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管理人室 英雄兼大家と四つ子  その4

 その3の続きです。

 午後から行われたサイン会を無事に終え、佐藤良平さとうりょうへい と 三神颯太みかみそうたは本当の兄弟のように仲良く手を繋いで、喫茶店『黒猫』に向かっていた。

 辺りは夕焼けに染まり、住宅街にも関わらず、人通りがなかった。

「颯太くん、今日は僕の仕事を見ているだけだったけど楽しかった?」

 寒がりのリョーヘイは分厚いコートと手袋、何重にも巻いたマフラーに、ニット帽を耳が隠れるほど目深に被っている。

 さらに颯太と繋いでいない手を手袋ごとコートのポケットへ手首が隠れるまで深く突っ込んでいた。

 コートの下には3、4枚服を着ていて、隙間風すら侵入を防ぐ。

「うん!お仕事をしているリョーヘイはかっこよかったよ!お店に並んでた本もどんどんなくなってたよ!リョーヘイの本はたくさんの人が読んでるんだね!」

 颯太は大きな目を輝かせて、リョーヘイをまるで憧れている英雄のように話す。

 艶のなかった髪は毎日洗ううちに、若々しい黄緑色になり、長かったそれをショーヘアに短く切ったことで、大きな目が印象的な可愛らしい顔立ちがはっきり見えるようになった。

