管理人室 英雄兼大家と四つ子 その5
その4の続きです。
※残酷表現・吸血表現が苦手な方は注意してください。
デッドライン一家次女『デッドライン・フィージン』、またの名を『冷酷の殺人鬼』と呼ばれている少女は、目の前にいる“絶望”に心が折れかけていた。
まだ幼さが残る顔のフィージンが狙いを定めて引き金を引き、手にする銃から放たれた弾丸が相手の急所を貫く。
彼女は今までそうして標的や仕事の邪魔になる人間を全て終わせてきた。
だから、今回もそうなると思っていた。
だが、彼女の予想外の事態が起こる。
目の前で新の体は撃ち抜かれてできた穴を埋めるように傷が塞がり、弾丸を押し出し、アスファルトと金属がぶつかり合い甲高い音が響いたのだ。
異常な現実だったが、彼女は焦らなかった。
彼女は邪魔をしてきた人物が吸血鬼だと知っていた。
私は世界一の殺し屋『デッドライン一家』の一員
。だから吸血鬼だろうと殺せる。
そんなフィージンの家名に対する歪んだ自負が、彼女自身を追い詰めることになった。
これで何度目になるだろう。
頭も心臓も内蔵をも撃ち抜いても、新はすぐに回復した。
いったい何回このやり取りを繰り返せば、彼は死ぬのだろうか。
頭の片隅でフィージンはそう思ったが、すぐに現実に引き戻される。
新は彼女との距離をつめ、鋭く伸びた爪を突き出した。
とっさにフィージンは横に跳び、それを避ける。
風を切る音がすぐ側で聞こえた。
それで新の攻撃は終わりではない。
首がダメならばと長い腕を横に振るう。
屈んで避けると、その先にあった壁に切り裂くような爪の後が深く残った。
フィージンは嫌な予感がし、後転するように後ろへ移動する。
先程までいた場所を新は蹴り上げていた。
あのまま留まっていたら内蔵を蹴り潰されていたかもしれない、と思わせる威力がある蹴りだ。
フィージンは後転の勢いを利用して、新と距離をとり、三発撃ちこんだ。
直撃をしていないにも関わらず、軽く触れただけでかなりの威力がある。
それを示すように 辺りは新によってクレータやら、引っ掻き後があり、平坦な場所を探す方が難しかった。
「化け物っ……!」
弾丸が落ちる音にフィージンは真っ青な顔で叫んでいた。
隠し持っていた銃弾にも限りがある。
その数も残り僅かになっていた。
だからといって新を近距離で殺すにはリスクが高すぎる。
一度でも失敗すれば、いや下手をすればかすっただけでもフィージンは殺されるだろう。
殺人鬼と呼ばれる自分が殺されることを恐れていることに気づく余裕はなかった。
「化け物?」
しばらく無言だった新が口を開いた。
立ち止りフィージンの顔をじっと見つめる。
「そうかもしれない。でもアキを守れるならどんな存在になっても構わない」
温度を感じさせない新の声にフィージンは自身の失言を悟った。
冷や汗が全身から滝のように流れる。
新は無意識に抑えていた力も開放した。
先程までと何も変わらない姿が、次の瞬間にブレた。
残像を生み出すほどの速い動きに、フィージンは恐怖に駆られるままに、両手の銃で狙い撃つ。
弾丸よりも速く動く新を捕らえられるわけもなく、距離がつめられていた。
目の前に立つ新にフィージンが距離を取る前に、腹を彼の腕が貫いた。
「がふっ!」
返り血とフィージンが口から吐く血が新を赤く汚した。
それに眉をしかめて、新はフィージンを地面に叩きつけた。
勢いで腕が腹から抜ける。
フィージンは背中を強打し、アスファルトに血が広かった。
彼女の体から血とともに体温が抜けていく。
虚ろになっていく目が新を見上げた。
死にかけている少女に新は足を振り上げた。
彼には安やらに眠らせてやろうという気持ちはなかった。
怒りに身を任せ、高い場所から振り下ろそうとして、腰に衝撃があった。
「やめろ、新!もういい!もう十分だ!」
今にも泣きそうなほど必死なアキの声に、新は冷静を取り戻していった。
「どうして止めるの?こいつは千秋を殺そうとしたんだよ?」
怒りに震える声で新は千秋に問う。
「新が俺が傷つくのを見たくねえように、俺は俺のために傷つくお前を見たくねえんだよ」
だから、もうやめてくれ。
