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301号室  未来少女  その2

 その1の続きです。

 薄暗い路地裏に中学生くらいの少女が一人、何もない空間からふわりと音もたてずに現れた。

 空色の腰辺りまでの長さの巻き毛に翡翠の目。

 魔女のようなとんがり帽子に薄いストールにワンピース。

 どれもが真っ白で襟の赤いリボンがよく映えていた。

 偶然にもそこは数日前に殺人が行われていた場所であり、殺人鬼である四川灯火と家出少女の聖生清水が出会った物騒極まりない場所でもあった。

 当然、周囲に人影はない。

 そんなことを知らない少女は胸元から懐中時計を取り出し、視線をそこに落とした。

「やったぁ!ちゃんと二××一年に来れたっ!」

 少女は嬉しそうな表情を浮かべ、その場で何度も飛び跳ねた。

 ひとしきり飛び跳ねて満足すると少女は懐中時計を服の中にしまった。

 それからどこかに向かって歩き出した。

 数十分後、少女が向かった先はどこにでもありそうな隠れ家のような喫茶店だった。

「ここが喫茶店『黒猫』だねっ!」

 ここら辺の道は入り組んでおり、この辺りの地理にうとい者ならば、この店に辿りつくことも出来ない。

 少女はそんな見つけにくい店を見上げ、またにこりと嬉しそうに笑い、ためらうことなく扉を開き、喫茶店の中に入った。

 来店を知らせるベルが鳴り、従業員の視線が少女に集まった。

 アルバイトの多福新(たふくしん)黒野原千秋(くろのはらちあき)が声をかける前に少女は口を開く。

「初めまして!タイムマシンで未来から次元を歪めて昔へ過去へ、一っ跳び!可愛いあたしがやってくる!」

 何かのアニメの決め台詞のような言葉をいい放ち、少女はまばゆいまでの笑顔を無邪気に浮かべた。

 少女の言葉に店内の時間が一瞬、固まった。

 最初に口を開いたのは千秋だった。

「すげえ、痛い格好。何のキャラだ?」

 驚きに目を見開きながら、その目に好奇心を浮かべていた。

「アキにも似合いそうだね」

 恍惚とした笑みを浮かべた新がぼそりと呟き、千秋に鋭く睨まれた。

 だが全く堪えた様子がなく、むしろ嬉しそうだ。

「誰だてめぇ?」

 屋斎十真十(やさいとまと)はどすの利いた声で少女に名を尋ねる。

 好意的ではない反応に、少女はびくりと小さな肩を揺らした。

「トマ、殺気が漏れているよ」

 店長の唄田猫(うたたねこ)がカウンター越しにやんわりとトマを注意する。

 その表情は顔の半分ほども覆う前髪に遮られ、どんな表情をしているのかわからない。

 トマは少女と反対の方へ顔を逸らした。

「突然現れた不思議で愉快なお嬢さん。お名前はなんていうのかな?」

 猫は口元に柔らかい笑みを乗せながら、おどけた調子で少女に尋ねた。

「あたしね本当の名前をいえないのっ!」

 とんでもないことを少女は真剣な表情でいってのけた。

「なんで本当の名前がいえねえんだよ?」

 もはや千秋は好奇心を隠そうともしない。

「あたしの本当の名前をいったら未来が変わっちゃうのっ!だから秘密なのっ!ごめんなさいっ!」

 少女は帽子を脱ぎ、頭を下げた。

 動きに合わせて、空色の髪がふれた、

「おい。冗談は」

「じゃあなんて呼ばれたい?」

 猫はトマの言葉を途中で遮った。

 トマは猫を睨むが、猫は無視をした。

 苛立ちをコーヒーと共に飲みこんだ。

「なんでもいいよっ!」

「じゃあ……未来少女だから未来(みく)ちゃんっていうのはどうかな?苗字は適当に鳩羽はとばかな」

「本当に適当ですね」

 猫の提案に新は苦笑した。

 静かに猫は口元の笑顔を邪悪に変えて、「今日はお手伝いにきたのかな?」と視線だけで新へ語りかける。

 バイト代の危機に新はすぐに頭を下げ、謝罪の意を示した。

 巻き添えを恐れた千秋は見なかったことにした。

「はわわっ!可愛い名前っ!未来、未来、未来っ!何回読んでもやっぱりとっても可愛いっ!ありがとう猫さんっ!大事にするねっ!大切にするねっ!」

 鳩羽未来という名前を貰った少女は、猫が付けた名前が気にいったようで、弾けんばかりの笑顔で小さく何度も呼んだ。

「気にいってもらえてよかった。それでどこに住むつもりかな?そもそも当てはある?」

