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管理人室 英雄兼大家と四つ子  その1

 英雄と四つ子は忘れられないクリスマスを迎える。

 四方山久遠は世界中で『英雄』と呼ばれているが、実は自身のことで人に誇れる物を何も持っていない。

 殺し屋一家の天才でも、心臓を撃たれても死なない不死身でもない。

 初出版した年に誰もが知るようなほど有名な文学賞を受賞した小説家でも、一度で全てを理解する天才でもない。 

 デビューCDの初動セラー(発売から最初の一週間以内の売上)がミリオンを越えた人気ネット歌手でもない。 

 組合員千人を超える組の組長最有力候補の取り立て屋でもない。

 体の半分が機械の改造人間でも、国が使っているスパコン並みの性能をつめこんだ人型機械でもない。

 未来を捨て、過去へとやって来た孤児でもない。

 魔法使いに異世界から呼び出された猫耳の異世界人でもない。

 天界から勉強のために落とされた天使でもない。

 一人の人間を狂うほど愛する吸血鬼でもない。

 つまり彼にとって人に誇れる物とは開花した才能でもあり、生まれ持った体質でもあり、自らを追い詰めることで手に入れた努力の結果でもある特別な物だ。

 だが、久遠はそういった物を何一つ持たずに、また得ることも出来ずに成長した。

 何をやっても久遠は良くも悪くもない結果を出した。

 だから、久遠が中学を卒業する頃には世界は不公平なんだと思って、わからない才能を開花させることも、平均的な体質を、手に入れた努力を放棄した。

 周りの空気を読んで適当に合わせて、ただただ毎日を浪費していた。

 未来に絶望してなかったが、希望もなかった。

 そんな久遠の生き方を変えたのは『笑美エミ』という同じ年の少女だった。

 久遠が笑美と出会ったのは全くの偶然だった。

 退屈しのぎに厄介事に首を突っ込み、大怪我をして救急車で運ばれて入院した病院で迷子になった時に出会ったのだった。

 笑美もまた人に誇れる才能もなければ、体質もなかった。

 むしろ笑美の体質は貧弱すぎて病室から出ることもままならず、いつ死んでもおかしくなかった。

 笑美に出来たのは本を読むことだったが、それすらも長い時間はできなかった。

 病室は本棚がたくさんあり、いつだって彼女は本で満たされていた。

 そんな笑美の野望は『外に出てたくさんの人を笑顔にすること』だった。

 笑美は人の笑顔が好きで、大好きで、愛してさえいた。

『笑うだけで人は幸せになれるんだよ。一秒でも一人でもたくさんの人が笑わったらきっとそれだけで世界は幸せでいっぱいになるの。だから私はどんなに辛くても悲しくても笑うの。だって私が笑わないと目の前のいる久遠くんも笑えないでしょ?』 

