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番外編  アパートの七夕

 前半はほのぼの、後半はややシリアスになってます。

「今日が何の日かわかる人?」

 開口一番にリョーヘイは喫茶店『黒猫』に集まったアパートの住人達に質問した。

 営業時間はとっくに過ぎて、明日の営業準備も終えている。

「はいはーい!七夕だろ!」

 雨は元気よく手を上げ、テーブルから身を乗り出す。

「うるさいわね。そんなことで得意になるなんてバカみたいよ?」

「雲だって今日を楽しみにしてたじゃん!」

「た、楽しみになんてしてないわよ!私がこんな子どもっぽい行事を楽しみにするわけがないでしょ!」

 雲は顔を赤くして声を荒らげる。

「……嘘つき」

 雪が聞こえないような小さな声で呟いた。

「二人とも颯太くんが見てますよ?」

 晴の言葉に雨と雲は勢いよくリョーヘイの隣に座る颯太の方を向く。

 急に話を振られ、颯太は困ったようにリョーヘイを見上げた。

「颯太は二人が喧嘩してるのを見てどう思ったの?」

 颯太は少し考えるそぶりを見せてから口を開く。

「すこしさびしかった。だからいつもみたいになかよくしてほしいなあ……」

 少し俯いて悲しそうな顔をする。

「颯太の前で喧嘩なんてするわけないでしょ!?そうよね、雨!」

「当たり前だろ!うちらはいつでも仲良しだよな、雲!」

 弟分の颯太にいいところを見せようと、二人は仲良しアピールを始めた。

「そうなんだ。かんちがいしてごめんね?雨おねえちゃん、雲おねえちゃん」

 途端に颯太は花が咲いたような笑顔を見せる。

「……お姉ちゃん」

 他のアパートの住人から絶対にいわれない呼称に二人揃って恍惚とした表情を浮かべる。

 二人の頭の中にはすでに先ほどの喧嘩のことなどみじんもない。

 全て颯太の計画通りなのだが、二人も他の住人も気づいていなかった。

 唯一気づいたリョーヘイは賢過ぎる颯太の将来を案じたが、『うちの颯太くんが悪いことするわけがない』と親馬鹿っぷりを見せ、気づかなかったことにする。

「それでなんで俺達が集められたんだ?七夕だから短冊に願い事を書いて笹に吊るすのか?」

 それまで六人のやり取りを見ていた千秋が口を開く。

 彼らの目の前には色とりどりの短冊とペンが箱に入っていた。

「そうだよ。たまにはこういうのもいいんじゃないかって思ってね」

 店主の猫が人数分の飲み物とクッキーを乗せたお盆と共にキッチンから現れた。

「僕も手伝います」

 椅子からリョーヘイが立ち上がる。

「僕も手伝うよ」

 新も立ち上がり、二人で一緒に飲み物を配った。

「ありがとう。助かるよ」

 全員に飲み物が行き渡ったところで、本題に戻る。

「発案者は久遠さんですか?」

 “あの人”がいないことに恐怖を感じながらヴェルは猫に聞く。

「そうだよ。フェイトは今短冊を飾る笹を貰いにいっているからしばらくは戻ってこないはずだよ」

 あの人ことフェイトがいないと聞くやいなや、ヴェルは大きな安堵の溜め息を吐き、肩の力を抜いた。

 事情を知る猫はヴェルに対して同情すると共に、ここまでのトラウマを植えつけたフェイトが来た時のことを考えて苦笑する。

「久遠さんはあっちで七夕をするんですか?」

 久遠さんは現在本社のニューヨークにいるはずである。

「いやまた抜け出したらしくて今はエジプトにいるらしいよ」

「なんでまたエジプトなんだ?」

「ピラミッドかスフィンクスが見たくなったんじゃない?」

 雲の一言に皆が納得した。

 理由は久遠ならやりかねないから。

「それより早く願いごと書かねえと今日が終わっちまう!」

 雨の一言で今日集まった理由を思い出す。

「それもそうだな。じゃあそれぞれ好きな色の短冊とペンをとって願いごとを書いていこうぜ」

