301号室 未来少女 その4
その3の続きです。
駐車場に車を止め、さっそく買い物を始める。
まずはそれほど時間のかからない歯磨きやタオルなど生活必需品から買うことになった。
雲ちゃんたちはこのショッピングモールに何度も来ているみたいで、どこになんの店があるのか、ほとんどわかっていた。
可愛い雑貨屋さんをまわって、どんどん買っていく。
お金をぜんぜん持ってないから買ってもらうのを遠慮していたけど、トマさんも猫さんも遠慮しなくていいといってくれた。
ちなみに雲ちゃんたちは全く遠慮してなかった。
雲ちゃんは猫のポーチを、雪ちゃんはドーナツの形をしたセロハンテープを、晴ちゃんは本の栞を、雨ちゃんは香り付き消しゴムセットを、それぞれ買ってもらってた。
同じ顔なのに四人とも性格が全然違う。
それが面白くて、四人といるのはすごく楽しい。
「歯磨きセットに風呂セットも買った。後は何がいるか?」
「家具と電化製品かな。お金を先に払ってフェイトが休みの日に宅配してもらおう」
トマさんと猫さんはタイプの違う美人さんだ。
トマさんは筋肉がいっぱいあって、ワイルドな感じ。
それに頼りがいもあって、男らしいってこういう人のことをいうんだと思う。
猫さんはすごく頭がよくて優しそうな感じがする。
男の人にも女の人にも見える不思議な雰囲気があって、すごく強そう。
二人が並んでいるとモデルさんみたいだ。
すれ違う人たちが皆、振り返るけど二人とも気づかないのかな?
私たちがいなかったらきっとナンパされてると思う。
「どうしたの?」
私がじっと見ているのに気づいた猫さんが顔を覗きこむ。
近くで見てもやっぱり美人さんだ。
「トマさんも猫さんもかっこいいねっ!」
そういえば、なぜか猫さんは困ったように苦笑する。
かっこいいって褒め言葉じゃないのかな?
「なあ、トマ。お腹へったー」
雨ちゃんがトマさんの服の袖を引っ張る。
私もお腹が空いてきちゃった。
「ちょうどいい時間だからご飯に行こうか。皆、何が食べたい?」
「ラーメン!」
元気よく答えたのは雨ちゃん。
何味が好きなんだろう?
「アイスクリームも捨てがたいけど今日はパフェの気分ね」
悩みながら決めたのは雲ちゃん。
どっちもデザートじゃないの?
「……ビビンバ」
目を輝かせるのは雪ちゃん。
ショッピングモールのレストランにビビンバってあるの?
「私はうどんがいいです」
遠慮がちなのは晴ちゃん。
退院したばかりだから消化のいい物にしたのかな?
「私はハンバーガーがいいっ!」
チキンナゲットとジュースのセットメニューが好きなんだけどあるかな?
「トマは?」
「牛丼だ」
さすがトマさんだ。
男らしいメニューだね。
「それじゃあ二階のフードコートに行こう」
皆で一階から二階のフードコートに移動した。
途中のエスカレーターで雨ちゃんと雲ちゃんがかけっこを始めて、トマさんに怒られてた。
はしゃぎ過ぎったって二人とも反省して、謝ってた。
「私が席をとっておくから皆、買いに行っておいで」
「猫さんは食べないの?」
「んー、そうだね。じゃあ、未来ちゃん。悪いんだけどついでにポテトを買ってきてもらえないかな?一番小さいSサイズをお願い」
「わかったっ!」
「ありがとう。雲ちゃん、念のために未来ちゃんと一緒に買いに行ってくれないかな?」
「そのくらい朝飯前よ」
雲ちゃんは自慢げに胸を張る。
猫さんに頼られて、嬉しかったみたい。
「ありがとう。よろしくね」
