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管理人室 英雄兼大家と四つ子  その7

 その6の続きです。

 数時間前までのデットライン家との戦いがまるでなかったかのように、二葉荘の住人は騒いでいた。

 傷を負っていた者達は全て猫の魔法で治療されている。

 クリスマス仕様に飾られた店内は華やかだ。

 普段は等間隔に並べられているテーブルをいくつか組み合わせ、一つの大きなデーブルにした。

 それの上には豪華な食事が並べられている。

 アパートの住人達は食事を思い思いに手に取り、美味しそうに頬張りながら、会話を楽しんでいる。

 基本は立食形式のパーティーだが、すぐ側には二つ、三つほどテーブルと椅子もあり、疲れたらそこで休めるようになっていた。




 待ちに待ったクリスマスパーティーが始まり、誰よりもはしゃいだのは久遠だった。

 灯火と清水の情報隠蔽が甘いかったことで猫とトマとフェイトと咲楽から怒られ、さらにトマから頬に鉄拳制裁を受けたが、怒られたことも痛みも忘却の彼方にあった。

 娘達よりも子どもなふるまいをする久遠に冷めた目が向けられたが本人は気づかない。

 風景に溶けこみカメラ係に徹している咲楽はそんな久遠の醜態もカメラに収めていく。

 そんな久遠を悲しみのどん底に突き落としたのはフェイトだった。

「久遠、誰よりも楽しそうですね」

 シャンパンを片手にフェイトは久遠に近づく。

 これ以上なくテンションが上がっている久遠はフェイトが笑顔の裏に何かを企んでいることに気づかない。

「当たり前だろ!一年前から心待ちにしてたんだぜ!楽しみで楽しみで仕方なくて昨日は仕事なんてできなかったくらいだ!見て見ろよ!俺の晴達の楽しそうな姿は可愛いだろ!?普段から晴達は可愛いけど!俺に似なくてよかったわ!笑美、頑張ってくれてありがとう!今でも変わらず愛してるぜ!それに笑顔の晴達の姿はもっと可愛い!可愛すぎる!天使の笑顔だ!だがなぜそれが俺に向けられない!反抗期はまだ先のはずだし理由がわからん!晴達はツンデレなのか!俺はツンしか見たことがねえんだけどそうだよな!いやそうだといってくれよ、フェイト!」

 久遠は息を切らして叫んだ。

 恐ろしいことに彼はまだ酒を一滴も飲んでいない。

「そういうところが嫌いなのではないですか?」

 フェイトは笑顔で思っていることを素直に口にした。

 がっくりという効果音がつきそうな勢いで久遠が膝を折った。

 どんよりとした雰囲気が全身を包む。

「そうだよな。だって俺いつも側にいないし。フェイトとか咲楽とかトマ達の方が側にいる時間が長いもんな。俺なんて年に一回会いに来るだけのおっさんだもんな。血が繋がってても父親だって信じてもらえないか。そんなおっさんに向かって笑えっていわれても困るよな。むしろ腹が立つし、気持ち悪いって思うのが普通だ。どうせ俺なんて金稼ぐことしかできない不器用な奴ですよーだ。別に俺に笑ってくれなくてもいいもん。咲楽から写真を焼き増してもらうから俺は寂しくない。俺は大人だし、精神的に強いし、こんなことで泣かないもん」

 いじけた久遠にフェイトは面倒臭そうな顔をした。

「本当に気持ち悪い人ですね。いつかは結婚して親離れをするのですからそれが少し早くなったと思えばいいではありませんか?」

「け、け、け、け、結婚!?お父さん、許さねえぞ!晴達はずっと俺と一緒に暮らすんだからな!どこの馬の骨かわからん奴に渡せるか!?いいや渡せん!絶対に渡さん!お義父さんとかぜーったいにいわれたくない!晴達に手を出したら会社の総戦力を使ってそいつをぶっ潰して()る!俺から晴達を奪おうなんざ百年早いと思い知らせてやるせ!そうだ!そろそろそういう護衛をつけてもいいな!晴達の貞操を守ることも父である俺の仕事だ!よし、帰ったら早急に手を打たなければ!」

