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301号室  未来少女  その1 

 少女は未来を捨てた。

 高いビルばかりが建ち並ぶ街からバスを一時間くらい乗り継いで、バス停からさらに三十分くらい歩く。

 進めば進むほど家は少なくなって、木や花の匂い、虫や鳥の声が聞こえてくる。

 高く昇った太陽の光がほぼ垂直に降り注ぐ。

 額から流れた汗をバッグから取り出したハンカチで拭って、先を急いだ。

 人の家がほとんど見えなくなった頃、森の入り口が見えてくる。

 車一台がやっと入るくらいの大きさの自然のアーチを潜ると、先ほどまでの蒸し暑さが嘘のように、爽やかな涼しさに変わる。

 アーチが終わる開けた場所に一軒の古くて小さな家がある。

 木の門を叩いて、声をかける。

「ひいおばあちゃん、遊びにきたよっ!」

 少し間があって、ひいおばあちゃんが出迎えてくれる。

「よく来たね。外は暑かったでしょう。早くお入り」

 ひいおばあちゃんはいつも優しい笑顔で私を迎えてくれる。

 中に入るといつもお料理をした後みたいないい匂いがする。

「お茶の時間にしましょ。手を洗っておいで」

「わーいっ!」

 バッグを椅子の上に置いて、手を洗いに行く。

 何度も来ているひいおばあちゃんの家は何がどこにあるかまでわかる。

 手を洗って、うがいまでしてリビングに戻ってくるとひいおばあちゃんがお茶を入れてくれた。

 今日はビスケットまでついている。

 ひいおばあちゃんと一緒に椅子に座って、両手を合わせる。

「いただきまーすっ!」

 お茶を一口飲むと林檎の甘さが口の中に広がり、後から紅茶の爽やかな風味が続く。

 今日はアップルティーだ。

 ビスケットはさっくりと軽い口当たりで何でも食べられそう。

 夕ご飯が食べられなくなるから、五、六枚で我慢する。

 ひいおばあちゃんは一、二枚だけ食べた。

「ごちそうさまっ!ひいおばあちゃん、ありがとうっ!おいしかったよっ!」

 ひいおばあちゃん手作りのお菓子はなんでも美味しい。

 お料理も上手でこの間はオニオングラタンを作ってくれた。

「それはよかった。残りは持って帰って食べなさい」

 ひいおばあちゃんは笑って、頭を撫でてくれた。

 皺だらけの手は暖かくて優しいから大好きだ。

 いつも残ったお菓子を紙に包んでお土産にしてくれる。

「ありがとうっ!大切に食べるねっ!」

 壊れないようにそっとバッグの中に入れる。

 一枚一枚大切に食べよう。

 日がよく当たる南の部屋で安楽椅子に座って、ひいおばあちゃんは一日のほとんどを過ごす。

 小さな頃はひいおばあちゃんのお膝に座っていたけど、大きくなった今は重くなってしまってもうお膝に乗れない。

 肘かけに腕を乗せて、ひいおばあちゃんを見上げる。

「ひいおばあちゃんの若い頃の話を聞きたいなっ!」

「××は本当に昔の話が好きだね。今日は何の話がいい?」

 ひいおばあちゃんの昔話をせがむと懐かしそうに笑って、頭を撫でてくれる。

 なんだか私も嬉しくなってふにゃりと笑う。

 ひいおばあちゃんの昔話はどんな童話よりも面白くて、何度聞いても聞き飽きない。

「えっとね、魔法使いのお話がいいなっ!」

 たくさんたくさん昔話を聞いていたら、夕方になった。

 もっと一緒にいたいけどこれ以上いたらパパとママに心配をかけちゃう。 

 寂しさを堪えて帰る準備をする。

「××。これを持っていきなさい」

 ひいおばあちゃんから手の平に収まるほどの懐中時計を渡された。

 表面には☆マークを中心に複雑な模様が書かれていた。

 綺麗だけど不思議な感じがする。

「これなあにっ?」

「これはあなたが辛い目に遭った時にあなたを助けてくれるものよ。だから本当に辛い目に遭った時にしか使ってはだめよ。わかった?」

「わかったっ!」

 辛い目がいつ来るのかわからなかったけど、私は素直に頷いた。

 だって私はひいおばあちゃんが大好きだもん。

 大好きなおばあちゃんのいうことならちゃんと聞く。

「じゃあひいおばあちゃん、ばいばいっ!」

「気をつけて帰るんだよ」

 それがおばあちゃんとの最後の言葉になった。

 



