表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い鏡の家  作者: 山和平
1/3

~現代編~

黒い鏡シリーズ1

1 ドライブイン


 奇怪な体験をしたのは大学時代の話になる。

 夏休みが始まって少しした頃、俺はサークルで知り合った仲間に声をかけられた。

 なんでもペーパードライバー卒業するって事でドライブに付き合って欲しいと言う事だった。

 これが女の子からのお願いなら喜んで返事をしたと思うが、生憎と男である。

 まあそいつにも目的があった。

 要はナンパしたいと言う話だ。車の免許を速攻で取ったのも夏休みに備えての準備と言うわけらしい。

 ドライブはまあそのための予行演習と言う事だ。

 女の子だって慣れない運転の車には乗りたくないだろうし、盛り上がってもガチガチ運転の隣じゃ冷めてしまうだろう。

 俺も暇だったので、ついでだから泊まりで温泉にでも行こうと提案した。

 男二人で温泉とか考えられねえ、と言われたが、ナンパ目的なら旅行客の方が狙い目じゃね?と言ったらあっさりと応じてきた。

 海水浴場とかプールだと、ナンパされるのが目的の女子も居るので成功率は高そうだが、懐を漁られるだけ、と言う場合もある。

 と言うか、俺の知り合いがそんなギャルだった。

 その点、自腹で旅行に来ている女性には余裕がある。旅先の解放感も手伝って、お知り合いになれる可能性は十分あると言える。

 と言うか、俺の両親の馴れ初めがそんな感じだったらしい。


 目的地は群馬の温泉地で高速を使って向かった。

 車はレンタカーではなく親戚から借りたとか。

 まあ結局、ナンパ目的はあっさりと不発に終わり、お湯とご当地グルメを堪能して帰る事になった。

 運転手さんは行きは全然余裕なかったからな。

 それでも帰りは免許取りたての腕も慣れてきたようで、行きほど緊張せず帰りの高速を走っていた時の事だった。

 夕暮れが空を染める時刻だった筈である。

「………通行止め? 嘘だろ?」

 あるインターチェンジの前で封鎖中の看板と、警備員の案内が出ていた。

 事故、らしい。結構大きな事故のようで、大型トラックが横転して道を塞いでいた。

 いったん下に降りて次のインターまで走るしかない。

 仕方なく、俺たちは高速を降りて次善の策を練る為に、すぐ近くのドライブインに入った。

 古い設備だった。

 あるのは缶飲料自動販売機と、明らかに年代物のハンバーガーやうどんのフード自販機。

 トーストサンドなんて物もある。

 値段は二百円程度と安いのだが、正直食指が動かない。

 古めのゲーム筐体が並ぶゲームコーナーには人っ子一人居ない。ゲーム機の音だけが聴こえてくる。

 駐車場には数台停まっていたがその人々はどこで何をしているのだろうか。

 トイレだけ使って立ち去るのか。

 ついでにトイレを済ませようと思ったのだが、明かりも半分切れかかった薄暗く古い造りだった。

 ついていたであろう鏡も全部外れていて、水道にはひねってからしばらく錆が混じっている。

 イートインコーナーの安っぽいデコラのテーブルの一つで、妙に古いデザインの缶コーヒーを片手に俺たちは道路マップを広げて作戦を立てる事にした。 

 この時はまだスマホのカーナビなんて無かったのだ。

 車にもカーナビは無かった。レンタカーなら標準装備だったかもしれない、とは言わなかった。

「下の国道を通って行けば戻れないか?」

「無理言うなよ。そんな土地勘無いんだぞ」

 ペーパードライバーの悲しさ。いや、ベテランドライバーだってこんなアクシデントに冷静に対処できるかは疑問だ。

