301号室 未来少女 その5
その4の続きです。
二人で仲良くトイレに行ったのに帰って来たのは雪ちゃんだけだった。
雪ちゃんも不思議そうな顔をしている。
「……未来ちゃん……帰ってない?」
「帰ってないわよ。中にいなかったの?」
「……誰も……いなかった」
その言葉から察するに未来ちゃんとトイレではぐれてしまったようだ。
二人だからと油断していた。
「手分けして探すか?」
「大丈夫だよ」
意識を集中して未来ちゃんが持っている懐中時計の魔力を辿る。
場所はここからそう遠くないおもちゃ売り場だった。
「おもちゃ売り場の近くだよ。近くに誰かいるみたい」
「なんで居場所がわかる。まさか未来も魔法使いなのか?」
「違うよ。未来ちゃんはタイムマシンを使って来たんじゃない。素質がなくても魔法が使える魔道具を使ったんだ。私はその魔道具の魔力を辿っただけだよ」
「なぜ今までいわなかった!」
トマは私に掴みかからない勢いで問う。
ここで答えるのは色々と問題がある。
何より未来ちゃんを迎えに行く方が先決だ。
「魔道具を使うにも色々条件があるからね。それよりも未来ちゃんを追いかける方が先だよ。雲ちゃんたちも未来ちゃんを迎えに行こう」
トマは舌打ちをして、先に行ってしまう。
相当焦っているようで荷物を忘れていた。
四つ子たちは素直に頷いて、荷物を持って全力でトマを追う私について来てくれる。
すぐに置いて行ってしまうが、四人でいるから大丈夫。
それよりもトマが心配だ。
悪い予感がする。
トマの背中が見え、おもちゃ売り場に辿りついた。
涙目の未来ちゃんの腕を男が掴み、今にも連れ去られようとしていた。
私が声をかける前にトマが駆けていた。
「うちの娘になにしとんじゃわれぇえええ!」
トマの怒声が辺りに轟き、未来ちゃんを誘拐しようとした男が殴り飛ばされていた。
やはり間に合わなかった。
未来ちゃんは殴られた直後に手を離されたから、その場に尻餅をついただけで怪我をしてなかった。
怒りで巻きこむ可能性を考慮していなかったのか、巻き込まない自信があったのかわからない。
多分、前者だと思うけど、もう少し冷静に対応してほしかった。
フロアに響いたトマの怒声で騒ぎに気づき、さっそく野次馬が集まってきた。
写真を撮れないように微弱な電波を魔法で流して、携帯電話の機能を強制的に低下させた。
急に携帯電話が使えなくなり、ざわついているが気にしない。
一時間もすれば、元の状態に戻るはずだ。
「トマー。二発目は過剰防衛になるから我慢してよ」
未来ちゃんとトマを落ち着かせるように、わざと呑気な声で二人に声をかける。
男に追い討ちをかけようとしていたトマは不機嫌そうに私を睨みつける。
人を殺すような目に、周りの人が怯えていることに気づいていないようだ。
いや、実際に殺そうと思っているんだろうけど、ショッピングモールで殺傷沙汰は大問題だ。
数メートルくらい飛んだけど大丈夫だろう。
私の魔法の影響か、生き還る度にトマの強さは人間離れしていく。
未来ちゃんに目の前に行き、優しく声をかける。
「未来ちゃん、大丈夫だった?」
「ね、ねこ、さん……」
私の顔を見て安心したんだろう。
声を上げて泣き始めた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
未来ちゃんの震える小柄な体をそっと抱きしめて、背中を優しくさする。
恐怖を感じた後に人の体温を感じると安心感を与えることが出来る。
かくいう私もそうだった。
体の震えが徐々になくなり、涙も減っていた。
かなり落ち着いてくれたみたいだ。
後から四つ子たちもやって来た。
「大丈夫!?」
「……何も……されてない?」
「あのくそ野郎!」
「猫さんたちが来たからもう大丈夫です」
四つ子たちはそれぞれに未来ちゃんへ優しい言葉をかけていた。
それが嬉しかったみたいで、未来ちゃんはさらに泣いていた。
その後は遅くながら警備員がやってきて別の部屋で話し合いがあった。
当然、身柄を拘束された犯人も一緒だ。
ショッピングモールの責任者っていう人が青い顔をして、私たちに頭を下げる。
トマは怒った表情を隠そうともしない。
怒りに目を光らせるトマは仕事の時と同じ顔をしている。
まあ私も同じ気持ちだ。
許せるないが、困ったことにトマが犯人を殴ってしまっている。
取り調べを受けて、解放してくれればいいが、下手をすれば別件で逮捕される可能性がある。
未来ちゃんだってまだ正式な戸籍が出来ていない。
こちらも不法入国者を疑われる可能性がある。
今回は警察に通報はせず、未来ちゃんへ二度と近づかない、という甘過ぎる判決で妥協した。