 それが笑美の口癖だった。

 狭い病室と本の世界しか知らない笑美はいつも純粋無垢で無邪気な笑顔を浮かべていた。

 久遠がそれが大嫌いで、嫌悪が限界を越えた日、衝動のままに真っ白な笑美を滅茶苦茶に汚した。

 純粋無垢で無邪気な笑美が壊れてしまえばいい、と願って償えない大罪を犯した。

 だが、肩で息をする笑美は変わらず、久遠の頬を撫でて笑った。

『久遠くんが不幸せだと思って笑えないなら、私が代わりに笑って久遠くんを幸せにしてあげる』

 いわれて気づいた。

 笑美はいつだって久遠の幸せのために笑っていた。

 彼女にとって久遠は世界そのものだったらしい。

 才能のなく、努力することすら出来ない体質に生まれ、それでも誰かを恨むことなく、受け入れて自分に出来ることを行っていた。

 久遠は笑美よりも恵まれていたにも関わらず何もしなかった浅はかな自分が惨めだった。

 だが、同時にそんな自分を受け入れてくれた笑美がとても愛おしく思えた。

 それから間もなく二人は付き合うことになった。

 外の世界を知らない彼女を楽しませるために病室に毎日のように通い、久遠はその日会った出来事を聞かせた。

 彼女が辛くないように寂しくならないように出来る限り優しくした。

 数か月後に笑美は久遠と周りの反対も押し切ってその命と引き換えに、久遠に四つの小さな命を残した。

 久遠が笑美と過ごした時間は短かったが、幸せで満ちていた。

 笑美の家族は久遠が犯した罪を許さず、葬儀にすら参加させなかった。

 子供達は久遠に託されたが、その日暮らしをしていた久遠にその子供達を育てることは出来ず、孤児院に預けられた。

 久遠の家族も久遠を見捨てたのである。

 以前から厄介事ばかり起こす久遠を家族は疎ましく思っていたからだ。

 久遠は笑美が死んだ悲しみを忘れるように、子供達と家族で暮らせるように仕事があればどこへでも行き、がむしゃらに働いて金を稼いだ。

 子供達と暮らす未来だけが久遠の支えで、笑美がこの世界にどこにもいないことへの虚無感から救った。

 それから五年後に久遠は子供達と再会した。 

 だが、がむしゃらに働き過ぎた久遠は気がつくと世界を股にかける大企業の社長になっていた。

 努力した結果、久遠は子供達と一緒に暮らせなくなった。

 彼に向けられる感情は綺麗な物ばかりではない。

 一緒に暮らすなら子供達は笑美のように狭い世界しか知らずに生きていくことになる。

 久遠は子供達には広い世界で生きて欲しかったのだ。

 もし、久遠を狙う物がいれば、まず子供達を狙われると誰にいわれるまでもなく自覚していた。

 だから久遠は一緒に暮らすことを諦め、子供達の身の安全のため、側に力を持つ者を彼自身が子供達に与えたアパートの空き部屋に住まわせた。

 それはただの力ではない。

 知力や暴力に魔力、権力、などなど彼が手にすることが出来ない力を欲した。

 だが、久遠が本当に欲したのは守る力ではなく、仕事で世界中を飛び回るためにどうしても寂しい思いをさせてしまう子供達を自分の代わりに幸せにしてくれる者達だった。

 そして、それは久遠が愛した笑美のたった一つの願いでもあった。

 久遠の願いは彼がいわなくてもアパートの住民は叶えてくれた。

 久遠の娘達が住むその場所の名前を『二葉荘』という。




 午前十時のニューヨークは雲一つない晴れた空で爽やかな朝を迎えていた。 

 そんなどこかへ出かけたくなるような日に、とある高速ビルの屋上では一機のヘリが飛び立とうとしていた。

 四席しかない狭い室内は操縦席がある前席には機長と副機長が、後部座席には三十代くらいのスーツ姿の男が座っていた。

 男はネクタイを緩め、ボタンも二つほど開けた、だらしない格好だった。

 しかし、彼こそがアメリカの大統領でさえ一目置く、世界を股にかける超巨大企業『ビームカンパニー』の社長、『四方山(よもやま)久遠(くおん)』その人である。

 久遠は自社の最新型のスマートフォンで誰かに電話をかけていた。

「もっしも~し?ヘリの音がすげえうるさいけど聞こえてるか?久しぶりだな、咲楽。しばらく連絡なくて悪かった。最後に直接連絡取ったのは半年くらい前の晴達の運動会以来だったか?お前がいるからついついそっちは任せきりになるんだよなー。それにクリスマスが近いってことでこっちは最近人使いが荒くって荒くって。死ぬかと思ったぜ。そんなことより元気にしてるか?」

 まるで早口言葉のように話す彼の言葉を一度で理解できる者はどれだけいるであろうか。

「お嬢様方は元気だ。アパートの住人は前に連絡した他には特に問題はない」

 咲楽と呼ばれた人物は男のようで、久遠よりも低い声で軍人のように必要なことしか答えなかった。

「娘達のことも気になるっちゃ気になるけどお前のことも聞いてんだぞ。声を聞く限り元気そうだから何も心配してないけど、病気したら遠慮せずに病院に行けよ?それとも注射が怖くて行けないか?俺はもう今年だけで三十回以上打たされたぞ」

 久遠は一人でからからと笑う。

「今回はなんの用だ?」

「話を逸らしたな。この病院嫌いめ。明日クリスマスイブだろ?だから、今回はうちで作った最新の超高速機で帰るから半分の七、八時間で日本に着くぞ!衝撃音がすごすぎて地上じゃ乗れねえから海上にある滑走路までヘリで行かなきゃいけねえのが難点だけどマッハ2で飛ぶんだぜ!マッハ2!早すぎてもう周りの景色なんてビューンって過ぎていくから全く見えねえらしいぜ!こうやって夢の世界が現実になっていくんだな!あ、さっき画像を社員からもらったんだけど外装が赤色でまるでポルシェみたいでかっこいいぞ!本当にかっこいいから後で写メ送るな!」

 露骨に話を逸らした咲楽を責めながらも、久遠は話に乗る。

「安全性に問題はないか?」

「もちろんない!といいたいところだが、実際に飛んだことが少なくてな。充分なデータがとれてないらしいんだよ。だから俺も次世代のためにもこうして体を張ってんだ。まあ、俺の社員だから問題なんて起きないけどな」

「部下を信頼しているな」

「まあな。俺はあいつらが昼も夜も頑張っている姿を見てきたからな。そんな情熱を持った奴らが作った物なら仮に今回墜落してもいつかは必ず超高速機を作れるさ。そもそも最初から失敗しない奴なんていないんだし」