 しかし土地勘全く無い場所から次のインターチェンジを目指すのは旅慣れない身としては難易度が高い。

 間の悪い事に、俺たちが降りたインターチェンジは大きな道路から結構離れた場所にあり、そっちに出るのも一苦労だった。

 結局、俺たちは大きな国道に出て都心部に向かい、高速の看板を見逃さないようにして走り、速やかに高速道路にカムバックする事で結論した。

 日本の道路は優秀で、何とか看板頼みでルートを選択して国道を走った。


 確かに、看板を見て曲がったのだ。

 その筈だったのに、俺たちは気が付くと人家の灯りも無く、街路灯も心許ない道に迷い込んでいた。 


2 黒い鏡


 ガソリンが心許ない。

 それに気づいた時、冷や汗が流れた。

 国道を走っている時に何件か見つけたのだからそこで入れていれば良かったのだ。

 ガソリンスタンドで道だって聞けた。

 アクシデントで余裕が無くそっちに気が回らなかった。

 道路幅自体は広く立派だが、周囲には何も無い。山の中ではなく平地なのだが、道路しかないのだ。夜の闇の中なので田園地帯なのかもしれないが、車のライトでも確認できないので闇の中に道路が浮いている感じだった。

 街路灯の幅もかなり長く、闇と闇の間にぽつんと立っている様だ。

「………この際、民家でもいいからどこかで道を訊き直した方がいいぞ」

「あ、ああ。そうだな」

 まずいな、と思う。明らかにテンパっている。

「………この道、どうして曲がる所が無いんだ?」

「………そう言えば、交差点が見えないな」

 だから信号機も無い。停まる事無く前に行くしかない。


 一瞬、見逃すところだった。


「おい、そこ! そこだ! 家がある! いや、看板があるぞ!」

 俺は左側を指差した。

 道沿いではなく、私道が繋がっている少し離れた先だったので視界に入りにくかったのだ。

 気が付いたのは、木の看板を見かけたからだ。

 たぶん日中なら方向を示す物として見つけられるんだろうが、明かりで照らしている訳ではないので夜の闇の中では見落としてしまいそうだ。

「………普通、こう言う場所には街路灯が置かれる筈だけどな」

 これでは夜は大変じゃないかと思った。

 二台ぎりぎり通れるか、と言う道に入り、建物に向かって進んだ。

「………電気が………ああ、裏側に着いてるな。人は居るみたいだ」

 俺たちの進行方向からでは見えなかったが、どうやら裏手側の部屋に明かりが点いているようだった。

 節電、と言う事だろうか。

 時刻はすでに夜八時になろうかと言う状況。

 家は平屋建てだった。

 明かりが見えなかった理由は、近付いてみて理解できた。

 道路側の建物は店舗だったのだ。

 雰囲気からしてレストランだろうか。これなら夜は電気が消えていてもおかしくない。

 こんな所にレストランとは、とも思ったが、とにかく玄関に回って何とか話を聞いてみようとした。

 なにぶん、客観的に見ればこっちは夜に訪れた怪しい若者だ。通報されてしまうような事は避けたいのだが、とにかく事情を話して道を聞きたかった。

 だが。

 インターホンを押しても何も反応が無かった。

 音は鳴っている。明かりも点いている。

 なのに、人が動く気配が無い。

「………これって、もしかして、まずくないか?」

「いや、でも、どうするんだよ」

「中で大事な事が起きてたら………不法侵入になっちまうけど、確認するだけ確認してみないか? もし何もなければ、ああ、つまり家の人が居たなら、事情を説明して謝ろう。それでいいじゃないか」

