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303号室  吸血鬼 その1

 吸血鬼はただ一人からの愛を求める。

 狭い僕の部屋にアキがいる。

 ビーム動画へ投稿する新曲の打ち合わせと収録という目的があるけど、僕にとってはアキと一緒に過ごす口実のようなものだ。

 打ち合わせと収録はすでに終わり、あとは編集して投稿するだけ。

 だから今はアキと時間を満喫したい。

 何よりあまりにも幸せすぎて夢と錯覚しそうになるから確認せずにはいられなかった。

「アキ」

 狂おしいほど愛おしい名前を呼べば、鮮やか金髪が揺れ、海のような瞳が僕を捕らえる。

 瞳の中に僕しか映らないことに優越感が満たされた。

 もっともっと僕だけを見てくれないかな?

「何だよ?」

「ハッピーバースディ、アキ!」

 新はアキに紙袋を差し出した。

 手の平サイズの小さなそれは黒と金色の紐でラッピングしてある。

「あ、ありがとう。今年ももらえるとは思ってなかったわ。覚えてくれてたんだな」

 アキは頬を赤くして、はにかむように笑う。

 可愛い姿が見られて僕は最高に幸せだ。

 アキも僕の誕生日を覚えてくれてるよね。

 今年はマフラーを貰った。

 もったいないからつけるかどうか真剣に悩んでる。

 アキからもらった物なら完璧な状態で一生保存したいけど、アキは着てほしいっていったからね。

 アキのお願いならどんなことでも叶えたいけど、僕で汚れてしまうのは嫌だな。

 もちろん誕生日だけじゃなくて現在のスリーサイズもしっかり把握している。

 けれど、それをアキにいったら、虫を見るような目で見られるから止めておく。

 そんな目も好きなんだけど、一番好きなのは秋の笑顔だからね。

「忘れるわけがないよ!一生覚えてるよ!」

「そ、そうか。すげえ高そうだけどこれ中身は何だ?」

 少しだけ引いているけど、アキに対しての気持ちはこの程度じゃないよ。

「まあまあ。アキ、左手を貸してくれる?」

「こうか?」

 アキはよくわからないまま左手を差し出す。

 俺はラッピングを外し、紙袋から中身を取り出した。

 手のひらサイズの黒い箱に、アキは目を見開いた。

 箱の中身は小さなダイアモンドがはめられたシンプルなデザインの指輪。

 椅子に座るアキのの前に跪き、一回り小さな手をとって、薬指に指輪をはめた。

 調べた通り、サイズはぴったりだ。

「アキ、僕は君だけを一生愛し続けるよ。だから結婚しよう」 

「これって」

 アキの視線が僕と指輪を行ったり来たりする。

 予想通り戸惑ってるね。

 このままキスしたいくらい可愛いなぁ。

 指輪をはめた薬指にキスをし、小さなリップ音をたて、アキの顔を見上げた。

 これ以上やったら耐えきれなくて襲ってしまうから我慢する。

「婚約指輪だよ。アキが浮気しないようにと、悪い虫がつかないようにね」

「浮気なんてするわけねえだろう!それよりまだ俺達は学生なのに婚約指輪かよ!?」

「本当に?」

 残り半年程度で僕らは大学を卒業すると、同時に僕らは歌手デビューが決まっている。

 いつかアキに僕の知らない人間関係が出来ると思ったら恋人という簡単に壊れてしまう関係じゃ物足りなくなった。

 絶対に壊れない鎖のような関係になるにはどうしたらいいか考えた末に、婚約指輪を思いついた。

 結婚はあらぬ噂をたてられ、アキの念願を壊されたくないから、仕事が落ち着いてからするつもりだ。

 でも指輪くらいなら問題ないだろう。

 もしアキに嫌われたら何をするか自分でもわからない。

「しねえよ!婚約指輪っていうところはスルーか!そもそも俺のことを好きになるような物好きはお前しかいねえよ」

 アキは僕から視線を逸らした。

 その顔は熟れた苺よりも真っ赤だった。

 心の隅にあった淀んだ感情が吹き飛んでいく。

 何、その顔!