トマさんは不満そうだった。
けど、本職に睨まれた犯人さんは真っ白い顔をしていた。
次に同じことをしたら命がないことを悟ったのだろう。
賢い人で良かった。
車でアパートへ帰り、未来ちゃんの部屋で買ってきた物の片付けをする。
小物類と生活雑貨は私とトマ。
衣類は四つ子達と未来ちゃん。
半分ほどが片付いた時、夕御飯が出来たと咲楽から四つ子たちへメールが届き、一端休憩になった。
その間に私とトマは車を返しに行く。
一人で行けると断ったが、トマは行くと引かなかったからだ。
車中は狭いようで案外広い。
だけど不機嫌なトマと二人きりの車内は少しだけ気まずかった。
未来ちゃんが魔道具を持っていることを知りながら黙っていたからだろう。
「黙っててごめん」
「謝るな。お前は悪くない」
ちっとも思ってないくせに否定する。
トマは窓枠に肘をつき、流れていく景色を眺めていた。
頑固になっている彼に何をいっても無駄だ、と長年の付き合いで理解してる。
たいていは時間が経てば解決するが、今回は未来ちゃんのことで話があるから早期の解決が必要だ。
別の方法で解決へアプローチした方がいいかな。
「ちょっとコンビニによってもいいかな?」
トマは頷いて、肯定を示した。
「ありがとう」
コンビニにつき、私だけが降りて店内に入る。
店の入り口で買い物かごを一つ手に取る。
数年ぶりに入るけど、相変わらず商品の入れ替わりが激しいようだ。
知らない商品がたくさん並んでいた。
怒っている時には甘い物を食べると落ち着く。
でもトマはあまり甘い物が好きではなかった。
甘さが控え目そうなミルクミント味の飴を買い物カゴに入れる。
後はトマの夕食用に焼き肉弁当とサラダとお茶を追加。
会計をし、ビニール袋に詰めてもらい店を出て車に乗りこむ。
「ごめん。待たせたね」
「待ってない」
さすがに十分程度では機嫌が直らなかったようだ。
飴の袋を開けて、一つを手に取り、個装してあった袋も開ける。
「トマ、口開けて」
「はあ?なんっ!?」
振り向いたトマの口に飴を放りこんだ。
突然のことに茫然とするトマを無視して、新しい飴を開け、自分でも舐める。
「あ、これ思ったよりも美味しいね」
ミルクの優しい甘さとミントの爽やかさがほどよく、すっきりとした後味で美味しい。
最近のお菓子はここまで美味しくなっているんだ。
「あ、これ夕飯にでも食べて。お金はいらないから」
飴をビニール袋に入れ、全てトマに渡す。
財布を出す前に拒否するのを忘れない。
トマが怪訝そうな顔をした。
今回は善意だけでプレゼントしたわけじゃないことに気づいたようだ。
善意が全くないというわけではないけどね。
とりあえず、話を聞く気にはなってくれたようだから、さっそく本題に入る。
「未来ちゃんが魔道具を使ったという話はしたよね?」
「素質がねえ奴でも使えるが、条件があるんだろう?」
怒りで頭がいっぱいになっていて覚えていないかと思っていたけど大丈夫そうだ。
「そうだよ。魔道具は中に秘める魔法によっては世界を混乱しかねない。あの場で私が説明をしなかったのは永久使用禁止魔術。通称禁術を秘めた魔道具である可能性が高かったからだよ。禁術を使った罰はとてつもなく大きい。例えるなら太く重い一生外すことのできない鎖だ。トマはそれをおいそれと他人にいえる?」
トマの表情が真剣な物へと変わる。
事態の重さを理解してくれたようだ。
「それはどんな術なんだ?」
「時の逆流。名前の由来は時間をさかのぼり過去へ行けることから来ていて代償は元の時間に戻れないこと」
過去に戻ることが出来るということは、未来を変えることが出来るということだ。
使い方を間違えれば、世界を滅ぼすことだってできてしまう。
それほど危険な魔法を未来ちゃんは使ったのだ。
危険性を理解していたのか、ただ未来に何かあったのかは知らない。
ただ禁術を使ったことが広まれば、邪な考えを持つものに未来ちゃんは命を狙われる。
「なぜお前がそこまで詳しく知っている?禁術は魔術士教会で厳しく管理されているんだろう?」
魔術士教会とは魔法を研究し、現代に役立てようという組織だ。
確か久遠の会社の傘下に入り、研究成果と研究員を条件に厳重な体制で保護されている。
すっかり魔法が廃れてしまい、おとぎ話の存在としか思われていないが、魔法使いは私の他にも存在している。
世界人口に対してわずかな人数しかないけれど。
禁術を含めた魔法の管理もまた魔術士教会の仕事だ。
だから世間に魔法が露見することはない。
“過去に所属していた組織”を懐かしく思いつつ、私は事実を口に出した。
