101号室 殺人鬼と不死身少女 その3
今から二年前、僕は名前を捨てた。
捨てた名前はデッドライン・ランプライト。
僕の家族は、いや一族っていったほうがいいかな。
一族は千年以上前から人殺しを生業にしている。
暗殺、謀殺、銃殺、絞殺、刺殺、撲殺。
ありとあらゆる方法を使って、時代を問わずに国や貴族、大富豪にマフィア、さまざまな人から高額な依頼料をもらって人を殺し続けている。
成功率の高さからデッドライン家は裏の世界で“死神”とすら呼ばれている。
僕はそんな一族に嫌気がさして、生まれ育った家を飛び出した。
幼い頃から僕には人殺しの才能があったらしく、家族は僕に期待して、僕もそれに答えようとした。
血を吐くような辛い訓練も、気が狂いそうな血生臭さも全部耐えた。
それが終わったと思う間もなく、父や兄達に連れられ、殺しの手伝いをさせられ、実力がつくと一人でやらされた。
名前を知らない人を効率よく殺した。
でも何人殺しても、他の一族たちのようになれることはなかった。
むしろ、標的から流れる名は生々しく、最後の声は耳を塞いでも聞こえ、事切れてどろりと濁った見あげる目が、僕を苛み、心がすり減っていくのが自分でもわかった。
なのに何も変わらず、むしろ人を殺すことを褒める一族が理解できなかった。
幼かった僕にはわからないことだらけだった。
それでも自分の心も、相手も殺し、数年がたった。
家を飛び出すきっかけはある日、休みの日に出会った少年だった。
僕は16歳になったばかりだった。
人懐っこい笑顔が綺麗な少年ですぐに仲良くなった。
名前も知らなかったけど、憧れていた普通の友達が出来て嬉しかった。
僕のことを理解してくれて、嬉しかった。
でも、最後に見たのはこれでもかと濁った目を開いた苦しげな顔だった。
僕はお父様のいう通りに彼を殺した。
お父様の命令は絶対だった。
一度だけ逆らったことがあった。
その日から、一週間食事を与えられず、罵倒され、あらゆる暴力を受けた。
それ以来、心体に染みついた恐怖でお父様に逆らうことができなかった。
吐き気と後悔と怒りと嫌悪が一度にやってきて、僕は彼の亡骸を抱え、声を殺して泣いた。
最悪の結果になってようやく、自分の選択が間違っていたと気づいた。
僕のことを分かってくれた彼は二度と話せない。
もしまた親しくなった人を殺す命令があったら、僕はきっと壊れてしまう。
もう誰かを殺したくない。
恐怖で震える体に鞭打って、僕は一族から逃げ出した。
だけど世界は僕みたいな人間に冷たかった。
特にこの国の冬の寒さは簡単に人の命を奪ってしまう。
持っていたお金はすぐに底をついた。
もともと大したお金は持っていなかった。
ただ、もう同じ生活をしたくない一心で飛び出した。
誰も助けてはくれず、いつ家へ連れ戻されるかと恐怖で僕は身も心もボロボロになった。
ここまで空腹だったことは拷問の訓練以来だ。
今はその時と違って、食べ物をもらえる保証はない。
僕はこのまま雪の中で死んでしまうのかな。
そう思うことも少なくなかった。
でも、不思議と怖くはなかった。
あの暗く血生臭い場所に比べたら、この真っ白な場所の方がずっと綺麗だ。
どうせ死ぬなら綺麗な場所で死にたい。
「大丈夫か?」
男の声が降ってきた。
だけどもう答える力も残っていない。
「お前は生きたいか?それともこのまま死にたいか?」
さっきまで死んでも構わないと思っていたのに、希望が見えたらすがりたくなった。
僕はなんて傲慢な人間なんだろう。
「……生き、たい」
「そうか!ならこんな冷たい場所じゃない暖かい場所に行こう」
男は満足そうにからから笑い、子どもを抱き上げるように僕を引き上げ、背負った。
背負われたことに驚きつつも、僕はされるがままだった。
男は僕より少し背が高いくらいで、見た目よりも筋肉があったが、家族達ほどではなかった。
一般的な男よりも強い。
それが灯火の第一印象だ。
男は四方山久遠と名乗った。
どこかで聞いたことのある名前だったけど、今でも思い出せないんだ。