 顔色も随分良くなり、今では本来の子供らしい表情も見せる。

 同じ年の子供より小柄だが、年齢を重ねる内に差がなくなると思い、リョーヘイは心配していない。

 リョーヘイは颯太が建前ではなく本音で褒めてくれることが嬉しくて、口元を緩めた。

「ありがとう。そういってもらえて嬉しいよ」

「もっと難しい漢字も勉強して早くリョーヘイの本を読めるようになりたいな」

 颯太は不満げに口を突き出し、寒さで赤くなった頬を膨らませた。

「焦らなくても、颯太くんなら難しい漢字もすぐに読めるようになるよ」

 颯太は非常に頭のいい子で大抵のことを一度で覚える。

 だからなのか、小学生二年生の段階で小学生で学ぶの勉強を全て理解していた。

「本当?」

 頬を膨らませるのを止めて、颯太は少し不安げな顔でリョーヘイを見上げた。

「本当だよ。今度の日曜日にでも漢字辞典を買いに行こう」

「いいの!?でも辞書って高くないの?」

 颯太が嬉しそうに顔を輝かせたのは一瞬で、すぐに申し訳なさそうな顔になる。

「一冊、二冊くらい大丈夫だよ。それにいい本なら一冊でほとんどの漢字がわかるよ」

 小説家としての収入は既に十分なほどあり、辞書の一冊や二冊程度で生活が困るほどリョーヘイの経済状況は悪くない。

「リョーヘイ、ありがとう!ぼく、頑張って覚えるね!」

 先程よりももっと顔を輝かせて、喜びを表した。

「やる気十分なのは感心だけど、ほどほどにね」

 リョーヘイは足を止めて、颯太から手を離し、マフラーを外した。

 同じように止まり、不思議そうにリョーヘイを見つめる颯太の首に外したマフラーを巻きつけた。

 市販の物よりも一巻き以上も長いそれはリョーヘイが自分のために編んだ物で、とても暖かい。

 颯太には顔の半分以上が埋もれる長さで、目元しか見えない。

「えへへ。すごく暖かい。ありがとう、リョーヘイ」

 颯太はマフラーの下で笑顔をみせた。

 リョーヘイも笑い返し、風通しのよくなった首元をコートの襟を立てて、防寒する。

「どういたしまして」

 リョーヘイがくしゃりと指通りの良くなった颯太の髪を撫でて、手を繋ぎ直し、再び歩きだそうとした時だった。

 目的の方向からスーツ姿の屋斎十真十がこちらへ向かって少し早足で歩いてきた。

 何やら焦っているようで、駆け足で二人に近づいてくる。

「お前ら大丈夫か?」

 少し息を乱したトマに二人は不安が募り、リョーヘイの手を握る小さな颯太の手に力がこめられた。

 リョーヘイは安心させるようにその手を握り返す。

「僕達は大丈夫です。それより何かあったんですか?」

 出来るだけ冷静を心がけて、リョーヘイはトマに聞く。

「実は」

 トマが答えようとした瞬間、彼は厳しい顔をして、リョーヘイと颯太を押すようにその場から跳んだ。

 先程まで立っていた場所に弾丸が撃たれ、地面にめりこんだ。

 数秒遅れて遠くから銃声が響く。

「チッ!遅かったか!ここは危険だ!そこの建物の陰まで走れ!」

 トマは不機嫌そうに舌打ちを漏らし、尻餅をついたリョーヘイと颯太を立たせた。

 リョーヘイは颯太を抱きかかえ、トマの示す建物の影へ走った。

 三人の背後を追うように次々に弾丸が撃ちこまれる。

 なんとか足を止めることなく、三人は近くの建物の影に隠れると、詰めていた息を吐いた。

「本当に、何が、あった、んですか?」

 運動不足気味のリョーヘイに急な全力疾走はきつく、肩で息をしていた。

 颯太はリョーヘイの腕の中で真っ青な顔をして、全身が震えている。

 無意識にか、リョーヘイのコートを強く握りしめ、深いシワを作っていた。

 トマは追撃が来ないことを確認してから、リョーヘイと颯太に向き直る。

「灯火と清水、曇と雪と未来が『黒猫』に来てないと久遠から連絡があってな。もしかしたら灯火の迎えが来たのかもしれねえ」

「確か灯火くんの実家は『殺し屋』でしたよね?」

 リョーヘイは灯火が越してきたばかりの頃、久遠と一緒に本人から話を聞いていた。

 灯火は“とある有名な殺し屋一家”から家出し、死にかけていた所を久遠に引き取られたらしい。

 迎えに来たということは、どこかから灯火の情報が漏れていたようだ。 

 ふとリョーヘイは先月会った警官の振りをしていた男を思い出した。

 もしかしたらあの時に会った人物が灯火の家族だったのかも知れない。

「『殺し屋』じゃ生温いくらいだ。あいつらはただの『殺人鬼』の集まりだ」

 トマは厳しい顔でリョーヘイの意見を否定した。

 人付き合いが苦手なのかいつもおどおとしているが、仕事は誠実で遅刻も欠勤もしたことのない真面目な彼が殺人鬼だと、リョーヘイは思えなかった。

「……ぼくのせい。みんな、みんな、ぼくのせいだよ」

 二人の沈黙を破るように颯太が口を開いた。

「颯太くん、それはどういう意味?」

 颯太の並々ならない態度にリョーヘイは優しく声で聞く。

「これ……お父さんがぼくに、四方山久遠っていう人に渡してっていったのに、どこにいるのかわからなくて、でも、リョーヘイ達が、お父さんみたいに、殺されるかも、しれないって、思ったら、怖くて、誰にも、いえ、なく、てっ」

 颯太は話している間に父親が死んだ恐怖や虚無感といった様々な感情を思い出し、耐え切れずに目から涙が溢れ出した。

 服のポケットからトマとリョーヘイに差し出したのは量産型のUSBメモリだった。

「大丈夫だ。俺達はそう簡単には殺されない」

 トマは強引に颯太の涙を拭って、力強く頭をかき撫でた。

「そうだよ。絶対に殺させない」

 リョーヘイは颯太を力強く抱きしめた。

 目に強い覚悟とほの暗い感情がこもっていたが、気づいたのは目の前のトマだけだ。

「颯太くんのお父さんはどんな仕事をしていたか教えてくれる?」

「記者だよ。新聞とか雑誌とかのネタになる記事を探していろいろなところに行ってたみたい」

「記者か。記事にされて何か困るようなネタがこのUSBメモリに入ってんだろう」

「颯太くん、何か心当たりはないよね?」

「そういえば……前にお父さんが“不死身”とか“研究データ”がどうとかっていってたよ」

「“不死身”に“研究データ”……まさか清水のことか!?」

 トマは予想外の言葉に驚き、目を見開いた。

「清水ちゃんはただの家出じゃないんですか?」

「清水は久遠と敵対する会社に数十年“不死身”の研究素体モルモットとして利用されていて、隙を見て逃げ出したところを灯火に保護された。だが、その会社は久遠が潰したはずだ」

