番外編 クリスマスイブの過ごし方 102号室 103号室と303号室 302号室
久しぶりの投稿です。
【102号室 小説家と天才少年の場合】
「リョーヘイくん、久しぶり〜。相変わらず寒がりだね。そんなに服着てて暑くない?」
出迎えてくれたのは書店員の都環紫だ。
ジーパンに長袖、制服のエプロン姿とラフな格好である。
「紫さんもお久しぶりです。これでも足りないくらいですよ」
軽く頭を下げて挨拶を返した。
紫とは今日のサイン会の打ち合わせで先週会ったばかりだ。
「リョーヘイくんらしいねー。そっちの子が話の子かな?なんだかほんとにリョーヘイくんの子供みたい。雰囲気とかチョー似てる。こうちゃんが見たらびっくりしそう」
リョーヘイの後ろに隠れるように立っていた颯太は少し顔を覗かせ、紫を見上げた。
「紫さんまでいうんですか。本当に違いますよ」
辺りを見渡して、真面目で少し世間知らずな上に、思い込みの激しい紫の恋人でもある友人の姿がないことに安堵する。
彼がこの場にいたら、きっと勘違いし、存在しない相手に責任と称して、結婚を強制させられていただろう。
考えるだけで恐ろしい。
「冗談だよー、冗談。それより今日はよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします。この子には静かにしているようにいい聞かせていますが、何かあればすぐにいってください」
「りょーかい。あ、自己紹介が遅くなってごめんね」
紫は颯太の顔の高さを合わせるようにしゃがみこんだ。
「初めまして。あたしの名前は都環紫。この本屋さんの店員で、今日はサイン会のスタッフとしてリョーヘイくんと一緒にお仕事するんだよ。あたしのことは紫って呼んでくれる?」
「……み、三神颯太です。今日はぼくのわがままをきいてくれてありがとうございます。紫さんたちのじゃまにならないようにしずかにしてます。えっと、どうかよろしくおねがいします」
「……ねえ、リョーヘイくん。今の言葉はいわせたわけじゃないよね?」
「違いますよ。颯太くんが考えていったんです。まだ小学校低学年ですが、かなり賢くて、千秋よりもしっかりしてますよ」
「そうなんだ。颯太くん、ちゃんと挨拶出来てえらいねー。颯太くんならいつでもサイン会を見に来ていいくらいだよ」
「紫さん、ありがとうございます」
颯太はふにゃりと嬉しそうな笑顔を見せた。
「チョー可愛いじゃん。後で二人の写メ撮っていい?」
「僕はいいですが、颯太くんは?」
振り返って颯太に意見を聞いた。
「ぼくとリョーヘイをとってくれるんですか?リョーヘイといっしょの写真はじめてとるからうれしいなあ」
颯太は照れながらも心の底から嬉しそうに笑った。
アパートの住人達を(無意識に)魅了した笑みに紫もすでに虜になっていた。
「なにこの子ー!チョー可愛いじゃん!連れて帰りたいよー」
デレデレになった紫は何枚も写真を撮った。
「紫さん、その写メを僕に送ってくれませんか?アキ達に自慢したいので」
「いいよ~。あたしもこうちゃんに自慢していい?」
「いいですけど誤解されないように気をつけてくださいね」
「確かにー。こうちゃんなら誤解しそう。気をつけるわー」
じゃあお二人にそろそろ仕事してもらおうかな、と紫は前置きをして二人をサイン会場へと案内した。
学校の教室ほどの大きさの会場は机とパイプ椅子しかなく、まだファンは誰もいない。
だが後数十分後には二百人近くのファンが来る予定になっている。
「打ち合わせ通りリョーヘイくんはファンの人の本にサインして、颯太くんはペンを渡したりしてね。最初は緊張するかもしれないけどリョーヘイくんのファンはいい人ばかりだからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
固い顔をしていた颯太の頭を紫は優しく笑って撫でる。
「はい!頑張ります!」
少しだけ緊張が解けたみたいで安心する。
サイン会は十四時から十六時までの予定だ。
サイン会は紫を始めとした書店員の誘導の元、三十分ほど時間がおしたがその他は何事もなく終わった。
ただ今回のサイン会で一番多かった質問が今回の執筆に関することではなく、『お子さんがいたんですか?』だった。
