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番外編  喫茶店の魔法使い  その4

 一年に一度の登城の日。

 当たり前のような顔をしてトマは魔女を迎えに来ていた。

「お前のエスコートは俺だけの特権だな」

「くだないことをいっている暇があるなら早く城へ向かえ」

「相変わらずつれないな」

 同行する騎士達は親しげに会話をする二人を信じられない思いで見ていた。

 片や一夜で国を滅ぼすといわれ恐れられている深淵の魔女。

 片やこの国一番といわれるほどの剣の腕を持つ騎士。

 接点などあるはずのない二人がまるで長年連れ添った夫婦のような雰囲気を見せているのだ。

 噂は本当だったのかと誰もが思った。

 王城に広まっている噂とは『トマが深淵の魔女に一目惚れをし、休暇の度に森に通っている』という者だ。

 真実でもあり、トマの狙い通りでもあったが、恋愛ごとに疎い魔女は興味もないため何も気づかない。

 例年通り王城の客室に通された。

 ここで一泊してから翌朝、謁見の間で占いをするのだ。

「いつまでついてくるつもりだ?」

 魔女は当然のように入室してきた騎士を睨む。

 いくら相手が深淵の魔女とはいえ、女一人の部屋へノックもなしに入るのは非常識なことだ。

「俺とお前の仲なら何も問題ないだろう?」

 トマはにやりと笑って二人がけソファに腰を下ろした。

 この部屋を出る気はないようだ。

 魔女はため息を一つ吐いて、テーブルを挟んで向かいに座る。

 トマは顔をしかめたが何もいわなかった。

「確かに私と貴様が恋仲になるなど誰も思わぬだろう」

 事実を述べるだけの口調にトマはますます顔をしかめた。

 出会ってからすでに十数年が経っているが、トマの恋心は未だに魔女には届かない。

 やるせない思いに彼はソファの背もたれに体を預けた。

 魔女はその姿を見て疲れていたから部屋を出ていかなかったのかと思ったのだった。

 魔法で全てが解決する魔女は女としての危機感が致命的なほどない。

 今まで無事でいられたのは野生の勘のおかげであった。

 魔女は魔法で作り出した特殊空間にしまっていた、盾になりそうなほど分厚い魔導書を取り出して読み始めた。

 部屋の中は彼女が魔導書をめくる音しかしない。

 トマは魔女が彼を害する者でないと信頼してくれているとわかるこの音がなかなか気に入っていた。

 静かな部屋にドアをノックする音が聞こえた。

 魔女は魔導書を閉じて特殊空間にしまった。

「リコレット王女様が深淵の魔女様にお話したいとおっしゃられております」

 侍女が魔女に王女の入室許可を求める。

 リコレット王女は王の末娘で一目見ただけで魅了する美貌を持つといわれる女だった。  

 その可愛さゆえに甘やかされて育ったせいか少々わがままな娘らしい。

 年は確か今年で十八歳だったか。

 ちょうど結婚適齢期である。

 何か引っかかるものがあったが、魔女は入室を許可した。

 元よりここは魔女の家ではない。

 断る権利など初めからあってないものだ。

 二人は椅子から立ち上がり、王女の突然な訪問を出迎えた。

「初めてお会いお会いします。わたしくのはリコレット・クリコ・マーブル・フランシェルと申します。深淵の魔女様とお会いできて光栄ですわ」

 リコレット王女は確かに美しかった。

 アーモンド型の大きな瞳は澄んだ空のように青く、形良い唇はコクリコを思わせる鮮やかな赤色、高級磁器よりも白い肌に、緩やかに波打つ髪は金色の絹糸のようになめらかな艶がある。