 久遠は立ち上がり、まだ見ぬ相手への怒りに拳を固める。

 『ビームカンパニー』の総戦力は世界大戦を引き起こすほどの戦力があり、それを個人に使うには明らかにやりすぎである。

 下手をすれば巻き添えを食らう数が数万人単位だ。

「そんなことをしたらなおさら嫌われますよ。幸せを願うならそれをサポートをしてあげるくらいの器の広さがなくてはいけませんよ」

 それに、とフェイトは続ける。

「今すぐ嫁ぐわけではないです。限られた時間で精一杯愛してあげれば久遠の気持ちも伝わると思いますよ」

 フェイトは嘘くさい優しい笑顔を久遠にみせた。

「ありがとう、フェイト!今までお前のこと、他人を虐めて嫌がる姿や困らせるのが大好きな奴だと思ってたが違うんだな!捻くれているだけで実はずっげえ優しい奴なんだな!こんないいやつで料理の他が完璧に出来るフェイトが従者の猫が羨ましいぜ!あ、そうだ!なあ俺の秘書にならねえか?給与も待遇も保証するぞ!なんならここで証明書を書いてもいい!えーと紙はどこにある?」

 褒めているのか貶しているのかよくわからない言葉を叫び、久遠は紙を探す。

「ありがたいお話ですが、私には身分不相応です。お断りします。私なんかよりも晴達を早く愛しに行ってあげてください。きっと待ってますよ」

 フェイトは目を細め、さり気なく晴達を示した。

「おう!それもそうだな!じゃあ行ってくるぜ!」

 久遠は料理を選んでいた晴達の方へ行き、泣き叫びながら順番に抱き着いていた。

 晴達は突然のことに戸惑いつつ、盛大に嫌そうな顔をしていた。

 久遠よりも料理が冷めてしまうことを気にしているのだろう。

 元凶のフェイトは久遠の予想以上の反応に満足し、口に空いた手を当て、獰猛な笑みを隠しながら、次のターゲットを探した。




 パーティーが始まってしばらくした後、ヴェルはフェイトに背後から声をかけられた。

 思わぬ不意打ちに肩が大きく震える。

 彼のフェイトに対しての恐怖心は二、三ヶ月たった今でもに消えない。

「そんなに怯えないでくださいよ。本当に襲いたくなりますから」

 耳元で囁かれた言葉にヴェルの全身が凍った。

 そんなヴェルの反応を楽しむようにフェイトが笑う。

「冗談ですよ。相変わらずおもしろ……いい反応をしてくれますね。お詫びにこれをどうぞ」

 そういってヴェルの正面に回りこんだフェイトが差し出しのは淡い琥珀色をした炭酸の飲み物だった。

「ジュースですから安心してください」

 じっと観察する視線に気づいたフェイトが付け加える。

 胡散臭い笑顔でいわれても信用できない。

「私が渡す飲み物なんて飲みたくありませんか?それとも“ここ”から飲ませて差し上げましょうか?」

 “ここ”とフェイトは空いた手で自身の唇をなぞった。

 ヴェルは勢いよく首を横に振った。

 彼は異性愛者ではなく、そもそもフェイトは何をするのか予想不能だ。

「ではご自身でどうぞ?」

 さらに笑顔で差し出され、もらうことを躊躇うことが出来る雰囲気ではなくなった。

 震える手でグラスを受け取り、恐る恐る口にした。

 仄かにブドウの味がするが、普通のジュースのような甘みはなく、苦味と酸味が強く、炭酸が口の中で弾けた。

 一口飲みこめば、少しだけ喉が焼けるような気がした。

 ヴェルは予想外の味に思わず、眉をしかめる。

「お味はどうですか?」

「初めて飲む味でした」

 ヴェルは不味くはなかったが、美味しいとも思わなかった。

「そうですか」

 グラスの中身を全てを飲み干すと、ヴェルの目の前で笑うフェイトの顔がぐらりと歪んだ。

 体にも思うように力が入らず、立っているのがやっとだった。

「おや?意外とアルコールに弱いのですね。このくらいで酔うとは思いませんでした」

「……今、なん、て?」

 ヴェルはたったそれだけの言葉を口に出すだけで辛かった。

 思考もうまくまとまらない。