新の腰に回された千秋の手に力がこめられる。
新はゆっくりと自分の体を眺めた。
フィージンの血で赤く染まっていると思っていた服は、それ以上に自分の血で染まっていた。
元の色すら曖昧になってしまっているズタズタの服を見て、新は自嘲の笑みを浮かべる。
愛しているから全て危険からアキを守りたい。
だけど、それで傷つくことで千秋を悲しませてしまう。
『気にしなくていいんだよ。僕が勝手にしたことだから』
そういったところで千秋は納得しない。
彼は守られるのではなく、一緒に戦いたいのだ。
「ごめん」
新は器の小ささを自覚しながら、そういうことしか出来なかった。
千秋の考えを受け入れこのままの世界で生きる方か、千秋が傷つくことに耐えきれず、二人だけの世界に閉じこめてしまう方が先か、と考えて苦笑した。
興奮状態になっていた気分が落ち着くと、全身の力が抜けていった。
どうやら時間切れらしい。
自分の手で殺せなかったことを残念に思いながらも、あの怪我なら死ぬまでさほど時間がかからないだろうと考えなおした。
それまで無理に力を使った反動が一気にやって来て、新は疲労困憊の体を必死に隠した。
「痛いのか?」
そんな新の変化は千秋にお見落としだった。
「血が少し足りないだけだよ。しばらくしたら治るよ」
半分事実で残りは嘘だった。
血が足りないことは事実だが、誰かの血を飲むまでは治るものではなかった。
後で輸血パックを飲もうと、考えた。
千秋の腕を名残惜しく思いながら、引き剥がす。
血に飢えた状態で千秋が側にいて、抑えが効かない自信があった。
振り返ると不安げに見つめる千秋に新は心臓が高鳴った。
こういう状態でなければ、押し倒してしまいたい。
白い喉元に噛みつきたい衝動を押し殺して、笑顔を浮かべた。
なぜかさらに泣きそうな顔をして、千秋は親指を噛んで、傷を作り、新に突きつけた。
「血が足りねえんだろ?だから俺の血を飲め」
傷口から流れ出る血が高級ワインのように見えて、新は唾を飲んだ。
飲みたい。でも飲みたくない。
新は一度でも千秋の血を飲めば、もっと欲しくなるのがわかっていたから今まで我慢してきた。
だから千秋が許してももらうことは出来ない。
「そこまでしなくていいよ。本当に大丈夫だよ。ありがとう」
新は矛盾する気持ちを抑えて、困ったように微笑む。
すると千秋は眉を寄せて、新の口内に指を押しこんだ。
初めて飲んだ千秋の血は焼けるように熱く、蜂蜜のように甘く、新の理性は再び吹き飛んだ。
「っぅく!?」
新は親指を舐め回し、血が薄くなると傷口から吸い出した。
千秋は小さな声をあげて痛がるが、すぐに痛みは消え、快楽に変わっていく。
指の傷から出る血だけでは物足りず、新は親指を出して、千秋のタートルネックの襟を引き千切り、首元を外気に晒した。
「ちょっ、新、待っ、んぁっ、ああアアァア!」
何をされるのか気づいた千秋が新を止めるが、間に合わなかった。
新は千秋の首筋に噛みつき、血を啜りあげた。
痺れるような感覚に千秋は堪らず声を上げたが、それは新を興奮させるだけだった。
垂れた音を立てて血を吸う新の姿は正に吸血鬼そのもので、わずかに見えた瞳に欲をたぎらせた、なめかしくて美しい横顔に千秋は場違いにも見惚れてしまっていた。
激しく渇いていた喉が満たされ、傷口から流れる血をなめ取って、ようやく新は正気に戻った。
素早く千秋から口を離し、顔を覗きこんだ。
「あ、ああ、アキィイイ!?ごめん!やりすぎた!お願いだから死なないでぇえええ!」
腕の中でぐったりと目を閉じた千秋に新は声が裏返る。
その目からは大粒の涙が流れていた。
「勝手に殺すな。あと吸いすぎだ、バカ」
ゆっくりと目を開けて、千秋は新を睨みつけた。
弱々しい声に新は眉下げる。
「いい年した大人が泣くなよ。カッコイイ顔が台無しじゃねえか」
涙で濡れた新の頬を千秋はそっと撫でた。
「よかった。ごめん。ふらふらしない?頭は痛くない?」
「ちょっと頭が痛いだけだ。そんなに大したことじゃない」
飼い主に怒られた犬のように落ちこむ新に千秋は思わず、噴き出した。