 久遠は自慢げに鼻を鳴らした。

「今回墜落して久遠が死んだら責任を問われ超高速機制作が続けられない可能性がある」

 その可能性を考えていなかったらしく、久遠はしまったという顔をした。

「今まで通りなんとかなるさ。為せば成るってのは俺のためにあるような言葉だしな。大丈夫だ。うん、きっと大丈夫。俺は俺の社員を信じるぜ。だってあいつら自信満々に俺にいってきたし?成功する自信がなかったらあんな風にいわないだろう」 

 口ではそういいながらも先程までの自信はすっかりなくなり、しきりに『超高速機マニュアル』と書かれた冊子の『緊急時』というページを確認していた。

「行き当たりばったりの方が正しいと思う」

「それもそうだな。とりあえず人間ってやつは生きてさえいりゃなんとかなるもんよ。こんな適当な俺でも冗談みたいなバカでけえ会社の社長になったわけだしな」

 あっさりと開き直り、マニュアルを置いてあった場所に戻した。

 ふと、咲楽は一つ疑問に思い、口に出した。

「久遠が超高速機に乗ることを社員は止めなかったか?」

「今さっきまで秘書がなんかいってたけど面倒くさかったから置いてきた。俺は年中無休で働いてんだから三日くらい有給くれたっていいのにな。他の社員はきっちり有給とってんだしな」

 さらりと爆弾発言をした。

 もし超高速機が墜落し、久遠が死んだら比喩でもなんでもなく、世界恐慌が起きる。

 現在の『ビームカンパニー』は複合企業でありながら、全ての産業において黒字を叩き出す驚異の経営状況だ。

 さらに社内環境も整っており、給与も同じ企業に比べ高く、男女問わず育児休暇申請が許可され、将来性も見込めるということもあり、産業によってはその就職倍率が数千倍であるほどだ。

 どれほどすごいことなのか本人は自覚していないが、それを支えているのは久遠であり、他の者には到底なし得ないことである。

 ゆえにアメリカ大統領を筆頭に世界の要人は彼にひと目置いていた。

「別の方法で来い」

 全社員を代表して咲楽がツッコミを入れる。

「もう手配したから無理だな。おー、地上で秘書がこっちに向かってなんかいってるけどなんも聞こえないわー。ミニチュワみたいにどんどん小さくなってく。これ何度見てもおもしろいな。二、三日戻るつもりはないからあとよろしくー」

「もう遅いかもしれないが無事に帰って来い」

 久遠をよく知る咲楽は諦めたように溜め息を吐いた。

 彼のフットワークの軽さは一日で南極から北極に行くほど軽い。

「なんだそれ。咲楽、縁起悪いぞー!」

 久遠がまだまだ話したりなさそうだったため咲楽は話の途中で電話を切った。

 携帯電話をサイレントにし、枕元に置き、布団を深く被り、忙しくなるであろう翌日のために眠った。

 時刻は、日本時間午前零時を過ぎたところだった。

 