「いえ。すみません。どうやらジュースとお酒を間違えたようです。辛いようでしたらお水を飲んでください」

 白々しく謝罪して、フェイトは水の入ったグラスを差し出した。

 ジュースといいながら酒を飲ませたフェイトをヴェルは信頼できなかった。

 先ほど断ろうとして、口移しで飲ませるぞと脅されたことを思い出し、側にいた灯火を盾にした。

「え!?何、どうしたの!?」

 突飛な行動に灯火は戸惑うが、ヴェルがそれに構っている余裕はない。

「どうやら嫌われてしまったようですね」

 何のことだかわからない灯火は首を傾げた。

「灯火もどうですか?これ美味しいですよ」

 フェイトはヴェルと同じ酒を渡した。

 背後にいたヴェルにはそれが何か見えなかった。

 素直な灯火はなんの疑いもなく、受け取り、恐る恐る一口飲んで残りを一気に飲んだ。

「本当にこれ美味しいですね!」

 灯火は顔を赤くして弾けるような笑顔を見せた。

 シャンパンは灯火の口にあったらしい。

「それはよかったです。もう一杯いかかです?」

「ありがとうございます!」

 灯火は何も知らずにフェイトの勧められるままに飲んでいった。

 フェイトが二人に飲ませたシャンパンは彼自身が準備した物の一つで、度数は十三度だ。

 甘口で炭酸入りのそれは飲みやすく、酔いやすかった。

 三杯目を飲み終えた時、灯火は完全に酔っていた。

「灯火くん、お待たせ!ってあれ?二人ともどうしたんですか?」

 両手に料理を乗せた皿を持ってきた清水が酔っているヴェルと灯火を見て、首を傾げた。

「間違えてお酒を飲んでしまったようなんです。何か飲み物を求められたらお水をあげてください」

 フェイトは何でもないように嘘を吐いた。

 ヴェルは判断能力がなくなるまで酔ってはいなかったが、フェイトの報復を恐れて黙っていた。

「……酒?お前、俺に酒を飲ませたのか?」

 しかし、そこで黙っていなかったのは灯火だった。

 回らない舌で言葉を紡ぎ、フェイトの睨みつけた。

 彼は酔うと怒りっぽくなるらしい。

「私の手違いですみません。不味かったですか」

「そういう問題じゃねーだろ!未成年に酒飲ませやがってふざけてんのかこの野郎!」

 灯火はフェイトの襟を両手でつかむ。

 巷で見るような迷惑な酔っ払いである。

 とんでもないことをする灯火にヴェルの酔いは完全に冷めた。

 ヴェルは灯火を羽交い絞めにして、フェイトと距離をとり、清水に水を持ってきてもらうように頼んだ。 

 自分よりも酔っている灯火を捕まえることは簡単だった。

「落ち着け、灯火。水を飲もう。水を飲めば全て丸く収まる」

 清水が持ってきた水を灯火に飲ませ、少しでもアルコール濃度を下げさせた。

 少しだけ落ち着いた灯火は不機嫌そうだった。

「腹、減った」

「今すぐ持ってきます!」

 ヴェルが酔っ払った灯火に振り回されている間にフェイトはいなくなっていた。




「日向様、唐揚ゲバカリデハナク、野菜モシッカリ食ベテクダサイ。コッチノサラダハ日向様の苦手ナ人参ガ入ッテマスガ、ササミ入リデ美味シソウデスヨ?」

 自由は唐揚げばかりを食べる日向に、健康面が気になり、比較的日向の嫌いな食べ物が入っていないサラダを指差した。

「そげんことはデカイ声でいわんでって、何度もいっちょるやろ!」

 日向は幼い子供が嫌いな食べ物が苦手なことがコンプレックスで、顔を赤くして自由を睨んだ。

「申シ訳アリマセン。デハコチラノピーマン入リノサラダハイカカデスカ?」

 それを勘違いした自由は隣のサラダを指差す。

「お前、わざといっちょるやろ……」

 自由は優秀な機械人形であるが、日向の言葉を理解できないことがある。

 とぼけたことを真顔でいわれては怒る気もしない。

「二人とも楽しそうですね」

「あ、フェイトさん。さっきはありがとう。よく覚えちょらんけど俺と自由を助けてくれたって聞いたわ。フェイトさんがおらんかったら危ないところじゃったと思う。まこつ(本当)にありがとう」