でも家族と違って、とても暖かかった。
僕は適当な偽名を名乗った。
暖かい服を買ってもらって、パスポートも準備してもらって国境を越えて、飛行機に乗って、僕はニホという国に来た。
ニホンがどんな国かは知っていた。
世界一安全な国で、武器を持つこと自体が犯罪だと前に本で呼んだ。
僕が行きたいと思っていた国だ。
パスポートを作る前に僕は溜めていた質問を口にした。
「どうしてニホンなんですか?」
「俺のアパートがあるんだ。すごく古いけどお前ならすぐに慣れるさ」
からからと久遠さんは声をあげて笑う。
「なんでそんなに笑えるんですか?」
「一秒でも一人でも多くの人を笑わせたいからだ。俺が笑わないとお前も笑えないだろう?」
僕を見る久遠さんの目は陽だまりのようにいつも暖かい。
一族は一度だってそんな目で見てくれなかった。
彼らは道端の石を見るように僕を見ていた。
「幸せなら笑えよ。笑顔は他の人間も幸せに出来るすごいものだぜ」
久遠さんは僕の頭を痛いくらいに撫でて、笑い続ける。
彼ならきっと僕のことを分かってくれる。
根拠はなかったけど、そう確信して、僕は泣きながら自分のことを全て話した。
彼は真剣に聞いてくれ、僕に新しい名前を付けてくれた。
四川灯火。
これからは誰かを優しく照らす温かい人になってほしい、と彼は笑った。
彼につられて笑ったものの、きっと引きつっていてとても見れたものじゃない。
不器用なはず僕の笑顔を彼は嬉しそうに笑った。
「僕は久遠さんのおかげで暖かい場所を知ったんだ。だから今度は僕が」
僕の言葉を遮るように隣で何かが爆発したような乾いた音がした。
音の先には彼女がいて、胸から真っ赤な花を咲かせていた。
ゆっくりとうつ伏せに倒れる姿は夢に出るほど見た光景。
それは銃による背後から心臓を狙った狙撃だ。
「きよ、み?」
やっと出た言葉はひどくかすれていて、聞き取りにくい。
そうでなくても彼女には聞こえていなかっただろう。
清見の意志のない淀んだ目は何も映していない。
どろりとした赤い液体が地面に大きな染みを作っていく。
なんで清美が倒れてるの?
狙撃されたから。
誰が彼女を殺ったの?
黒スーツの男達だ。
僕は誰を仕返しすれ(コロセ)ばいいの?
僕は清美を殺したやつを殺せばいい。
理性なんてあっけなく何処かへ行った。
「今の内にアレを回収しろ!隣にいる男は殺せ!」
黒スーツの一人が叫んだ。
それが合図だった。
本能のまま、水鉄砲を取り出し、引き金を引いた。
勢い良く散る赤が地面や遊具、僕の服や顔にも斑模様を作った。
そんなこと気にならない。
数秒遅れて絶叫が続いた。
「そうだ。泣け、叫べ。もっと苦しめよ」
足元に転がっていた男の腕に発砲する。
面白いくらいに体が跳ね、新しい痛みに苦しむ。
「い、命だけは!命だけは助けてください!なんでも話しますから!」
別の男が俺の足にすがりついてきた。
顔は真っ青で両足の膝から下がちぎれていた。
生き恥さらしのみっともない姿だ。
「そうか。わかった」
男の顔に喜びが浮かぶ。
「なんていうかよ」
ほぼゼロ距離で左耳を撃ち抜いた。
男は耳を押さえて転げ回る。
「お前は同じことをいわれても踏みにじってきたんだろ?そんなお前を助けるわけないだろ」
続けて右耳を撃ち抜いた。
耳障りな声をあげる。
「死ねよ、人間のクズどもが」
背後に気配を感じて振り返りざまに、銃を向ける。
視線の先に同じアパートの屋斎十真十さんが立っていた。
どうやら仕事帰りのようで、スーツ姿だ。
「やりすぎだ。落ち着け。周りを見てみろ」
いわれて、しぶしぶ辺りを見渡して言葉を失った。
怒りで失っていた理性が戻って来た。
公園内は血の池のように真っ赤になっていた。
遊具にもペンキのようにくっいている
まだ黒スーツの男達が生きているのが不思議なくらいだ。
「あ、あああ、違う。僕が、僕は、僕の、僕を、僕と」
僕は何を誰に対していおうとしているのだろう。
舌も頭も回らない。
「お前は間違ってねえよ。だが正しくもねぇがな」