そういって、猫さんはたくさんあるテーブルの方へ歩いて行ってしまった。
「それじゃ雨と晴は俺と一緒に、雪と雲と未来はお前たちだけで行ってこい」
皆、トマさんの意見に賛成して、二手に分かれた。
雪ちゃんのビビンバが一番時間がかかるから、先に注文した。
次に雲ちゃん、最後に私だった。
お姉さんが笑顔で注文を取ってくれるカウンターで頼むとすぐに料理がやって来た。
ハンバーガーとチキンナゲットのセットはなかったから全部単品で頼んだ。
ちゃんと猫さんのポテトも忘れてない。
全部の料理が出来て、猫さんの元に向かった。
遠くにいても猫さんは目立って、すぐにテーブルの元に行けた。
私たちよりもトマさんたちの方が早かったみたいで、皆先に揃っていたのに、食べずに待っててくれた。
「遅くなってごめんねっ!」
皆に謝って、慌てて空いていた猫さんの隣に座った。
反対側の隣にはトマさんが座ってた。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。他の皆もさっき来たところだったんだ」
猫さんは私を微笑ましそうに見て、頭を撫でてくれた。
その顔はひいおばあちゃんがよく見せてくれた顔に似てて、少しだけ寂しくなった。
「いただきまーすっ!」
それを誤魔化すように大きな声で食事の挨拶をして、ハンバーガーにかぶりついた。
未来のハンバーガーと同じ味がして、もっと寂しくなった。
でも、雲ちゃんたちが笑顔で食べてるのを見てたら、寂しさもどっかに行っちゃった。
「ねえ、猫さんっ!ポテトを一本もらってもいいっ?」
猫さんが食べているのを見ていたら、私も食べたくなった。
わがままな子だと思われたかな?
「いいよ。はい、あーん」
わざわざポテトを一本手に取って、食べやすいように向けてくれた。
大きくなって食べさせてもらうのは恥ずかしかったけど、えいっとかじりついた。
細切りにしたジャガイモを揚げた物に塩を振っただけなのに、すごくおいしい。
「おいしかったっ!猫さん、ありがとうっ!」
猫さんは可愛い物を見たように目を細めた。
「猫、俺にも」
トマさんも私と同じことをいった。
「はい、トマ」
だけど、猫さんは私のように食べさせずに、ポテトの入ってる紙容器ごとトマさんに渡した。
トマさんの眉が寄って、しわが出来る。
「子どもじゃないんだから自分で食べなよ」
猫さんは苦笑して、トマさんは黙ってポテトを一本取って、口に放りこんだ。
トマさんはなんだかお菓子を買ってもらえなくて拗ねた子どもみたい。
もしかして私みたいに食べさせて欲しかったのかな?
大人なのに子ども扱いしてほしいなんて変なの。
「猫、私にもちょうだい」
「はいはい」
さすがに正面に座る雲ちゃんには食べさせるには届かなくて、紙容器ごと渡してた。
なんだか私だけ特別扱いされてるみたいで、ちょっとだけ嬉しかった。
トマさんには秘密だね。
猫さんが頼んだポテトは皆で食べた。
「ちょっとしか食べられなかったのにいいの?」って猫さんに聞くと
「皆で美味しく食べてくれた方が私も作ってくれた人も嬉しい」って笑ってた。
自分のことよりもみんなのことを大事に思える猫さんが、すごくかっこよく見えた。
これが大人の女ってやつかな?
私もいつかこんな女の人になりたいな。
食べ終わったらちょっと休憩をして、これからの予定を決めた。
「未来ちゃん、確か懐中時計を持っていたよね?今、それを持ってる?」
あれ?猫さんに懐中時計を見せたかな?
私が忘れちゃっただけ?