 千秋の提案で年齢の低い順に選んでいった。

「短冊に願いごとを書くなんて久々ですね。灯火くんは書いたことあります?」

「初めて書くから何を書いたらいいのかわからないよ」

「そんなの簡単ですよ!今一番叶えたい願いごとを書いたらいいんです!」 

「今一番叶えたい願いごとか……」

「願いごとは他力本願ではなくて自分で努力出来るものでないと叶わないらしいぞ。お前の願い事は問題ないと思うが」

「え?そうなの!?って僕の願いごとがヴェルにはわかるの?」

「聖生とこ」

「うわぁああああ!み、皆の前で何をいうんだよ!ヴェルのバカ!」

 灯火は慌ててヴェルの口を塞いで大声で叫んだ。

 その顔は赤く染まっている。

 その様子を皆が生暖かい目で見ていた。

「俺の願いごとはこれしかねーかい!」

「日向様ノ願イハ今モ昔モ『世界一ノロボット工学ノ博士ニナルコト』デスネ」

「なん勝手に見ちょっとか!?」

「私ノ願イゴトハモチロン日向様ノ側ニイテ力ニナルコトデス」

「今はそげんこつ聞いちょらん!」

 それからも日向の怒りは続く。

 自由も神妙な顔で頷いているが全く反省していない。

「颯太くんは何をお願いした?」

「ぼくは『たくさん勉強してリョーヘイの手伝いが出来る人になりたい』ってお願いしたよ」 

 健気さと輝かしい笑顔がリョーヘイの心を射抜き、彼は机に突っ伏した。

 颯太がリョーヘイの奇行を心配するが片手で大丈夫だと伝える。

 これでもかと頬が緩んでいるのを颯太にだけは見られたくなかったのだ。

「リョーヘイのお願いは何?」

「『颯太くんが元気で幸せに暮らせますように』って願ったよ」

 数秒後、リョーヘイは何事もなかったかのように復活した。

「ぼくだけじゃだめだよ。リョーヘイも元気で幸せに暮らせないと幸せになんてなれないよ」

 しかし颯太の二撃目に再び机に伏せったのだった。

「うちの願いは『サッカー選手になること』だ!雲は?」

「私の願いごとは『お父さんよりもすごい会社の女社長になること』よ!」

「私は……『獣医になること』……」

「私は『お花屋さんになっていろんな人を笑顔にしたい』です」

「皆素敵な願いごとだねっ!未来は『猫さんみたいに優しくてトマみたいに強い人になりたい』っ!」

 夢を語り合う姿は皆キラキラしていて微笑ましい。

「アキはなにを願ったの?」

「俺は『もっとたくさんの人に俺の歌を聞いてもらう』だな!世界中を虜にしてやりてえんだ!新は?」

 千秋ははにかむように笑った。

「僕は『一生アキの隣にいられますよう』って。これから大変なことがたくさんあると思うけど、そういうのを二人で乗り越えて行きたいんだ」

「お前もたまにはまともなことをいうんだな」

「アキは僕を何だと思ってるの!?」

 千秋は即答した。

「変態野朗」

「ひどい!?そんな風に思ってたんだ!?」

 新は大げさに泣き真似を始めた。

「こんな俺のことが好きなんていうのはお前しかいねえよ。だからこれからも頼むぜ?」

「不意打ちはずるいよ」

 新は真っ赤な顔で千秋を睨むことしかできなかった。

 いつもとは違う二人は互いに笑いあった。

「『世界平和』ですか?ヴェルにしては大きく出ましたね」

 いつの間に現れたフェイトは背後からヴェルの耳元に囁くようにつぶやいた。

「うわぁああああ!?」

 ヴェルは灯火と比べ物にならないほど声を上げて驚いた。

「まあ天使らしい願いごとですね」

 フェイトは悪戯が成功し、満足げな笑みを浮かべる。

 ヴェルには悪魔の笑みにしか見えなかったが。

「そういうフェイトさんはなにを願ったんですか?」

 ヴェルはこっそりとフェイトから距離をとる。

「私も『世界平和』ですよ。この世界は嫌いではありませんから」

 フェイトはどこか遠くを見ながらそういった。