 咲楽が眠りについた時間、屋斎やさい十真十とまとは組長である五十嵐茂樹(いがらししげき)の自宅の一室である何十畳もある広い和室で対峙していた。

 御年七五歳になる五十嵐であったが、今だ現役で組をまとめている。

 五十嵐はトマが回収した金を数え、側に控えていたまったりとした雰囲気を纏った眼鏡をかけた幹部の丹波たんばに渡した。

 丹波は受け取ると深く一礼し、静かに部屋を去った。

 おそらく、受け取った金を金庫に納めに行ったのだろう。

 部屋にはトマと五十嵐だけが残された。

「ガキだったおめえもきっちり仕事が出来るようになったな」

 五十嵐は出来のいい息子をからかうように笑った。

「親父、俺が何年この仕事をやっていると思ってんだ」

 トマも強気な笑みを返した。

 そこに険悪な雰囲気がないことから二人の関係が深い物であることがわかる。

「トマ、組長になるつもりはねえか?」

 五十嵐の真剣な視線が全身に突き刺さる。

 トマは組内で最有力組長候補だといわれているのを知っていた。

 だが、トマにその気はさらさらない。

「ねえな。俺くらいのやつには幹部がちょうどいい」

 トマは本気でそう思っていた。

 組長になりたくて入ったわけではなかったため、身分に拘りがなかったからである。

「それに親父には実の息子がいんだろ。俺じゃなくてあいつに任せりゃいいだろ?」

 心底残念そうに五十嵐は溜息を吐いた。

「あのバカ息子に任せりゃ組が潰れちまう」

 本人がいないがゆえにいいたい放題だ。

 だが、五十嵐も本気でそういっているわけではないことを知っていた。

 息子はそれなりに才能も器もある。

 ただ五十嵐が個人的にトマを気に入っているだけで、周りの人間も誤解していた。

「話ってのはそれだけか?」

「いや」

 五十嵐はゆるりと頭を降り、顔をあげた。

 心臓を鷲掴みにされたような感覚と全身に突き刺さるような殺気が放たれる。

 それは組に関わる重要な話をする時にしかやらない。

 トマは姿勢を正し、五十嵐の言葉に神経を集中させた。

「半年くらい前から日本に入っていた『デッドライン一家』がここ一ヶ月で動き出した」

 トマの目が驚愕に見開かれ、ある人物の顔が浮かび眉間に深いシワが寄った。

 『デッドライン一家』は裏世界では知らない者のいない殺し屋一家だ。

 特徴は血の繋がりと異常な殺しとどんな依頼でも確実に実行すること。

 そして、『灯火』の実家でもある。

 生まれた瞬間に人殺しの教育を受け、五歳になるまでには必ず人を殺させ、殺すことへの抵抗をなくさせる。 

 灯火はそんな異常な家庭環境に気づき、家から逃げ出した。

 もしかしたら灯火を連れ戻しに来たのかもしれない。

「お前が死ぬことはねえだろうが、一応気をつけろよ」

 五十嵐の言葉を重く受け止め、トマは退室した。

 家を出た瞬間に懐から携帯電話を取り出し、猫に電話をかけた。

「トマが私に電話をかけるなんて珍しいね。何かあったかい?」

 猫ののんびりとした声に既に苛立っていたトマはさらに苛立つ。

「俺に『デッドライン一家』のことを黙っていたな?」

 トマの低く重い怒りが声に漏れ出ていた。

「ごめん。心配をかけないように黙っていた」

 白々しい謝罪だった。

 トマが知らなければ、一人で解決させるつもりだったのだろう。

 いや、知った今でもトマを頼らずに一人で解決するつもりだ。

「ふざけるな。いつまで俺を子供扱いしやがる?」

 トマは怒鳴りつけたい気持ちを必死に押さえる。

 握られた携帯電話に力が込められた軋む音がした。

 自分自身を守る力をつけても、猫はトマを頼らず一人で解決する。

 トマにとってそれは屈辱的であった。

「本当に悪かった。これからはちゃんとトマに話すよ」

 重さのない猫の言葉。

 どれだけ力をつけても、側にいても猫は距離をとり、トマと友人以上の関係を拒む。

 猫がトマに好意がないわけではないことも薄々気づいている。

 なのにどうしてか猫は最後の一線でトマを拒むのだ。

 いっそ嫌ってくれればと思うことすらあった。

 だが、この魂に刻まれたような熱い思いは初めてに逢った日から猫しか求めなかった。

「俺はお前を好きだ」

 いっそ告白してしまえばわかってくれるだろうかと、トマは思いをこめて口に出した。

「ありがとう。私も“友人”としてトマが好きだよ」

 トマの気持ちに気づきながら、猫はそれを切り捨てた。

 何が俺に足りないのだろうか。

 何度目になるかわからない問いをトマは胸の中で繰り返した

「君が死ぬとは思わないけど気をつけてね」

 五十嵐と同じ言葉のはずなのに、その言葉だけは友人に向ける物とは違う感情がこめられているような気がした。

「お前も死ぬんじゃねえぞ」

 思わずトマはそういった。

 電話越しに猫が息を飲んだ気がした。

「大丈夫。私のことは心配いらないよ。それじゃあ、おやすみトマ。また後で」

 そういってやや一方的に電話を切られた。

 携帯電話の画面に表示された日付は変わっていた。

「そういやもうクリスマスイブか。ってことはまたうるせえ“あいつ”が帰ってくんのか」

 星が輝く夜空を見上げ、トマはぽつりと呟いた。

 猫のことで多少悲観的になっていたトマだったが、“あいつ”と呼んだ人物を思い出し、少しだけ気が楽になった。

 そのままトマは歩いて帰途につく。

 怒りで血が上った頭を冷まし、『デッドライン一家』への対策を練りたかったのだ。




 この数十時間後にアパートの住人と猫を巻き込んだ大事件が起こるのだが、誰も気づかないまま時間だけが過ぎていった。

 正月にクリスマスネタをやってしまう作者です(汗)


 こうなった原因は計画性がないからです。

 なので今年の目標は「計画を立てて行動する」にしたいと思います。

 

 三日坊主もいいところなのできっと途中で断念す(ry

 とりあえず頑張ります。


 それではあけましておめでとうございます。

 今年が皆様にとって良いお年になりますように。

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