101号室 殺人鬼と不死身少女 その4
101号室の住人、殺人鬼と不死身少女の最終話です。
肌寒さで目が覚めた。
季節は春になったとはいえ、明け方はまだまだ寒い。
だけど不思議なことに腕の中に温もりを感じる。
それはとても柔らかくて、吸い寄せられるような感覚さえあった。
僕はペットを飼っていない。
そもそもこのアパートはペットを飼うことを禁止している。
じゃあ腕の中にいるのはなんだろう。
虚ろな意識のまま、重い瞼をゆっくりと開いた。
長い青髪がベットに広がり、大きな目は閉じられ、潤んだピンクの唇は少しだけ開いていた。
目線を下げると無防備に隣で眠る少女は僕のTシャツを着て、サイズが少し大きいのか、かなり胸元が見えている。
それなりに発達したそれは緩やかな谷を作っている。
幸いなのはその奥にあるはずの下着が見えていないことだろうか。
僕は最速で清水を手放して、ベットから飛び出し、壁に背中を強打した。
だが、そんな痛みは全く感じなかった。
「な、な、なんで清水が一緒のベットに寝てるんだ!?」
アパート中に響く声で心から叫んだ。
確か、昨日は清水は布団で寝ていたはずだ。
なのにどうして一緒に寝ているのだろうか。
年頃の男女が同じベットなんて非常識だ。
何よりこれでは近過ぎて落ち着かないし、僕も一応思春期の男だ。
好きな子が隣で無防備に寝ている状況に少なからず、興奮してしまうわけで。
脳内で欲望と理性の争いが大変なことになっている。
「んっ」
やたら艶っぽい声が清水の口から漏れた。
ただでさえ早い心臓の鼓動がさらに早くなる。
「おはようございます」
僕に気づいた清水が眠そうに目をこすりながら体を起こした。
シーツのずれ落ちる音がなぜが舐めかしく聞こえる。
落ち着け、僕。
「おはよう、清水。どうしてベットで寝てたの?」
清水は少し考えるようなしぐさをして、あっけらんと答える。
「寒かったからです」
「暖房をつけるから自分の布団で寝てって何度もいってるでしょう!」
寒いからとベットに入りこまれては僕の理性が持たない。
隣で寝ているだけでも相当我慢しているんだ。
これ以上、無自覚に誘う行動は止めてほしい。
「灯火くんと一緒に寝るの気持ちいいのに」
わざと!?
思わずツッコミそうになるのを必死にこらえた。
多分、いっても清水には意味が伝わらない。
無防備なところも可愛いんだけど、心配になる。
清水は不思議そうに首を傾げた。
僕は溜め息を吐いて、清水を見ないように立ち上がった。
壁掛け時計を見ると、仕事まであと一時間くらいだ。
「朝ご飯の準備をしるから着替えてね」
部屋を出る僕に眠そうな返事が返ってきた。
朝食はご飯に豆腐の味噌汁、卵焼きに昨日の残りの野菜炒めだ。
数分で出来上がって、清水を呼びに行く。
予想通りに清水は器用に座ったまま眠っていた。
軽く肩をゆすって、声をかけてみる。
「先に食べちゃうよ」
「……ん」
それでもまだ起きない。
このままだと一日眠って過ごしそうだ。
特に用事はないけど起こさないと仕事から帰ってきた時、すごく不機嫌な顔で出迎えられる。
ちょっとした悪戯を思いつき、唾を飲んで、実行に移す。
いつもドキドキさせれているお返しだ。
清水のさらさらな髪を耳にかけて、右頬に触れるだけのキスをした。
これで起きなかったら悲しくなるな。
「な、な、な!いきなりなにすんです!?」
綺麗な目を見開いて清水は顔を林檎のように赤くした。
「おはよう。朝ご飯できたよ」
僕は気づかないふりをして、清水を連れて椅子に座った。
少しだけ味噌汁が冷めているけど、清水にはちょうどいいのかもしれない。
それから片づけをして、着替えて、身だしなみを整えた。
玄関で忘れ物がないかチェックする。
「いってらっしゃい」
清水の顔はまだ少しだけ赤い。
「いってきます」
たった一言がすごく嬉しくて、緩む表情のまま、見送られる。