「フェイト、頼んでいた笹はあったかい?」

「ええ。商店街の方が小さくて置き場がないからと一つくださいました」

 三十センチほどのそれは住人達の願いごとを飾るには十分な大きさがあった。

「ありがとう。さっそく飾ろうか」

 猫の声を合図に思い思いの場所に短冊を吊るしていく。

 ついでに作った飾りもつければ立派な七夕飾りになった。

「すごいっ!すごいっ!小さいけど商店街とか大きな七夕飾りみたいに素敵っ!」

「私が作ったんだから当然よ」

「雲だけじゃねえよ!うちも手伝った!」

「……皆の……おかげ……」

「そうですね。皆の力を合わせたからこんなに素敵な物になったんですよね」

「リョーヘイ、みんなでいっしょにするって楽しいんだね!来年もできるかな?」

「そうだね。きっとできるよ」 

「結局、灯火くんはなんて願ったんですか?」

「え?えーとっ、ぼ、僕の願いより清水はなんて願ったの?」

 清水はにやりと笑って灯火に耳をよせてささやいた。

「私は『灯火くんと家族になれますように』って願いました」

「あ、え、そ、え?」

 灯火は首から上を赤く染めて背中から倒れた。

「灯火くん!?」

 予想以上の反応に清水は慌てて抱き起こす。

 しかし見た目よりも筋肉質な灯火を一人では起き上がらせることもできない。

 ヴェルが呆れた顔をして、手伝った。

「灯火が倒れたので先に帰ります。おやすみなさい」

「皆さんおやすみなさい!」

 灯火は目覚めず、ヴェルと清水に支えられて帰って行った。

 それを機に他の住人も帰ることになった。

「猫、おやすみ!またな!」

「今日は楽しかったわよ。……ありがとう」

「……バイバイ」

「いい思い出になりました。ありがとうございます」

「場所を貸していただいてありがとうございます」

「楽しかったです。また来年も皆でやりたいです!」

「日向様モ楽シマレテマシタ。誘ッテクダサッテアリガトウゴザイマス」

「そういうこといわんでいっちょるやろ!」

「七夕なんて久々だったから楽しかったっす!またやりましょう!」

「僕もアキと一緒に七夕できて幸せです!次回も呼んでくださいね!」

「私も帰りますよ。明日も朝早いですから」

 猫は次々と笑顔で去っていく姿を見送った。

 ポツリ一人残され、さっきまでの賑やかさが嘘のようだ。

 片付けをする猫の耳に扉の開く音が聞こえた。

「わりい。遅くなった。他の奴らは……もう帰ったのか」

 トマは店内を見渡してカウンターのいつもの席に座った。

「そうだね。いくら近いとはいえもう遅い時間だから危険だよ」

 猫はアイスコーヒーを淹れ、トマの前に差し出した。

「そういえば今日は七夕か。お前なら魔法で願いことを叶えられるんじゃねえか?」

 トマは礼をいってコーヒーを受け取り口をつけた。

「魔法で叶えられない願いもあるんだよ」

「ならお前の願いはなんだ?」

「私の願いは『皆が幸せであること』だね」

「皆の中にお前は入っているのか?」

「トマの願いはなんだい?」

「俺の願いは知ってんだろ?」

「さあ?想像もつかないな」

 猫はわざとらしく肩をすくめた。

「お前が自分の幸せを願わない限り願いは叶わねえよ」

 トマは一息で残りのコーヒーを飲み干した。

「ごちそうさん」

 コーヒー代を置いてトマは立ち上がり、そのまま帰って行った。

 いつの間に書いたのか、カウンターには短冊が一つ置いてあった。

 それを拾い上げて、猫は本音を漏らす。

「叶わないのはどちらの願いだろうね」

 猫の表情は長すぎる前髪に隠れて見えなかった。

 久々の更新になりました。


 今回は時間に間に合いました(笑)

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