そんな二人の甘い雰囲気を壊したのは、少し離れた場所で様子を見ていた雲達だった。
「ちょっと、新とアキ!こんな状況で何いちゃついてんのよ!」
顔を真っ赤にした雲が抱き合う二人を指差した。
「……らぶらぶ」
雪は少しだけ羨ましそうに二人を揶揄した。
「アキにい、顔が赤いけど熱いのか?」
恋愛感情がまだよくわからない雨は、照れて顔が赤くなっている千秋を、不思議そうに見上げた。
「二人とも大丈夫っ!?」
純粋に二人を心配していたのは未来だけだった。
「いちゃついてねえよ!体調もばっちりだ!新もいい加減に離せ!」
首まで赤くした千秋が新の腕の中でもがいた。
「ダメだよ。貧血はそう簡単に治らないよ」
千秋の膝の裏に手を入れ、新は抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこといわれるアレだ。
「やめろ!自分で歩ける!」
千秋は本気で怒り、新を睨みつけた。
「途中で倒れたらどうするの?こういう時くらい甘えてよ。それとも僕のこと嫌いになった?」
新から泣きそうな顔と目を向けられては、千秋は言葉を詰まらせた。
千秋は冷たいアスファルトに横たわるフィージンを一瞥した。
微かな呼吸を繰り返す彼女に罪悪感が募る。
今から救急車を呼んでも間に合わないだろう。
俺のために戦ってくれた新を罵倒するのは筋違いだとわかっている。
だから、彼女が死にかけているのは自分のせいだと千秋は思った。
もっと自分が強ければこのような結果にはならなかっただろうと、悔しくて無力な自分に腹がたった。
「甘えておきなさい。あなたが倒れて困るのは新よ」
「体調悪いんなら新に抱っこしてもらえばいいじゃん」
「無理はダメだよっ!」
駄目押しに十歳近くも年下の雲達に心配されてしまい、千秋は何もいえなくなった。
「一人で抱えこもうとすんな」
新にしか聞こえないような声量で呟き、首に腕を回し、胸板に赤い顔を埋めた。
千秋の言葉から新は目をそらした。
「……しかたなかった……でもほんとにそう?」
フィージンを見て、雪は誰にも聞こえない声で小さく呟き、目を伏せた。
雲達は互いに無事であることに気がいっていて、自身が犯した罪にまだ気づいていない。
新に辛いことをさせたのは千秋だけではなく、自分のせいでもある。
あの時、晴と一緒に『黒猫』へいっていたら、少女に狙われるされることもなかったし、こんな目にあわなかった。
迂闊な判断で行動したことへの後悔と、結果的に命を奪うことになる罪悪感が入り乱れるが、雪の表情には出ない。
雪はフィージンへ心の中で何度も謝罪をくり返した。
「あ!それよりも灯火と清水は大丈夫なのか!?」
フィージンに襲われ、新が暴走した衝撃で忘れていたが、雲達の目的は灯火と清水を迎えに行くことだ。
本来の目的を思い出した雲達の背後から、聞き覚えのある男の声がした。
「灯火と聖生がどうかしたか?それに多福さん、そんな怪我して何があったんですか?」
ヴェルは牧師のような服とコートを着ており、赤いマフラーを首に巻き、サンタ帽を被っていた。
教会からの帰りなのだろう。
傷一つないことからも、彼は『デットライン一家』からの襲撃を受けておらず、灯火と清水の状況も知らなかった。
新はヴェルに知る限りの全ての事情を話し、灯火達を助けてもらうように頼んだ。
「……事情は分かりました。僕に出来るかわかりませんが、全力を尽くします」
律儀にそういって、ヴェルは了承してくれた。
相変わらず、灯火以外の人物に対しての対応が他人行儀だが、雲達は慣れてしまった。
「そうしてくれるとありがたいよ。本当は僕も助けに行きたいところなんだけど、アキ達が危険だからね」
そういって新は腕の中の千秋に視線を落とした。
「足手まといで悪かったな」
新を見上げ、千秋は子供のように唇を尖らせた。
「ヴェルにい、無茶すんなよ」
不安げな顔で雨はヴェルを見上げた。
「無理そうなら誰かが来るまでの時間稼ぎでも構わないわ」
雲は腕を組んだ偉そうな態度を取ってはいるが、不安に揺れていた。
「……待ってる」
雪は信頼しきった顔でヴェルを見つめた。