 家に帰ると誰もいなかった。

「今日はパパもママも帰りが遅いのかなっ?」

 手を洗って、うがいをして、お風呂を洗って、お湯を溜める。

 お外に洗濯物が干してあったから、部屋に入れて、荷物を自分の部屋に置く。

「そうだったっ!ひいおばあちゃんからビスケットをもらったんだっ!」

 バッグの中からビスケットを取り出して、リビングに行く。

 すごくお腹が空いたから電気ポットでお湯を沸かして、紅茶をカップに淹れた。

 ちょっとだけなら大丈夫。

 カップとビスケットをテーブルに乗せて、両手を合わせる。

「いただきますっ!」

 一人で食べるビスケットは同じものなのに、ひいおばあちゃんと食べた時よりもおいしくなかった。

 二、三枚だけ食べて残りは棚の中に置いた。

 お風呂を見に行くとちょうどいいくらいのお湯が溜まっていた。

 着替えを準備して、先にお風呂に入る。

 お風呂から出ると電話が鳴っていた。

「もしもしっ?」

「××ちゃん?私、あなたのご両親の同僚の長谷川なんだけど落ち着いて聞いてね」

 慌てて電話に出るとパパとママの同僚さんだった。

 なんだがすごく慌てているみたい。

 どうしたんだろう?

「あなたのパパとママが事故に遭ったの。今病院にいるんだけど××ちゃんは家にいるの?」

「私は家にいるよっ!事故ってなにっ!?パパとママ死んじゃうのっ!?」

 なんだか急にパパとママが遠くに行っちゃうような気がして怖くなった。

 私を置いてどこかに行っちゃやだよ。

「きっと大丈夫よ。お医者さんも看護師さんも頑張ってるからね。今からそっちに迎えに行くからお家で待っててね」 

「わかったっ!」

 不安で泣きそうになりながら家を出る支度をする。

 パジャマからお出かけ用の服に着替えた。

 さっき持ったバッグを肩にかける。

 長谷川さんが来るまで玄関で膝を抱えて待っていた。

 チャイムが鳴って扉を開けると長谷川さんが息を切らしていた。

 すぐに私を連れて、車で病院へ連れていってくれる。

 長谷川さんはすぐにパパとママの元に連れて行く。

 手術室のランプが光る扉の向こうでパパとママは手術を受けている、と教えてくれた。

 私は手術室の前にあったベンチに座って祈ることしかできない。

 神様、わがままをいわないいい子になる。

 好き嫌いだってしないし、宿題だって頑張る。

 だからパパとママを助けて。

 いつの間にか私は泣きながら寝ていたみたい。

 手術中のランプは消えていた。

 パパとママがどうなったのか聞くと長谷川さんは首を横に振った。 

 それってどういう意味なの?

 どう考えても悪い意味しか浮かばない。

 長谷川さんに連れられた場所でパパとママは白い布を顔に乗せて眠ってた。

 二人の側にいき、長谷川さんが止めるのを無視して、顔にかけられていた布をとった。

 目も鼻も口もわからないぐちゃぐちゃなそれは、本当にパパとママなのかわからない。

 二人の間にあるテーブルを見て、目を見開いた。

 そこに置かれていたのは二人の最後の持ち物。

 その中に数年前に私が二人の結婚記念日にプレゼントした二つを合わせると一つの♡になるネックレスがあった。

 私が買えるような金額で、子供っぽいデザインだったから、もう身に着けていないと思ってた。

 涙がぽろぽろと流れた。

 本当にパパとママは死んじゃったんだ。

 神様、どうしてパパとママを連れてっちゃったの?

 私がわがままな子だったから?