 反則的に可愛い過ぎる!

 アキは僕を萌え殺す気なの?

 アキとの子どもが成人して、孫を見るまで死なないけど。

 そうだ!今から子ども作ってしまおうか。

 うん。そうしよう!

「本当にアキは可愛い!溜まらなく可愛いよ!僕もアキがこれ以上なく好きだよ!離れられないくらい愛してる!だからね、そういう顔は絶対に他の人に見せないでよ!僕の前だけにしてね!もし出来なかったら僕は相手を殺しちゃうかもしれない!ああもう!愛してるなんて言葉じゃ君への愛を伝え切れそうにない!」

「早口すぎて何いってんのかわかんねーよ!鼻息が荒い!寄るな!触るな!変態!」

 アキの言葉を無視して、膝の裏に腕を入れて抱きあげる。

 いわゆるお姫様抱っこだ。

 なに、うちの嫁は天使なの?

 翼が生えてるくらい軽い。

「降ろせ!変態!」

 腕の中で暴れるアキの仰せのままにベットに優しく降ろして差し上げた。

 これから何をされるのかわかったアキの顔が赤くなったり、青くなったり忙しくなる。

 本当、たまらない。

 アキの表情や仕草が僕を惹きつけて、離さない。

 きっと無意識にやっていることなんだろうけど、君の全部が欲しくなるよ。

 目の前の極上の獲物を前に唇を舐めた。

 もう我慢出来そうにない。

「ま、まさか!」

「そう。もう一つ誕生日プレゼントあるんだ♪」

 アキの顔の横に手をつき、小さな体に覆いかぶさって、僕は狼の笑顔を見せた。

 アキは最初こそ抵抗していたけど、しばらくしたら大人しくなった。

 快楽に対して素直じゃないところもアキの魅力の一つだ。




 規則正しい寝息が僕の隣で聞こえる。

 寝顔はまるで幼い子供のように無防備で愛らしい。

 顔にかかった髪をそっと避けると、むずかしそうに顔をしかめた。

 けれどすぐに笑顔になった。

「……新、すきだ」

 アキの寝言に僕の心臓は撃ち抜かれた。

 寝言で僕の名前を呼んで、好きっていうなんてどれだけ僕のことが好きなの?

 しかもわざとじゃなくて、いつだって無意識にやってるし!

 いや僕も頭の中はいつもアキのことしかないよ。

 独りよがりの感情じゃなくて、お互いさまって事実にひどく安心する。

「素直じゃないだけってわかっているけど、たまにすごく不安になるんだよ」

 僕の知らない人と話している時、なんか特にね。

 呟いた声は酷く弱弱しくて僕らしくない。

 枕に広がるアキの髪を優しく撫でた。

 すると気持ちいいのか、幸せそうな笑顔で僕の手にすり寄ってくる。

「好きだよ、アキ」

 いつだって君は僕の中心にいる。

 君がいなくなったら僕は生きていけないほどにね。

 いつから君が好きなんだっけ?