「………そうだな。そうしよう」

 俺たちは頷き合うと、ドアに手をかけた。

 鍵は、かかっていなかった

 僅かに軋む音がして、ドアが開く。

「誰かいらっしゃいませんか?」

「すみません! 誰かいませんか?」

 玄関には男物の靴と女物の靴が一揃いあった。若い男女の物ではないだろう。たぶん中年の物だ。

 手入れとかに気を使っているような感じではなく、どうにも古ぼけていた。

 俺は、そっと靴を脱いで家の中に入った。

 まるで空き巣だが、そうも言っていられなかった。

 明かりの漏れているのは居間らしい。

 そっと覗き込んだが、明かりが点いているだけで何も、誰も居なかった。

 隣の寝室にも、誰も居なかった。

 トイレにも、風呂場にも、誰も居なかった。

 ダイニングキッチンにも誰も居なかった。

 レストランの方の厨房も、客席も、トイレも、誰も居なかった。

 この家には誰も居ない。

 明かりが点いているのに。

 靴もあるのに。

 誰も居ないのだ。

 ユニットバスの中にはお湯が張られていたのに。

 冷蔵庫の中には食材が詰まっていたのに。

 取り込まれた洗濯物が籠の中に重なっていたのに。

 人が、居ない。

「おい、何かあったか?」

 俺が家を探している間、運転手は居間を調べていた。

 と言うか、色々な場所を漁っていた。

「頼むから言い訳できないような事をするなよ。単に出かけているだけなんだろうから。電気は消し忘れとか鍵はかけ忘れとかそんな感じなんだろうし。おい、聞いているのか?」

 そいつは何かを探していた。

 居間のテーブルに一冊のノートが開かれているのに気付く。

「………なんだこれ。日記か?」

 癖のある筆記で読みにくいが、日付が打たれている事からどうやら日記であろうと予測した。

「人の日記を見るなよ。おい」

「………最後。その日記の最後。読んでくれ」

「………は?」

 妙に怯えた声色に、俺の手も震えが止まらなくなった。


『四月十日 妻が骨董市で奇妙な物を買ってきた。鏡のようだが鏡面が塗り潰されているように黒い。鏡としては使いようが無い。しかし枠の彫刻はなかなか素晴らしい。文字のようにも見える動物彫刻がぐるりと付けられていて、見事な仕事だ』

『四月十一日 鏡面を入れ替えれば使えるかと思って鏡面を外そうと思ったがびくともしない。どうやら一体で造られているらしい。店のインテリアとして使ってみる事にする』

『四月十二日 妻があの鏡をよく見ている。よほど気に入ったのだろう』

『四月十三日 何かがおかしい。何かが変だ。あの鏡を手に入れてから、どうにも奇妙な事が起きる』

『四月十四日 夜のレストランで何かが動く気配がする。そう言えば明日は月食か。少し話題になっているみたいだ』


 日記はそこで終わっている。

「黒い、鏡? まさかそれを探しているのか?」

「ち、違う! 探しているのはカレンダーだよ!」

「………カレンダー?」

「い、いや、なんでもいいんだ! 日付が分かる物なら何でもいいんだ!」

「日付なら新聞とか、………ちょっと待ってろ。他の部屋にカレンダーくらいあるだろ。でも、なんでだ?」

「違うんだ。今年の四月十五日に月食なんて無かったんだ! 間違い無いんだ!」

「………え?」

 冷や汗が伝う。

 俺も何処かに日付の記されている物は無いかと探し始める。

 今年じゃない?

 じゃあいつの話なのだ?

 ここにはまるでついさっきまで人が居たかのような痕跡が残っているのだと言うのに?

 冷蔵庫の中身も、洗濯物も。部屋の中には埃だって積もっていない。

 日付。

 普通なら生活空間に一つくらいはある筈のそれは、どこを探しても存在しない。

 まるで、そんな物はこの場所では意味を持たないと言っているかのように。

 俺は探す場所をレストランの方に変えた。

 だが。

 俺は失念していたのだ。

 そちらには、別の物が存在した。

 客席の半ばの壁にかけられた、小さな楕円形の鏡。

 薄暗い場所なのに、なお黒い鏡面を持つ。その不可思議な代物を。

 そして、異変は起きた。

 小さな黒い鏡面が突然風船が膨らむように盛り上がり、床にべちゃりと落下する。

 それはどろりどろりと絶え間なく零れ落ち、べちゃりべちゃりと床に落ちて広がっていく。

 泡立つような粘液が支配領域を刻一刻と拡大させていく。

 異様な光景に、俺の脚は全く動かなかった。

 見てはならない、狂った世界の情景だと言うのに、俺の身体はピクリとも動かないのだ。

 やがて、それらに変化が起きる。

 眼が、口が、耳が、臓器のような器官が、骨が、腕が、無秩序に表面に浮き上がる。

 それらは無秩序でありながら明確な意志を示した。

 眼は獲物を見据え、耳は他の生き物の音を拾い、そして口は、無数の口は、或いは口ではない別の想像もつかない器官が、歓喜の歌を奏で上げる。

 獣の唸り声のような、虫の羽音のような、鳥のさえずりのような、しかしどれにも属さない魔性の鳴き声がこの家を包み込んだ。


 テケリ・リ! テケリ・リ! テケリ・リ! テケリ・リ!