 二日後にパパとママ、そしてひいおばあちゃんのお葬式があった。

 私が帰った後にひいおばあちゃんは体調を崩してそのまま亡くなった、って誰かがいってた。

 本当に私は一人ぼっちになった。

 その日は朝からすごい土砂降りの雨だった。

 私の涙はたくさん泣いたから、もう枯れてしまった。

 いろんな人からいろんなことをいわれたけど、全部覚えてない。

 ただ親戚っていう人だけで集まった時、皆が私の話をしてた。

 誰が私を引き取るのか、それとも施設に入れるのか。

 そんな話をしていた気がする。

 私は皆にとって邪魔者みたいだった。

 そっか。私の居場所はここにはないんだ。

 パパとママ、ひいおばあちゃんだけが私に居場所をくれていた。

 きっとひいおばあちゃんがいっていた辛い目に遭った時って、こういう意味だったんだ。

 邪魔にならないように部屋の隅にいた私は、誰もいない部屋に移動して、バッグからひいおばあちゃんにもらった懐中時計を取り出した。

「初めまして懐中時計さん。私の名前は××。君の名前を教えてくれるかな?」

 小さな声で囁くように私は懐中時計に話しかける。

 なんでそんなことをしたかわからないけど、そうしなければいけない気がした。

「私はあなたの願いを叶える魔法の時計。あなたの願いを三つだけ叶えるよ」

 懐中時計から同じ年くらいの少年の声がした。

「じゃあパパとママとひいおばあちゃんを生き返らせてっ!」

 私は小さく叫んだ。

 魔法はなんでも叶えてくれるんでしょ?

「残念ながら死んだ人間を生き返らせる魔法はないよ。他の願いは?」

 私の一番の願いは叶えられなかった。

 魔法は思ったよりもなんでも出来るわけじゃないみたい。

 ひいおばあちゃんの昔話を思い出した。

 “魔法使い”なら、魔法の時計が知らないパパ達を生き返らせる魔法も知っているかもしれない。

「じゃあ私をひいおばあちゃんが若い頃に連れて行ってっ!」 

 またパパとママと一緒に暮らして、ひいおばあちゃんに会いたい。

 それが私のたった一つの願い。

「君を過去に連れて行くってことでいいのかな?それなら叶えられるよ。でもこの魔法は一方通行。過去から今に戻ることは出来ないよ」

「それでもいいっ!ここにはもう私の居場所はないからっ!」

 そう。ここにいても私の居場所はもうない。

 だったらひいおばあちゃんの若い頃の魔法使いを探して、パパ達を生き返らせる魔法を教えてもらうんだ。

「わかった。それじゃあ君の準備が出来たら呪文を唱えて。呪文の名前は『時の逆流(ノットネクサス』。間違えないように気をつけてね」

 それだけをいって、古い懐中時計に戻った。

 私は着替えを取りに家に帰りたいといって、葬儀場から家へ連れて行ってもらった。

 用が済んだら連絡するようにいわれ、送ってくれた人はすぐに引き返した。

 いない方がよかったから安心する。

 クローゼットから大好きなアニメ『魔法戦士☆ミフィルちゃん』の服を取り出し、着替えた。

 去年買ってもらった服だけどまだ着られた。

 せっかく魔法を使うのならこの服がぴったりだ。

 リビングの棚からひいおばあちゃんがくれたビスケットを取り出して、バッグの中に入れる。

「準備できたよっ!」

 取り出した懐中時計に声をかけた。

「それじゃあ過去に行く前に注意することを教えるよ。しっかり聞いてね」

 低い厳しい声がする。

「わかったっ!」

 私はしっかりと頷いて、話に耳を澄ませた。

「まずこの魔法は過去から今に戻ることが出来ない。君はこれから過去で生きることになる。そして君は本当の名前を誰にも教えてはいけない」

「どうしてっ?」

 初めましての挨拶時とには自分の名前をいうでしょう?

「君が名前を教えることで、未来が変わって今いる君が消えてしまうかも知れないんだ。だから本当の名前と未来に起こることを決して教えてはいけないんだよ」 

「私が消えちゃうっ!わかったっ!絶対にいわないっ!」

 恐ろしい可能性に体が震えるけど我慢する。

「それじゃあ覚悟はいい?」

「ばっちりだよっ!」

 まだ体が震えるけど、しっかりと返事をする。

 怖い目に遭うかもしれないけど、それでも他の世界に行きたい!

 懐中時計から生まれた光が、全身を眩しい光が包んだ。

 そして次の瞬間には私の姿はどこにもなかった。




 




 小学生までならコスプレも許されますよね(笑)

 ハロウィンなど仮装するイベントは個人的に眼福です。

 

 その2へ続きます。

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