でも、猫さんだから見せても大丈夫だよね。
「うん。これのこと?」
首から下げて、服の中にしまっていた懐中時計を取り出した。
私の掌に収まるそれは重そうに見えるのに、つけてるのを忘れるくらいとっても軽い。
「うん。それだよ。よかったら見せてもらってもいいかな?」
「いいよっ!はいっ!」
首の後ろの留金を外して、猫さんに手渡した。
「ありがとう」
猫さんは受け取ったそれを興味深そうに回したり、表面を撫でたり、時計盤を見たりして、観察してた。
「見せてくれてありがとう。とてもおしゃれな懐中時計だね。失くさないように気をつけてね」
しばらくしてから猫さんは懐中時計を返してくれた。
すぐに服の中にしまう。
「わかったっ!気をつけるねっ!」
ひいおばあちゃんの形見だもん。
絶対に失くさないよ。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「そうだねっ!」
二手に分かれて使った食器を返しに行く。
今度は猫さんも一緒だった。
午後からは電化製品を買いに行った。
小さな冷蔵庫とかドライヤーとかを買って、三日後にアパートに届けてもらうことになった。
受け取り主はフェイトさんだ。
料理はあまり出来ないから、あまり買う物がなくて、すぐに終わっちゃった。
最後は服を買うことになった。
「さあ!これからが本番よ!」
「……可愛い服……たくさん買う!」
雲ちゃんと雪ちゃんが急にやる気を出す。
買うのは雲ちゃんと雪ちゃんじゃなくて、私の服だよね?
「えー、服なんて着られればなんでもいいじゃん!」
「そうだな」
逆にやる気を失くしたのは雨ちゃんとトマさん。
二人はあまり服にこだわりはないみたい。
「未来ちゃんの好きな物を選んでいいよ。年頃の女の子のおしゃれしたいって気持ちもわからなくもないからね」
猫さんは女心ってやつを分かってくれているみたい。
「私は倒れないようにがんばります!」
晴ちゃんは両拳を握って、気合を入れてた。
服を買いに行った時に倒れたことがあるのかな?
それから私は二人にたくさんの服の試着を勧められた。
まるで着せ替え人形みたいで、びっくりしたけど思ったよりも楽しかった。
雲ちゃんはフリルの多い可愛い服が好きみたいで、スカートやワンピースが多かった。
雪ちゃんはさっぱりとした男の子みたいな服が好きみたいで、ズボンや襟付きシャツが多かった。
途中まで晴ちゃんも参加してたけど、体調が悪くなってトマさんと雨ちゃんと一緒に休憩。
猫さんは私たちを少し遠くから見守っていて、どちらの服がいいか聞いたら、はっきりと答えてくれた。
いつか誰かを好きになるなら、猫さんみたいに気を使える人になりたい。
トマさんたちと合流する頃には夕方になっていた。
明るかった外もだんだん暗くなっていく。
「今から帰るけど何か忘れ物とかない?」
「……トイレ」
「わたしもっ!」
「ここで待ってるから行ってらっしゃい」
雲ちゃんと二人で仲良くトイレに行く。
終わって手を洗っても雪ちゃんはいなかった。
先に行っちゃったのかな?
外に出て、来た道を戻るけど、いつまで経っても猫さんたちを見つけられなかった。
間違えちゃったのかな?
ふと可愛い声が聞こえて、おもちゃ屋さんのテレビの前で立ち止まる。
魔法少女たちが変身してよくわからない敵と戦う、っていうストーリのアニメのみたい。
こっちの世界でも魔法少女のアニメはあるんだね。
懐かしいな。
「ねえ、そこのきみ。魔法少女が好きなの?」
声のした方を見ると知らない男の人が立っていた。
私が横に二人並んだくらいの幅に、猫さんより少し低い身長で、頭にバンダナを巻いて、リックサックを背負っていた。
「おじさん、誰っ?」
首を傾げると男の人の息が荒くなる。
なんだか気持ち悪い人。
「おじさん、魔法少女のフィギ、グッズをたくさん持っているんだ。これからおじさんの家に来るなら見せてあげるよ」
「行かないっ!」
猫さんたちが待ってる。
早く元の場所に戻って帰らなきゃいけないから、この人に付き合う時間なんてない。
男の人に背を向けて歩き出す。
「だ、大丈夫!何にもしないから!ほら行こ!」
後ろから腕を掴まれる。
なんだかじめっとした手と、にやにやした顔がすごく気持ち悪い。
「行かないってばっ!手を離してっ!」
思いっきり手を払おうとしても、びくともしない。
必死に男の人から離れようとするけど、力じゃ敵わなくてどこかに連れて行かれていく。
怖い。怖いよ。
涙が零れそうになるのをぐっと堪える。
誰か、誰か助けて!
