番外編 颯太の気持ち
リョーヘイに引き取られた颯太のその後の話。
学校が終わってクラスメイト達と一緒に家まで帰る。
リョーヘイと一緒に住むことになって、ぼくの生活は大きく変わった。
まず前まで通っていた小学校も遠いからって別の学校に転校になった。
またクラスメイト達にいじめられて、リョーヘイが心配すると思っていたけど、実際に通ってみたら違った。
みんな誰もぼくのことを変だっていわないし、遊びの仲間にも入れてくれる。
先生も間違ってるところを教えたらありがとうっていってくれた。
だからあんなに嫌だった学校が好きになった。
「そーた、ばいばい!」
「また明日ねー」
家が近いクラスメイト達といつもの分かれ道で別れの挨拶をする。
ここからアパートまではもうすぐだ。
ちょっと駆け足で102号室の扉を開けた。
「ただいま!」
部屋の奥まで聞こえるように声をかけると優しい声が返ってくる。
「おかえり」
少し間があってリョーヘイが顔を見せてくれる。
これも大きく変わったことの一つ。
リョーヘイは家にいる時、ちゃんと返事をしてくれる。
逆のことも多いけど、ただいまをいって返事があるとこんなにうれしいなんてここ五年くらい忘れてた。
玄関で靴を脱いで、部屋に上がって、手洗いうがいする。
リョーヘイは一つしかない背の低いテーブルの前に座っていた。
テーブルの上にはノートパソコンが乗っている。
今日、リョーヘイは大学もバイトも休みで執筆(お仕事)をしていたみたいだ。
ランドセルを部屋の隅に置いて、一緒にパソコンを覗きこむ。
新しい小説は推理小説みたい。
難しい漢字が多くて話がよくわからない。
もうちょっと漢字の勉強しないといけいない。
真剣にパソコンを見るぼくの頭をリョーヘイは一撫でして立ち上がる。
子ども扱いされるのはもうはずかしいけど、撫でられるのはうれしくて気持ちいいからやめてっていえない。
なんとなくリョーヘイを視線で追っているとキッチンに入って行った。
お湯を沸かす音と電子レンジで何かを温める音もする。
電子レンジの温め終わった音がして、リョーヘイはお盆を持って部屋に戻ってきた。
「ちょうどきりもいいし、おやつにしよう」
そういってリョーヘイがキッチンから持ってきたのはマグカップが二つと湯気の立つ肉まんだった。
小さい方と火傷しないようにキッチンペーパに包んだ肉まんをぼくに渡してくれる。
マグカップの中身はホットミルクだ。
小さいのはぼくで、リョーヘイとおそろいだ。
「ありがとう、リョーヘイ」
うれしくて笑顔でお礼をいう。
「どういたしまして」
それだけなのにリョーヘイはうれしそうに笑ってくれる。
リョーヘイはやさしくて、なにもできないぼくにいろんなことを教えてもくれる。
クラスのみんなに自慢したい兄のような存在だ。
おやつのあとかたづけはぼくの仕事。
これはぼくが頼んだこと。
リョーヘイはぼくからいわないとなにもお手伝いさせてくれない。
一緒に暮らしているんだからお手伝いするのはとうぜんだよね。
台に乗ってキッチンのシンクで使ったマグカップを洗って食器かごにいれる。
「ありがとう、颯太くん」
戻ってきたら、リョーヘイがパソコンから顔をあげて、頭を撫でてくれた。
リョーヘイはぼくの頭を撫でるのが好き。
なんでもぼくの髪がさらさらしててやわらかいから撫でてて気持ちいいんだって。
ぼくもうれしくてあたたかくて気持ちになれるから好きだよ、っていったらびっくりするくらい優しい顔をして笑ってくれた。
リョーヘイの表情は他の人よりもわかりにくいけど、その分だけ気持ちがつまっているんだと思う。
しばらく撫でられてから、リョーヘイはお仕事の続きを、ぼくは同じテーブルで宿題をする。
わからない問題を質問するとリョーヘイはいやな顔をせずに、丁寧に答えを教えてくれる。
前に千秋と新に聞いたんだけど、リョーヘイはすごく頭がいいんだって。
だから何を聞いてもたいていの答えは教えてくれる。
教えてくれなかったのはリョーヘイの家族のことくらい。
多分、それはぼくに教えたくないことなんだってわかったから一度聞いたきり。
ちょっとさびしかったけど、ぼくはこどもだからしょうがない。
でもいつか話してくれる日が来たらいいなあ。
お互いのことに集中してたら、チャイムが鳴った。
「颯太、遊ぼうぜー!」
「お邪魔するよ」
やって来たのは千秋と新。
この二人はリョーヘイの友達で、恋人同士。
すごく仲良しで二人でよくうちに来る。
「おー!また背が伸びたんじゃねえか?」
千秋はぼくの頭を撫でながらそういった。
リョーヘイとは違うちょっと乱暴な撫で方だけどあたたかいと思う。
「前に会ったのは一週間前だよ?そんな急に成長しないって」
新はおかしそうに笑う。
「いやいや小学生の成長をなめんなよ!一年で十センチ以上背が伸びる猛者がいるから!服なんてすぐに着られなくなるからな!」
え?小学生ってそんなに早く成長するの?