「怪我しないでねっ!約束だよっ!破ったら怒るからねっ!」
未来からは一方的に約束を取りつけられた。
「わかりました。必ず二人を連れて行きます」
一人一人に対応してから、ヴェルは確かにそういった。
自己評価の低い彼はリスクのある行為を断言することは珍しい。
たった数ヶ月の間で、彼にとって二人も大切な人物になっていた。
千秋は今から自信がいう言葉に緊張して乾く喉を唾を飲んだ。
「ヴェル。頼みがあるんだけど聞いてくれるか?」
「出来る範囲のことでしたらやりますけど、なんですか?」
千秋ははっきりと自身の願いを告げた。
新達が驚きに目を見開いたが、気にならなかった。
「保証は出来ませんがやってみます」
否定的ではあったが、ヴェルはしっかりと縦に頷いた。
雲達が頷き、喫茶店『黒猫』に向かったのを確認してから、ヴェルは放置されていたフィージンに近づいた。
わずかな呼吸を繰り返すフィージンを無表情で見ながら、側に屈む。
天使であったことなら運命だといって黙殺していただろう。
でも、ヴェルは今人間である。
人間ならば助けなければ弱っている者がどんなものであっても助けなければならないと思っていた。
それに千秋にお願いされたことも一因にある。
周囲から強い影響を受けていることを自覚しながら、ヴェルは行動へ移した。
「この体で上手くいくかわからないが……快勢」
フィージンの腹の上に手を翳し、こっそりと特訓していた魔法をかけた。
大きく開いていた傷口が閉じていき、塞いでいった。
彼女の顔に赤みが差し、危機を脱したことがわかる。
「意外と上手くいくものだな」
思った以上の成果にヴェルは目を瞬かせる。
だがすぐに灯火達のことを思い出し、体を起こした。
コートを脱ぎ、フィージンにそれを着せ、背中に背負うとヴェルは天使の羽を思い浮かべた。
ふわりと音もなく現れた羽根は、やはり虫の羽のように向こうが透けて見えるほど薄く赤色をしているが、ヴェルの背中から直接生えているわけではない。
ヴェルは自身が飛ぶ姿をイメージして、魔法を唱えた。
「飛翔」
ゆっくりとヴェルの体が浮き上がり、地上十メートルの地点で一旦停止する。
そして、天使の目を発動させて辺りを見渡した。
現在地から数十メートルほどの開けた場所で灯火と清水をフレームスが追い詰めている姿が見えた。
「そこか」
小さく呟いてヴェルはその方向へ全力で飛んだ。
フェイトの戦い方は新とは真逆だった。
傷一つ受けることなく魔法も体術も、スリートが投げつけたナイフも使って、身動きが出来なくなる程度に痛めつけたフェイトは、ガスマスクを引きはがし、彼女の口に奪った猛毒をつっこんだ。
それでも五体満足なのはフェイトなりの慈悲なのか、それとも後のために残しているのか。
彼の腹の内を完全に読める者はこの場にはいなかった。
スカートの下に隠していた毒散布機は最初の一撃で二度と使えないように破壊した。
「うあっ、あぁ、ああああああ!」
持っている猛毒に対して耐性があっても、限度はある。
限度を超えた猛毒を直接送りこまれ、全身を焼くような激痛に鼻水と涙を流し、血を吐き散らしながら、のたうち回るスリートをフェイトは冷めた目で見降ろした。
「この程度で猛毒使いというのですか」
暴れるスリートの乱れた髪を掴んで顔をあげさせ、解毒作用のある毒を強引に飲ませた。
スリートの目に殺意だけではなく、憎悪が浮かぶ。
「話す気になりましたか?」
張り付けた笑みを浮かべて、冷徹な声でフェイトは尋ねた。
答える代わりにスリートは彼の顔に唾を吐く。
「そうですか。まだ足りませんか」
軽く手を振るって魔法で顔を綺麗にし、怒りを見せることなく、いたって冷静にフェイトは呟くのと、振り落した足が彼女の顔に全力で落されたのはほぼ同時だった。
鼻骨を砕く感触が足の裏から伝わったが、フェイトの顔が変わることはない。
「どうしたらあなたは口を割ってくれるんでしょうか?この様子だと手足を切り捨てても話してくれそうにありませんね」
言葉とは裏腹にフェイトは足に力をこめて、さらに押し付けるように捻った。
「……殺し、なさ、い」