 微笑めば花のような香りと雰囲気が辺りに広がる。

 噂通りの美しさだったが、トマの心には響かない。

 トマはもう魔女しか眼中にないのだ。

 しかし王女はそうでなかった。

 王女は王や人食いの魔女達からまるで洗脳するかのようにいい含められ、トマを運命の相手と信じきっていた。

「くだらぬ世辞はいい。要件はなんだ?」

 魔女は面倒そうに話の先を聞く。

「では遠慮なくいわせていただきますわ」

 王女はトマをちらりと見た。

 トマは嫌な予感がして、止めさせようとするが王女の方が早かった。

「わたくし、トマ様と結婚いたしますの。ですので、あまりトマ様に関わらないでいただけます?」

 魔女は絶句し、トマに視線を送る。

 トマは眉をひそめて王女を睨んだ。

 王族に対する態度ではないが、心境を考えると無理もないことだろう。

 親の敵を見るような視線に王女の顔から笑みが消え、今にも泣き出しそうな顔をする。

 不穏な雰囲気を察した王女付きの侍女は王女に退室をするように耳打ちした。

「い、いいたいことはいわせていただいたのでわたくしは失礼しますわ」

 王女はそういい残して、逃げるように部屋を後にした。

 部屋に残された二人の間に沈黙が漂う。 

 最初に口を開いたのは魔女だった。

「……今の話は事実か?」

 淡々とした感情のない声にトマは慌てて弁明する。

「違う!確かにそういう話はあったが、はっきりと断ったぞ!」

 魔女は表情をゆるめ、くつくつと笑う。

「だろうな。貴様が誠実な男であることは私が一番知っている」

 その言葉にトマは思いの一部でも伝わっているのかと期待をした。

「貴様が結婚する時には必ず私に紹介するはずだからな」

 だが続く言葉に期待は打ち砕かれた。

 魔女にとってトマは友人のような存在らしい。

「俺が結婚したいのはこの世でただ一人」

 トマは魔女の側に跪き、左手をとった。

 見上げる双眸は魔女を捉えて離さない。

 浮かぶ熱は初めて会った時と変わらず、いやより強くなっている。

「深淵の魔女。俺はお前だけがほしい」

 トマは指輪代わりに魔女の薬指へ触れるだけのキスを落とした。

 魔女は心臓が高鳴り、顔が林檎よりも赤く染まり、体中が熱を持った。

 甘く痺れるような感覚もある。

 それらをいやと感じることはなかった。

 むず痒くもあるが心地よいとも感じる。

 今まで感じたことのない感覚に魔女は戸惑った。

「俺の愛を受け取ってくれないか?」

 トマはすがるように魔女へいった。

 だが魔女は答えられなかった。

 謁見の間に来るように従者が知らせに来たからだ。

 予定外の謁見に二人揃って、不信感をつのらせた。

 素早く身だしなみを整え、謁見の間へ足を踏み入れた。

 謁見の間には王を始めとした国の重鎮が揃っていた。

 魔女のその中にいた一人に目を奪われた。

 噂にしか聞いたことがなかったが、魔力を見れば一目でわかる。

 なぜこの国に『人食いの魔女』がいる?