「あぅっ!この時代に来ることしか考えてなかったっ!どうしようっ!野宿はしたくないよぅ……」

 少女は小さく悲鳴を上げ、青ざめた頭を抱えた。

 安心させるように猫は微笑む。

「なら知り合いのアパートを紹介してあげるよ。そうそう。アパートって知ってるかな?」

 三人は驚きの表情を浮かべる。

「うんっ!わかるよっ!未来にもあったからっ!」

 途端に少女は先ほどの表情が嘘のように顔を輝かせた。

「じゃあ連絡を取るから少し待ってて」

「うんっ!」

 猫は近くにあった電話の子機を片手に店の奥へと入っていった。

 残されたのはトマと千秋と新だけだった。

 四人の中に何ともいえない雰囲気が流れる。

 そんな雰囲気に耐え切れなくなったのかトマが口を開いた。

「……お前いくつだ?」

「十二歳だよっ!おじさんは何歳っ?」

 少女の無邪気な笑顔とは反対に千秋と新は肝を冷やした。

 少女の命が終わったと二人は思ったが、トマの口から意外な言葉が出てきた。

「おじさんじゃねえ。俺は屋斎十真十やさいとまとだ。年は今年で三十四になる」

 千秋と新はこっそりと安堵の溜息をついた。

「意外と若いんだねっ!じゃあさっきの人は何歳?」

「…知らねぇな。大体女に年を聞くもんじゃねえだろう」

 不機嫌そうにコーヒーを煽る。

 たが、それは少女に対してではなく、自分に対して向けられていた。

「えっ!トマさん知らないんっすか!?」

「意外ですね」

 トマと猫が長い付き合いだと知っている千秋と新は驚く。

 アパートの件で話がついたらしく、猫がフロアに帰ってきた。

「よかったね。未来ちゃん。一部屋借してくれるって」

「やったぁ!野宿しなくていいっ!」

 不意に誰かのお腹が鳴った。

「俺じゃないっすよ」

「僕でもないよ」

「…俺でもねえ」

 三人が否定し、ただ一人未来だけが顔を赤くしてお腹を抑えていた。

 四人の視線が集まる。

「未来ちゃん、お腹空いた?」

「う、ううんっ!お腹空いてないよっ!お腹いっぱいだよっ!」

 未来は両手をパタパタ降って、否定する。

「そっかぁ。この新メニューのサンドイッチを誰かに味見してもらおうと思ったんだけど、誰か食べない?」

 猫が冷蔵庫から取り出したのはレモンクリームを挟んだサンドウィッチだった。 

「俺はいらん」

「さっき食べたばかりで腹減ってねえわ」

「アキと同じく」

 空気を察して、三人は辞退する。

「そっか。未来ちゃんは食べてくれる?」

「食べるっ!あたしが食べるよっ!」

 片腕をまっすぐ伸ばし、未来は即答した。

 猫はトマの隣の席を勧め、未来は素直に従った。

「はいどうぞ」

「いただきますっ!」

 差し出されたおしぼりで手を拭き、両手を合わせる。

「召し上がれ」

 優しい猫の声を聞き、未来はサンドウィッチに手をつけた。

 レモンクリームの爽やかな甘味とふわふわのパンが絶妙で未来はあっという間にすべて食べてしまった。

「ご馳走様でしたっ!」

 両手を合わせ、食事に感謝を述べた。

「食べるの早っ!?」

「どう?美味しかった?」

 猫は嬉しそうに笑いながら、未来に紅茶を淹れる。

「とっても美味しかったっ!こんなに美味しい物、初めて食べたっ!」

 クリスマスプレゼントをもらった子供のように目を輝かせ、紅茶を受け取り、砂糖とミルクを淹れた。

「褒めてくれてありがとう」

 猫はカウンター越しに未来の小さな頭を撫でた。

 その目は何かを懐かしんでいるようにも見えた。

「あの猫さん。つかぬ事を聞きますけど何歳ですか」

「えっと、今年で確かぴっちぴちの四十七歳だよ」

 ためらいがちに聞く新に猫はあっさりと明かした。

「四十七!?まじっすか!三十七の間違いじゃないっすか?」

「いや二十七じゃないかな?」

「二人とも嬉しい事いってくれるね」

 猫はまんざらでもないように声を上げて笑った。

「あたしと三十五違いだねっ!」

「未来ちゃんは十二歳かな?若いね」

「そうだね、おばさんっ!」

 新と千秋は吹き出し、トマはこめかみに青筋を浮かべた。

「自己紹介がまだだったね。私の名前は唄田猫だよ」

 おばさん呼ばわりをされても、猫は特に気にした様子を見せなかった。

 年齢が年齢だからか、それとも本当に気にしていないか。

 トマは後者のように感じ、何もいわなかった。