「私カラモオ礼ヲ申シアゲマス。日向様ヲ助ケテクダサッテ、アリガトウゴザイマシタ」

「いえいえ。大事がなくて何よりです。それよりもたまたま目についたこの雑誌に日向のお父様の論文について載っていたのですが、よかったら読みますか?」

 フェイトが差し出したのはロボット工学の専門誌だった。

 時々、日向の両親も載るその道の者には有名な雑誌だ。

「えっ!?でもいいと?」

 学生の身分では手が出せないほど高価な雑誌に日向は目を輝かせながらも、遠慮をみせた。

「何だったら私はもう読んだので差し上げますよ」

 フェイトは笑顔で雑誌を手渡す。

「じゃったらもらうわ。ありがとう」

 今度はちゃんと受け取り、日向はその場で雑誌を読み始めた。

 日向は両親を尊敬していて、彼らの活躍をすることが何よりも楽しみだ。

 いつか両親と一緒に研究することが日向の将来の夢だ。

 わくわくとした表情で読み始めた日向であったが、次第にその顔が曇り、最後には憤怒の形相に変わっていた。

「な、な、な、な、なんいっちょるとや!このハゲジジイが!」

 日向は雑誌を全力で引き千切った。

 彼の義手は特別性であり、コンクリートの壁を砕く強度を持つ。

 雑誌を引き千切ることは彼にとって造作もなかった。

「俺の親父と、お袋が、どんだけ頑張ってんのか、知らんくせに、何を偉そうなことを、このハゲはいっちょるとか!」

 雑誌には日向の両親を敵対視していることで有名な学者が彼らを否定する論文だった。

 日向は雑誌が紙切れになるまで引き千切った。

「このバケジジイが!すぐに俺が絶対見返してやるかいね!」

 それでも収まらない怒りをジュースで腹に流しこむ。

 自由は地面に散らばった紙切れを拾い集め、ゴミ箱に捨てていた。

 両親のことで感情的になることは昔からよくあったことであり、自由は喜ばしいことだと、思っていた。

 日向が当たり散らしている間にフェイトは離れていた。




「しん。しん。しーん」

 千秋は舌足らずな口調で自分を膝に乗せている新を呼んだ。

 顔は赤く、熱くなって少し緩めたのか服装が乱れていた。

「なあにアキ?」   

 新は水飴に砂糖をぶっこんだような声で答えた。

 その表情は幸せに満ちていて、邪魔に入れば殺されそうだ。

「んー。なんでもねえ。よんだだけだ」

 普段の千秋ならば絶対にいわない言葉に新は歓喜した。

 千秋はパーティ開始直後に新から酔わされていた。

 百三十五ミリリットルのビールで酔うほど酒に弱い千秋だが、自分がどれほど弱いかわかっていない。

 それはいつも側には新がいて、千秋が飲む量を調節していたからだ。

「そっか。もうアキは可愛いなあ」

 新は千秋の腰に回した手に力をこめて、細い肩に顔を埋めた。

 鼻孔から感じる千秋の匂いに自分からしておきながら、理性が揺らいだ。

「アキ、帰ろう。今すぐに」

「えー。楽しいからやだ。もうちょっといる」

 ここで無理に帰ろうとすると、千秋が不機嫌になることを去年学んだ新は「そっか」と、一端帰るのを止める。

「じゃあもう少ししたら帰ろ?」

「わかった」

 千秋はこくりと小さな子供のように頭を縦に降った。

 可愛らしい姿に内心は悶つつも、顔には出さない。

「アキ、好きだよ」

「俺も新がすきだ」

 ふにゃりと無防備な笑顔を見せる千秋に、一瞬新の理性が吹き飛んだ。

 服の下に伸びた手を止めたのは、同じテーブルで飲んでいたリョーヘイの声だった。

「ここでそれ以上ヤるのは許さないよ」

 リョーヘイの軽く酔って据わった目に、新の理性が全力で戻ってきた。

 リョーヘイは自分よりも千秋を優先する。

 だから千秋が嫌がることや泣くようなことを強制させるとブチ切れる。

 酔っているとなおさら切れやすく、以前、リョーヘイが軽く酔っていた時に些細なことで口喧嘩をし、反論の余地がないほどいい負かされた挙句に、コンプレックスや千秋に隠していたことを暴露され、精神的に大ダメージを負わされたことがある。

 軽く酔った彼は相手を思いやるという枷が外れ、悪い意味で容赦がない。

 新が謝ってもなお、責め続ける姿はもはや悪魔と呼ぶのも生ぬるかった。

 だから、新はリョーヘイが軽く酔っている時には絶対に怒らせないようにしていた。

「わかった。もうしません」

 新は千秋の服装を整えて、これ以上理性が飛ばないようにする。

「わかればいい」

 リョーヘイは満足そうにそういって、グラスのビールを飲み干した。

 酒への耐性が平均的なリョーヘイはそれから数十分後に酔いが回っていた。

 幸いにも二人が駆け引きをしていた時、ちょうど颯太は料理を取りに行っていた。

 