「深淵の魔女よ、よくも今まで裏切ってくれたものだな。そこの騎士を使い、国を滅ぼそうとした罪は重い!」

 王は怒りをにじませて魔女を糾弾した。

 覚えのない罪に魔女は証拠を求めた。

「そこにいる『時の魔女』がお主が歪めた正しき未来を告げたのだ!」

 魔女は目を見開き、人食いの魔女を見た。

 『魔女』の二つ名はそれぞれの魔女につけられた唯一無二のものだ。

 似た名はあるが、同じものは一つとしてない。

 さらに魔女は時の魔女に会ったことがあり、時の魔女が仕えていた国が滅びたという噂も耳にしている。

 とても偶然とは思えない。

 魔女は人食いの魔女の目的に気づいてしまった。

 人食いの魔女の目的はこの国を滅ぼし、“深淵の魔女を食うこと”だと。

 どんな弁明ももはや無意味。

 人食いの魔女によってこの国の者は全て彼女の下僕になっている。

 だから魔女は人食いの魔女の狙い通り笑っていってやった。

「ああ、そうだ!私はこの国を滅ぼすためそこの騎士を利用した!人間ごときが私を裁けるというならやってみるがいい!」

 魔女は知っていた。

 人食いの魔女に逆らえば逆らうほど被害が大きくなることを。

 そして今ならば魔女が死ぬだけで国は滅ぼされないことを。

 偽りの自白を王は真に受け、控えていた騎士達に捕えるように命じた。

 トマが魔女の無実を叫ぶも、魔法に魅せられているせいだと誰にも取り合ってもえずに、騎士達に取り押さえられた。

 魔女は抵抗せずに受け入れ、王城の奥深く重罪人用の厳重な牢に閉じこめられた。




 石畳みに鉄格子、窓が一つもないため淀んだ空気しかない。

 両手足には強力な魔封じの拘束具がついていた。

 魔女は何もせず、床に横になっていた。

 廊下に響く足音が牢に近づき、前で立ち止まる。

「ごきげんよう。深淵の魔女様」 

 やって来たのは人食いの魔女だった。

 魔女はゆるりと目を開ける。

 数日も食事を抜かれたせいで頬はこけ、顔色も悪い。

 衰弱していっているのが見て取れた。

「要件はなんだ?」

 水すら渡されないせいで声はかすれていた。

「衰弱するあなたを見に来ましたの。普通の魔女ならとっくに死んでいますのにまだ生きてますのね」

 人食いの魔女はにこにこと魔女を観察する。

「私の力がほしければくれてやる。だが幸せになるとは限らないぞ」

「どういう意味です?」

 人食いの魔女は眉をひそめた。

 魔女はにやりと笑うという。

「力は災いを生む。災いは争いを生み、貴様の大事なものを殺すだろう」

「私を脅すつもりですか?」

「いや。ただの事実だ」

 魔女は首を振って否定した。

 人食いの魔女はますます眉をひそめた。

「私にはわかりませんわ」

「だろうな。だがいつか必ずわかる日が来る。そして後悔することになる」 

「それはあなただったからではなくて?私はそんなヘマはしませんわ」

「そうかもしれないな」

 魔女は死を目の前にして穏やかに笑い続ける。

 まるでその日を待ちわびていたかのように。

「つまらない話を感謝しますわ」

 人食いの魔女は魔女に背を向け、その場を立ち去る。

 途中で思い返したように振り返った。

「あなたの騎士は無実を訴えて投獄されましたわ」

 魔女はそこで始めて動揺した。

 人食いの魔女はイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべ、今度こそ立ち去った。



「牢に入れられたと聞いて来てみれば、本当だったとはな」

「なんで魔女がここに?」

 会いたいと思っていた女との予期せぬ再会に戸惑うも喜びが勝った。

「理由が必要か?」

「相変わらずお前は辛辣だな。まあそういうところも好きなんだがな」

「貴様に罵られて喜ぶ趣味があるとは初耳だな」

「んな趣味ねえよ。お前の辛辣な言葉はわかりにくいが全部俺を心配していってくれてるってわかるから嬉しくなんだよ」

「貴様の頭は都合よくできているのだな」

 トマは手足を拘束されているため、愛おしいような者を見るように頬を緩ませることしかできなかった。 

 魔女の決意が揺らぐ。

 そんな顔を私に向けるな。

 私はお前にそんな顔を向けられるような存在じゃない。

 魔女の心の声が誰にも届かない。

「何を勘違いしている?貴様など助ける価値もない。ただ一言忠告しに来ただけだ」

 トマが何かいう前に魔女は言葉を続ける。

 いえなくなる前にいわなくてはならない。

 これが最後の言葉になるのだから。

「どういう意味だ?」

 トマの顔が険しい物へと変わる。

 少し間を空けて魔女は告げた。

「これ以上私の邪魔をするな」

 それは忠告という名の懇願だ。

 魔女はもう誰かを傷つけることも、人生を奪いたくもなかった。

「嫌だ!俺はこの国からお前を救いたい!いや救うと決めた!だから」

「笑わせるな。貴様ごときが私を救うだと?寝言は寝ていうのだな。私は『深淵の魔女』だ。救いなど求めていない。この処刑も私が望んだ物だ。いい加減生きることにも飽きていた。ああ、私と共にこの国を呪い殺してやるのも一興だな」

 にやりと残酷な魔女の顔を見せるとトマは目を見開いた。

 そう、それでいい。

 私はトマには釣り合わない存在なのだ。

 魔女は心にフタをしてトマから離れることを決めた。

「せっかくの機会だからいっておこう。私は貴様を心底嫌悪していた。それはもう二度と顔を見たくないほどにな」

 トマが辛そうに顔を歪める。

 また私は彼を傷つけてしまった。

 胸の奥を巨大な氷柱で貫かれたかのような痛みが走る。

 それでも私はいわなくてはならない。

 彼が私を嫌いになるように。

 魔女は仮面をつけて続ける。

「貴様をこの手で殺せなくて残念だ」

 そういい残して魔女はトマの前から転移魔法を使い、自分へ与えられた牢屋に戻った。

 一人だけの冷たい場所で胸の痛みを押し殺して笑う。

 狂ったように笑い続ける。

 誰かを愛するということがこんなにも辛いことだとは思わなかった。

 だが不思議と後悔はない。

 ただあるのは痛みと悲しみとトマの幸せを願う気持ちだ。

 国民に親しまれる王女の婚約者を横から奪う、悪逆非道な魔女は民衆どもの前で処刑がお似合いだろう?

 そう自分にいい聞かせなければ、自分が壊れてしまいそうだった。

 乾いた笑い声が明け方まで牢屋に響いた。




 街の中央広場の高台に立てられた十字架に体を縛られ、国家大罪人として無様な姿が民衆に晒される。

 足元には燃えやすい薪や藁が大量に人一人殺すには十分すぎる程置かれている。

 どうやら陛下達は魔女を確実に殺したいようだ。

 魔法が使えない私などそこらの女と変わらぬというのにご苦労なことだ。

 空は青く澄み、遠くまで見渡せた。

「最後にいうことはないか?」

 片手に松明を持つ騎士が尋ねてきた。

 その目に浮かぶのは敵愾心(てきがいしん)だけだ。

 仮に私がここで泣き叫んだところで、誰も助けには来ない。

 いたずらに王女や人食いの魔女を喜ばせるだけだ。 

 だからは魔女は毅然とした態度でいい放つ。

「貴様らごときにいうことなどない」

 死ぬことは怖くない。

 死は生きる物の定めだ。

 それは例え王であっても避けられない。 

 遠く塔の頂しか見えない城にいるトマに思いを馳せる。

 私が死んだと知ったら、彼は何を思うのだろう。

 バカな女だと笑ってくれるといい。

 トマの悲しむ姿など一度たりとも見たくはない。

『トマ、幸せになれ』

 自然とそう思えたのは彼がくれた時間のおかげだろう。

 彼と過ごした時間は魔女に人の温もりを思い出させてくれた。 

 私はもう十分なほど幸せだ。

 だから次はトマ。お前が幸せになってくれ。

 今までありがとう。

 嫌悪していたなど嘘だ。

 私はずっとお前を愛していた。

 意思とは無関係に頬を一筋の温かいものが流れる。

 騎士が動き、手に持つ松明を魔女の足元へと近づける。

 魔女は全てを受け入れ、目を閉じた。

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