「この魔道具は三十年以上前に私が編み出した。だから間違いないよ」
トマの顔が驚きに変わる。
勘違いしてるみたいだから訂正しておこう。
「未来ちゃんにいった年齢は嘘だよ。本当はもっと年を取っている。魔法使いは常識を忘れてしまうほど長生きなんだよ」
だから、と話を続ける。
「魔道具を自分で作ってみたんだ。魔方陣を媒体となる懐中時計に刻みつけて、魔力をこめれば、理論上誰にでも使えるものになる。試しに作ったそれを何も魔力を持たない人で試した」
横目でトマの表情を伺うと、わずかに強ばっていた。
想いを寄せる人物の本性が惨酷だと知り、動揺しないわけがない。
気づかないふりをして、前を向く。
「二度と会えなかったよ。よく考えなくともいつの時代に飛ばされるかわからないのだから、確認のしようがない。未来ちゃんがこの時代に来れたのは偶然なのか、それとも目的があったのかわからない。ただ未来ちゃんと会えたのは奇跡だよ。だから幸せにしてあげてね」
トマからの返事はなかった。
悲しそうな憐れむような顔をされただけだった。
ちょうどレンタカーショップに着き、車を返した。
アパートに着くまでトマが口を開くことはなかった。
再び、荷物整理をし、帰ることには日が夜空に星が輝いていた。
「家まで送る」
トマの誘いを断り、一人家路についた。
春になっても夜はまだ冷えるようだ。
私、鳩羽未来が過去に来て、一年と数カ月が経った。
今はもう中学一年生。
制服を着ると少しだけ大人っぽくなった気がする。
始めて着た時は、雲ちゃんたちに一つしか年が変わらないのにお姉さんっぽくなってずるいと拗ねられてしまった。
来年になれば着られるよ、となだめてようやく機嫌を直してくれたなぁ。
今年もあと数日でクリスマスがやってくる。
雲ちゃんたちの誕生日もクリスマスと同じ日。
去年はアパートの人たちと雲ちゃんたちのお父さんも一緒に『喫茶店黒猫』で盛大にお祝いした。
私はお部屋のお片づけを手伝った。
猫さんお手製のたくさんのご馳走とケーキはすごく美味しかった。
プレゼントもたくさんあって、私も雲ちゃんたちにあげたけど、もらうことの方が多かった。
あんなにたくさんの人で祝うクリスマスは初めてで楽しかった。
帰り道に伸びる影は長くなっていく。
日に日に太陽が沈む時間が早くなっていた。
「未来はクリスマスどうするの?」
クラスのお友達の明ちゃんが予定を聞く。
「家族と一緒に過ごすよっ!」
私にとってアパートに住む人は皆、血が繋がってなくても家族。
だから今年も雲ちゃんたちの誕生日とクリスマスを一緒に祝う。
「そうなんだ。男子たちが悲しむね」
明ちゃんが額を押さえて、首を左右に振る。
どうして男の子が悲しむんだろう?
道の先にトマさんが見えた
「あーお迎えが来たみたいだね。それじゃまたね。バイバイ、未来」
「明ちゃん、ばいばいっ!」
手を振って、明ちゃんと別れをして、トマさんに駆け寄る。
「未来か」
私が声をかける前に気づいてくれたから、勢いのまま抱き着く。
よろけることなく受け止めるトマさんは今日もかっこいい。
隣には竜太さんと虎二さんが立っていた。
サングラスで顔に傷があるからすごく怖かったけど、飴をくれたり頭を撫でてくれたから、今じゃあ大き好きになった。
「トマさん、竜太さん、虎二さん、お仕事お疲れ様ですっ!」
「おう。お前も学校だったんだろう?お疲れさん」
トマさんは私の頭を優しく撫でてくれた。
男らしいごつごつした手で撫でられるのは嬉しいけど、髪の毛がぐしゃぐしゃになっちゃう。
「お前は今、幸せか?」
不意に手を止めて、真剣な目で私に聞く。
どうしてそんなことを聞くんだろう?
そんなの答えは決まってる。
「幸せだよっ!だってトマさんに猫さんも雲ちゃんたちにアパートのみんな、たくさんの人が私に優しくしてくれるんだもんっ!私、いつも幸せだよっ!」
本心を口に出せば、トマさんはすごく優しく笑ってくれた。
私も嬉しくなって、にっこりと笑う。
天国で見守ってくれてるひいおばあちゃん、パパ、ママ。
過去の世界でたくさんの人が私に優しくしてくれる。
もう寂しくもないし、怖くもない、悲しくだってないよ。
ひいおばあちゃんとパパとママと暮らせていた時と同じくらい、私はいつも幸せだよ!
だからね、安心して見守っててね。
私の願いが届くように胸元の懐中時計に願う。
願いを叶えるように懐中時計が小さく輝いた。
なんだか遅い投稿になりました。
書いていてこの話の主人公、誰!?な状態になりました(笑)
ですので、お好きな人を主人公にしてあげてください。
未来を捨て過去で幸せになった少女の次は、302号室見習い天使です。