だったらリョーヘイにいっぱい服とか買ってもらわなきゃいけないの?
どうしよう。リョーヘイを困らせてしまう。
「アキ、颯太くんを困らせない。颯太くん、僕はそんなことで困らないからね」
リョーヘイは器用に片手でお盆を支えながら、机の上のノートパソコンを閉じて床に置く。
バイトのおかげかな?
ぼくも終わった宿題をランドセルの中にしまう。
リョーヘイは空いたスペースにマグカップを四つ置いた。
「颯太、ごめんな!困らせるつもりは悪かったんだ!」
千秋さんは深く頭を下げる。
「リョーヘイのいうように気にすることないよ。成長するのも子どもの仕事だしね」
成長するのも仕事なんだ!
「うん!わかった!たくさん勉強して好き嫌いしないで食べていっぱい眠って早く成長するよ!」
そういったら三人とも優しい顔になった。
なんでだろ?
「二人とも夕飯は?」
リョーヘイは時計を見て、二人に聞く。
そろそろご飯の準備をする時間だ。
「先生!ゴチになります!」
二人の声がぴったりと重なる。
リョーヘイは呆れたようにため息をついて「しょうがないなあ」っていって立ち上がった。
でも口調は少しうれしそうだったから態度ほどいやじゃないんだと思う。
「颯太くんは二人の相手をお願いしてもいい?」
ぼくもお手伝いしようと思ったけど、そうリョーヘイにいわれてしまった。
「え、でも……」
少しでもいいからお手伝いしたい。
ぼくのそんな気持ちは千秋のすてきな言葉で飛んでいく。
「そうだ!颯太にプレゼントがあんだよ!夕飯前に開けてみてくれるか?」
「喜んでくれるといいんだけど……?」
ぼくにプレゼントっ!?
二人は何度かぼくにプレゼントをくれた。
前は大きさのちがうブックカバー二つ。
今日はなにをくれるんだろう!
「じゃーん!今日はこれだ!」
千秋が紙袋から取り出したのはぼくのりょうてサイズよりも大きな箱。
「あけていい?」
二人がたてにうなずくのを見て、ぼくは箱をあけた。
中身はノートパソコンみたいな物だった。
「これなに?」
「これはな、電子辞書っていうんだ。漢字だけじゃなくて英語とかも調べられるすごい辞書だぞ!」
「これが電子辞書なんだ……」
お店で見たことはあったけど、使ったことは一度もない。
「でもそんなすごいものをぼくがもらってもいいの?」
電子辞書ってたしかとても高いものだった。
「二人で割り勘して買ったから大丈夫だよ。それよりも使ってみよう?」
三人で説明書を見ながら、ためしにとみんなのなまえを検索をしてみた。
「秋は英語で『fall』。新は『new』っていうんだね」
「そうだね。リョーヘイは『goodflat』になるのかな?」
「なんか英語でもめちゃくちゃ平和そうな名前だな」
三人で一緒に笑う。
やさしいリョーヘイに、ぴったりのなまえだ。
「盛り上がってるところ悪いけど夕飯ができたから机の上を開けてくれる?」
いつの間にかだいぶ時間がたっていた。
あわてて電子辞書を片付けて食器の準備をする。
千秋と新がよく来るから箸もお皿も四人分ちゃんとあるんだ。
今日の夕ご飯はすき焼きだ。
「ありがとう、颯太くん。よく噛んでたくさん食べてね」
リョーヘイはお皿に卵をといて、おかずも入れてくれた。
「リョーヘイもありがとう!リョーヘイのご飯はおいしいからたくさんたべられるよ!」
リョーヘイは頭がいいだけじゃなくて料理上手。
どんな料理でもおいしくていつも食べすぎちゃうんだ。
「ここに天使がいる……っ!」
「……ねえリョーヘイ」
「絶対に渡さないから。特に新には」
千秋は天使がみえるの?
