老紳士が先生を訪ねてきており、二人は英語で会話していた。
私もこれからは英語ができなければならないと勉強中であり、二人の言葉を何とかヒアリングしていた。
しかしながら二人の会話の中にはどうにも聞き取り辛い単語が入り混じっており、特に「くっつるう」とか「りゅりえい」と言う部分がどうにも訳が分からない。
老紳士が帰った後、私は先生に訊ねてみようと思ったところだった。
今度は米沢市警察の人間だと名乗る人物が、私の所にやって来たのだ。
その時、私は初めて楠鳥家が壊滅した事を知った。
発生したのは去る47年。私が家を出た翌月だった。
一晩で屋敷内に居た全員が惨殺されたと言う。
我が世の春と女当主を気取っていた登喜子さんはもちろん、屋敷で働いていた使用人も、登喜子さんが招いていたらしいチンピラも、全員が無残に殺されていた。
最初は私に疑いをかけているのかと思いきや、そうではなかったらしい。
あくまでも家の生き残りの消息を掴んだので、連絡したと言う事だそうだ。
情報の出所は住職らしかった。
住職に居場所を教える手紙を送ったのは今年に入ってからで、そこから警察に伝わったらしい。ちなみに日本国で警察組織が再編したのも今年になってからだ。その為、楠鳥家の事件は事件にならなかったらしい。
発見者曰く、飢えた熊か虎でも入って来たかのような有様であったとか。
余りにも凄惨な状況に、亡骸の部品を掻き集めるのも大変な有様だったとか。
遺産については、私は申し訳ないが住職に任せる事にして、警察に手紙を預かって貰った。
今更戻る気は無かったし、遺産がどれほどであろうとも興味は無かった。
それよりも、その事実を知った私は、片山先生に真実を問い質す覚悟を決めた。
私を半ば強引にあの家から連れ出した事は、偶然ではないと思ったからだ。
「まあ、そうなったでしょうね」
先生は、楠鳥の家に起きた事件にそう答えた。
「……もしや、あの鏡が関係していると言う事ですか?」
「ええ。あの時は喋れませんでしたが。あの鏡はそう言う代物なんですよ。いわゆる呪いの鏡とでも言うべき物で、あれを売った男も説明したと言っていたんですが。登喜子さんでしたか。あの人が、貴方のお母さんを殺害する為に使ったんです。さすがにあの場でこんな事を教えて、貴方が暴走する事は避けたかったんですよ。すみませんね。大事な事だったんですが」
その心遣いは、今となっては有難い事だと思う。
もし、母が登喜子さんによって殺されたと言われれば、さすがにあの場でどうなっていたか。
「……いえ。じゃあ登喜子さんはどうして……」
「あの鏡は……大変厄介な代物でしてね。人を呪い殺す事ができるんですが、願いを叶えると代償を支払う事になるんです。具体的には人の生命、魂とも言うべき物です。しかし彼女は勘違いしていた。貴方のお母さんを呪い殺す事がそのまま報酬になると勘違いしたんです。ところがそうじゃない。代償はちゃんと支払わなければならなかった。契約を反故にした彼女は、契約者の怒りを買って、そう言う事になったわけです。喩え鏡が側に無くとも、すでに執行者はあの屋敷の中に居た」
「……もしかして、私が留まっていたなら」
「もちろん、貴方も犠牲になったでしょう。あの鏡はね、そう言う厄介極まりない代物なんですよ」
先生の言う所では、元々はあの鏡は戦時中米沢郊外の山中に別荘を建てて疎開していた、内藤伯爵と呼ばれる人物のコレクションだったらしい。
しかし、44年に内藤伯爵は疎開先の別邸で変死。四面館と呼ばれた立派な別邸も半壊してしまった。
その際に、コレクションの大半が散逸してしまったのだそうだ。
片山先生は残されていた目録を頼りに、散逸したコレクションを蒐集していると付け加えた。
「どれもこれも、あの鏡同様かそれ以上に危うい物でね。あの時もどこからか骨董商が仕入れたと聞いて飛んで行ったら売ってしまった後だった。もう少し早く押さえられていれば、君のお母さんも、彼女たちも死ぬ事はなかった」
「……そんな危険な物を、先生は何故集めるんです?」
「もちろん、一般人が手に触れないようにする為ですよ。これらはどうにも人の手には余る物ばかりだ。厳重に封印しなければ、世を混乱させるだけです。この店も、そう言う情報を集める為の場所って事なんですよ」
店番をしていても、あんまり流行らないと思っていたが、おそらくこれだけの事を一人でやっているわけでは無いだろう。多くの人々と協力して事に当たっているのだ。
「ここまで話しましたがね。実のところを言わせて貰いますが、全部忘れておしまいなさい。貴方は若い。これからの人物だ。国立大学も生まれ変わる。あんな馬鹿どもが始めた下らない戦争だって終わったんだ。こんな暗黒の世界に足を囚われていてはいけません。ここの店番だってお辞めになっても構わないんです」
「先生。お言葉ですが、それはあんまりと言うものです」
私はつい声を荒げてしまった。
「私は先生に命を救われました。今日、改めてその事実がはっきりしました。先生、どうか私を助手にしてください。使ってやってください。私のような目に遭う者を防ぎたいと言う気持ちに偽る事はできません」
あの時、私は確かに光を感じた。それは自分がどうあるべきかと言う啓示だったのだと、今なら断言できる。冷や飯喰らいだった自分の中に、これほどの情熱が湧く物かと思ったほどだ。
「……そうですか。この世界は、いつ命を奪われてもおかしくない世界です。それどころか、死ぬ事よりも酷い有様へと突き落される事もあるやもしれません。それでも貴方は私たちのような探索の道に踏み込みますか?」
「はい。覚悟は決まりました」
「では、少々難関ではありますが、貴方にお願いしたい事があります。来年、1949年に大学が改められ、私立の大学も新たに開かれる事になります」
「は、はい」
「千葉県夜刀浦市で、飯綱製薬と言う会社が母体になり、飯綱大学と言う私立大学が開かれます。医学・薬学の大学になるとの事。貴方にはそこを目指して頂きたい」
「そ、それはどう言う事です?」
あまりにも意外な事に、私は狼狽えてしまう。
「飯綱大学こそ、この国の暗黒と抗う砦となる場所。そこに入学する事が、貴方への最初の試験と言う事になります」
*
私は猛勉強の末、それまで思いもしなかった医学部と言う分野へと足を踏み入れた。
その一方で飯綱大学に設置された旧図書館に所属した私は、先生や多くの人々と共に、世界の裏側に潜む忌まわしき者どもとの戦いの日々へと向かって行った。
時を経て一線を退いた私は飯綱大学の旧図書館館長と言う職に座る事になった。
残念ながら私のように暗黒の事件に巻き込まれて人生を狂わされる若者が居なくなる事は無かった。私と同じように闘争の道を選び、帰って来なかった者も多い。
「……これで満足だったのかな、乃法尼よ」
今、私の目の前には、あの日出会い、人生の方向性を促した尼僧が立っている。
あの日と変わらぬ姿で、あの日と変わらぬ仮面のような微笑みを張り付けて。
母が如何にして亡くなったかを滔々と語る。
今更と思いながらも、暗黒との闘争に明け暮れた私の人生は最後のピースがはまったパズルのように晴れやかであった。