 パーティー会場を提供した喫茶店『黒猫』の店主はその様子を少し離れた場所でアパートの住人が思い思いに楽しんでいるのを嬉しそうに眺めていた。

「お前は飲まねえのか?」

 トマが隣に並び、淡い琥珀色に輝くシャンパンを猫に差し出した。

 きめ細やかな炭酸が浮かんでは、弾けて消えていた。

「私は飲めないんだよ」

 それを猫はやんわりと笑って断った。

「そうか」

 トマはそれをぐいっと一息に煽った。

 そういう飲み方をする酒ではなかったが、今夜は無礼講だ。

 猫は細かいことをいうつもりはなかった。

 気の置けない者達で集まって、日ごろの悩みを忘れ、飲んで食べて騒いで、今夜は楽しかったと思ってもらえたらそれで満足だ。

「昨日は悪かったな」

 ぽつりとトマは謝罪を口にした。

 頬が少しだけ赤くなっているが、アルコールによるものではないだろう。

 彼はとても酒に強いのを猫は知っている。

「気にしてないよ。私も悪かった」

 猫は少し困ったような顔で謝罪した。

 口ではそういいながらも、猫は何度でもまた同じことを繰り返す。

 このようなやり取りは何回になるか、と頭の片隅で思い返した。

 二千年近い記憶は古くなればなるほど曖昧で、今では自分の本名でさえ思い出せなかった。

 近くにあった赤ワインを取り、トマのシャンパンが入っていたグラスに注いだ。

 少し味が混ぜってしまうが、気にしないことは知ってる。

 猫はジュースを手に取り、トマのグラスと合わせた。

 ガラスの甲高い音が小さく鳴った。

「今夜は無礼講だからこれで謝るのは終わりにして、楽しんでくれないかな?」

 トマの顔を覗きこんで、年甲斐もなく悪戯っ子のように笑えばトマもつられて笑った。

「そうだな」

 嬉しそうなトマに猫も嬉しくなった。

 いつだって彼と結ばれることはないが、側にいられるだけで猫は幸せだった。

「二人で何を話しているんです?もしかして愛でも囁き合っていたのですか?」

 なぜかとても嬉しそうにフェイトが話に入ってきた。

 噂話好きの近所のおばさま方に似ている、と猫はこっそりと思った。

「そんなところだ」

 トマはニヒルな笑顔を浮かべる。

 顔はもう赤くなかった。

「おやおや~。それは邪魔しましたね。空気の読めない従者ですみません、主」

 むしろ空気を呼んだからこそフェイトはここに来たのだろう。 

 楽しげな口調でいわれて、怒りすらわかない。

「あっちで話してくるのは飽きたのかな?」

「いえ。もう十分に楽しんできました」

 改めてもう一度騒ぐ人達を見ると混沌としていた。

 まず目についたのはヴェルと灯火だ。

 何かに酷く怯えた様子のヴェルが灯火の腕にしがみつき、目の据わった灯火がうっとうしそうにしていた。

 二人は普段の立場と真逆になっている。

「ヴェルくんと灯火くんに何をしたの?」

「うっかりお酒とジュースを間違えて渡してしまいまして、ああなりました」

 元凶フェイトはあっさりと白状した。

 もちろん、反省はしていなかった。