数十分で仕事場に着く。
すでに猫さんとフェルトさんが仕事を始めていた。
「おはようございます」
声をかけると二人は僕に気づいて、返事をしてくれた。
更衣室で素早く制服に着替え、フロアに戻る。
店内外の掃除をして、メニューを各テーブルに配る。
全ての準備が出来てから、お店のプレートを準備中から営業中に変える。
今日の僕の仕事はフロアで注文を取ったりすることだ。
少しづつお客様が来店し、お昼のピークを捌いて、昼休憩をもらう。
今日の賄はオムライスだ。
ケチャップで“お疲れ様”と器用に描かれていた。
猫さんの作る料理はいくらでも食べられそうなほど美味しい。
たまに料理を教えてもらうけど、足元にもおばない。
フェイトさんは料理が全くできない。
味音痴というか、食べられればいいという考えの持ち主なので、真っ黒に焦げたハンバーグでさえも食べようとしたことがある。
五時ごろにバイトの人が来る。
黒野原千秋さんと多福新さんだ。
「お疲れさまっす!」
「お疲れ様です」
二人は恋人同士でとても仲が良く、いつも一緒にいる。
バイトの時も例外じゃない。
「灯火、清水とどこまで進んだんだ?キスはしたか?」
千秋さんは意地悪な顔をして、僕の肩に手を回す。
いつもにこにこしている新さんからブリザードのような視線が突き刺さる。
千秋さんが僕にスキンシップと称して絡む度に、これだから僕は気が気でない。
それ以外は穏やかで優しく、よく気がつく人だ。
まさか千秋さんは気づいていてやっているのだろうか?
毎回、そう思うが千秋さんは全く気づいていないようで、さらに僕に顔を寄せた。
「まさかその先にいったとか?」
その先を想像して顔に熱が集まった。
僕を見て、千秋さんは楽しげに笑うが、新さんの視線に殺気が混ざった。
「灯火で遊んでないで仕事をしてください」
フェイトさんの言葉に千秋さんは僕から離れ、仕事に取りかかる。
新さんの視線が柔らかなものになる。
入れ替わるように僕の仕事は終わりだ。
制服から着替え、猫さんたちに挨拶をして家路を急いだ。
途中でスーパーにより、特売の商品を買って帰る。
僕の部屋の前から、何かが焦げたような異臭がする。
意を決して玄関の扉を開けると、清水が出迎えてくれた。
「お帰りなさい」
「ただいま。今日の夕ご飯はなに?」
「ご飯と味噌汁と肉じゃがだよ」
はにかむような笑顔に仕事の疲れも癒される。
この異臭の原因は肉じゃがかな。
手を洗って荷物を置いて、鍋を覗きこむと、予想を裏切らずに焦げた肉じゃがが大量にあった。
三日分はあるだろうか。
幸い焦げているのは側面と底だけだ。
箸を取り出して、一口食べてみる。
ジャガイモが煮崩れているけど、味は問題なかった。
お皿によそって、席に着いて手を合わせる。
「いただきます」
二人で今日あったことを話して、食べ終わった食器を一緒に片付ける。
順番にお風呂に入って、テレビを見る。
清水が眠そうに欠伸を漏らした。
時計を見ると十一時になろうとしていた。
別々の布団に入り、おやすみなさいの挨拶をして、僕は目を閉じた。
明日も同じような幸せな一日になりますように。
深夜二時の草木も眠る時間。
灯火くんもぐっすりと眠っている。
私はこっそりと布団から抜け出し、灯火くんのベットへ潜りこんだ。
毎晩しているけど、灯火くんが気づく様子はない。
世界一幸せそうな寝顔をそっと撫でる。
寝ている顔はとても殺人鬼には見えない。
昼間のお返しに右頬にそっとキスをした。
この温かくてくすぐったい気持ちの名前はなんていうんだろう。
灯火くんの温もりを感じながら、私は目を閉じた。
昨日と同じような幸せな一日になりますように。
とりあえず、101号室の住人の話が終わりです。
予想よりも糖度高めの話になりました。
リア充爆発しろ!
ちなみにこの二人はこれからも別の話で出てきます。