 目を閉じて、思い出を探る。

 六年前から君のことが好きだ。

 六年前、僕は高校一年生だった。

 精神的に荒れていたから、自分のことを“俺”といって、口調も悪かった。

 アキにそういったら信じられないといわれた。

 当然だ。アキには初めて会った時は猫被っていたんだから。




 六年前の僕は自分の体質に嫌気が差していた。

 僕の家系は気の遠くなるほど昔に吸血鬼と人間が結ばれて出来た者の末裔らしい。

 吸血鬼といっても名ばかりで、人間との混血が進んだ今では少し顔がよく、身体能力が高いくらいの存在になっている。

 だから吸血鬼としての弱点もほとんどない。

 しいていうなら日光が少し苦手なくらいだ。

 だけど、一人だけ例外が存在した。

 それが僕、“多福新”だ。

 初代吸血鬼の先祖返りである僕は、血の影響を他の家族よりも強く受けた。

 その一つが血を得るために、意識とは反対に異性を誘惑することだった。

 これで僕の容姿が悪ければいいのに、自分でいうのもなんだけどとびっきり整っているから手におえない。

 現に朝、登校する時点で無数の女の視線が俺に向けられていた。

 どいつも俺の顔を熱にうなされたような目で見てくる。

 電車やバスに乗れば、セクハラされまくるから、学校まで少し遠いけど歩いて行く。

 血のおかげで身体能力には自信があったし、密室状態の場所に閉じ込められることの方がもしもの際に逃げ場がなく、怖かった。

 純粋な吸血鬼でない故に日光に耐性はあったが、長時間浴び続けると火傷のような症状が出るため、幼い頃から外で遊ぶことが出来なかった。

 体育の授業も外で行われる場合は見学も出来ず、一人教室で自習だった。

 年を重ねるごとに血を欲するようになると、禁断症状が現れ、手当たり次第に人を襲うようになった。

 親戚連中は自分たちの保身のために俺を殺そうとした。

 だが、家族は俺を守ってくれた。

 わざわざ人を襲わないように特別な人脈から輸血パックをもらい、俺はそれを飲んだ。

 直接飲むよりもまずかったが、人を襲う罪悪感がない分、ずっとましだった。 

 学校では優等生の仮面を被った。

 勉強も運動も出来、誰にでも優しく、頼まれたことも笑顔でこなす。

 僕の周りにはいつだって男女を問わずに人がいて、先生からも信頼もあり、毎日のように告白された。

 だけと、それは全部嘘だ。

 俺が吸血鬼の本性を晒して、何人が側に残るだろうか?

 自嘲して、仮面をつけて、嘘を重ね続けた。

 僕の毎日は空っぽだった。

「あんた疲れないの?」

 見かねた四つ離れた姉が僕にいった言葉だった。

「姉さんと違って俺はこうでもしないと生きていけねえんだよ」 

 僕は同じ吸血鬼なのに自由奔放に生きる姉が羨ましくて、いつしか憎いとまで思う存在になっていた。

「お姉ちゃんはそんなことないと思うけどね。あんたは器用だからもっと楽に生きられるはずよ」

 安い慰めの言葉が腹立たしくて、姉を睨んだ。

 姉は俺の苦悩を何もわかっていない。

 当時の僕は本気でそう思っていた。

「姉さんにはわからねえよ」

「それもそうね。あんたは真面目だし。あ、そうそう。友達がビーム動画に『フォール』って名前の歌が上手い子がいるって教えてくれたの。本当に上手かったわ。あんたも聞いてみれば?」

「友達ってどうせセフレだろ?興味ねえよ」

 姉には男女問わずに十数人単位でセフレがいる。 

 飽きたらすぐに捨てるから入れ替わりが激しい。

 同級生の中にも姉と寝た奴がいたくらいだ。

 いつか刺されそうだが、助ける気はない。 

「相変わらず冷たいわねー。あんたもあたしとヤってみる?絶対に気持ちよくしてあげるからさ」

 血が繋がっているのにそんなことを本気でいってくる姉が気持ち悪かった。

 姉はヤるのが好きなだけで相手は誰だっていいのだ。

 そこに恋愛感情はない。

「姉弟でヤるとかキモい。早く死ねよ」

「すごく気持ちいいから吸血衝動も抑えられるかもしれないわよ?」 

 一瞬だけ期待するが、あり得ないことだと否定した。

 吸血衝動と快楽は別物だ。

 でも最近はいくら輸血パックを飲んでも喉の乾きは潤せなかった。

 近々また人を襲いそうで、別の手段を模索しているところだ。

「寝言は死んでからいえよ」

 姉を置いてその場から立ち去った。

 自分の部屋に行き、授業の予習と復習をする。

 体力あるが、頭の良さは人並みだから、勉強しなければすぐに優等生の仮面が剥れる。

 きりのいいところで、一端休憩を入れる。

 凝り固まった筋肉を伸びをしてほぐす。

「ビーム動画か」

 なんとなしにノートパソコンを取り出し、起動させる。

 ビーム動画を探し、検索ワードに『フォール』と打ちこんだ。

 曲は数十曲以上もあり、再生回数も多かった。

 一番古い曲は二年前だ。

 思っていたよりも人気のある歌手らしい。

 とりあえず一番再生回数の多い曲を再生する。

 だが、『フォール』が歌い始めた瞬間に俺は曲に惹きこまれた。

 澄んだ湖のように透き通る少年の声が心地よく、気がつけば聴き入っていた。

 