 トマは隠していた事実を苦々しく口にする。

 隠されていたことにリョーヘイは何も感じなかった。

 アパートの住人は誰もが人にいえない秘密を抱えている一癖も二癖もある者ばかりだ。

 だけど、お互いに他に行き場がない者だからこそ、本物の家族よりも強い絆で結ばれている。

 少なくともリョーヘイはそう思っていた。

「もしかしたらその情報を聞きつけた別の会社の仕業ではないですか?」

「その可能性が高いな。灯火だけの話だと思っていたが、随分とまあ複雑な話になったもんだ。あのバカ、情報隠蔽あとしまつはきっちりしとけつっただろうが……後で焼きいれるか」

 後半の言葉はリョーヘイと颯太には聞こえないほど小さかったが、トマの地を這うような低い声にいい話ではないことを察した。

「つまり清水ちゃんが欲しい会社と、灯火くんを連れ戻したい実家が共謀したってことですか?」

「そうだな。俺達が追われているのは“研究データ”を持っているからだが、奴らのことだ。データを捨てたところでデータを持っていた俺達を見逃すわけがねえ」

「研究データを別の記憶媒体にコピーしている、または中身を知っている可能性があるからですね?」

 颯太がデータを持っていることをトマとリョーヘイは今知ったが、相手はそれを知らない。

 データが他の場所に保管している可能性があるならば、全て消す必要がある。

「その通り。そいつらには喉から手が出るほど欲しい物だが他人に渡すつもりはねえらしい。だから俺達が生き残るためには『黒猫』まで逃げることだ」

「……ぼく達、逃げ切れるの?」

 それまで話を聞いていた颯太が赤くなった目で二人に尋ねた。

 賢い彼は二人の会話を正しく理解し、逃げ切ることがどれだけ難しいことかがわかっていた。

「正直いうと難しいな。相手は狙撃銃を持ってる。どこにいるかもわからねえそいつが撃ってくる弾を逃げながら全部避けるなんてことは俺達には不可能だ」

 魔法が使える猫やフェイトなら壁のような物を生み出して、逃げることが出来たかもしれない。

 だが、生憎二人とも別の場所にいる。

「それならここで助けを待ちますか?」

 異変に気づいた二人が来るのを待つのも一つの手だ。

 だが、二人が来るよりも先に狙撃手が場所を移動して狙撃されても、三人は終わりだ。

 先ほど避けられたのは偶然であり、今度はきっといい的にしかならない。

「猫は喫茶店で待機と避難してきた住民の保護、フェイトは既に灯火達の元へ向かってる。日向と自由は戦い方を知らない。ヴェルの力は宛に出来ない。いや……咲楽なら」

 トマの言葉を遮るように携帯電話の着信音が鳴り出した。

「僕です。出てもいいですか?」

 トマが無言で頷くのを確認してから、リョーヘイは通話ボタンを押した。

「初めまして一般人。前にお宅の猫に引っ掻かれた傷が疼いて仕方ねえから仕返しに来てやったぞ」

 若い男の声がスピーカ越しに聞こえた。

 敵意しか感じない声に狙撃手からだと察した。

「『デッドライン一家』の方ですね?」

 確認の意味をこめて、リョーヘイはいう。

「わかってんなら聞くなよ」

 リョーヘイの推測は間違っていなかった。 

 男の苛立った声にリョーヘイとさほど年齢が離れていないのではないか、と推測する。

 それならば勝てると彼は思った。

 同世代の口論でリョーヘイは一度たりとも負けたことはなかったのだ。

 にやりと悪い笑みを浮かべたリョーヘイにトマは遠い目をした。

 おそらくピンクの髪をした男を思い出したのだろう。

「僕達のような一般人を狙う理由はなんですか?」

「おいおい。あんたわざと聞いてないか?」

「一般人なので心当りがありません」

「いい性格してるな、リョウヘイ=サトウ」

 怒りがにじみ出ている声にもリョーヘイは動じない。

「いえいえ。あなたには及びません。デッドライン家次男『ハズヒート=デッドライン』いや、『猛追の殺人鬼』さん」

 素知らぬふりをして、リョーヘイはハズヒートを煽っていく。

「お前、本当は一般人じゃないだろ?」

 わずかにハズヒートの声が固くなった。

「紛れもなく一般人ですよ。試してみますか?」

 それに気づき、リョーヘイはわざとおどけた口調に変えた。

「そこまでいうなら後でゆっくり確かめてやる。それよりそこのガキが持ってるUSBメモリを俺に渡せ」

 ハズヒートは颯太くんがUSBメモリを持っていることも知っていた。

 なら誤魔化しは聞かないだろう。

「このUSBメモリをハズヒートさんがいる場所まであの赤い看板のビルに投げればいいですか?」

「お前は俺をからかっているのか?そんな近くに俺がいるわけないだろ」

 ハズヒートは予想以上にリョーヘイを舐めているようだ。

 それともわざとなのか、あっさりと自身の位置情報をばらした。

 赤い看板のビルは三人が狙撃された場所のすぐ側にある二階建ての小さな建物で、ここからでも見える。

 建物の影に隠れてから追撃がないことからも、ハズヒートは先ほどからそこから動いていない。

「ハズヒートさんが僕達を狙っている以上、ここから動けませんよ?なら近くの黄色の屋根のアパートの郵便受けの上に置きますので、取リに来てください」

 リョーヘイは見晴らしのいいビルの間に挟まれる形で建っているアパートを指定する。

「……わかった」

 そういってハズヒートは通話を終わらせた。

 


 