「本名っ?」

 こてん、と未来は首を傾げた。

「そうだよ」

「じゃっ!じゃあっ!あたしも猫さんって呼んでいいっ?」

 興奮した未来はカウンターに身を乗り出す。

「勿論いいよ」

 了承を得るとこれ以上なく、嬉しそうに笑った。

「俺の名前は黒野原千秋。大学4年だ。アキって呼んでくれよ」

「僕の名前は多福新だよ。秋と同じ大学生で恋人だよ」

「お前余計な事をいうな!」

 秋はぼっと火が着いたように顔を赤く染めた。

「相変わらず熱いね」

 初心な反応をする千秋を猫はからかった。

 恥ずかしさに千秋は肩を小さくする。

「大変っ!秋と新が火傷しちゃっうよっ!」

 冗談を真に受け、未来は慌てて周りを見渡した。

 トマを除いた三人は可愛らしい反応に小さく笑う。

「そういう意味じゃねぇよ」

「じゃあどういう意味っ?」

 色恋を何も知らないが故に、無邪気にトマへ問う未来。

 トマは逃げるように猫に視線を送った。

「説明してやってくれ」

「えぇ?トマ説明出来ないの?」

 だが、猫はにやにやと笑った。

 トマを助けるつもりは全くないようだ。

 むしろ、トマがどのように説明するのか気にしていた。

 それは千秋と新も同じだった。

「アキと新がラブラブってことだ」

 苦虫を噛み潰した顔でトマは未来から顔を背けた。

「秋と新は幸せなんだねっ!」

 嬉しそうな未来に二人は面食らい、顔を見合わせた。

「まあそういわれればそうだな」

「僕は秋と一緒にいられて幸せだよ」

 照れて頬を掻きながらも否定しないアキだが、新は全力で肯定した。

 少しだけ収まっていたアキの顔の熱が再発したのはいうまでもない。

「もう遅いからトマ、未来ちゃんを送ってあげてよ」

「俺より千秋達の方がいいだろう」

 猫の提案をトマはすぐに否定する。

「若い恋人達の邪魔しちゃっだめだよ」

 唇に人差し指を当て、猫はわざとらしく笑った。

「こいつの意思があるだろう」

「こいつじゃないよっ!未来だよっ!」

「未来ちゃん、トマと一緒に帰ってくれないかな?」

 猫はトマから未来へ相手を変えた。

「うんっ!いいよっ!トマさん、一緒に帰ろっ!」

 未来は断ると思っていたが、予想が外れた。

 期待に目を輝かせる少女を邪険に扱うのは躊躇われ、トマはしぶしぶ了承した。

「うふふ。早速仲良くなっているね。ああ。ついでに買い物に連れて行ってあげてよ」

 未来から来たというのが本当ならば、少女は家だけではなく、服などの生活必需品も持っていないということだ。

「なんで俺が」

「なんで嫌がるの?もしかして未来ちゃんのこと嫌い?」

 トマの言葉を遮り、猫は悲しげな顔をする。

 つられて未来も泣きそうな顔をした。

「そうなのっ!トマはあたしが嫌いっ?」

「嫌いじゃねえ」

「じゃあ好き?」

 トマにとって未来は会ったばかりの人間で、好きも嫌いもなかった。

 だが、未来はそう思わなかった。

「やっぱり嫌いなんだっ!」

 未来は目に今にも零れそうなほど涙を浮かべた。

 大きな溜息をついたトマは残りのコーヒーを飲み干し、二人分の代金を置き、席を立った。

「今週の日曜の予定をけておけ」

「えっ!」

「近くのショッピングモールに連れて行ってやる」

 未来の顔に笑顔が輝いた。

 トマは元凶の猫を睨むが、意味深な笑みを返されただけだった。




 喫茶店『黒猫』から数十分の場所に『二葉荘』はある。

 三階建てのアパートを未来は興味深そうに眺めていた。

 こんな古い建物のどこが面白いのだろうか、と思うが口には出さなかった。

「ここがアパートっ?」

「ああ、そうだ。お前の家は301号室。階段を上がってすぐの部屋だ。ほらこれが鍵だ。くすなよ」

 郵便受けに入っていたキャラクターとナンバープレートも付いた鍵を未来に渡した。

 俺にとっては小さなそれは、未来の手にはちょうど良い大きさだった。

「うん!ありがとう」

 小さなことでも素直に礼をいう未来に好感を持っていた。

 親がきちんとした躾ができるいい人だったのだろう。

 それだけになぜ過去にやって来たのか、聞きたくなる気持ちに蓋をする。

 今、聞いてもきっと不安が増すばかりだ。

 聞くのは生活が落ち着いてからでも遅くはない。