どうやら僕は思った以上に実年齢よりも老けて見えるらしい。
少しだけ落ちこみつつも表情には出さず、誤解を正した。
帰り間際に友人に会い、予想通り誤解され、さらに帰るのに時間がかかった。
この後にまさかあんな目に遭うとは、その時の僕は思ってもみなかった。
【103号室と303号室 ネット歌手と吸血鬼の場合】
今日のライブは今までのようにただ歌うだけではない。
僕と千秋が四月から本格的に二人組の歌手としてデビューすることを公表する場であった。
僕も昨日から緊張しているが、それ以上に千秋は緊張していた。
「アキ、緊張しすぎだよ」
さっきから千秋は貧乏揺すりをしたり、部屋をウロウロしたりと新しい家に来た猫のように落ち着きがない。
その姿も可愛いけどこのままでは上手く行くものもいかなくなる。
「うっせえな!大事なライブだから緊張するのは仕方ねえだろ!新は緊張しねえのかよ!」
心配して声をかけたのに、怒鳴られた。
緊張からくるやつ当りだとわかるけど、さすがに傷つく。
「アキがそれだけ緊張してると逆に緊張が解れてきちゃった」
昨日からこんな調子だ。
名前を呼ばれ、控え室から舞台袖に行く。
僕達の出番は最後でこのライブの締めだ。
手と足を一緒に動かす千秋についつい笑ってしまう。
舞台袖に着くと千秋は今まで以上に緊張していた。
そわそわと落ち着きなく周りを見ている。
「アキ」
優しい声で名前を呼ぶと不安で眉の下がった泣きそうな顔が新を見上げる。
いつもの強気な顔もいいけどこれはこれでぐっとくるものがあるな。
写真に収めたいけど怒られそうだし、手元にカメラがないから諦めよう。
代わりに千秋の不安を取り除こう。
「大丈夫だよ。僕も一緒についてるから」
千秋の前髪をかき上げて、小さな額にキスをした。
「こんな時に何してんだよ!」
がら空きだった鳩尾に拳が飛んできた。
とても痛いが同時にいつものように顔を赤くして僕を睨む千秋に安堵した。
「やっといつものアキに戻った。アキは明るく元気が一番だね。泣き顔なんて似合わないよ」
「泣いてねえよ。バーカ」
「でもありがとうな。ちょっと緊張が解れてた」
「どういたしまして」
僕達の曲が流れ出した。
リョーヘイが作詞した曲で、それは出番の合図でもあった。
「新」
ふいに千秋が立ち止まり、僕を見上げた。
「何、アキ?」
「いつも隣にいてくれてありがとうな。あとこれからもよろしく」
不意打ちの笑顔はいつもよりも数段と輝いていて、僕の目は千秋に釘付けになっていた。
「こちらこそ」
それだけをいうのが精いっぱいだった。
ああ、僕はやっぱり千秋が好きだ。
きっと僕は一生千秋だけしか愛せない。
この幸せをなんて表現したらいいんだろう。
僕は千秋の手を握ってステージに飛び出す。
振り返るとリハーサルと違う僕の行動に、千秋は驚いた顔していた。
安心するようににっこり笑いかけて、会場に視線を移す。
数千人の観客の視線が僕と千秋に向けられている。
でも、不思議と恐怖はなかった。
ステージの中央近くまできた。
惜しみながら手を離し、僕達は歌った。
千秋の歌声は初めてに聴いた日と同じ、いやそれ以上の物で、その隣に立って歌えた僕は今までにないほど満たされていた。
それは千秋も同じようで見たことのないほど楽しそうにのびのびと歌っている。
これからもずっと一緒だよ、千秋。
そう思いながら僕は歌った。
アンコールにも応え、ライブは大成功に終わった。
【302号室 見習い天使の場合】
「ヴェルさん、クリスマスイブにまで来てくださってありがとうございます」
「いえ。お礼をいわれるようなことではありません」
ヴェルは灯火と聖生の誘いを断り、馴染みの教会のボランティアに参加していた。
今回のボランティアは近くにある児童福祉施設のクリスマスパーティーの手伝いをすることだ。
二人は何かと一緒にいたがるが、正直ヴェルは嫌だった。
空気の読めないヴェルでさえも、二人の思春期の学生が付き合い始めたような甘酸っぱくいじらしい雰囲気にいたたまれなくなる。
むしろどうしてそれほど一緒にいたがるのか不思議でならない。
新とアキのように二人きりで過ごしたいとは思わないのだろうか?