トマさんの目に映る僕は全身血まみれで泣いていた。
僕は二年前、少年を殺した時と同じ顔をしていた。
「でも、清美は……」
「そこの女か?どうやら生きてるみたいだぜ?」
「嘘!?」
小さくだけど確かに心臓は脈打っていた。
「本当だ。生きてる。ちゃんと生きてる」
目から涙が次に次に溢れていく。
「男のことは俺に任せとけ。色々と聞きたいこともあるからな」
トマさんは黒い大人の笑顔を浮かべていた。
深く聞いていいことはないので、素直にお任せする。
「病院はまずいな。とりあえず、これ着て猫のところで治療してもらえ」
トマさんは着ていたスーツのジャケットを僕に投げ渡した。
襟元には一着数十万する高級ブランドの刺繍が縫い付けられていた。
「こんな高いスーツを汚せませんよ!」
慌ててスーツをトマさんに差し出す。
「その格好で行くつもりか?馬鹿か、お前は!警察沙汰になる前にさっさと行け!」
「す、すみません!行ってきます!」
トマさんの怒声に僕は反射的にジャケットを着用し、清美を背負って、その場を後にした。
「ったく。めんどくせー野朗だ」
夕暮れの人が少ない時間帯とはいえ、銃をぶっ放すようなやつらだ。
背後に面倒な黒幕がいることは確実だろう。
場合によっては“少々手荒な手段で”話してもらわねえとな。
スラックスのポケットから携帯電話を取り出し、部下を呼び出した。
数コールで回線がつながる。
「俺だ。会浜公園の人間と情報処理を頼みたいんだが大丈夫か?俺の知り合いがヤッた。至急、闇医者に手配しろ」
相手の快い返事に俺は一安心する。
「じゃああと頼んだ。俺は場所にいるから」
懐を探っていつも煙草代わりにくわている野菜スティックがないことに気づいた。
そういえば、上着にいれていたんだった。
トマは小さく舌打ちし、部下の到着を待った。
部下が到着したのはそれから十数分後だった。
二台の黒いワゴン者からスーツ姿の男たちが数人ほど降り立ち、トマの前に整列した。
男たちは皆、堅気には見えない雰囲気を全身から滲ませていた。
「竜太、電話の通りだ。絶対に証拠を残すんじゃねえぞ」
トマはその中の一人に声をかける。
「わかりやした。おい、お前らさっさと取りかかるぞ」
竜太と呼ばれた男は他の男たちに声をかけて、『仕事』にとりかった。
まだ息のある者を車に積み、証拠になる銃や銃弾を回収した。
三十分程度で終わり、男たちは素早くその場を後にした。
冷たい床で私は泣いていた。
その声は今よりずっと幼くて、身体も小さかった。
だからこれは夢だってわかった。
泣いていたら牢屋の外から男の人がやってきて、私は髪を引っ張られて、殴られた。
蹴られることもあった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
私は何が悪いのかわからないまま泣いて謝った。
泣く気力さえなくなって、ようやく私は暴力から開放された。
冷たい床で私はそのまま眠った。
目が覚めると景色が変わっていた。
私は冷たい台に身体を固定されていた。
眩しい光の中、緑色の服とマスクをした大人たちが私を囲んでいた。
少し幼い声で泣き叫ぶ私の口に柔らかい布のようなものが詰められる。
大人たちは何やらよくわからない機器を私に押しつけたり、突き刺したりした。
痛みで何度も意識が飛んだ。
次に目が覚めると今と同じ声で同じ年の女の子たちと笑っていた。
不意に誰かとぶつかって、階段の最上段から下の階へ転げ落ちた。
全身が痛くて、頭から血が流れている感覚があった。
遠くで誰かの叫ぶ声が聞こえた。
暖かい光に目が覚めると自分の部屋だった。
いつも起きる時間だったから、学校に行く準備をして、いつも通り車で送ってもらった。
教室につくと誰もが気持ち悪い物を見るような目で私を見た。
「化け物が学校に来んなよ」
誰かの言葉に胸が軋んだ。
私は泣きながら、教室を飛び出して、学校を抜け出して、初めて見る町を走った。
どうしてみんな私をそんな目で見るの?