「それと困ったらここに連絡しろよ。俺の部屋は201号室だ」

「わかったっ!連絡するねっ!」

「おう」

 素直に頷く未来の頭を撫でると、警戒心ゼロの笑顔を惜しげもなく晒した。

「ちょっと、トマ!その子誰よ!」

 微笑ましい雰囲気を壊す、甲高い声がした。 

 めんどくさいことになりそうだと声のした方を見れば、四方山雲よもやまくもが不機嫌そうに俺たちを睨みつけていた。

「こんばんは」

 その隣には四方山雪ゆきが何を考えているのかわからない顔で、挨拶をしてきた。

「新しく住むやつか?」

 キラキラした目で四方山雨はトマを見つめた。

 年の近い娘が来たことが嬉しいのだろう。

 三人の手はそれぞれ風呂セットを持っていた。

 これから風呂にでも行くところだったのだろう。

「よう、雲に雪に雨。こいつは今日からここに住

む」

「鳩羽未来だよっ!よろしくねっ!」

 俺の言葉を遮り、自身で挨拶をする。

 友好的に見えない雲達にも未来は無邪気な笑みを向けた。

「ふんっ!そこまでいうなら仲良くしてあげてもいいわよ。私の名前は四方山雲よ。特別に雲って呼んでもいいわよ」

「……友達……増えた。……嬉しい。私は……四方山雪。よろしく」

「お前、元気いっぱいだな!あたしは四方山雨!よろしくな!」

 笑顔に毒気を抜かれたらしく、雲は不機嫌そうな態度を軟化させた。

 雪は単純に友達が増えたことを喜び、珍しくうっすらと頬に赤みを帯びていた。

 雨は未来に負けじと元気な挨拶を返した。

「えへへっ!たくさんお友達出来ちゃったっ!嬉しいなっ!」

 未来は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 少女の笑顔は不思議と見ている周りの者の心を暖かくする。

 誰かの笑顔に似ている気がするが、おそらく気のせいだろう。

「未来は今着てる服しか持ってねえ。だから誰か気替えを貸してやってくれねえか?」

「私の服を貸すしてあげるわ。雨、なんでもいいから持ってきて」

 当然のことのように雲は雨に命令する。

「えー、やだよ。自分で行けば?」

 雨は明らかに嫌そうな顔をした。

「あなたが行ったほうが速いじゃない。ほらさっさと行きなさい」

 雨は雪に荷物を預け、しぶしぶ部屋へ戻る。

「そんな悪いよっ!」

「あなたは気にしなくていいわ」

 遠慮する未来に雲はきっぱりという。

「悪いな、雲。今度何か礼をする」

 礼という言葉に雲と雪が反応する。

「未来と……買い物……連れてって」

「それいいわね!トマ、お礼には私達をショッピングモールに連れて行きなさい!」

 面倒ごとの匂いがする提案に顔が引きつった。

 別のお礼を考えるが、未来の買い物に行った時、俺だけでは困るのは目に見えていた。

 女の子の服のことなど子供のいない俺にはさっぱりわからない。

 それなら連れて行った方がいいのだが、この癖のある三人と一緒に買い物に行くのは、不安しかない。

 かといって、一人だけ連れて行くと後で揉め事の原因にもなる。

 しょうがないかと溜息をついた。

「わかった。連れて行ってやる。けど、俺のいうことを絶対に聞けよ」

 一応は注意するが、浮かれるこいつらは聞きもしない。 

 だが、子供らしく喜ぶ姿に笑みが溢れてしまう。

 当日、俺が気をつければいいか。

 自分の中で割り切り、頭を切り替える。

「じゃあ雲、雪、後は任せた。買い物の件、雨にもしっかり伝えとけよ」

 二人は揃って頷いた。

 こういう時、二人が姉妹なのだと感じる。

「未来、お前はしばらく雲たちに世話になる。だからよろしくいっとけよ」

「うんっ!わかったっ!」

 頭を撫でて、俺は自分の部屋に帰る。

 スーツから普段着に着替え、携帯電話を充電する。

 スーツはシワにならぬよう、ハンガーにかける。

 精神的に疲れていたからかなり早いが、今日はもう寝ることにした。

 寝れる時間に寝なくては体が持たない。

 カーテンをしめ、布団に潜り込んだ。




 フェイトと灯火と良平は休みです(笑)

 

 次は五人でデパートに行きます。

 デパートの恒例といえばあれですよね。


 その3に続きます。 

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