いや新ほど過剰な反応は困るが。
準備もほとんど終わり、手持ち無沙汰になった。
ふと辺りを見渡すとパーティが楽しみなのか、子供達は皆笑顔で落ち着きがない。
だがよく見ると話に聞いていた子供の人数が一人少ない。
「二十五人と聞いていたのですが、一人いませんね。どなたかに引き取られたのですか?」
この施設には様々な事情で親と一緒に暮らせない子供たちが暮らしている。
そして子供たちは新しい家族に引き取れることがあるのだ。
「そうじゃないんです。あまり大きな声でいえないのですが、先月来たばかりの子がここに馴染めてないんです」
施設にすぐに馴染めない子どもは多い。
親に捨てられたと思い、自分を閉ざすのだ。
だが大抵の子が一、二か月もすればここを自分の家だと思うようになる。
「その子の名前は何というのですか?」
「健多朗くんです。今は自室で本を読んでいると思います」
名前からして多分男だろう。
「ありがとうございます」
「あの……どうするおつもりですか?」
健多朗の部屋へ向かおうとした俺に施設の職員の戸惑いがちに声をかけた。
「話をするだけです。今の私に出来るのはそれだけなので」
人の気持ちは魔法でもどうにも出来ないと俺は知っている。
職員はそれ以上何もいわなかった。
無駄だと思ったのかもしれないし、期待させてしまったのかもしれない。
どちらにしても俺は俺に出来ることをするだけだ。
教えてもらった部屋のドアをノックするも返事はなかった。
「健多朗くんというのは君ですか?」
目上の人と同じ口調で話しかけてみる。
この時気をつけるのは相手を怯えさせないように優しい声を出すことだ。
初対面で男の俺を怖がる子供は多い。
「あんた、誰?人に名前を聞く時は自分から名乗るもんじゃないの?」
意外なことにドア越しに返事があった。
実は素直な子なのかもしれない。
「失礼しました。私の名前はパーヴェル・アウリオンと申します。親しい者からはヴェルと呼ばれます」
「ふうん。変な名前。あんた外人なの?」
「いえ。どこの国の人間でもありません。天使です」
「はあ?あんた、俺が子供だからって馬鹿にしてんの?」
少しだけ苛立ったような声だ。
「事実です。証拠を見せましょうか?」
「その敬語うざい。フツーに喋ったら?」
「そうか。では遠慮なく」
敬語を止める許可をもらったので、遠慮なく止めた。
丁寧な口調は疲れる。
「あんた、喋り方で印象変わりすぎ」
「よくいわれる」
「変なやつ」
「それもよくいわれる」
「おばさんになんかいわれたの?」
おばさんというのは多分、職員のことだろう。
「なんかとは?」
「みんなと仲良くしろとか、この生活にもその内慣れるとかさ」
健多朗は嫌そうな声だ。
「いや何もいわれていない」
「じゃあなんであんたはここにいるの?」
心底不思議そうな声が返ってくる。
「特に理由はないがここに来ては迷惑だったか?」
「……別に。好きにすれば」
「本を読んでいると聞いたが何を読んでいるんだ?」
「なんでもいいでしょ。あんたには関係ない」
素っ気ない返事だ。
やはり人と仲良くなるというのは難しい。
「俺はフタリぼっちという本が好きだ」
「知ってるの?」
「作者と知り合いだ。中々面白い人だぞ」
「どうせそれも嘘なんでしょ。子どもを騙すなんて最低だね」
少しだけ距離が縮まったつもりだったがそうでもなかったようだ。
「嘘ではない。証拠を見せたいのだがドアを開けてくれないか?」
やや間があって十歳くらいの少年が開けたドアの隙間から顔を覗かせた。
俺は健多朗が見やすいように服の中から取り出した本を掲げた。
今回の新作は持ち運びがしやすい文庫本でよかった。
「これ……比良吉不二介さんの最新刊!しかもサイン付き!?これどうしたの?」
健多朗は本当に佐藤の書いた本が好きなのだろう。
先ほどまでの態度が嘘のように、目を輝かせて頬を赤くしていた。
「今朝たまたま会ってサイン会に行けないという話になったんだ。それで買ってくれたお礼にとサインを書いてくれた」
健多朗の目も意識もすでに本へ釘付けだ。
普通に話しても聞いてくれなさそうだ。
「お前はサンタクロースを信じているか?」
「サンタなんていないよ。だってどんなにいい子にしてても俺のところにはずっと来なかった」
すねたような声。
「俺はいると思う」
俺の言葉に健多朗は目を見開いた。
「考えてみろ。この世界に一体どれだけの人間がいる?七十億人近くいるのだぞ。子どもだけでも二十億人はいるだろう。それほど子どもがいるのならサンタクロースが何人いても世界を回りきれないと俺は考えるがお前はどう思う?」
「そんなの屁理屈だ!本当にいるって証明にはならないよ!本当にいたとしてもどうせ俺みたいな親のいない子供はプレゼントを貰えないんだ!」
健多朗は泣きそうな顔をして叫んだ。
「そうだな。俺のいったことは屁理屈かもしれない。だからこうして誰かがサンタクロースの代わりにプレゼントを贈るのだろう。親のいる子どもは親がするもかも知れない。俺はサンタクロースの代わりにお前にプレゼントを贈ろうと思う。少し早いが受け取ってくれるか?」
新刊と持っていたプレゼントを渡した。
「これブックカバーと栞だ。本当に全部もらってもいいの?」
健多朗は信じられないといった顔でそれらを受け取った。
「お前が本で喜ぶかわからなかったからな。一応準備していた。だが俺の杞憂だったな。お前は本だけでも喜んでくれただろう」
「ありがとう、ヴェルさん」
健多朗は罰の悪そうな顔をしながらも嬉しそうに笑った。
「子供を笑顔にするのは天使として当然のことだ」
「やっぱり変なやつ」
なぜか今度は声をあげて笑われてしまった。
その日以来、健多朗は部屋の外にも積極的に出るようになった。
さらにヴェルによく懐き、施設に行く度に出迎えてくれる。
どうしてそうなったのかヴェルにはわからなかったが、邪険に扱われるよりも良いと勉強した。
語られなかった物語の裏側です。