先ほどまでの自身に溢れていた声とは思えない、酷くかすれた声がスリートから漏れた。
少し考えるような仕草を見せてから、フェイトは明るい笑顔を浮かべる。
その間も足の力を弱めることはなかった。
「そうですね。町一つ封鎖したようですから、あなただけがここに来ているわけではないでしょう。目的は他の方に聞くことにします」
フェイトはスリートから数十メートル以上距離を取って、目を閉じた。
体内に溢れる魔力を一つの形にまとめて、魔法を作っていく。
彼を冷たい青い光が包み、広がっていき、スリートにも見えるようになった時、ようやく彼は目を開いた。
「全てを氷塵に還せ、-0(マイナスゼロ)」
フェイトは静かに呪文を唱えた。
魔力を元に物理法則を無視した現象が、局地的に世界を塗り替える。
彼の足元の地面から早送りするように凍りつき、気温が氷点下を下回り、空気中の凍った水分が白く舞いながら、スリートへ向かっていく。
力なく投げ出されたスリートの半身まで凍りついた時、それ以上の侵略が止まった。
時間を遡るように、氷が溶けていき、元の状態に戻った。
フェイトが作りだした水の上級魔法を停止させ、打ち消せる人物を彼は一人しか知らない。
「そこまでだ、フェイト。いくらなんでもやりすぎだよ」
ゆっくりと振り返ると、少しだけ息を乱した猫がフェイトの背後に立っていた。
急いできたのだろう自らの主を彼は笑う。
「相変わらず主は甘いですね。“コレ”を生かして何の意味があるのですか?」
“コレ”とフェイトが示したスリートは動けないほどの重傷で、全身を毒に侵され、半身が凍傷にかかっていたが、まだ生きる見こみがあった。
再び襲われることを危惧しながら生活するくらいなら殺してしまえ、というフェイトに猫は首を横に振った。
「彼女を殺したところでまた同じような人が現れるだけだよ。君はその度に同じことを繰り返すかい?」
長い時間生きた猫の言葉は重い。
ただの卓上の空論ではなく、経験からくるものだからだろう。
「そのつもりですよ」
「それで自分が死んでもいいと本気で思っている?」
猫の真剣は目がフェイトを見つめる。
言葉の裏にこめられた意味に気づきながらも、気づかないふりをするのは何度目だろう。
「構いません」
フェイト自身も驚くほど即答していた。
自分の命が何よりも大切だったはずなのに、限られた人数ではあるが他人の命を優先するようになったことをフェイトはこの時初めて自覚した。
「……私より先に死ぬことは許さない。それだけは絶対に忘れるな」
何かのフラグのような言葉にフェイトは小さく苦笑した。
後、一年も持たない猫にいわれるほど、フェイトは弱くない。
「わかりました。覚えておきましょう」
それでも真剣な視線を送る猫にフェイトは小さく頷いた。
猫は一瞬だけ泣きそうな顔をしたが、すぐに取り繕い、スリートへ『解毒』と『快勢』の魔法をかけた。
そのままスリートを持ち上げようとしたが、フェイトに奪われてしまった。
「こんな重い物を持って腰を悪くしたらどうするんですか?」
冗談めかした言動に怒りを感じるよりも、おかしくなり猫は笑った。
「そうだね。ならフェイトに持ってもらおうか。交渉材料は多い方がいいからね」
「交渉ですか?」
しぶしぶスリートを背負ったフェイトは不満げに眉を寄せた。
命を狙われたにも関わらず、話し合いで解決させようと猫に反対していた。
「おそらく私がいた方が話が早いからね。条件にも色が付けやすいんだよ」
「なるほど。そういうことでしたら異論はありません」
フェイトはにっこりと悪魔のような笑みを浮かべた。
スリートは一体どんな不平等な条件を突きつけるつもりかと危惧したが、何も出来そうにないため、余計なことはいわずに黙っていた。
二人は灯火と清水の位置を魔法で感知し、その方向へ歩き出した。
『デットライン一家』にとっては滅びの足音がゆっくりと近づいていく。
住人達の中で最強は猫ですが、怒らせてはいけないのは新とフェイトです。
確実に生きの根を狙ってきます(震)
今回はアキとヴェルと猫のおかげで死んでいませんが。
フィージンの扱いがあんまりだったので、少し加筆修正しました。