私がみんなと違うから?
私は傷が早く治るだけで、みんなのように痛いんだよ?
みんなと仲良くしたいだけなのに、どうしてわかってくれないの?
どんな傷でも治るのに、胸が痛いよ。
いつも息が苦しいよ。
誰でもいい!私を助けて!
この時、私は他人と違うことに気づいた。
同時に自分が異常な存在だと知った。
「清水!」
伸ばした手を暖かい手が包んでくれた。
この声は灯火くんかな?
不思議と心が落ち着いた。
でもこれもきっと夢。
「また、死ななかったな」
最初に出た言葉に自嘲の笑みをこぼした。
わかっていたくせに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
「よかった!清水が死ななくてよかった!」
暖かい何かが私の顔を濡らした。
自分の血かと思ったけど、それにしてはサラリとしていて、鉄臭くない。
もしかしてこれは夢じゃないのかな?
「灯火くん?」
「起きたんだね!体は大丈夫?痛いところはない?」
灯火くんの質問に私は吹き出した。
不死身の私にそんなことを聞くのは灯火くんくらいだね。
さっきの傷は既に完全に治っているよ。
急に笑われて驚いているのがすごく可愛い。
知らないから当然だけど、そんな“普通”の反応がすごく嬉しい。
「胸が苦しくて痛いです。だからもう少しこのままでいてください」
そういって胸の前のシャツを握りしめて、苦しそうに笑えば、灯火くんは慌てる。
「他に痛いところはない?喉は乾いた?あとはえーと!」
一人であたふたと慌てる灯火くんはすごく面白くて可愛い。
もっと他の表情も見ていたい。
つい好奇心が顔を覗かせる。
「灯火くん、落ち着きなよ。彼女はもう大丈夫だ」
聞き覚えのない中性的な声に、私が視線を移した。
癖毛なのか、ただ手入れを怠ってぼさぼさしているだけなのかよく分からない、ミルクティー色の腰辺りまで伸びたとても長い髪、顔の半分を覆う長い前髪、女性のように細い体躯に白いワイシャツと黒色のベストを纏い、長い足を黒いスラックスに包んでいた。
「猫さん、本当ですか!」
「彼女、起きたばかりで喉が乾いていると思うから水を持ってきてもらえる?」
猫さんと呼ばれた人は口元に優しげな笑みを浮かべて、灯火くんに指示を出した。
「はい!わかりました!」
元気よく返事をして飛び出した灯火くんに、少しだけ寂しさを感じた。
「灯火くんに聞いたよ。清水ちゃんだったかな?体はもう大丈夫?」
猫さんは先ほどと同じ笑顔のまま、私を気遣ってくれた。
「はい。あなたが私を助けてくれたんですか?」
「そうだよ。珍しく灯火くんが取り乱して、君の怪我を治してほしいって叫んでたよ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
灯火くんの優しさに胸が暖かくなる。
「いや、実際には私は何もしてないよ。君の体質のおかげだ」
私たちの間に剣呑な雰囲気が流れた。
介抱してくれたなら当然、私の怪我を見たはず。
灯火くんが信用していたみたいだから、怪しい人ではないとは思うけど、油断はできない。
「気づいてたんですね」
「ここに着いた時、既に君の傷は塞がっていたからね。灯火くんにはまだいってないよ」
「そうですか」
私が不死身だということは灯火くんに知られたくなかったからありがたいことだけど、その裏に隠された意図が読めない。
「君は灯火くんが好きかな?」
唐突な質問に拍子抜けした。
この質問の意図はなに?