『 この人の歌を生で聴きたい 』

 

 叫び出しそうなほど体中が熱く、胸が高鳴り、緩む頬を抑えることが出来なかった。

 後でこの感情が”恋“だと知った。

 一晩で全ての曲を聞き、本名も性格も顔も知らない『フォール』さらに好きになった。

 それから僕はどうしたら『フォール』に近づけるかを考えた。

 そして僕はビーム動画で同じ活動をすれば会えるかもしれないと結論づけた。

 だけど無数にいる底辺投稿者では相手にされない。

 ならランキング上位に並ぶほど人気になればいいと、単純に考えた。

 作詞も作曲の才能もなかったが、歌の才能はあった。

 もしかしたら少なからず血の影響があったのかもしれない。

 それなりに人気になった二、三年後にはすでに『フォール』はCDを出すこともコラボもしなくなった。

 それでも諦めきれずにしつこくお願いした。

 するとしぶしぶという形でコラボしてくれた。

 動画無しの通話で積年の思いをこめて褒めると、ドン引きされた。

 二時間程度では『フォール』の素晴らしさは語り尽くせなかった。

 話してみると気が合い、それから僕限定でコラボをしてもらえるほど仲良くなった。

 一人で号泣するほど嬉しかった。

 初めて『フォール』に会ったのは大学受験だった。

 普段からやっている動画無しの通話で世間話のように『フォール』進学先を聞き出したのだ。

 運がいいことに偏差値はそれほど高くはなく、十分に合格する可能性のある大学だった。

 受験会場で『フォール』の声が聞こえ、振り返るとブレザー服姿の長髪の少女と同じ制服の黒髪の少年が並んで歩いていた。

 『フォール』が女だったことと、恋人がいたことに大きな衝撃を受けたが、それでも気持ちは変わらなかった。

 初めて顔を合わせたのは大学の入学式で、『フォール』の本名を知ったのもその時だった。

 再会した『フォール』は長髪をばっさりと男のように切っていたが、それが妙に似合っていた。

 やはり隣には黒髪の少年がいて、嫉妬心が沸き上がった。

 二人は僕を見て驚いたが、それだけだった。

 決して『フォール』は熱にうなされた目で僕を見なかった。

 すぐにいつも隣にいた黒髪の少年が作詞担当の『シュガー』だと知り、自分の勝手な嫉妬心が恥ずかしくなった。

 『フォール』いや、『アキ』に対して見境がなくなってしまうのは初めて曲を知ってから、数年経っても変わることはなかった。

 むしろ、月日を重ねるごとに思いは強くなっていた。

 それから二年後にアキに告白をして、一度はフラれたけど、二度目の告白で両想いになって、今まで一緒に過ごせた。

 アキの隣にいられる。

 ただそれだけで僕は毎日が幸せだった。




 思い出に浸っているとチャイムの音で現実に引き戻された。

 腕の中にいる秋を堪能したくて、居留守を使う。

 だが、相手はしつこくどれだけ無視をしても、一定の間隔でチャイムを鳴らし続けた。

 煩いそれに幸せそうに眠っていたアキの額に皺が寄っている。

 このままでは起きてしまいそうで、しぶしぶ脱ぎ散らかした服を着て、玄関へと向かった。

 もちろん、眠るアキの頬にキスをするのを忘れない。

 玄関の扉を開けてすぐに後悔した。

「久しぶりね、新。ちょっと見ない間にいい男になっちゃって。お姉ちゃん、嬉しいわ。今日泊まるところがないからちょっと泊めてくれない?お礼は体で払うわよ?」

「帰れ」 

 世界一幸せな日だったのに、世界一不幸せな日に塗り替えられた。

 新の愛が重すぎて姉の愛が軽すぎる(笑)

 この姉にして、この弟という感じですね。

 絶対値が同じです。


 次回はアキを兄弟で取り合います(多分)

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