あとなんの話かさっぱりわからないけど、新が落ちこんだ。
楽しい夕ご飯はあっという間で、食べ終わると二人とも家へ帰った。
同じアパートに住んでるけど、いなくなるとさびしくなる。
「また二人と一緒に食べようか」
「うん!楽しみにしてるね!」
その言葉にぼくはうれしくなって笑顔になる。
リョーヘイは本当にすごい。
ぼくの気持ちにすぐに気づいてくれる。
片付けをお手伝いして、いっしょにお風呂に入った。
最近は湯舟にアヒルのおもちゃを浮かべるのがたのしい。
お風呂から出て、歯磨きをして、明日の準備をしたらもうねむる時間。
「……リョーヘイ。いっしょねてもいい?」
別々の布団をしいておいていうことじゃないけど、なんとなくおなじ布団でねたかった。
「どうぞ」
でもやっぱりリョーヘイは優しくて、毛布を少し上げて、中に入れてくれた。
ぎゅっとリョーヘイの服をつかむ。
あたたかさをちかくで感じるとすごくおちつく。
あの日のパパとはちがう。
生きてる人の体温だ。
「そういえば颯太くんの将来の夢は何?お父さんみたいな記者?」
「ううん。ぼくは編集者になりたい!たくさん勉強してリョーヘイのお仕事の手伝いをするんだ!」
少し離れてリョーヘイの顔を見て、しっかり伝える。
リョーヘイは少し困ったような顔をする。
「……ありがとう。そういってくれるのは嬉しいよ。でもね、颯太くんは僕のことは気にしないで本当にやりたいことをしていいんだよ」
そういうリョーヘイがさびしそうに見えたのはぼくの気のせいじゃない。
「編集者になることも、リョーヘイのお手伝いをしたいのも全部ぼくのしたいことだよ!」
だって。
「ぼくはリョーヘイが大好きだから!」
頭をよく撫でてくれるし、やさしくて、ぼくのしらないことをなんでもしってて、器用で料理上手で、気持ちに気づいてくれる、寂しがりやさん。
そんなリョーヘイのことがぼくは大好きなんだ!
リョーヘイはびっくりした顔をしてから泣きそうな顔をしてぼくを抱きしめた。
なんでそんな顔をするの?
リョーヘイはずっとぼくといっしょはいや?
そう聞きたいけどこわくて聞けない。
「颯太くん、ありがとう。本当にありがとう。僕も颯太くんが大好きだよ」
泣いてるような声だったけど、リョーヘイは悲しんでなかった。
だからぼくも手をのばしてリョーヘイを抱きしめる。
「リョーヘイ、ぼくを見つけてくれてありがとう」
初めて会った日のことはざんねんだけど覚えてない。
どんな気持ちだったのかもしらない。
でもリョーヘイがぼくを見つけてくれたから今ここにぼくはいられる。
リョーヘイのおかげでぼくは今、しあわせなんだよ。
この気持ちが少しでもいいからリョーヘイに伝わるように。
ぼくはぎゅっとリョーヘイを抱きしめた。
癒しがほしくて書きました!
なのになぜかリョーヘイがでれっでれっになりました!
ですが何一つ後悔はありません!