「はい。好きです」
「それは友愛?それとも恋愛?」
「わかりません」
灯火くんとは出会って間もなく、少し臆病な人だと思うけど、いい人と思っている。
それが恋愛からくるのか、私には判断できない。
「なら例えば灯火くんが無差別に人を殺せる人でも受け入れられる?」
前髪に隠れた猫さんの目が細められた気がした。
「はい」
私は淀みなく答える。
「どうして?」
その質問の答えは最初から決まっている。
「私は不死身だから今まで利用されたり、傷つけられたりしました。でも灯火くんは私を助けてくれた、すごく幸せな時間をくれたました」
灯火くんだけが私を一人ぼっちから助けてくれた。
きっかけは無理やりだったけど、事実は変わらない。
「そうかい。よかったね、灯火くん」
猫さんの背後の扉から灯火くんが真っ赤な顔で立っていた。
「いつから聞いてたんですか?」
「ごめん、最初からだよ」
灯火くんはバツが悪そうに顔を伏せた。
「そうですか。なら話は早いですね」
「さよなら、灯火くん。短い間でしたが、ありがとうございました」
灯火くんは手にしていた水の入ったコップを落とした。
コップが割れ、水が灯火くんの足を濡らした。
「さっきいったことは本当なの?」
しばらくして我に返った灯火くんが口を開いた。
「本当ですよ。私は不死身」
「違うよ!僕と過ごした時間が幸せだったって本当なの?」
私は予想外のことをいわれ、思考が止まった。
本当のことをいってもいいだろうか。
灯火くんの迷惑にならないだろうか。
でこれが最後になるかも知れないから、思っていることを全て話そう。
「本当ですよ。私は幸せでした。今まで一番幸せでした」
胸が締めつけられて、涙が溢れそうになる。
まだ泣いちゃだめだ。
ちゃんとさよならするまで我慢しなくちゃ。
俯いた私の手を灯火くんが握った。
驚いて顔をあげる私の目の前に灯火くんがいた。
「僕もだよ!僕も清水と過ごした時間が今まで一番幸せだったよ!だからもうどこにも行かないで!」
握られた手に少しだけ力がこめられた。
その暖かさに我慢していた涙が零れ落ちてしまった。
「私は灯火くんの側にいていいんですか?迷惑じゃないんですか?」
「君が僕を受け入れてくれるように僕も受け入れるから、清水に側にいてほしい!」
灯火くんの真剣な目が私を見つめる。
その中に移る私は首まで赤くなって、まるで恋しているみたい。
体中が熱を持ったように熱くなる。
「灯火くんもいう時はいうんだね。今すごくかっこいいよ」
猫さんの言葉に私たちは我に返り、距離を取った。
その様子を猫さんは微笑ましそうに見ている。
「久遠には私から伝えるよ。同居人が増えるってね」
「そ、側にいてほしいっていうのはそういう意味じゃなくて!清水の意思もありますし!」
灯火くんは両手を千切れそうなほど左右に振る。
「私はいいですよ」
「よくないよ!?意味わかってる?年頃の男女が一緒の家に住むんだよ?」
「灯火くんとなら全然いいですよ。ばっちこいです!」
私は両手で握り拳を作って意気込みをアピールした。
同じ部屋で暮らすなんて、家族みたいで楽しそう。
「清水、それはどういうつもりでいってる!?」
なぜか灯火くんの顔は湯気が出そうなほど赤くなっていた。
一緒に暮らすことがそんなにダメなことなのかな?
「だってさ。頑張れ、灯火くん」
「猫さんも止めてくださいよ!一緒はダメです!僕の精神的に!」
「側にいてっていったのは嘘だったんですね」
「違う!本心だよ」
「なら問題ないですね。不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
「現実問題、清水ちゃんはお金を持っていないから一人暮らしは難しいね。前から考えていたんだけど、ちょうどいいから来月から従業員にするするね。経済面は給与が増えて問題なくなるよ」
「わかりました!頑張りますよ!」
灯火くんは観念したように項垂れた。
どうやら一緒に暮らせるようになったみたい。
「わーい!」
予想外の嬉しい事態だ。
灯火くんとなら何があっても何とかなるような気がする。
いつまで側にいられるかわからないけど、お迎えが来るまでは側にいよう。
あと一話続きます。