 ハズヒートは小型の望遠鏡のような光学顕微鏡(スコープ)に映る景色に目を凝らした。

 景色の中心にはリョーヘイがいる。

「のこのこと指定した場所に来て馬鹿なやつだ。俺に殺されるかもしれないと思わなかったのか?」

 ハズヒートは声を殺して笑った。

 USBメモリ回収は依頼に含まれていたが、出来なければ破壊しろ、といわれている。

 依頼者は研究素材さえ手に入れば、データ以上の成果を挙げられるとでも考えているんだろう。

 だから、ハズヒートは最初からUSBメモリを回収するつもりはなかった。 

 ハズヒートの目的はデータの存在を知る者の殺害であり、以前手を出そうとして|魔法使い(唄田猫)に返り討ちにされた八当りでもある。

「一般人は一般人らしくさっさと死ね」

 ハズヒートは心底馬鹿にした口調で、リョーヘイに狙いを定め、引き金にかけていた指に力をこめた。

 だがあと一押しというところで、ハズヒートの左腕の肩が撃ち抜かれた。

「なっ!?」

 予想だにしない出来事と痛みにハズヒートは声を上げた。

 撃たれた衝撃で引き金を引いたが、狙いを外れ、見当違いな方向へ着弾する。

 それでも銃を手放さなかったのは、デッドライン家の一員であるというプライドからだ。

 どんなに腕利きの狙撃手でも、引き金を引く瞬間だけは周りへの警戒が薄くなる。

 その針の穴のような隙を縫うように、ハズヒートは何者かに撃たれたのだ。

 振り返ると月のない夜のような黒い髪をした長身の男がハズヒートに銃口を向けていた。

 男が着ている橙色のエプロンが風になびく。

「あんた、何者だ?なんでここがわかった」

 苛立ちを隠さずにハズヒートは男に問う。

 リョーヘイとハズヒートとの距離は数百メートルは離れている。

 目の前の男に助けを求めたとしても、狙撃ポイントは多数あり、ハズヒートがどこに潜んでいるかわからないはずだ。

「佐久間咲楽。今名乗る名前はそれしかない」

 静かな声で、咲楽と名乗った男は告げた。

 一目でハズヒートは咲楽が長兄以上の実力を持っていると悟った。

「お前は油断をし過ぎた。だから今の状況に陥っている。うちの住人を舐めるな」

 咲楽の視線には傷つけられ、殺されそうになった住人達を代弁するように怒りが込められていた。

「リョーヘイ=サトウか!」

 先ほどまで見ていたどこにでもいそうな青年を思い出し、ハズヒートは唇を噛んだ。

 嵌められたと気付いた時にはもう遅い。

「目的はなんだ?」

「教えると思うのか?」

 咲楽はハズヒートが手にしていた狙撃銃を撃ち抜いた。

 衝撃でハズヒートの手を離れ、ビルの縁を越え、遠い地面へと落ちていった。

 おそらくもう二度と使えないだろう。

「話さなくて困るのはお前だ」

 咲楽は淡々とハズヒートの心臓に銃口を合わせる。

「片手が少し使えなくなったくらいで口を割るかよ」

 ハズヒートは隠し持っていた銃を取り出し、咲楽を撃った。

 だが、それよりも早く咲楽は引き金を引いていた。

 三発の銃声が辺りに響いた。

 咲楽は弾丸を避け、ハズヒートは心臓のすぐ脇と銃を持つ右手に着弾した。

「ぐっ!」

 今度は握り続けることが出来ず、ハズヒートは銃を取り落した。

 力の入らない右手で心臓の脇を押さえるが、止血にもならない。

 致命傷ではないものの、このままでは失血死してしまうだろう。

「目的はなんだ?」

 無傷の咲楽が深手を負うハズヒートに再び問う。

 たった数秒で状況を絶望的な物に変えた相手をハズヒートは睨みつけた。

「いえるか」

 精一杯の強がりをこめて、ハズヒートは咲楽を笑った。

 咲楽は銃口をハズヒートの眉間に合わせた。

 次はもう外さないだろう。