 後ろから悲鳴が聞こえた。

 それで俺の意識は戻った。

 あいつも何かを見たのか、それとも同じものを見たのか。

 何かが外に駆け出して行く音が聴こえ、俺もそれに続いた。

 だが、あいつは俺を置いて車を発車させてしまった。


 テケリ・リ! テケリ・リ! テケリ・リ! テケリ・リ!


 蠢いている。獲物に追いすがろうとおぞましい塊が動いている。

 浮き上がった無数の目が俺を見据えている。

 無数の口が涎を零している。

 多関節の指が蠢いてる。

 消化器官が酸を垂れ流している。

 俺は家を飛び出して夜道を逃げた。

 止まる事無く、無我夢中で、奇声を上げながら走った。


 気が付いた時、俺は群馬県内の病院にいた。

 警察が保護した時はボロボロの服に靴も履かない状態で、まともな受け答えができないほど憔悴した有様だったと言う。

 意識を取り戻した後に俺は自分の事と連絡先を教え、数日後に親と共に退院した。

 事件性のある何かを疑われたが、俺は見た物を正直に話す事は出来ず、何も知らないと言った。

 だが。

 この話は、奇妙な形で終わる事になる。


3 真夏の夜の夢


 俺は、幾つか不明な状況に置かれた。

 俺とドライブ旅行に行ったあいつの事を知る者は誰もいなかったのだ。

 行方、ではない。

 始めからそんな男は居ないと、誰に訊いてもそう答えられた。

 次にあいつと宿泊したはずの旅館でも、俺たちが泊まったと言う記録は無かった。

 そして、あの夜に遭遇した高速道路の事故。

 あれだけ大きな事故が起きていれば、新聞記事にしてもどこかに記録されている筈なのに、そう言った事実は何も無かった。

 インターチェンジで降りた先にあったドライブインなんてどこにも無い。

 あの時見た幾つかの自販機は、何十年も前に製造され、今はほとんどが消滅したフード自販機であると言う事も知った。

 保護されたらしい場所の周辺には、あの夜に訪れたような場所は無く、結局俺は自分自身に何が起きたのかを理解する事ができなかった。

 やがて、俺自身も変な夢でも見たのだと思い始めた頃。

 群馬県警から連絡が来た。

 俺の荷物が見つかったのである。


 それは、あの夜に車に積んだままあいつが持ち逃げした物だった。

 群馬県の山中。ガードレールを突き破って崖に転落している車を発見し、引き上げした結果、俺の身許を示す物が入った荷物が出てきたのだと言う。

 しかし、運転席には何も無く、まるで無人の車が転落したかのような状態だったらしい。

 警察は車を照合したが、何故かデータに登録された物ではなく、違法な代物ではないかと言っていた。

 例えば、麻薬を運搬するような行為に使用されていたのでは、と疑っていたらしい。

 俺が荷物を受け取りに出向いた時もそんな感じで質問されたが、もちろん俺にだって答えられない。

 そう言えば、この車に麻薬の匂いが無いか麻薬犬に嗅がせてみたらしいのだが、犬は泣き叫んで逃げ出したらしい。


 これで、俺の奇妙な体験は終わりである。

 あの夜に俺が体験した事を示す方法はどこにも無く。

 そして、この場所が果たして俺が居た場所なのかもまた、不明なままなのである。

  

 

 

 

 


一度は使ってみたい神話フレーズ。テケリ・リ! テケリ・リ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