パパもママもひいおばあちゃんもここにはいない。
誰なら頼れる?
誰なら助けてくれる?
誰も助けてくれない。
だって私は未来から来たんだもん。
私を知っている人は誰もいない。
アパートでは気づけば誰かが私の側にいてくれた。
だから忘れていた。
今、私は一人ぼっち。
広い世界に私は一人ぼっち。
「トマさん、猫さんっ!」
悲しくて、怖くて、不安になって。
無意識に涙と一緒に小さな声が零れた。
「うちの娘になにしとんじゃわれぇえええ!」
ものすごく低くて大きな声が聞こえたと思ったら、何かがすばやく目の前を通り過ぎて、男の人が殴り飛ばされていた。
殴られた直後に手を離されたから、その場に尻餅をついた。
びっくりして涙が引っこんでしまう。
騒ぎに人が集まってきた。
「トマー。二発目は過剰防衛になるから我慢してよ」
呑気な声が上から降ってきた。
男の人を殴り飛ばしたのはトマさんだったみたい。
数メートルくらい飛んだけど大丈夫かな?
顔をあげると猫さんが目の前にいた。
「未来ちゃん、大丈夫だった?」
「ね、ねこ、さん……」
猫さんの顔を見たら、なんだか安心してしまって引っこんでいた涙がまた溢れてきた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
そんな私を猫さんは嫌がることなく優しく抱きしめて、背中を優しくさすってくれた。
猫さんはすごく温かくて、さっきまで怖かったのが嘘みたいになくなっていく。
後から雲ちゃんたちもやって来た。
「大丈夫!?」
「……何も……されてない?」
「あのくそ野郎!」
「猫さんたちが来たからもう大丈夫です」
雲ちゃんたちはそれぞれ優しい言葉をかけてくれる。
嬉しくて涙がもっといっぱい出ちゃった。
その後はショッピングモールの警備員さんがやってきて別の部屋で話し合いがあった。
ショッピングモールの責任者っていう人が青い顔をして、私たちに頭を下げる。
トマさんが怒った表情を隠そうともしなくて、猫さんも目が笑ってないからだと思う。
何とか話がまとまって、私を連れて行こうとした犯人さんは警察に通報せずに、厳重注意ってことになった。
トマさんは不満そうだったけど、睨まれた犯人さんは真っ白い顔をしていたからもう二度と悪いことが出来ないと思う。
怒ったトマさんは本当に怖かった。
「ごめんなさい」
私は車の中で皆に謝った。
運転席の猫さんは「次から気をつけようね」と笑っていたけど。
助手席のトマさんは「次会ったらぶっ殺す」と何度も低い声で呟いていた。
隣の座席の雲ちゃんから「次から一人でどこかに行くんじゃないわよ」って怒られて。
反対の隣の座席の雪ちゃんから「……遅くなって……ごめん」って申し訳なさそうに謝られて。
後ろの座席の雨ちゃんと晴ちゃんから「次はあたしが守ってやるからな!」と「無事でよかったです」っていわれて。
罪悪感と心配してくれたことが嬉しくて変な顔になっちゃった。
アパートに着いたら、皆私の部屋まで荷物を運んでくれた。
何もなかった部屋が荷物でいっぱいになって、ここが私の居場所だって思えた。
掃除夫の咲楽さんが準備してくれた夕ご飯を食べる。
その間に猫さんとトマさんは車を返しに行った。
二人が帰ってきてから、片づけをする。
トマさんまで手伝ってくれて、夜遅くなっちゃった。
喫茶店に住む猫さんはトマさんに「家まで送る」っていわれても、断って一人帰った。
ここら辺は物騒だって聞いたけど、大丈夫かな?
トマさんにお礼をいって雲ちゃんたちとお風呂に入って、階段で別れた。
新しく買ってもらってお布団に潜り込むと、すぐに眠たくなった。
自分ではわからなかったけど、疲れていたみたい。
気づいたら私は寝ていたみたいで、目が覚めた時、朝日が昇っていた。
デパートって迷子になりますよね。
成人過ぎた今でも迷子になりますけど(笑)
次回で終わるはずです。