 心臓を狙った弾はわざと外したことくらいハズヒートは気づいていた。 

 自分に絶望的な力の差を感じさせて口を割らせたかったのだろう。 

 生まれた時から殺人の技術を教えこまれると同時にあらゆる拷問にも耐えられるような訓練もさせられた。

 “口を割るくらいなら死ね”

 生まれて初めて父にいわれた言葉がそれだった。

 今まで俺はそれを守ってきた。

 そして、これからも守り続けるつもりだ。

 ハズヒートはこれまでの人生を振り返った。

 出来のいいランプライトが生まれたことでハズヒートは彼よりも低く扱われるようになった。

 だからハズヒートは弟が嫌いで、憎らしかった。

 家出したと聞いて時は歓喜した。

 これで俺の価値が上がると思った。

 実際はそんなことはなく、他の家族は必死に探していたが。

 そんな弟を連れ帰るためもある今回の依頼は気乗りしないもので、いつも以上に適当な気持ちで臨んでいた。

 そのツケが今周って来たんだろう。

 別に後悔なんていていない。

 どんな理由があろうとも任務に失敗した以上、死ぬのは当然のことだ。

 だからさっさと俺を殺せよ。

 ハズヒートの心境を知ってか、咲楽は引き金を引いた。

「なんで俺を殺さない……っ!」

 咲楽が撃った弾はハズヒートの頬に一つの傷をつけただけだった。

「殺しはもうしないとあいつと誓った」

 咲楽は銃をエプロンにしまい、ハズヒートに近づいて行く。

 無防備なその姿にハズヒートはこれ以上ない怒りを覚えた。

「銃がなくても殺せんだよ!」

 ハズヒートは文字通り咲楽の首に噛みついた。

 鋭い犬歯が届く前に咲楽は彼を引き倒し、地面に伸した。

 痛みに呻く彼の首筋に手刀を落とし、意識を奪う。

『次男確保。長男へ移動』

 と打ったメールをトマと久遠と猫に送り、咲楽はハズヒートに最低限の治療を施す。

 そして百七十センチはあるハズヒートを軽々と背負って次の場所に移動した。

 



 咲楽がハズヒートと接触する数分前。

 通話が切れた瞬間、リョーヘイはほっと息を吐いた。

 携帯を握る彼の手はほんのり汗ばんでいた。

「トマさん、“今の会話は咲楽さんに聞こえて”ましたか?」

 リョーヘイがトマに視線を送ると、彼は自身の携帯電話を持ち上げた。

 咲楽の電話番号と通話中の文字が画面に表示されている。

「ほんとにお前は無茶するな」

 トマは呆れたように苦笑する。

 電話がかかってきた瞬間、リョーヘイは小さな動きで、トマに咲楽へ電話をかけるよう頼み、自身はスピーカモードで電話に出たのだ。

 咲楽は電話に出た時、相手が話すまで決して声を出さない。

 それを知っていたリョーヘイは助けを呼ぶ代わりに、会話を聞かせて咲楽を誘導したのだ。

 もしトマの動きに気づかれていたのなら、三人の命はそこで奪われていただろう。

 いろいろと問題のある賭けだったが、無事に成功した。

「もう二度としたくないです」

「当然だ、この馬鹿野郎」

 本音を口にしたリョーヘイの頭をトマは殴った。

 もちろん手加減していたが、強い衝撃にリョーヘイは涙目になる。

「というわけだ。俺達は今ハズヒートに狙われていて動けない。チャンスはリョーヘイが約束に行く場所までだ。それまでに相手を見つけられそうか、咲楽?」

「問題ない」

 たった一言だけだったが余計な言葉がない分、自信が感じられた。

 だからリョーヘイは安心して、約束の場所に向かったのだ。

 トマさんの頑張りが全て咲楽さんに奪われた気がします(笑)

 

 そして黒リョーヘイが降臨されました(笑)

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