 未成年にお酒を飲ませたことは、あくまでも事故だというつもりのようだ。

 次に目についたのは泣きながら雲達に抱き着いて、嫌がられている久遠だった。

 本気で嫌がっているのに気づいていないのだろうか?

「あれもフェイトの仕業?」

「雲達が年々成長していくことに感動していたので、そのうちお嫁に行ってしまうんですね、といっただけですよ?」

 フェイトは笑いながら不思議そうに首を傾げる。

 ただでさえ最愛の娘に会えなくて、隙を見ては会いに来ようとして仕事を放りだす久遠を止めるのは誰だと思っているのだろう?

 明日迎えに来るだろう秘書の苦労を思った。  

 その次に目に入ったのは雑誌を親の仇のように見つめる日向と自由だった。

「彼らが見ているのは?」

「彼の父親の論文を否定した学者の論文が掲載されている専門雑誌です」

 日向は自分を生かしてくれた両親を誰よりも尊敬している。

 父親の努力を見てきた彼はその学者に怒りを覚えたのだろう。

 雑誌を手に取り、荒々しい手つきで細切れになるまで破り捨てた。

 その隣で自由が細切れになった雑誌を律儀に拾ってごみ箱に捨てている。

 次に目に入ったのは後ろから千秋を抱きしめて幸せそうな新と真っ赤な顔で新に甘える千秋だった。

 その隣ではリョーヘイが淡々と箸でミニトマトを食べようとしていた。 

 プラスティックの箸は滑りやすく、丸いトマトをなかなかつまめない。

 なら突き刺して食べるなり、フォークを使うなりすればいいのだが、なぜか箸でつまんで食べることに固執している。 

 無表情でトマトと対峙している姿は大変シュールだ。

 もしかしてあれでも酔っているのだろうか?

「あの三人もフェイトが?」

「いえ、あれにはまだ何もしてません」

 これから何かするつもりだったようだ。  

 前例を考えると、いいことではないのは確かである。

 最後に目についたのは清水と颯太くんと未来ちゃんが盛り付けられた料理を仲良く選んでいる様子だった。

「三人には何もしてないようだね」

「ええ。今なら料理を選び放題ですよ、と助言しただけですね」

 その状況を作りだした元凶はいけしゃあしゃあといってのけた。

 本当に面の皮が厚くなったものだ、と猫は思った。  

 誰よりも今夜を楽しんでいるのは間違いなくフェイトだろう。

 ふいにこんなに気の置けない人達と出会えたことが、二千近く生きてきた中で一番幸せだと猫は思えた。

「ありがとう」

 猫は思わずぽつりと誰にも聞こえないほど小さく呟いた。

「何かいったか?」

「何かいいましたか?」

 猫は二人が兄弟のように声を揃えたことがおかしくて小さく笑った。

「何でもないよ」

 猫はフェイトがかき回した者達のフォローに向かうために二人から離れた。

 いつにもなく騒がしい夜は優しくけていった。

 フェイトは好きな人ほど苛めたくなるタイプです(笑)

 

 新と千秋がいると作者は胸焼けを起こします。


 その8に続きます。

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